第96話 尋問【side:カエデ】
「ん……」
「どうやら、目覚めたようだね……」
あれからしばらくして、私は目を覚ました。
どうやら私の身体は、ロープで縛られているようだ……。
それにしても、ヒナタ・ラリアークにあそこまでの力があったなんて……想定外だ。
これでは王女さまに面目が立たない。
「っく……任務は失敗だ! 殺せ!」
「いや、殺さないよ……。それよりも……どういうことか、聞かせてくれるかな?」
「シノビの口を割らせようとしたって無駄だ! 私たちは決して情報をもらさない!」
「さっきはあれだけ漏らしたのに……?」
「あ……それは……」
私はとたんに恥ずかしくなる。
まさかシノビであるはずの私が、そんな辱めを受けるなんて……!
「っく……殺してくれ……!」
「いや……殺さないって……それよりも、話をさせてくれないかな?」
「わかった……どうしても殺してくれないというのなら、もはや降参だ……。私は生きる目的を失った。帰る場所はない。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
「いや、だから手荒な真似はなにもしないって……」
仮に、上手く逃げおおせたとしても、王女のもとに帰ればどうせ私は殺されるだろう。
そもそもこれは表向きの仕事じゃないし、失敗は死を意味する。
つまりは、私は自殺せねばならないのだ……。
それだけは避けたかったが……仕方がない。
――ガリ。
私はあらかじめ口に含んであった毒入りの玉を奥歯で潰す。
すぐに体に毒が回り、私の命は消えるだろう。
「う……」
「どうしたんだ!? ……! 大変だ! 毒を飲んだみたいだ……。ライラさん、すぐに水を!」
「は、はい!」
ふん……無駄だ。
この毒は我々シノビに代々伝わる、即効性の致死毒だ。
どんな手を尽くしたって、助けるのは不可能!
「――活性」
「……は?」
ヒナタ・ラリアークめ!
どういうつもりだ!
こいつ、よりにもよって私の身体に活性の魔法をかけやがった!
クソ! これでは私の免疫が活性化して、毒のまわりが遅くなる。
「――活性」
「く! やめろ!」
「やめないよ。僕は絶対に君を殺さない……」
――キュン!
は?
私は自分でもわけがわからなかった。
ヒナタ・ラリアークの、真剣なまなざしに、一瞬ときめいてしまったのだ。
私が殺すべき対象である、彼に。
私は今まで、すべての人生を暗殺者として過ごしてきた。
我々はいわば捨て駒で、いつでも命を落とす可能性がある。
そして、代わりはいくらでもいる存在だ。
そんな私の命に、ここまで一生懸命になってくれるだなんて……。
「ポーション錬金!」
「やめろ、なにをしている! ポーションなんか作るな!」
「――活性」
ヒナタ・ラリアークは私の声など無視して、淡々と目の前の作業に没頭する。
その真剣な姿は、どこ職人のようでかっこよかった。
「できたよ、解毒ポーションだ」
「う……やめろ」
私は必至に口をつぐみ、飲むのを抵抗する。
「仕方がないなぁ……ちょっと我慢してよ……」
「え? は? う……」
突如、ヒナタ・ラリアークは何を思ったか、解毒ポーションを自分の口に含みだした。
そして私に接吻し、口からそれを流し込む。
そんな……。
辱めを受けただけでなく、初めての接吻まで奪われるなんて……!
「やめろ……! くそ! やめろよ……! はじめてだったのに……!」
「え、あぁ……それはごめん……」
くそ、解毒ポーションを飲んでしまった……。
自殺に失敗したシノビなんて……もはや何者でもない……。
私はこれから、どうすればいいのだろうか……。
「でも、助けられてよかったよ。君が死ななくて」
「う、うるさい!」
なんでこいつは、ここまで満面の笑みを私に向けることができるんだ?
私はお前を殺そうとしたのだぞ?
ある意味イカレている……。
スカーレット王女がこいつを危険視するのも、納得だ。
だが私もどうかしている……。
さっきから、胸の鼓動が抑えられないのだ。
顔が紅潮しているのは、毒で死にかけたからではない。
私は初めて、優しさを向けられたのだ。
どのみち行くところはないのだ。
ならば彼に、その責任を取ってもらおう――。
◇
【side:ヒナタ】
どうやら、解毒には成功したみたいだね……。
本当によかった。
暗殺者と言えども、ヒナギクと同じくらいの歳の女の子だしね。
「それで……これからどうするんだい? まだ、話す気にはなれないかな?」
僕は、妹に話すように優しく語りかける。
やっぱり、こんな小さな子を脅すような真似は出来ない。
「責任をとれ!」
「……は?」
急になにを言い出したんだろう……?
「私の婚約者になれ!」
「ええ!? いったい、何がどうなったらそんな話になるの!?」
するとそこに、水をとりに行っていたライラさんが戻ってきた。
「だ、ダメです! ヒナタくんは私の婚約者なんですから!」
「えぇ!? ライラさんまで!?」
「「いーーーーーーー!」」
2人はにらみ合い、歯を見せあって威嚇する。
どういうことなの……。
◇
「で、その子をヒナタくんの元に置くんですか……? 本当に?」
「ええ、この子はとりあえず、僕が預かります。彼女もそのつもりみたいだし……。それに、ヒナギクとヒナドリちゃんがいるので、一人くらい増えたって、どうってことないですよ」
「そういうことではなくて……! その子は、ヒナタくんを殺そうとしたんですよ!?」
「大丈夫ですよ。もう彼女に殺意はないみたいですし……」
僕は言いながら、彼女――カエデちゃんの頭をなでる。
彼女もなんだか嬉しそうだ。
「そうだぞ! 私はヒナタの婚約者になるんだ! もう暗殺業は足を洗う! これからは、ヒナタだけが私のご主人なのだ!」
よかった。
カエデちゃん、もう暗殺なんて物騒なことはやめてくれるみたいだ。
まったく、こんな子供にそんなことをさせていたなんて……どういう人たちなんだろう。
ヒナギクのいい友達になってくれるといいなぁ。
「ほら、ライラさん。カエデちゃんもこう言ってるんです。大丈夫ですよ」
「むむむ……どこまでお人よしなんですか、ヒナタくん……」
「そうだぞ! 私はヒナタを絶対裏切らない! 一度負けたからな。もうシノビとしての私は死んだんだ……!」
「はぁ……まあ、私が止めても無駄なんですよね。わかってます。でも、くれぐれもヒナタくん、油断しないでくださいよ?」
「はい。大丈夫ですよ。僕もなにも考えがなしに言ってるんじゃありませんから……」
もしもカエデちゃんがまた僕を殺そうとしても、僕はまた返り討ちにする自信がある。
それに、そんなこと、ありえないしね。
それは彼女の目を見てればわかる。
ヒナギクとぜんぜん変わらない、普通のかわいい女の子だ。
「それにしてもヒナタくん……あれだけ活性を何回も使ったのに、大丈夫なんですか? 傷口も、もうふさがっているようですし……?」
「ああ、それでしたら大丈夫です。何回も使ううちに、だんだんと活性で疲れなくなってきたんですよ。さすがにやりすぎるとダメですけど。それに、傷口も活性の自然回復でへっちゃらです。上級回復ポーションも塗っておきましたからね」
「そうなんですか……。ますますとんでもないですね、ヒナタくん……。でも、なんともないならよかったです!」
と、まあ……そんなこんなで、カエデちゃんが僕の家族に加わった。
僕に出来ることは、暗殺者なんていう歪んだ生い立ちを持つ彼女に、精一杯優しさをあげることだけだ。
いったい誰が彼女を差し向けたのか……。
それはまた、カエデちゃんが話したくなったときに聞こう。
そして僕は、絶対にそいつを許さない。
こんな小さな子を、暗殺者なんかに仕立て上げたそいつを――!




