328 職員と義姉
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「お兄、ちゃん?」
「アレ? 久し振りっ」
旅館にて。
私は、行方不明であったはずの兄と再会した。
その後……
兄は案内役である狐花さんの指示通り、山百合学園生にスマホ型デバイスを配り終え、狐花さんの簡単な説明が済んだ後、解散。
そうして……
旅館のロビーには、今から予定を決めている様子の数組の学園生と、私達『普通じゃない組』だけが残った。
「ではこのお兄様が、先ほどのお話に出た、山下(兄)さんで?」
「そう……だと思う」
すぐに現状を理解したらしいアマンさん。
因みに、他の二人、ユキノとわらびさんもロビーには居るが、他人の家の事情に関わる気は無いのか、一歩引いた所でスマホ型デバイスの機能を確かめていた。
「いやー、お前がここに来るだなんてなっ。ちゃんと食ってるか? 痩せたんじゃないかっ?」
誰のせいでっ、と兄に叫びたかったが、ギリギリで理性が勝った。
兄からすれば、ここと外(現実世界)との『時間の感覚』など分からないだろう。
そう。
狐花は『ここと外の時間流れの違い』を先ほど説明してくれた。
時間間隔のズレに関しては、『組織』の『報告書』にもそのような記載があったので、もしやと思っていたが……
「いや、なに普通の対応してんの? 連絡の一つも寄越さないで」
「ああ、それは……」
と、兄が何かを言う前に、私は兄に目配せをする。
『組織』に遣われてこの島にやって来た兄。
その使命を現在も覚えているかは不明だが、どちらにしろ、ほぼ一般人である兄だ、この場でポロッと漏らしかねない。
この目配せは、兄に覚えて貰った『組織』の簡易的な伝言方法……ではなく、我々兄妹間の『遣り取り』みたいなものだ。
何故だか兄は、昔から私の『目での訴え掛け』を読み取る事が出来た。
「ま、まぁ、送ったんだけど、何かの手違いで届かなかったのかもしれん」
「ふん……もういいや」
なんて、普通の家庭の妹のような反応をした後、
「で、結局ここで何してんの? バイト?」
「ああ、それは……」
と。
その時、兄妹間の話に割り込んで来たのは……
「これは面白い偶然もあったものですねぇ」
Tシャツに短パン、麦わら帽子で京都訛りの狐耳女、狐花。
案内役としての仕事はここで終了らしいのに、いまだこの場に留まっている理由は?
兄は頭を掻きつつ、
「狐花さん、ここに学生らを案内したのは偶然ですか?」
「おっとぉ? ああ、なるほど。偶然ですねぇ。私に決定権がないのはご存知でしょお?」
「それはまぁ……てっきり、理解った上で、我らを会わせたのかと」
「ふふ、兄妹なのも知らなかったですから。もし二人を引き合わせたのが意図的だったとしても、久しぶりの兄妹の再会……何も問題はないですねぇ」
やけに、我々兄妹立ち入ってくる狐花。
二人の様子を見るに、兄とは顔見知りのようだが……
「ま、『義妹』となる彼女です。『義姉』として挨拶するとしたら、今回は都合が良かったですねぇ。ね、『ダーリン』」
…………あ?
「ちょっ、ちょっと狐花さん! 普段はそういうキャラじゃないでしょっ」
「いけずやねぇ。昨夜はあんなに『仲良し』したのにぃ」
……これは……つまり……
「ふむぅ、なるほど」とアマンさんは頷き、
「お兄様が『帰宅しなかった理由』には、『こちら』も関わっていたと」
こちら、の意味は訊くまでもない。
「単刀直入にお尋ねしますが、お二人は恋人で?」
「いや、『夫婦』だね」
アマンさんに苦笑で返す兄。
「夫婦って……アンタ、帰って来ないと思ったら、家庭を持ってたとか……」
「まぁ、確かに、親族でもあるお前を式に呼ばなかったの悪いと思ってるが……」
「そういう意味で呆れてるわけじゃないって」
「兎に角、改めて紹介させてくれよ。こっちに来てくれ、狐花さん」
「はいはい」 ニコニコと満面の笑みで兄の隣に立つ狐花さん。
「出会いの話をすると長くなるから今は端折るが、俺がこっちに来たばかりの時、色々世話になった人だ。その縁で……な。この働き口も、彼女に紹介して貰ったんだ」
「うふふ、つい最近の事だってのに懐かしいねぇ。お前さんと来たら、出会ったばかりの頃はずっとワタワタしてて」
「い、妹の前で今その話は良いでしょうがっ」
私の存在忘れたようにイチャつき出す二人。
「お兄様、もう随分とこの世界に馴染んでますわね。『見た通り』に受け取るのであれば、ですが」とアマンさん。
彼女も、私と同じ『懸念』があるようで……
「っと。ダメだよお前さん、挨拶の途中だってのに。では改めて。変な出会い方しちゃったけど、まぁこれも縁って事で。これからよろしゅうね、妹さん」
なんて、こちらに手を差し出す狐花さん。
……結婚。
それはまぁ、良い。
個人の自由だし、ましてや身内、おめでたい話だろう。
だがそれは、兄の相手が『一般女性』だった場合の話だ。
愛さえあれば相手など関係ない、なんて話では終わらない。




