第94話 陰謀【side:スカーレット・グランヴェスカー】
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時は少し遡り、ヒナタがガイディーンを救っていた頃――。
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「ようし入れ……っ!」
私は特別に用意した暗殺者を、部屋に招き入れる。
「失礼します! お初にお目にかかります! 隠密暗殺部隊5597所属、カエデ・ロベルタスであります! この度は王女様よりお役目を授かれること、恐悦至極に存じます!」
入ってきた暗殺者は、暗殺者と呼ぶにはあまりにもな、年端もいかない少女だった。
「大仰な挨拶はよい。楽にしろ。問題は、お前に仕事がこなせるか、否か……それだけだ」
「はっ! 大丈夫であります! お任せください!」
暗殺者カエデ・ロベルタスは、目の前で華麗なナイフさばきを見せた。
「おいキサマ、王女である私の前で、刃物を持ち出すとはどういうつもりだ!? 極刑に処されてもおかしくないほどの不敬行為だぞ!」
もちろんそんなことをするつもりはない。だがこいつの見た目も相まって、どうも信用がおけん。
ほんとうにこんな少女に、暗殺などつとまるのか? 常識も知らないようだし……。
だが小さな暗殺者、カエデ・ロベルタスは真剣みのある声色で――。
「なにをおっしゃいますかスカーレット・グランヴェスカー王女……。あなたさまなら、仮に私が向かって行ったところで、一瞬のうちに切り捨てることが可能でしょうに。私のような暗殺者ごとき、そう警戒なさらないでもよいでしょう。あなたに一対一で敵うような手練れは、そうはおりますまい」
「っふ……おもしろい。たしかにそれもそうだな。私としたことが、少し神経質になり過ぎた」
実に見込みのあるヤツだな……。私の言葉にそう返すとは……。
たしかにこやつの言うことはもっともだ。暗殺者ごときが反旗を翻そうと、百人束になっても私には敵わない。私は王女でありながら、最強の剣士でもあるのだから――。
「ようし、信用できそうだな。では本題に入ろう。きさまに殺してもらいたいのは、ポーション師のヒナタ・ラリアークという少年だ」
「ポーション師? そんな些末な存在、殺すに値するのですか?」
「やつは特別なポーション師だ。そこいらのポーション師と同じに考えては痛い目をみるぞ。じっくり観察したのち、慎重に始末しろ」
「はっ! 了解いたしました。このカエデ・ロベルタス、命に代えても成し遂げてみせます!」
ヒナタ・ラリアーク……私の目的を達成するためには、どうしても邪魔な存在……。
戦争を起こそうにも、彼がいては延々と邪魔をされるだろう……。
適度に優秀な治療術師であれば、戦争のときに役に立つ。
だが、彼ほどの絶大な可能性を秘めている存在に居られては、困るのだ。
それに、戦争の理由さえ作ってしまえば、我々が勝利するのは目に見えている。
我が偉大なるグランヴェスカー王国と、隣国キロメリア王国、どちらが軍事力で優れているか訊けば、百人が全員我々だと答えるだろう。
だからそもそも、優秀な医療者など私にとっては百害あって一利なし! 無用な存在なのだ。
この世にはただ戦乱だけあればいい。力こそがすべてを解決するのだ!
偉大なるグランヴェスカー王国が世界を征服するために、まずは隣国を滅ぼし、世界にその目的を知らしめるのだ!
だがそれには国民の理解や貴族連中の支持を集める必要がある。
そのためにわざわざ自国民の命を犠牲にしてまで、爆破テロを演出したのだがな……。
くそ! それをすべてあのポーション師に潰されたわけだ。
さらには、それならそれでそれを利用してポーション師を呼び出し、暗殺を図ろうとしたのに……!
忌々しきジールコニアめ! いいところで邪魔をしおって!
「カエデよ。この任務は誰にも知られてはならない。そしてもちろん、失敗もな。ポーション師を英雄として表彰した王女が、そのポーション師を暗殺しようとしていたなんてバレれば、とんでもないことになるからな……」
「はっ! それはもちろん、心得ております! どうかこのカエデにお任せください!」
「ようしその意気だ。私はお前が気に入った……! この任務に成功すれば、なんでも好きな願いをかなえてやろう」
「ありがたき幸せ!」
くっくっく……これで手は打った。
あとはジールコニアだが……。さぁて、どうしてやろうかな……。
◆
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時は少し戻り、ヒナタが王都へ向かう前の日
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――コンコンコン。
私の私室に、ノックの音が鳴り響く。といっても、扉からではなく、窓からだ。
「カエデか……入れ」
「はっ! 失礼します! 報告に参りました!」
カエデは器用にも、窓から一瞬で部屋に忍び込む。これがシノビと呼ばれる暗殺者秘伝の技か……。
「ようし、聞かせろ」
「はい。対象のヒナタ・ラリアークですが……。彼は想像以上に強力なスキルを持っています」
「そうか……それは予想通りだが、難しいな……」
ヒナタ・ラリアーク――彼は一人で爆破テロの被害を最小限に抑えたのだ。
その英雄的働きからも、その能力値の高さは容易に見当が付く。
「それに、彼はどうやら、医術大学に行くつもりのようです……」
「なに!? 医術大学だと!? ヤツほどのポーション師が、本格的に医師を志すというのか……! それはますます面倒になるな。あのときは例外的に医療行為を行えたが、もし医術大学に行けば、それが日常茶飯事となってしまう。そうなれば、ますます私の計画に邪魔が入る」
「そうですね……。事は急を要します。いよいよ始末しますか?」
「そうだな……。医術大学に行くということは、王都に訪れることになるだろう。そのときが絶好のチャンスだ。旅行先での不意の死亡となれば、そう深く詮索されずに済むだろう」
「はっ! 了解いたしました!」
カエデはそれだけ言うと、そそくさと窓から出ていった。一瞬のうちにして、夜の暗闇に紛れる。
ここは城の最上階だというのに……、さすがは暗殺者集団シノビの一族。素晴らしい隠密行動だ。
「ヒナタ・ラリアークを殺せば……クックック……。いよいよ戦争だ……! 血がたぎるなぁ……」
私は思わず、よだれをたらし殺気を放ってしまう。
その強烈な殺気は、思ったより強力なものだったらしく……。
「きゃっ!」
部屋の外の廊下で、メイドの一人が皿を割る音が聞こえた。
「いかんいかん……殺気を抑えねば……。まだだ、まだ計画は始まってすらいないのだ……フフフ……」
私は自分の腕を必死に抑えながら、それでも笑いだけはどうしてもこらえることができないのであった――。




