31バイト代はリンゴ一個
「にしても」
カヌレは周囲を見渡し、
「ここは随分寂しいね。あるのはベンチと……よく分からない『レンガで作った枠組み』? だけ。君はあの緑に囲まれてなくていいのかい?」
「それは心配無いよ。ちゃんと【持って来た】から」
「持って来た?」
僕はスーパーの袋を手に取り、カヌレに中身を見せた。
「コレは……【苗】? 何の苗?」
「中庭の木の」
「ん……? どうゆうことかな? あの木から出た種か何かを育てたやつ?」
「いや。『あの木自身』だよ。朝登校した時中庭行って『小さくなるよう』お願いしたの」
「ちょっと意味がわからないな」
「もう中庭に『あの木は無い』から後で確認すれば良いさ。ーーてなわけで、ご飯も食べたし早速やるか」
空になった弁当箱の蓋を閉め、パンッと膝を叩いて僕は立ち上がり、グラウンド側フェンス近く、地面に設置されたレンガの枠組みの所へ。
「な、何するつもりだい?」
とついて来たカヌレ。
「このレンガの枠組み、君には何に見える?」
「え? なんだろう……『花壇』?」
「正解っ」
ドスンッ
と。
僕らの側で、重い物が落ちたような鈍い落下音。
「「「グァッッッ」」」
「おー。みんなお疲れ。わざわざ悪いね(ワシャワシャワシャ)」
「えっ? な、なに? おっきな鳥が三羽……?」
「確かに二羽は【タカ】と【イヌワシ】で鳥だけど、一匹は【フルーツバット】っていう顔が犬みたいなモフモフのでかいコウモリさ。ドラキュラの元ネタだよ」
「そ、そう……で、その子達が何か『重そうな布袋』を運んで来たみたいだけど……?」
「うむ、これはね……うぐぐ、重い……えいっ」
ドバーッと、レンガの枠組み内に中身をブチまける。
「コレは……土?」
「そ。ホントはもっと欲しいけど、今はとりあえず……うぐぐ……」
「て、手伝うよっ(グッ)ゥっ……一つ二〇キロくらいあるんじゃないコレ? この子達、よく運べたねここまで」
「猛禽類はパワーがあるからね。数十キロの暴れる牛や鹿を掴んで飛べたりするし」
カヌレと協力し、計三つの土袋をぶちまける。
ペタペタペタと、アニマル達も土を踏んでならしてくれて……
「よしっ、じゃあ後はこの苗を土の中に……(ギュッギュ)……うむ。後は水をやっておわりっ」
ペットボトルの水をチョロチョロ軽く掛けると プルンッ 苗の葉っぱが嬉しそうに弾んだ。
「みんなお疲れー。さ、ウチの特製リンゴ食べたってー」
「「「グァッッッ」」」
協力者らにバイト代を上げると、皆嬉しそうに僕の手からリンゴをガツガツとほお張った。
「ほら、カヌレも一口で」
「アゴ外れるからっ! ……しかし、君が言うようにコレがあの木だというなら、元の大きさに戻るまで何年掛かるのやら」
「んー? 『明日には元の立派な木に戻ってる』さ。この子は成長早いから。ねー?」
「流石にそれは期待を掛け過ぎだろ……植物は褒めればよく育つと耳にするが」
「ふふん、ま、明日に期待してて。今後は更に花壇を広げてって『屋上天空ガーデン』にする予定だから」
「言葉だけ聞くと素晴らしいけど完全な私物化なんだよね……」
やる事もやって、ベンチに戻る僕達。
鳥達もついて来て、僕の足元で惰眠を貪り始めた。
「お茶飲む? 僕手作りの工芸茶でね」
「工芸茶って……あー、確か……」
「見た方が早いよ」
透明なカップを渡し、その中コロンと草団子のような塊を放る。
水筒からコポコポと湯を注いでーー
「おお……凄い、『オレンジ色の花が開いた』。どこかで勉強したの?」
「あー、【ママン】に教えられたんだよ。『コレ出来たらモテる』だの言われてね。今まで人に見せる機会が無かったけど」
「うん、コレは確かに、素晴らしいよ。(スゥ)んー、なんだかよく分からないけど、良い香りだ」
それから、お茶をズズっと一口。
「……ん。夏に熱いお茶? って思ったけど、独特の風味とスーッと鼻を抜けるミントのような清涼感が良いね」
「心を落ち着ける効果が有ったりなかったり。僕はハーブとか効能だとか、『エッチな気分になれる』ヤツ以外は疎いからね、花は愛でる派だし。とりあえず可愛い花を適当にぶち込んだよ」
「飲んで大丈夫なやつだよねコレ……?」
グラウンドからは遊ぶ生徒らのハシャぐ声。
昼休みの練習なのか吹奏楽のプぺーという演奏。
そんな全てがノスタルジーな気分になる環境音。
心地良い筈なのに、僅かに、謎の寂寥感も覚えて。
まるで僕らのいる屋上だけが、遠く、別の世界に隔離されてるように感じた。
……はぁ、コレだよ、コレが求めていた穏やかな日常だ。




