第36話 勇者パーティはギルド長に失望する【side:ガイアック】
「ようし、今日からは心機一転。もう一度がんばるぞ!」
俺は意気揚々と医術ギルドにやってきた。
先日は親父に怒られたが、なんとか許しを得たのだ。
親父のおかげで、ギルドはなんとか持ち直した。
親父のつてで、新しく人員を補充してくれたし、資金も援助してくれた。
だがこれが最後のチャンスらしい。
次に失敗すれば、俺はギルド長をクビになる。
「これは失敗できないな」
俺は気を引き締める。
「ギルド長、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
レナへの態度も改めるように言われた。
だから俺は優しく返事をする。
どうだ、俺もやればできるのだ。
「今日は例の日です」
「例の日? なんだ? 生理か?」
「な!? ち、違います!」
「ふふふ、わかっている」
部下とのコミュニケーションも大事だからな。
冗談を言ったのだ。
レナはお堅い女だから、たまにはこういう軽口も言ってやらなければならない。
「そうではなくて、勇者パーティ訪問の日です」
「勇者パーティ?」
「そうです。我が医術ギルドは、光栄なことに勇者パーティ専属の、ポーション調達係をまかされています。昨年までは御父上が用意されていましたが、今年からはガイアックギルド長の役目ですよ? まさかお忘れで?」
「そ、そんなわけないだろう? 俺だって覚えていたさ」
くそうしまったな……。
そんな話、完全に忘れていた。
なんでこいつは教えてくれなかったんだ?
無能だな。
ついつい口に出してしまいそうになるが抑える。
またレナにきつくあたってしまうと、今度は親父に報告されることになっているからな……。
「そうか……どうしよう……」
「やっぱり、忘れていたんですね……?」
「う……、それは……」
「どうするんですか? 今度こそ御父上にクビにされてしまいますよ?」
「そんなことは分かっている……」
どうしたものかな。
ポーション師がやめたりでばたばたしていたせいもある。
俺のせいではないのだがな……。
だが解決しなければ!
「そうだ!」
「なにか思いついたのですか? ギルド長」
「この前騙されて買わされた、ポーションが大量にあっただろう?」
「ええ、ですがアレは使い物にならないと……。ま、まさか……!?」
「ああ、あれを勇者パーティに渡せばいい」
「そんな……!」
我ながら見事なアイデアだ。
ゴミを捨てるのならやっぱりゴミに押し付けるに限る。
どうせ勇者なんてのはゴミだ。
勇者とは名ばかりで、世界もろくに救えないゴミだ。
そんなヤツと比べて俺は多くの人を救っている。
魔術医師こそが頂点なのだ。
「そんな手が勇者に通用するとは思えません! もしバレたらどうなるかわかってるんですか? 今度こそギルド長は終わりですよ?」
「馬鹿にするな。そこはちゃんと考えてある」
冒険者なんてのはみんな大学にも行ってない馬鹿だからな。
ポーションの良し悪しなんてわからないだろう。
たとえそれが勇者であってもだ。
「もしバレてもだ。まちがえたと言ってすり替えればいい」
「そんなこと……!」
「大丈夫だ。俺を信じろ。それに、他に手はないんだ。だろう……?」
「わ、わかりました……」
とりあえず、あのクソポーションを渡しておいて。
時間を稼ぐんだ。
それから後でちゃんとしたポーションを渡せばいい話だ。
我ながら完ぺきだ。
「とにかく時間がないからな。急いですり替えようのちゃんとしたポーションを買ってこい」
「はい」
◇
レナが買い出しに行ってから、ほどなくして勇者パーティがやってきた。
「ポーションをとりに来たユーリシア・クラインツだ」
ユーリシアと名乗ったその勇者は――。
白い鎧に身をまとい、白い髪をなびかせている……。
美しい女性だった。
なんだ、勇者は女だったのか……。
「ほう……これはなかなか……」
鎧の上からでも、その豊満な肉体がよくわかる。
俺は思わず見とれてしまう。
「勇者さまをいやらしい目で見ないでいただこうか?」
「おっと、これは失礼。そんなつもりはありません」
なんだコイツ?
勇者の横から俺に口答えをしてきたのは……男の僧侶か?
賢者か?
まあ職業はなんでもいい。
医術師以外はぜんぶゴミだしな。
「で、ポーションは用意できているのだろうね?」
「それはもう。ちゃんと準備しております」
――噓である。
だが俺はそれを悟られないように顔を作り込む。
「こちらがご注文のポーションです」
「助かる――ん? ちょっとまてよ? これは……」
まさか、バレたのか?
いや、そんなはずはない。
こいつらごときにポーションの違いなどわかるはずがない。
なにせ俺でもよくわからないのだ。
この俺様がわからないのに、なんでこいつらにわかる?
それにバレたところでいい訳も完全に理論武装してある。
「これは……注文のポーションとは違うようだが?」
「え、そうですかね……どれどれ……?」
我ながら少ししらじらしかっただろうか?
だがとりあえず場を繋がなければならない。
レナが代わりのポーションを買ってこないことには、すり替え作戦も実行できないのだからな。
レナのやつ、何をやっている?
遅いじゃないか。
早く帰ってきてくれ……!
「なにか問題が……?」
「いえ、少々お待ちください」
くそ、ごまかすのも限界だ。
そう思っていると、勇者の後ろに帰ってきたレナの姿が見えた。
よし、なんとか間に合ったな。
これでごまかしきれるはずだ!
「あ、確かにそうですね。お渡しするポーションを間違えてしまいました! いま、代わりのものを持ってきますので!」
「む、そうか……まあ間違いは誰にでもあるからな。もうしばらく待つよ」
よし、不審には思われていないようだな。
「おいレナ! ポーションをよこせ」
俺は帰ってきたレナに小声で合図する。
「こちらに。ですが本当にこれで勇者さんは納得するのでしょうか?」
「大丈夫に決まっている。市販のポーションなんだぞ?」
「でも勇者さんのポーションはうちで作ったポーションなんですよ?」
「そんなの違いなんてわからないさ」
俺は先ほどレナが持ってきた代わりのポーションを袋に詰め……。
勇者の元へと持っていく。
「お待たせしました。こちらが正しいポーションです」
「そうか……ありがとう」
くくく……。
どうやら完全に騙せたようだな。
勇者の表情からは、まったく疑いのようすは見て取れない。
「勇者さま、少し待ってください」
ん?
突然、勇者の仲間の一人が、勇者からポーションを奪った。
「アイテム鑑定!!」
なに!?
鑑定スキルだと!?
「ふむ……。これはどうやら注文のポーションとは違うようだが……? どういうことだ?」
まさかバレるなんて……!
「そ、そそそそんなことはないと思いますが?」
「こんなので騙せると思ったのか?」
「そんな! 騙すつもりなんて!」
「うるさい! この医術ギルドには失望したよ……。信頼していたのに」
クソ……。
「も、もう一度チャンスをください!」
「もういいよ。他のところにいく。もうここのギルドは使わないよ」
そんな……。
俺はまた失敗してしまったのか……?
勇者パーティは怒って出ていってしまった。
俺は、
俺は――。
これからどうすればいい?




