異界1
ばらばらと雨が降っている
ちらちらと雪が降っている
こつこつと雹も振って、至る所で雷が落ちた
……なにこれ?
地面は真っ黒 空は真っ赤
ぼんやりとした月は2つ
月みたいに丸じゃないけど
なんか楕円形だけど
なにこれ、どういうこと?
遅くまで部活をして、道場から出た
いつもどおり歩いてたら足元がふらついて落ちて
気付いたらこの通りだ
……だめだ、1ミリも理解できない
「ギギギギシシシ」
不快な音が聞こえて、振り返る
そこに更に理解ができないモノがいた
そしてそれを見て理解する
ここは日本じゃない
「ギジュルルウウルウルルル!!!!」
あたしとて学生だ
流行している異世界だとかモンスターだとかの知識はある
一応漫画を読んだりゲームだってしたことはある
は?スライム?キメラ?なんとかウルフ?
ふざけるな そんなものモンスターじゃない
所詮虫や動物の進化系だ
そう思えるくらいに目の前の化け物は異色だった
正直表現できる言葉がない
ぐにゃぐにゃで、皮膚から粘りのある液体が出てて
穴があって、固そうで、でかい
何の生き物にも似てないし一致するところなんてない
そんな何かが向かってきた
大きさは一回り以上
スピードもある
弱点?わかるか、そんなもの
逃げれる?土地勘もないのにできるか、ばか
結果、選択した道はいつもと同じだった
普通ならここで恐怖におびえて泣き叫ぶのが女だろう
だがあたしは違う 骨の髄まで染み込んだ教えは違う
敵が向かってくる
殺すため 傷つけるため
じっとしていればやられる
逃げても追いつかれればやられる
ならばどうするか
決まっている
駆けだす
足を踏ん張って 丹田に力を込める
そしてわけの分からないその化け物を
全力でぶん殴った
「ッジュジュッジュウウウウウ!??」
化け物は鳴く
なるほど 痛みという概念はあるか
あたしは更に殴り、蹴り、突き、捻る
相手に攻撃の暇をやらない
相手を逃がさない
相手の体と心を同時に折る
相手にやられる前にやれ
これがあたしの身に叩き込まれた格闘の教え
祖父が2歳の頃からあたしに教え込んだ武道の流儀だ
じいちゃんよ どうやらこの流儀は化け物相手でも通用するらしいぞ
「ぎ、ぎぎぎぎぎ、ぎ!!」
化け物は痛みに鳴く
我武者羅な攻撃を仕掛けてくるが届くまでにあたしの攻撃があちらを貫く
喚く 喚く 喚く
馬鹿が 今は命の奪い合い 声を出す体力すら惜しむべきだ
化け物は溜まらずあたしの腕に攻撃しかけてきた
馬鹿が 腕で生き物は死なないんだよ
とはいえ、あたしとて生き物にとっての何処を攻撃しているのかがわからない
だから徹底的に潰して、潰れたら次へ移動
全て潰せば相手は死ぬだろう
それでも死なない系のファンタジーモンスターなら困るが…
その時は1から同じことを繰り返そう
良い案が見つかるまで繰り返そう
「シシャ!?」
なんだ 頭の中でも覗いたのか?
何処が顔かもわからないけど恐怖が見えるぞ?
どうした もう終わりか
死ぬまで殺るぞ
死んだと理解できるまで殺るぞ
そうすれば何がおきるか
こいつの種族があたしに、もとい人間に攻撃してこなくなる
恐怖が刷り込まれて
あれには近づいてはならない
そう伝わるようになる
人が近づけば逃げる野生動物のように
そうなればこちらのものだ
ここにどのくらい滞在することになるかわからない
敵はひとつもいないに越したことはない
モンスターは動かなくなった
動かなくなっても心臓は動いているのかもしれない
うん 体力が続く限りは相手を貫こう
「やれやれ。急いできたんだけど要らなかったかねぇ」
老人の声
瞬間で飛び出す
殺すかどうかは置いておくとしても殺せる状態にはしなければならない
だが、あたしの拳はぴたりと止まった
「とんだじゃじゃ馬やねぇ。狂戦士ちゃん」
止まった理由は気配すらなかった男が手首を掴んでいたからだった
そう理解した瞬間に蹴り、合気をつかって拘束から離れる
「アカメ。儂はこの世界の主に会いに行くよ。おまえはこの子を頼むね」
「ほっといても大丈夫だろ、こいつ。むしろ地球に合う気がしないんだけど」
「そうはいえど地球人だからね。きちんと連れ帰らなきゃ。人間の相手は頼んだよ」
そう言うなり、老婆は煙にまかれるように消えた
残されたのは銀髪に赤眼の、現実味のない人間ひとりだ
……いや、人間か?
今のあたしの突きを正面から受け止めるならわかるけど
横から掴んできた人間は今まで一人もいない
「…人間じゃねぇよ」
銀髪は近くの岩に腰かけた
「お前こそ人間かよ。ホントに」
頷く
一応父も母も人間だし、祖父も人間だ
全員、少しタガが外れているけど
「しかも日本人だろ?生きにくいだろうな」
首を横に振った
確かに不便はある
刃物を持った男性3人に襲われた際に、対処した結果過剰防衛と言われたり
物は試しと挑んだ世界チャンピオンのボクシング選手にKOをとったり
腕を怪我して入院したときに、1日で治ったら研究所送りにされそうだったり
不便だが、それでも生まれは日本
食べ物は美味しいし、武道という素晴らしいものがある
「なるほどなー」
銀髪は日本を知ってるのか
「ああ。天ぷらが一番すきかな。あ、違う。鍋がいい」
なるほど
銀髪は日本のことをよく知っているようだ
鍋はあたしも好きだ
それよりも、だ
今どんな状態なんだろうか
「さっきの婆のミス。他の世界に行くために道開いたんだけど、開く場所間違えたんだと。
で、そこにお前が間違えて落ちたらしい。運がなかったな」
運、か
「座れよ」
首を振る
素性の知れず人間ですらない人型に心を許すつもりはない
「そうか」
何故か銀髪は嬉しげに笑った
なんだ、こいつは
変な奴だ
「お前よくその魔物、抵抗なかったな?」
ん?
「見た目もそうだけど、さすがに人間じゃない生き物との戦い方まで習ってんのか?」
あー
実は父がクマ牧場を営んでいて
「うん」
クマ牧場に1頭だけシロクマがいる
隠して飼ってるんだ
「…うん?」
しろしろはあたしの友達で 修行相手だ
「お前肉食獣最強って呼ばれてる生き物と修行してんのかよ!」
銀髪は笑う
それはもう腹を抱えて笑う
うるさいな
友達いなかったんだよ
いたけど変な目で見てくるから嫌になったんだ
「だろうな。男より強いわ、武道というか殺しの技に没頭してるわで人間には近寄りがたいよな」
ちがうちがう
女の友達いたんだけど、目が、その……ハートになってたから嫌になった
「ぶっっっっっっ!!」
笑うなよ
「笑えるだろ」
自分の身になったら笑えないよ
弱い男から告白されるのも虫唾が走るけど、女からとか想像の範疇を軽く超えてる
こんな話はいいんだよ
銀髪、ちょっと勝負しよう
「あ?」
あんたは強いとみた
「確かに強いけど…」
まさか女相手だと気が引けるとか寝言いうんじゃないよね
「ゴリラの雌みて女扱いする野郎がいるかよ」
よし決定
殺す
「待て待てって。どうせならもっと面白いことしようぜ」
振りかざした拳を止める
なに?面白いこと?
あんたをボコるより面白いことってあるの?
「おう」
なに?
「一狩りいこうぜ!!」
銀髪は目を輝かせてそう言った
化け物女登場