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1:『星降り願う夜』

 



 ある冬の星降る新年の夜に、町外れに住む貧しい農家の一室で、ふくふくとしたほっぺの男の子が産まれました。


 病弱な母親メアリーと力自慢の父親クレイグは、きらきらとした白銀(はくぎん)の髪の毛を持ち、闇夜でも猫のように光りそうな金色(こんじき)(ひとみ)を見て、雄猫(おすねこ)という意味を持つ『カーター』と名付けました。

 両親はカーターをとても(いつく)しんで育てました。




 普通の家の子供は、六歳になる年に学校に通い始めるのですが、カーターの家はあまりにも貧しかったので、学校には通えませんでした。

 彼の両親は学校に通わせてあげられない事を謝り、自分達が教えれられる事は全て教えると約束しました。


 カーターは学校に楽しそうに通う子供たちを見て、(うらや)ましく思う事もありましたが、両親は学校で学べる事はある程度教えてくれました。

 それに加え、父親は農家の仕事や狩り、体術や剣術を、母親は掃除や洗濯、裁縫や料理などを教えてくれました。

 カーターが知りたいと言った事で、彼らが教えられる事は全て教えてくれたのです。


 時には厳しくもありましたが、カーターは優しい両親が大好きでした。




 カーターは特に大きな病気もせず、日に日に背も伸び、声変わりも終わりました。

 新年には十五歳になります。

 そんなカーターとは対照的に、秋の終わり頃、彼の母親が患っていた病が酷くなってしまいました。

 乾いたような咳が止まらなくなり、ゼーヒューと苦しそうに浅い息が続くのです。


 母親の病は、薬を毎日飲む必要があるのですが、あまりにも高価なため三日に一回しか飲ませてあげられませんでした。


 カーターは毎日畑仕事をしつつ、朝早くから夜遅くまで町中を駆け回り、色んな家の雑用を請け負ってお金を稼ぎました。

 父親はカーターと一緒に畑仕事をした後は、近隣の山に入って、様々な獣を狩っては、肉や毛皮を売ってお金を稼ぎました。

 二人は一所懸命に働きましたが、薬は毎日飲めるほど買う事が出来ず、母親の容態は悪化の一途をたどるばかりです。




 ある日、薬屋で母親の薬を受け取ったカーターは、帰り間際に薬師(くすし)に呼び止められました。

 薬師は、少し悩むような仕種をしながら話し始めました。


「カーター、北の山を三つ越えた先にある湖の街は知っているかい?」

「うん、知ってるよ」


 北の山を三つ越え、更に一日ほど歩くと、そこには大きな湖があり、その湖をぐるっと囲って街が作られている。

 その街は、湖の神様を(まつ)っており、年に一度とても大きなお祭りがある。

 カーターは父親から聞いた話をそのまま薬師に伝えました。


「そのお祭りが、どんなお祭りかは知っているかい?」

「よく知らないけど、普通のお祭りじゃないの?」


 カーターの住む街でも夏の夜にダンスをしたり、屋台で食べ物を買ったりするお祭りがありました。

 父親がお祭りはどこも似たようなものだと言っていたので、カーターはお祭りの内容を気にした事がありませんでした。


「そのお祭りはね、『星降(ほしふ)り願う()』と言ってね、新年に変わる真夜中に湖の縁に立って、流れ星が流れる間に願い事をするんだよ」

「へぇー! 何だかステキなお祭りだね!」


 カーターは新年の流れ星を見るのを毎年楽しみにしていました。

 自分の生まれた日に星が降るなんて、何だか神様からのプレゼントみたいだ、なんて思っていたのです。

 そんな自分の特別な日が、他の街でお祭りになっている事を知って、何だか嬉しくなりました。


 ところが薬師はまだ続きがある、と真剣な表情で話し出しました。


「そのお祭りでね、願い事をした人の中で、一人だけ神様に選ばれるんだ」


 ――――神様に選ばれるって、何なんだろう?


 カーターは意味がわからずに色々と質問したくなりましたが、薬師が話すのを待ちました。


「神様はその願いの対価を求める。対価を渡す事が出来たら、願いが叶う()()()


 薬師はなぜか『()()()』と言いました。

 カーターはなぜ推測のように言うのかと聞きました。

 薬師はそれまでは、まるで神様が本当にいるかのように、願いが叶うかのように話していたのに、対価の話になった途端、噂話のように言い出したからです。


「それはね……何を願ったのか、願いが叶ったのか、叶わなかったのかは聞いてはいけないし、話してはいけないからだよ」

「でも、願いが叶ったのなら、他の人が気付くんじゃないの?」

「そう思うだろう? 相手は神様なんだ。周りの人達はもともと『そうだった』と思ってしまうそうなんだよ」


 人々の意思が、記憶が書き換えられる。それは凄い事です。同時に、とても恐ろしい事のようにカーターは感じました。

 

「薬師さんはどうしてそれを俺に教えてくれたの?」

「あぁ……今年の夏は、とても暑かっただろう?」


 薬師がとても悲しそうな表情をするので、カーターの心臓はドキリと跳ね上がりました。

 人がこういった顔をする時は、良くない事を言う時だと分かっているからです。


「…………うん。母さんがよく寝込んでた」


 薬師がそうだねと言いながら頷いて、更に悲しそうな、申し訳無さそうな顔になりました。


 今年の夏は例年より熱くて、雨も少なく、様々なものに影響が出ました。

 カーターの家の畑もそうでした。

 

「君のお母さんの薬には、希少な薬草が色々と使われていると以前に話したよね?」

「うん」

「その薬草達も夏の日照りに影響を受けてね。来年頭から随分と値上がりするそうだ」

「っ、そんなっ!」


 やはり、薬師からもたらされたのは悪い知らせでした。

 カーターは驚きと悲しさの余り大きな声で叫んでしまいました。


「すまないね。私達も――――」

「ううん、大きな声を出してごめんなさい。解ってるよ。薬師さん、早めに教えてくれてありがとう」


 カーターはどこまでも優しく、心の綺麗な子でした。

 だからこそ薬師はカーターに話したかったのです。


「カーター、道は険しいが、湖の街に行って願ってみたらどうだろう? お母さんの病気を治して欲しい、と」

「母さんの、病気を……」

「あぁ」


 カーターは迷いました。

 湖の街までは、何日も掛かる遠い旅路です。

 それに気がかりなのは、病弱なのに直ぐに無理をしてしまう母親のことです。

 体調の悪い母親の元を離れるのは、とても不安でした。

 ですが、薬師の話に懸けてみたいと思いました。

 それが母親を救う唯一の道のように感じたからです。



 次話は本日12時頃に投稿します。

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