9一緒にねんね
うんしょ、うんしょと二人で2P(協力プレイ)し、机をどけ、床に広げて……
「さ、歯磨きもしたし寝ましょか」
「う、うん……」
床には一組の敷布団とタオルケット。
カチカチッと頭上の照明を落とし、オレンジ色の常夜灯オンリーに。
「僕はこのオレンジ色無いと寝られないからね。家主に従ってもらうよ」
「う、うん……」
同じ返事を繰り返す、心ここにあらずなアンドナ。
眠いだけなのかもしれん。
「ほら(隣のスペースをポンポン)」
「う、うん……キャッ!?」
突っ立ったままの彼女の手を引っ張る、と、豪快に尻餅をつき、グラグラ部屋が揺れる。
「ちょっと、安アパートで響くんだから夜は静かにね」
「い、今のは君がっ……!」
「騒ぐな」
パフッ
手でアンドナの口を塞ぐと「むぐぅ!?」と彼女は唐突な僕の豹変に目を見開いて。
「へへ、もう助けを呼んだって誰も来ないぜ?」
「むぐぐぐ(あわわわ)……」
「馬鹿な夢魔め、油断したな。演技にまんまと騙されやがった。ホラー映画を見せた時からこの計画は始まっていたのだ。君を怖がらせて帰れないようにする計画を、ね」
「む、むっぐっぐー! (な、なんだってー!)」
「優しい僕なんて存在は初っからいない。君はもうまな板の上の鯉。布団の上の夢魔。さて、どう教育してくれようか」
「(ごくり)……」
「………………ふぁああ……むにゃむにゃ。やっぱ眠いから続きは明日ね」
「むぐぅ!?」
手を離し、ゴロンと背を向けるように横になると、「モー!」と牛のように鳴いてポコポコ叩かれた。
それが適度なマッサージとなり、更に眠気を深めていく。
「はぁ…………ふぁ……なんか、色々あって、私も眠くなってきた……」
コテンと、彼女も横になったのを振動で感じる。
「全く……出逢って二日目の距離感じゃないよ……でも……そのまま……こっち向かないでね……」
ピトリと僕の背中にくっつくアンドナ。
そう言われるとイヂワルしたくなってくるけど、今はただただ眠いから、勘弁してやる。
リーリー カナカナ アオッアオッ
スズムシ ヒグラシ ナゾノムシ
部屋が暗く静かになれば、待ってましたとばかりに開始される、庭の虫の音。
夏の夜は、そのしっとりとした演奏で、時間をゆるく遅くしているのではとさえ錯覚してしまう。
一方、部屋の中は静寂なものだ。
あるのは規則的な呼吸音、そして衣擦れの音。
普段、僕の部屋には無い音。
それ自体は外の虫より静か、だというのに、なんとも落ち着かない。
けれど、不快感は無い。
例えるなら、夏休みに帰郷する実家のような、そんな、少しソワソワする、懐かしい気持ち。
この『懐かしさ』は一体?
…………
…………
…………
「またね」
チュ
ホッペに柔らかな感触。
「んー? んー……」
腕を伸ばし、コキコキと固まった体をほぐし、体を起こす。
「ふぅ……ん?」
ガチャリ 玄関の扉が閉まる音。
「……アンドナ?」
は、居ない。
じゃあ今のは彼女か。
チュンチュン チチチ……
外からは小鳥のさえずり、カーテンからは朝日、宙を舞うホコリはキラキラと反射。
ひと目でわかる朝の空気。
「(クンクン)……味噌汁」
立ち上がり、台所に向かう。
テクテクテク
「んー(ポリポリ)…………おっ、三種の神器じゃん」
鍋の中にはワカメとネギのシンプルな味噌汁、お皿の上には綺麗な三角おにぎりと照り照りな玉子焼き。
出来立てなのか、ホカホカ湯気が立っていた。
「一緒に食べてから帰ればよかったのに」
愚痴りつつ、三種の神器を今まで運ぶ。
「テレビテレビ(ピッ)……おっ。『会長』だ」
朝の連続ドラマ。
それに、我が校の生徒会長がメインキャストとして出演していた。
役は、悲劇の天才女子スケート選手。
普通、スケートシーン等は代役を立ててやるものだろうけど、そこは運動神経抜群な会長、スイスイプロ並みに滑ってみせた。
「ムシャムシャ……実況スレは大盛りあがりだなぁ」
スマホ片手に朝食をパクパク。
流れを見るに、会長の出ているこのドラマは歴代で最高の視聴率らしい。
『うおおおカヌレたああんん』『このままホントにプロになってオリンピック盛り上げちゃいなよ』『その巨乳でスケートは無理でしょ』
実況民も楽しそうだ。
ホント、学校で生徒会長したり、モデルしてたり、女優してたり……生き急いでる人だ。
何がそこまで彼女を動かすのだろう。
「ズズズ……ん? あ、もう良い時間だ」
お碗の味噌汁と皿の上を空にし、鍋に残った味噌汁は鍋ごと冷蔵庫に入れ、登校の準備。
別に遅刻しても構わんのだが、セレスのやつがうるさいから。
「んー……はぁ。まぶし」
いつも通り体操着で部屋を出る僕。
ーーふと、数十分前、同じようにここから出て行った夢魔アンドナを思う。
彼女は普段、どこにいるのだろう。
突然現れ、僕の生活に紛れ込み、僕を満たしてくれる、そんな都合のいい女。
……、……
「なんてね」
僕は一瞬考えたその『仮定』を頭の中から捨てた。
アンドナはアンドナだ。
悪魔の癖にヘタレでビビリなどうしよもうない女の子。
今日も帰ったら、きっと彼女は僕を待ってくれている。
毎度、悪魔の力で開けられるカギ。
だから、必要ないだろうけれど、
「合鍵、作って渡してやるか」
それは、『受け入れた』記念。
カン カン カン
少し錆びた階段を降りて行く僕。
ふと。
ガチャリ
下の階の人も扉から出て来たようで、
「「あ」」
思えば、顔を見たことが無かった階下の住人。
よく騒いでいるので、ウェーイ系大学生かと思いきや。
「カヌレ会長?」
その人だった。