3汗
「で、どうしてアンドナは僕の部屋に?」
切り出す。
「(ゼリーを食べながら)ど、どうひへっへ……(ゴクン)……その……『部屋を間違えて』……」
「部屋? 違う人のとこに行くつもりだったの?」
「ち、違う人って言うか……ぅぅん。でも、こうしてウカノ君のとこに来たかったのは本心だよ? むしろ、『本命』?」
「僕のとこに来たかった? つまり、じゃあ。僕と『エッチな事』をしに来たの?」
「え、エッチな!?」
顔を真っ赤にするアンドナ。
「何でそんな話になるのさ!」
「だって、サキュバスって人間の生気を搾り取るって有名な悪魔だぜ?」
「も、勿論知ってたよ! で、でも、私はまだ……そういうの、した事は……」
「はぇー。サキュバスにもそんな初々しい時期があるんだね。漫画ではよく見るパターンだけど」
「で、でも、初めてが君なら、むしろ……(ボソリ)」
「ん? 何か言った?」
「な、何も!」
「僕とシタいって?」
「聞こえてるじゃん!」
何やら、初めて会ったサキュバスに僕はロックオンされたらしい。
「つまり、見習いサキュバス的な君は、こっちの世界で『男を知る』みたいな課題をこなしに来たのね?」
「うー……うん。もうそういう事で、いいかな……」
「じゃあ早速『男を教えて』あげようか?」
「ま、待って! まだ心の準備が!」
「ヘタレだなぁ」
僕はうーんと顎に手を添えて、
「なら、とりあえず今日は『ハグ』までにしとこう」
「は、ハグ……? それって、抱き付くって事……?」
「いいよ。ワイルドな僕で男に慣れて」
「ウカノ君は見た目全然男らしくないけど……」
人が気にしてる事を。
しかしここで声を荒げるのは男らしくない。
余裕を持った大人の男アピールだ。
「おいで」
僕は、両手を広げる。
「ぅー……私の方がお姉さんなのに」
少しむくれつつも、アンドナはソロソロと僕の前まで来て、
「で、でも……い、いただきますっ」
フワリ 僕を抱きしめた。
ブニュン 僕の胸板で潰れる彼女のたわわ。
ズシリ その重量感と弾力感は想像以上で。
もっと、その感触を楽しもうと僕からも彼女を抱き寄せると、
「ンッ……」
驚いたように小さく息を漏らすが、苦しくはなさそう。
「すぅ……」
ひと呼吸だけで、その甘く官能的な香りに、頭がボーッとなる。
流石はサキュバス、いつまでも抱いていられる。
……なんて、考えてたのは『僕だけじゃない』ようで--
「はぁ……君のこの長くサラリとした銀髪……作り物のように整った顔立ち……虫を誘う花のような甘美な香り……『ずっと』、触れたいと思っていた……」
ネットリ、気持ち悪い事を呟きながら僕の頭に顔を埋めてクンカクンカするアンドナ。
「ずっと?」
「え? い、いやっ、いつまでも触れてたいって意味!」
「どっちにしろキモいなぁ」
「酷い! ほ、ほらっ、黙って抱かれてなさいっ」
ムギュッ
豊満な胸に顔を押し付けられる僕。
ジトリとした彼女の谷間には、湧水のように汗が染み出していて。
ヌルリ 「ヒャア!?」
少ししょっぱかった。
「ど、どこ舐めてんの! エッチ!」
「この谷は昔海の底だったのだろう。肌を舐めて分かる岩塩がその証左だ。我ら探検隊は谷底の財宝を求め歩を進めた」
「財宝なんて置いてないよ! これ以上の探索は『まだ』ダメ!」
谷間を隠すようにその辺のタオルをあてがって、再び僕を抱くアンドナ。
抱くのはやめないのか……。
「もう……、……てか、どうして、私を素直に受け入れてくれるの?」
ふと、冷静になったのか、そんな事を訊いてくるアンドナ。
どういう意味だろうか。
サキュバスを目の前にして、なぜ落ち着いてるのか? という意味か?
確かに。
サキュバスなんてのは『異常な存在』だ。
『日常』を生きて来た僕からすれば、もっと焦ってもいい。
けれど、そこはやっぱり『男の子』。
「エッチなお姉さんと触れ合えるんなら、細かい理由なんてどうでもいいのさ」
これ以上無いベストアンサー。
けれど彼女は納得いってる感じでは、『求めていた答え』では無いっぽくて。
「本当は……君、『私の』--」
「ん?」
「……ぅぅん。気にしないで。今は……何も考えずに……」
その後--数分は、僕も彼女も何も言わずに、ただくっついていて。
「ふぅ……はーぁ」
アンドナは、名残惜しそうに離れた。
「アハハ、も、もう。中々の色男だね、君ィ。随分と女の子の抱き方がこなれてたんじゃない?」
「分かるのかい? 僕のテクの『深さ』を」
「や、やっぱり、もう『そういう経験』、あったり……?」
「無いアルよ」
「ややこしいっ」
「どうせ、口で何を答えようが確かめよう無いんだ。君に対象の『過去を覗ける』悪魔パワーでも無い限りね。重要なのは僕達のこれからの積み重ね、だろ?」
「ぅー……誤魔化されたような……、……って。『積み重ね』?」
アンドナはポカンとした後、
「……また、ここに来ていいの?」
「来る度にどんどんエッチな課題のハードルが上がるけどね」
「怖い! で、でも……じゃあ、また、来る、かも……?」
「助平なサキュバスだぜ」
それから、アンドナは少し乱れた髪を整えた後にいそいそと玄関まで行って、
「……じゃ、じゃあ」
いじらしく小さく手を上げ、ぎこちなく微笑む。
いや、君、今更だけど不法侵入者だからね?
可愛い仕草見せても騙されないよ?
なんて事は、イケメンな僕が言うはずもなく。
「外はいい時間だ。幾ら夜の女王な君とはいえ、心配になるよ。送ってこうか?」
すると、彼女はブンブンと頭を振り、
「い、いやっ、勿体ない提案だけど大丈夫っ。『近い』しっ」
「そうなんだ」
魔界へと続くゲートが、という意味かな?
それとも、どこかに下宿してる?
この様子じゃあまだ教えてくれなさそう。
「またねっ」
今度こそ、アンドナは扉から出て行った。
「(ひょこっ)……ごめん、シャツ、貸してくれない?」
赤い顔をしてすぐに戻って来たので、ティーシャツを貸してやった。
--これが『彼女』との出会い。
--奇妙な関係の始まり。