恐怖の権化・新
「肝試しをしよう」
こんな友人の一言から始まった
なんでも家の近くの廃ビルで人が亡くなる事件があったからだ
わからない。
いったいなぜそんな現場にいかないといけないのか
「なぁ、気になるだろ?行こうぜ」
どうやらその廃ビルを映した写真がネットで騒然となったようだ
友人はその画像を見た
彼が言うには真っ暗なはずの廃ビルに白いぼんやりとした光が浮いており、屋上には何か、が笑っていたのだという
本当ならそんなことあるものかと声をあげて笑うところだが、ネットの住民たちも口々に同じ言葉をつづるものだから、僕も友人の言葉を真っ向から否定できない
現在はサイトも画像も消されたから今となっては知るすべはないのだが
当然、その廃ビルを訪れがる物好きはたくさんいる
そして彼らは嘘か本当かもわからない文字を永延と残していった
「つまらん」「なにもなかった」「空気が重い」「絶対ここになんかいるって」「やばいやばい」
しかし、今回の被害者が掲示板に残した言葉で状況は変わった
だれrっらか
たすてててけすてたすけええたたたたつちえうあたえうけたたすけてた
だれddもいいっか
おrはこkにいr
だしてくr
こわいこうぃwこわあいじゃいwじょあいあさいdじふぉじ
突拍子もなく突然書き込まれ、以来音信不通
当時の提示版ではいたずらだとスルーされたらしいが、暫くして書き込みをした人があの廃ビルでなくなっていて、その書き込みが死ぬ少し前に持参していたのであろう本人のPCで打ち込まれたものだというのだから
途端にこの廃ビルはネットの話題の一つになった
そして、そのPCは見つかっていない
「な!俺ら親友だろ?」
僕は大きなため息をついた
流行に飲まれた彼はきらきらと目を輝せている
誰が好き好んで人が亡くなった場所を訪れないといけないんだろう
そう思いつつも、僕には友人の誘いを断る言葉を持っていない
「わかったよ」
僕のその一言で、今夜の睡眠時間が削れることが決まった
夜0:00
僕はひとりぽつんとビルの前に立っていた
集合時間は23:30だったが、友人のことは理解している
彼は集合時間を守れたためしがないのだ
闇にまぎれた廃ビルはどこか崩れかけた塔にも見える
しかし、何度見ても長い時間見ていても、怪しさはまるでない
ただの朽ちた建物。 僕にはそう見えた
「おまたせ!ごめんな」
後ろからバタバタとやってきた友人に、僕は笑って手をあげる
いつものことながら、意味のもたない「ごめん」だったが、特にかける言葉もなくビルを見上げる
「よし。じゃ行くか」
意気揚々と進む彼の後を僕は歩いた
ビルの中は真っ暗だった
入り口を手にした懐中電灯で照らすとと、闇を切り裂く光線ががれきを映す
埃っぽく、黴臭い
そして冬も間近というのに言いようのない生温かさに包まれていた
僕と友人の喉がごくりと鳴る
言いようのない雰囲気をしているが、滾る好奇心には勝てず、一歩足を踏みしめた
きし、きし
砂や瓦礫だらけの床のせいで足音が響く
特別怖いものが得意なわけでもない僕は、勝手に想像を膨らませていく
足音が重なったらどうしよう
僕の足音が消えたらどうしよう
天井から髪の毛が垂れてきたら
暗闇から白い手が伸びてきたら
「なんもねーな」
肝の据わった友人が退屈気に懐中電灯を持て余し、くるりくるりと光が回る
確かにビルは一本道で、部屋もすべてが開け放たれている
暗闇が支配しているが、特に何かがあるわけでもない
「死んだやつ、ただの怖がりだったんじゃね」
撲は首をふった
たとえ怖がりでも、死ぬほどに怖い目にあったのだ
PCで誰かに助けを求めるくらいに
・・・PC?
僕はそこで初めて不思議に思った
何故パソコンだったんだろう
「助けて」と叫ぶのに、わざわざ床に置いて画面を立ち上げて両手を使ってPCに打ち込む
そんな人がいるだろうか?
PCしかもっていなかった?
いや、掲示板の利用方法を知っている人がこれを持っていないはずがない
「…え」
僕の喉から乾いた音が漏れる
僕の手の中には世の中の必需品となったスマートフォン
ぼんやりと光る画面に、僕は驚くものを見た
100,80,50,40,30,20…
右上の数字があり得ない速度でさがっていき、そのままブツンと画面は消えた
「どうかしたか?」
友人が訪ねてくる
「スマホの電池が・・急になくなった」
「まじかよ。このタイミングで故障か?」
そんなことが、あるのだろうか
試しにと友人も自身のスマートフォンを開く
「あ。俺、そういえば充電忘れてたわ」
この大馬鹿野郎
心の中で盛大に叫んだ
言ったことのない心霊スポットにスマホを忘れる馬鹿がこの世にどれくらいいるだろうか
「ま。それなら今日はお開きにするか」
残念そうに頭をかきむしる友人はくるりとUターンをした
「明日、はやおきしてショップいかないといけないだろ?」
「そこかい!!!」
ついに心の中にとめておけずに、廃ビルに大声が響いた
だからだろうか
遠くでガタガタと机が足踏みをしたような音が響き、ギシギシと床がなり、ぼたぼたと滴が落ちてきたのは
「お、おい・・・」
友人が初めて、震える声をしぼりだす
彼が見ているものは出口のはずだ
見てはいけない
僕はそう思いながらも、友人の視線の先へと目を向けた
何故かはわからない。体が勝手に動いたとしか説明のつかない行動だった
そこには少女がいた
ぼたぼたとしずくをたらし、ぎしぎしと床を鳴らしながら歩く少女が
ああ、さっきの音はこの子のせいか
僕はぼんやりとそう思った
「で、でた、のか?」
「どうだろうね」
狼狽する友人に対して、僕は何故か落ち着いていた
なぜだろうか
垂れる滴が赤い色をしているのも、がたがたと音をならすのが彼女のもつ武器のせいとわかっているのに
武器? ああそうか あれは武器なのか
人の骨をいくつも接いで作られた、あの大きな薙刀は
「あ」
声が漏れた
ゆっくりと 振りかぶった刃が
月明かりに照らされた刃は赤く濡れていて
とてもきれいだったからだ
「あえ?」
友人の呆けた声
隣をみると、彼は真っ二つになっていた
そう。胴と足が、ばっさりと
「あ」
あぁ
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
絶叫が響く
僕のものか、友人のものか、はたまた血まみれの少女のものか
わからないほどにビル内に響き渡る
「痛ぇえええ!助けてくれええええええ!!!!」
のたうちまわる友人に、僕は何もできずに叫びまくった
それを行った少女はすでに目の前で、切り落とされた下半身で遊んでいるというのに
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
少女は悲鳴をあげる友人を嗤う
三日月のような口はぱっくりと頬まで割けて、あるはずの目を大きく開いて
ああ、彼女は目玉がないのか。あるのは真っ暗な虚だけ
「ふふふ。おもちゃは、動いた方が、いい」
かわいらしい少女の声をした目の前の化け物は、下半身から友人の腸を引きずり出し、骨をへし折り、きゃっきゃと笑った
「ああああああああああああ!」
絶叫は続く。やむことのない悲鳴に耳がはじけそうだ
「つぎ」
そして、唐突に少女は友人の上半身にゆっくりとまたがる
「ひ、ひい!やめてくれ、たすけてくれええええ」
僕は動けなかった
腰を抜かして、股間をぐっしょりと濡らして、その非日常の傍観者に成り下がっていた
友人を助けることも、自分の身を守ることさえ考えてはいなかったのだ
そんな間にも少女は進む
赤ん坊が楽しそうにはいはいをするように
「ふふふ」
そして、ゆっくりとエモノを振りかざし、それを友人の脳天へと叩き込んだ
「うぺ」
涙でぐしゃぐしゃになった友人の顎の下まで貫いた刃
それはすぐさま引き抜かれ、彼女はその傷口を嬉しそうに眺めた
「ふふふ」
そして、頬まで割けたその口を、ゆっくりとその傷口にあてがり
そして、そして
「あk、くく、けきゃアア、ぶ、ぶふ、あああああああああ」
友人の顔がゆがむ
痛みと歓喜と恐怖と僭越で
人とは思えない声をあげて、人体から起こりえない音を奏でる
モーツァルも驚く交響曲
「うぼぁああ」
彼女の口が、友人の脳髄を血液を内蔵をすすり上げる
ああ、目玉が吸い込まれた
彼女とお揃いだ
真っ黒い 木のうろのような眼
「あ、あははは」
僕はいつしか笑っていた
惨たらしい拷問をされている友人はもはや助かる余地はない
ああ、ひどい。ひどすぎる
この世にいくつもある拷問器具でもこうはいかないだろう
それなのに彼女も友人も僕も
そろって口は三日月にゆがんでいた
「ぴゅ、ぴゅふ、ふふふ」
だらしない友人の笑い声
唐突に伸びた彼の手を、僕は払うこともつかむこともできない
そのまま上半身だけが這い酔って、ずるずるずると血がひきずっていく
「・・おい」
冗談やめてくれよ
少女ならともかく、まさかお前が撲の脳をすするっていうのか
「あああアアあぁあ」
友人に首元を食いつかれた。すぐに肉がちぎれて鮮血が舞う
やめてくれよ。僕の上に上るな
そんなことしたらお前だって内臓が出てしまう…
ああ、内臓は全部、頭から吸われたんだったっけ
今の彼女はお前の何を食べてるんだろうな
「ぴゅふ。ぴゅふ、ぴゅふ」
「やめて、よ。たのむから」
「ぴゅ@ゆぴゅいdjふぁおd」
「やめてくれえええええええええええええええええええええ!!!!」
せりあがる恐怖
僕は舌まで食われた友人を突き飛ばし、我武者羅に走り出した
首が痛い、血がすごい出ている
そんなことは関係なかった
とにかく走るしかなくて、どこに行くかもどうでもよかった
そして、気づけば僕は屋上にいた
「・・・へ」
そこには一台のPCがあった
ぼんやりと光る画面には、メモ帳だけが開かれて勝手に文字を綴っている
「どういう、こと?」
独りで僕はつぶやく
すると、画面のメモ帳にも同じように字がならんだ
そう。僕の心までそっくりに書き写されているのだ
『よお』
別のメモ帳が開かれる
黒の背景と赤い文字のメモ帳だ
それは、誰もPCの前にはいないのに勝手に言葉を連ねる
『ようこそ。俺様の贄』
「あなたは、誰なんだ」
馬鹿らしい話だけど、僕はPCに向かって話かけた
『俺様は恐怖の権化で、お前はその贄だ』
黒いメモ帳が嗤う。文字にも出ていないのに、何故だか僕はそう感じた
ああ、心臓が破裂しそうだ。
『どうもありがとう。お前のおかげで俺様は新しい贄が手に入りそうだ』
「どういうこと?」
『コレだよ、コレ』
メモ帳が揺れる。本物の紙のようにひらひらと
『今までは噂程度しかなかったこの場所がこの箱のおかげで世界的に発信された。
そして、馬鹿な探検者を俺様は食うことができる』
そして。と高らかに黒のメモは進む
『お前の行動はここに書き留めた。これを流せばまた情報がめぐる
この文章のことが起きた場所ってなれば、贄はこぞってあらわれる。
ああ、いい作品だ。これなら読んだ奴の恐怖も喰らうことができるだろう』
ああ。僕たちはただの撒き餌にひっかかった魚で、こいつはその魚を喰らい新しい大きな魚を得ようとしている
こんな文章、真実なんて誰も思わない
怖い物語だ、つまらない物語だ
ああ、舞台はあそこだ。せっかくだから行ってみよう…
結果や感想はどうであれ、こいつにとってはそれでいいのだ。来るだけでいい。
この文章で感じる恐怖など、おやつ程度で腹の足しにもならないんだろうから
『来すぎると困るんだけどな。全部喰ったら来なくなるし。調整はやっぱり大事だし難しい』
そんなこと知るか、と心の底から思った
心の中をのぞくソイツはそれを見て笑う
『さあ、長すぎる物語に終止符を打とうぜ。お前には感謝してるから、ちゃんと喰らってやろう』
PCの画面が消える
あっという間に当たりは真っ暗になり、僕は闇の中にひとり取り残された
音もなく、温度もなく、屋上なのに風もない
首をつたう血だけが異様に冷たく感じた
『ウェルカム』
光がともる
淡い光は僕を照らすもまぶしさは感じない
そんなものを感じるより周りに目を奪われていたからだ
腕のない男、頭のない老人、上半身のない赤ん坊、目のない少女、下半身のない友人…
僕を取り囲むように大勢の人であった者たちが取り囲んでいる
「いや、だ」
そろって、口をゆがめ、黒い三日月がそろって僕を見つめている
三日月はゆっくりと近づき、意味の分からない声が音として奏でる
「いやだあああああああああああああああああああああああ!!!!」
僕は叫んだ
腹の底から、喉がちぎれんばかりの大声で吠えた
しかし、だからといって状況は変わらない
吠えても、わめいても、暴れても
死んでいる人に通用はしない
『違う違う。死んでねえよ』
赤い文字は綴る。何故か僕の頭にもそれは届いた
『そいつらは死ねないから。お前も見ただろう。大事なエサを一回の食事で終わらせてたまるか』
それじゃ、彼らはまだ生きてる
死んでいるのに、生きているのか
『そう。気も狂えないから、痛くて怖くて死にたくてたまらないまんま。体だけ俺様の命じたままに動いてる』
赤い字は嗤う
『恐怖、だろ?』
体に流れる血が凍りつく感覚
それに支配され、僕は指一本動かなくなった
涙も冷や汗もだらだらと流れるけれど、体は死んだように動かない
「た、たすけて」
震える声は、まるで僕のものじゃないみたいだ
「おねがい、しま、す」
ゆらりと口が開く。人間だった人たちの持つ骨の武器がけたけたと笑う
僕はそれをまばたきもせずに、ゆっくりと動くそれらを眺める
「なんでも、します」
どうしてこうなった 僕が何をした
単なる興味本位で、単なる人付き合いで、単なる肝試しだったのに
「あああああう」
僕に一番ちかい口は友人の口だった
意味の分からない言葉でうめく友人は、今も体の中身を吸い取られる痛みと下半身をなくす痛みを味わっているのだろうか
「おあ、たす、けてよ。 と、だち、だろ」
意味の分からない言葉の中から拾った羅列
ふざけるなと僕は思った
お前が僕を連れてこなければこうはならなかったんだと
醜い考えだと思う
親友とまで言ってくれた友達に思うことではない
でも、だからといってそう思わないわけにはいられなかった
『だとさ』
そして、僕の考えはやつにも伝わり、やつから友人へ伝わる
友人の口は無数の牙へと変わり、それはそのまま僕の顔へ飛び込んだ
「ぎやあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
合図だったのだろうか
武器が振り下ろされ、両手でつかまれ、歯を突き立てられた
痛みの連鎖で頭がはじけそうになる
本来なら気を失って味わうことのない激痛が全身をくまなく襲った
それでも、死ねない
『大丈夫だ。安心しろよ』
意味の分からない励ましが届く
『ちゃんと喰らうって言っただろ?お前は、喰われたら終わりだ。よかったな』
腕を食いちぎられた。足をもぎ取られた。内臓がずるずると引きずり出された
『こいつらと違って死ねるから、マシだろ?』
違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!
なんで僕なんだ!なんで僕がこんな目に・・・
『そりゃあ簡単だよ』
赤い文字は楽しげで
『お前死にたいって思ったことがあるだろう?いじめって何か知らねえけど』
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!
『このお友達はそれからお前を助けてくれたのに、お前はなんもしないしむしろ見捨てた…てのは置いといて、死にたいやつは殺しても構わんだろう?』
違う違う 違うんだ
こんな死に方望んでない。本当は死にたくなんかない
いじめが終わって解放されて、僕はこれから…
『うるせえよ』
赤字は呪いのように連ねる
『死にたい、は、殺されてもいいってことだ。殺す側がいつするか、どうやってするかは殺す側次第さ』
「死にたく、ないよ」
『あっそ。知るかよ。今がどうかなんて』
右腕ガなくなった。ヒダリ足がナくなった。アタマもハンブンこ。目も方っポ無いヤ
「死にたく、ナイ、よ」
その言葉を最後に、僕の目は友人の喉を通った
その友人の目を通して自分の喰われる様を見て、自分の目で咀嚼された自分の肉を見て死ぬのがわかりながら、死にたくないと願った
『じゃ、サヨナラだ』
それを最後にEnterキーがはじく
ああ、死んだあの人もそうだったんだ
スマホの充電きれて、掲示板で助けを求めたとしても、そこで冷静にEnterキーなんて押せるはずがないんだから
最後のキーは、彼が、今みたいに…
僕の体が肉一つ残さず、喰われて消えていく
最後の肉片が消えたのと同時に痛みも光も消えて、画面が閉じるパタンという音を最後に僕の命は終わった
おい、てめぇ
今ならデータ消してやる
大人しく居場所にもどれ
戻らねぇならお前自身を消してやる
……ち
次は間に合わせる




