29会長ママン
ボーッと、言われたまま時間を過ごす僕。
ーー五分後。
「おまたせー……って、ホントにそのままの格好で待たなくても……」
「あー(キュ)」
「あ、手脚内側に折り畳んだ」
「あーこういう状態のセミは基本死んでるから近付いてもジジジッて暴れない(通称セミ爆弾)よあー」
「確かにそれは聞いた事があるが……なら、今は君に近付いても暴れないんだな? ほら、机にご飯置くからそろそろ起き上がっ」
「ジジジッ!!!」
「(ビクッ)う、嘘吐き! 暴れたじゃないか! セミみたいにグルグル回らないでっ」
「(ピタッ)とまぁ、こんな感じに手脚閉じてても稀に生きてたりするから注意しなよ」
「再現しなくても分かるよっ」
ムクリと僕は体を起こし、
「ふぅん(ジー)これ、君が作った朝ご飯?」
「そ、そう。ごめんね、ブサイクな感じで」
ーーお皿に載った少し焦げたウィンナーとメザシ、鍋の中には不揃いな豆腐の味噌汁、ジャーの中には柔らか目のご飯。
料理が苦手だと身構えてたけど、普通に食えそうなレベルだ。
ただ……許せない部分もある。
「緑が足りねぇなっ」
「え!? や、野菜って事?」
「待ってなっ」
僕は部屋を飛び出し、中庭へ。
適当に畑からポイポイ見繕った後、カヌレ宅にカムバック。
キッチンであれこれしてーー
「ほいよ。【スナップエンドウとキクラゲの玉子中華炒め】に【大根とラディッシュとオクラのネバネバサラダ】お待ち」
「しょ、食卓が一気に彩よく……! この卵は君の家から……?」
「や。畑に居た【うこっけい】がわけてくれた。たまにウロウロしてるんだよね」
「そ、そうなんだ。と、兎に角、いただこうか」
「いただきまーす」
パクパク モグモグ
誰かと朝を食べるのは久し振りだ。
新鮮な朝。
新鮮な思い人の部屋の空気。
新鮮な思い人の手作りモーニング。
初めてばかりで刺激的。
「なんやかんやで、ご飯、普通に食えるの出せるじゃん」
「そ、そうかな? なら良かった……」
「器用な君だ、続けて行けば人並み以上になれるさ」
「続ける……な、なら、今後も朝、食べに来てくれるかな……?」
「いいよ。料理ってのは『好きな人の為に作る』のが上達の一番の近道だからね」
「ううっ。そ、それを君の口から言うのかい……?」
「君の口から言っても良いんだよ?」
「……いぢわる」
カヌレをいぢめて満足した僕は周囲を見渡しつつ、
「ううむ。このシンプルな部屋が、これから僕の私物で溢れると思うと胸が熱くなるな」
「物置にする気!?」
「置くとしてもパンツとか歯ブラシだよ」
「に、『匂わせ』ってやつだ……」
「でも、テレビくらいはあっても良いんじゃない? 普段はそこのノート(PC)で見てんの?」
「まぁ、たまにね。基本テレビよりネットで動画を見てるよ」
「そういえば僕の部屋に盗聴器があったんだけどさぁ」
「唐突に何の話!?」
「不自然に置かれたノートPC……犯人は君かい?」
「不自然じゃないよっ、今時持ってるのは普通だよっ、犯人じゃないからね! と、というか、盗聴器だなんて大丈夫? 警察とか……」
「いや、もう外したし大丈夫。前の住人のやつかもだしね。そうかぁ、君が犯人ならまぁ許せたけどなぁ愛が重くて」
「そこは許容しないでよ……」
ーー食事も終わり。
「さ、そろそろ学校行く準備をして」
「やだーぽんぽんいっぱいなったからねーるー」
「またかっ! 子供みたいにベッドにしがみつかないのっ」
「僕を一度でも甘やかしたらつけ上がるってのに既に君は何度も僕を甘やかした(キリッ)」
「自覚してるなら改めてっ」
「じゃー部屋まで運んでくれたら考えるー(ギュッ)」
「……ま、また子コアラみたいに抱き付いて……約束したよ?」
本当にそのまま抱っこの体勢で外に出て、僕の部屋まで向かうカヌレ。
これでも僕は『カヌレとくっついて頭がフットーしそうだよぅ』な気分なのだが、彼女の前でそんな姿は見せられない。
階段をのぼり、扉を開け、迷う事なく部屋に足を踏み入れた。
部屋の隅に畳まれた制服(勿論体操着でアンドナが洗って置いてくれた)を手に取り、
「ほら、着替えて」
「ばんざーい」
「一人で着替えて!?」
「……(ジー)」
「ああ、もうっ」
シャツを脱がされ上半身裸になり、即座に体操着(上)を着せられる。
「ばんざーい(両脚ヒョイ)」
「下は自分で着替えて!」
逃げるように出て行くカヌレ。
乳首まで見た癖に、パンツ見るのは抵抗あるのか。
「(ガチャ)おまたせー」
「はぁ。全く君は……って下はハーフパンツのままじゃないかっ」
「いつも履いてる体操着のパンツも似たようなもんだしイケるでしょ」
「もう! 私が甘やかしたばかりに……!」
言って、カヌレは僕の部屋まで行き、体操着の半ズボンを持って来て、自らの鞄に入れる。
「欲しいの?」
「違うよっ! 学校行ったら渡すから、もう学校で着替えてねっ」
「真面目だなぁ」
僕が逃げないよう、手を繋いで学校へ向かわせるカヌレ。
「これもうカヌレ僕のママンだろ」
「ほんと、手の掛かる子供だよ……」
「その結構乱れた君の髪がまさにオカンって感じだよ。それとも、何も知らない人からすれば『朝から変な事してきた』みたいに見られるかな?」
「ッッッ(がしがしっ)」
「そんな乱暴に手櫛せんでも。ま、兎に角、明日からもよろしくね。僕が目覚めたら既にカヌレのオア僕の部屋の中で目の前に朝ご飯がある感じで。楽だなぁ」
「完全に母親として便利に使わないでっ」
「ほら、おいで。手櫛したげるから(なでなで)」
「ぅぅ……いつもそんな落ち着いた感じなら……」
ふと、アンドナが朝食を作って帰った時はどうしよう? と考えたが……
どちらも食えば良いのだとすぐに答えが出た。




