駅3
ここは口の中だ
右のトンネルも口
左のトンネルも口
赤い空は口内の色
じゃこの駅は舌だったのだろうか
鹿が嗤ってる
にたりとありえない口の動きで笑ってる
人がいっぱいいる
彼らは口をあんぐりと開けたままだ
目に光がない
きっと何も見えていない
手元のスマホには口を開けるなと書いてある
誰かも知らない人がそう綴っていた
カワイソウニ
ホラ 笑ッテ
笑ウト怖クナイヨ
ミンナ一緒ダッタカラ
鹿が、嗤う
わたしは何も言わない
口を閉ざして震える体を抱きしめる
大きな音が破裂する
叫ばない
強く強く体を抱きしめる
怖イノハ嫌ダロウ?
鹿の黒い虚空のような眼が覗き込んでくる
だらだらと黒い涙を流しながら
痛イノモ怖イノモ嫌ダロウ?
鹿の涙が体に触れて
ぞわぞわとそのまま体を這ってくる
悲鳴をこらえる
悲鳴を堪える
叫ばない
口は開けない
長い舌が顔をくすぐった
鹿が甲高く嗤う 目をかたく閉ざす
怯えるわたしをあざ笑う声
黒い液体が体を覆って
ぎしぎしと嫌な音がする
痛みもある
でも叫んではならない
絶対に口を開けてはならない
アカメノ言霊ハ
ソレホド強イカ?
コノ恐怖ヨリモ強イカ?
舌が口をなぞる
頬をなぞり瞼に触れた
睫毛を撫でつけその入り口をこじあけられる
冷たい舌が眼球にふれた
ホラ見テゴラン
見えたものはバラバラになった人
バラバラになった女の人
虚ろな目で口をあんぐりと開けたわたし
モット見テ
舌が入り込む
眼から入り込む
景色は血だらけ
血だらけのわたし
喉から何かが湧きあがる
誘うように優しく唇に触れる何か
それは温かく 甘い
辛さしかないこの世界の唯一の優しさを
わたしは許そうとした
「だめだ」
頬に強い衝撃
体中がむしられるような痛みが貫く
「口は開けるなと言われただろう」
その声はわたしを抱え上げた
長い黒髪 凛々しく美しい顔
声は落ち着きをともなった低い声
女性か男性か判断がつかない
「C。やることは簡単だ。口を開けなければいいだけだ」
「光景も、痛みも幻覚だと思え。私はそれが出来ずに魂をとられたのだろう」
「Cはまだ助かる。何があっても口を開けるな」
「見るもの触れるものが怖いのなら私だけを見ていろ」
何処かの国の王子様のような顔をしたその人は
とても優しい手をしてそう言った
あいつすぐ抜け出しやがった




