185 殺し屋と子供
とある場所へと向かうバスの中。
ウカノとわらびのするアホな会話を聞かされていた。
にしても……
あのわらびが、こうもペラペラと会話するなんてな。
関わる事など無いと思っていた相手。
だから、この先も寡黙な印象が変わる事など無いと思っていた。
なのに……あの柔らかな横顔。
一見分かり辛いが、普段の無気力なそれとは微妙に違っていて。
何より、纏う空気の柔らかさが別物。
学園でスマホを弄ってる時とは大違いだ。
学園……これを女子が見たら狂乱ものだろう。
いや、(バスに乗ってからのこいつらの話を盗み聞くに)どうやらウカノの奴はちょくちょく山百合学園に来てたらしいから、既に周知の事実か。
アマンより不気味だと思っていたわらび。
アイツのそんな、見た事のない『普通』の一面を見て……
余計、私の中でアイツの不気味さが増した。
……普通、のはずなんだがな。
気心の知れた相手の前で、キャラが変わるってのは。
何が引っ掛かるってんだ?
大人しくしてるんだから、放っておけば………………
ああ、そうか。
何もしないから、不気味なんだ。
いっそ、アイドル活動なり何なり、目立つ事でもやってくれりゃあ納得出来るのに。
アレだけの存在感も力もありそうな奴が。
いつまでも、一般人の振りをしてやがる。
まるで、世間から視線を逸らして貰うように。
その裏で、何かヤベー事の準備でもしてるかのように。
静かに、地味に、淡々と。
わらびは、その時が来るまで爪を研いでいるのかもしれない。
………………まぁ、勝手にしてくれ。
私は、さっきから何故仲が良いわけでもない女の事を考えてるんだ。
私が今するべきは、人の心配より自分の心配。
現実逃避でもしたくなったのか?
兎も角、だ。
未だにウカノは、私に何をさせるか説明をしない。
遊園地に行って、ただ遊ぶだけじゃあ終わらないだろう。
途中の話にあった、悪霊がどうだか、という話が関係あるのか?
まさか……いや、でも、こいつらの場合、何も否定出来ない。
胡散臭さしかないが、やはり当初の予定通り、何が来ても従う他ない。
少しでも、ババアへの意識を逸らす為に。
「むぅ! このバスの窓開かないっ」
「子供も乗るので事故防止措置でしょう。換気したいんですか? 気分が悪くなったとか」
「知ってる? 車の外に手を出して感じる風はおっぱいの感触なんだよ?」
「何ですか唐突に。……まぁ、今や有名な話ですからね」
「科学者がナビエ・ストークス方程式という、気体や液体の流れの様子を表す方程式で求めた結果、時速60キロならDカップ相当、100キロならFカップ相当というデータが算出された」
「なんて無駄な事に科学を……」
「しかし残念ながら、これで得られるのは『下から持ち上げた時の感触』で、『揉んだ感触』は味わえないそうだ」
「残念なのは実験の内容ですよ」
「まぁ揉む事よりも下から手の平で支えて重力感を楽しむのもいいもんよ。Dカップの重量はグレープフルーツ二個分、Fカップは小玉メロン二つ分だったかな。大変だよね女の子は」
「……下着の支えがあるのでそのデータ通りでは無いですよ」
「ふぅむ…………小玉すいか?」
「何の話ですか」
「一見、何の意味も無さそうなこの会話……しかしこの先、それは重要な伏線となって……?」
「この先今の会話が伏線になる展開なら帰っていいですか」
じょ、冗談だろ……?
胸がどうとか、大きさがどうとか……
そういう目に遭わされる可能性もある、のか?
い、いや、それも覚悟の上、だったろ?
標的の殺しに失敗して捕まった私に、拒否権は無い。
辱められるくらいならば死ぬ方がマシと思っても、その自由すら無い。
アマンのやつも喫茶店で、せ、性奴隷がどうだ? と勧めてたし。
何故か漠然と、根拠なく、ウカノはそうしないだろうと思い込んでいたが……腹を括れ、私。
『えー、つぎはー、九木山ー、九木山ー。終点です』
アナウンスするバスの運転手。
「お、着いたみたいやねっ。みんな降りるでー」
「停止ボタン押さなくて良いですよ」
「えー押したいー」
「子供ですか」
「バブー!」
「子供以下ですね」
私達がバスから降りると、すぐにバスは逃げるように去って行った。
……帰りのバスに、果たして私は乗れるのだろうか。
そうして、目の前には目的の遊園地。
九木山バニーランド。
確か、創業五十年ぐらいの老舗の楽園。
市民に愛されるこの場所だが、古いゆえに、いくつもの噂がある。
それらは全て、ホラー(くだらない話)だ。




