40 お母様
コンコン
「盛り上がってるようですね」
ふと、ノック音。
それは外側からでなく、内側から響いた。
開いてるわらびちゃんの部屋の扉。
その人は既に僕らに姿を見せていて、嫌味ったらしく扉の内側を叩いていたのだ。
「お、奥様……!?」
メイドさんの一人が震えた声で『雇い主』を見る。
奥様。
お金持ちの奥様という言葉のイメージからするに、その格好はドレスや和服、場合によってはスーツ姿を想像するだろう。
しかし、何というか。
その黒髪の女性の姿は、そんなピシッとしたものではなく。
例えるなら……『動物園の飼育員さん』?
瓶底メガネと、全身深い緑色の作業着(つなぎ姿)だった。
色気の無い、ある意味では仕事をする為のビシッとした格好。
奥様、と呼ばれてはいるが、見た目年齢は女子大生と言われても疑問を持たない。
けれどーー隠し切れぬ豊満な胸部……肌色面積の少なさに反して抑えきれない妖艶な色香……
流石は、姉妹の母親といった所。
「別に、怒ってはいませんよ。息抜きも必要でしょう。客人をもてなすのも務めです。続けてもよろしいですよ」
「「「し、仕事に戻りますっっっ」」」
バババッ メイドらは一斉に立ち上がり、僕らに一礼したのち、部屋を後にした。
急に寂しくなったわらびちゃんの部屋の中。
「お母様……今日は『こちら』に立ち寄ったのですね……」
わらびちゃんがそう漏らす。
その声に感情は感じない。
母親に対しての声色とは思えない。
「ええ、少し『思う所』がありましてね。時間が出来たのでフラリと。そちらは、わらびのご友人--」
ここで初めて、『未来の義母』が僕に視線を寄越す。
僕とも目が合う。
…………ん?
あれ?
てゆーか。
「シフォンさん?」
「……ウカノ君、でしたか」
目を細める奥様。
セレスに似て感情の読み辛いクールフェイスではあるが、動揺しているのは感じられた。
おっと、わらびちゃんが僕を見てるぞ?
説明が欲しそうだ。
「わらびちゃん。こちら、近い内に義母になるシフォンさんだ」
「お、お母様の説明は間に合ってます……! と、というか、義母……!?」
「おっと早とちり。シフォンさんは僕のママンと仕事仲間? 友人? でね。子供の時から知ってるんだよ。あー、言われてみれば、夢先って名字もなんか既視感あったなと。……ん? なら、なんで僕は君ら姉妹を『知らなかったんだ?』」
「……ウカノ君と『会わせたくなかった』だけです」
「んだとぉ!? なんて母親だ! でも残念だったな! 結局こうして娘さん達とはヨロシクヤってるぜ!」
「……そのようですね」
はぁ、とため息をつくシフォンさん。
してやったりだぜ。
「そのカッコ、『仕事帰り』?」
「ええ。また戻りますが」
「じゃ、シフォンさんもゲームする?」
「話聞いてました?」
「てかシフォンさんがメイドさん達脅したせいでゲーム大会終了したんだから責任とってゲームしなさいよっ。たまにシフォンさんも箱庭家でやるぢゃんっ」
「それは今度でお願いします。ーーわらび」
「ッ……わ、私は、私の『思うままに行動』しただけです……!」
少し声を張り上げるわらびちゃん。
「おー? 少し遅めの反抗期か? シフォンさん、子育て苦手そうだからねぇ」
「貴方の母親ほどではありませんよ。ーーわらび。ならば最後まで『責任を取りなさい』。私はもう行きますので」
「もう行くの? 用があったんじゃなくて?」
「もう『要は済み』ましたので。では、ごゆっくり」
「ゆっくりさせて貰うよ。お、義、母、さ、ん」
「貴方を産んだ覚えはありません」
くるりと踵を返し、シフォンさんはホントに帰ってしまった。
「なんだったんだろうね。読めない人だよ。ね?」
「……あ、ありがとうございます、ウカノさん」
「何が?」
「……い、色々です」
「よく分からないけどならお礼は躰で支払って(ピョン)」
「キャッ! だ、だめですっ、急に抱き締め……! 家にはメイドさんが……! (ヒョイ)か、軽いっ……!」
朝に引き続いての子コアラ。
なんて力持ちな姉妹なのだ。
「ぅー……」
しばらく僕を抱き抱えたママ呻いていたわらびちゃんだったが、
そろりそろり
ベットへと近付いて行って……お、この流れは……?
ペイッ
ベットの上に僕を投げ捨てたわらびちゃんは、ハァハァと紅い瞳を輝かせて、
「と、トイレに行ってきます……!」
「またぁ?」
「げ、ゲームの時にジュースやらお茶を飲み過ぎたせいですから……!」
スタコラとわらびちゃんは部屋を出で行った。
また一人になる僕。
ま、こんな時は少し頭の中を整理でもしようか、そんなに新情報は無いけど。
ーーまず、姉妹の母親は知人だった。
僕が昔から知る女性。
なのに、僕は姉妹の存在を知らなかった。
シフォンさんが会わせようとしないでも、うっかり会えたり耳にしたり、機会などいくらでもあったろうに。
僕がカヌレを初めて見た時に覚えた『彼女が気になる』という感覚は、シフォンさんの面影を感じたからだった?
どうにも附に落ちない。
「んー……わからん。てか、どうでもいいか」
さっきも自分で言ったが、結局は出逢えたんだ。
天井を見上げ足をパタパタさせる僕。
例えシフォンさんが仲を引き裂こうとしても、もう遅い。
てか、そこまで実母に干渉する権利、ある?
いや、あるだろうけど、もう遅いのだ。




