298 職員と色恋
夜。
ご飯を買いにスーパーまで行ってきて。
その帰り。
「ふぅ」
エコバッグをプラプラ揺らしながら帰路を歩く私。
全く……別に有料の買い物袋でも良いというのに、兄が貧乏性だからエコバッグを持ち歩けと言われてて……今もその癖が抜けない。
「はぁ……一日が長い」
出るのは溜め息だけ。
『組織』で仕事をしていた頃は、一日なんてあっという間だったのに。
たまに、何の為に生きてるのかも分からなくなる。
「枯れてんなぁ」
周りに人が居ないと独り言も多くなる。
女子高生の青春、といえば何だろう?
ファッション? 遊び?
それとも……ここはオーソドックスに『恋愛』?
「恋愛ねぇ……」
花の女子高生だというのに彼氏の一人もいやしない。
灰色の日々。
あのユキノだって彼氏が居るってのに。
出来るのかしら、私に。
もう『付き合った相手を危険に巻き込む心配』だとかの問題はないけれど……
そも、私に『まともな出逢い』なんてあるのか?
働いていた時は、『職員』同士のカップルという組み合わせは珍しく無かった。
出逢いの場がそこしかないというのもあったし、『仕事を理解してくれる』相手同士で気軽というのもあったのだろう。
お互い『いつ死ぬか分からない』職場だ。
なにか『繋がりが欲しい』というのも理解出来る。
そんな彼らを遠目で眺めていた私の感想は……『仲が良いなぁ』くらい。
別に嫉妬でも負け惜しみでも無い、なんて書くと情けない気持ちにはなるけれど、実際そうなのだから仕方ない。
月並みな言葉だが、私自身が『恋愛感情を知らない』だけ。
これを言っていい資格があるのは、箱庭のお嬢様だったり、悲しい過去があるヒロインのみだと思うが、悲しいかな、私は一般人。
カップルを見て、羨望の気持ちが無いかと言われれば、そりゃあ人並みに在る。
そういった相手が側に居るのは素晴らしいことだ。
「でもなぁ。みんな、一体どうやってそんな相手を作ってるのか」
漫画やドラマの描写では、劇的な出逢いがあり、好きな相手の側では心臓が高鳴り体温が上がるというが……それも所詮『創作の表現』。
実際は、なんとなく知り合って、自然と(男女が)くっつくもの、と聞く。
ドキドキしなくっても、ドラマがなくっても、現実では『利害関係』が一致すれば、男女は自然とくっつくもの……だと。
「ま、あそこ(『組織』)は死と隣り合わせだから、『吊り橋効果』なシチュは多いだろうけどねぇ」
『見ると発狂して死ぬ絵』、
『目を逸らすと殺してくる絵』、
『触れると死ぬまで絵を描き続ける筆』
などなど……
『組織』の仕事は隙を見せれば簡単に死ねる現場。
そういった『異常存在』を扱う仕事上、容易な事で心が揺れないよう、『職員』の精神コントロール訓練は義務となっている。
そんでも、『職員』であろうと。
恋愛というヒト特有の本能には抗えないらしい。
「友情、は理解出来るんだけどなぁ」
みんな、結局はその延長線上なのだろうか?
友人から始まり、自然と、ゆくゆくは…………
まぁ。
そもそも私に男友達など皆無だが。
「うへへ……なんだぁ? 母ちゃんかぁ?」
なんて。
ブツブツと独りごちていた私の前に、突如現れたのは、スーツ姿のおっさん。
いきなり話し掛けてくるとか変質者かと思ったが、そこは、ただの酔っ払いのようだ。
まぁ、別に、だからセーフとはならんが。
あと、私は、こんな出逢いは望んでない。
「んぁー? 母ちゃん無言ー? 怒ってんのぉ? だからぁ、アレは浮気じゃねぇってのぉ」
目が悪いのか、アルコールで視界がぼやけてるのか、実際に若い奥さんなのか……
まぁ、無視が安定かな。
私は、近づいて来るおっさんの横を通り過ぎる。
「おおうっ、見捨てないでくれえつ」
ヌッ!
と、通せんぼするように横から伸びて来る腕。
……今時、こんなトラブル、実際にあるもんなんだな。
正直、この腕を捻り上げるなり、腕を掴んでおっさんを投げ飛ばすのは簡単だ。
『異常存在』を相手して来た私からすれば、血の通った人間は然程脅威ではない。
逆に、一般人からすれば、ファンタジーで見る機会の少ない『異常存在』よりも、こういう人間の方が怖いだろうけど。
さて……
懲らしめるのは容易だが、おっさんも酔って勘違いしてるだけで、悪気は無さそうだし……
なんて、考えていた時だ。
「『うごくにゃ』」
一瞬。
私は、その『音』が理解出来なかった。
声、だったと思う。
具体的に言うのであれば、『言葉』。
「 」
おっさんは……止まっている。
目を見開いたまま、瞳孔も動かさず、眉も動かさず、呼吸すら感じない。
だが、気絶だとか、死んでいるだとか、そんな感じじゃあない。
まるで、おっさんだけ『時間』が止まっているかのような、そんな異質な光景。
……なにが起きた?
おっさんの悪ふざけ……と言うには、完璧過ぎる静止ぶり。
ザワッ
……いい加減、認めよう。
真実から目を逸らしてはいけない。
この、肌の産毛が騒つく空気…………『異常存在』だ。
『異常存在』が、すぐそばにいる。




