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魔王の手帳  作者: Karionette
零章 アカメの日記帳
14/219




実話小説


残酷描写あり。ホラー。R15。








オレには神様がついている。


本当かどうかはわからない。


ただ周りからずっとそう言われてきた。




友達からは嫌な夢を見ていたけどオレが出てきて助けてくれた、と。


親戚からはすごく気落ちしていたんだけどオレと話すと楽になった、と。


彼女からはオレが作る食事は元気がでる、と。




オレには実感ないし、特に運がいいというわけでもないし


病気にもかかるし風邪もひくし怪我だってする。


もちろん幽霊だって見えない。




特に悩みだったわけでもないんだが、


ある日たまたま見た提示版の一言に目をひいた。






神が生きものにつくかよ


神からしたら人間も蟻も変わらねぇぞ


一人の人間に守護与えるほど暇な神とかまずいない






誰が言ったのか、どんな掲示板だったのかは覚えていない。


ただ、この言葉だけが頭に残っていた。


「そうだよな」とオレが納得してしまったのだ。


なにせ神様だ。オレやオレの周りだけ守るほど時間があるはずがない。




それなら、オレには何がついているんだろうか。






ということで、若干有名になりつつある寺に行ってみた。


蛇と狐が守護している人がこういったことに詳しいらしいのだ。






「はじめまして。龍川と言います」






寺だからお坊さんかと思えば、30にはいかないだろう普通の身なりの男性だった。


ぎっちりスーツを決めてきたオレと違って、彼はTシャツにジーンズとラフな格好だ。




オレは改めて切り出す。オレに何か守護霊とか神とかついているのか、と。






「僕は霊は見えるけど守護霊となると見えないかも」






タツカワさんは頼りなく笑った。






「ただ、ある人曰く神様が人に宿ることはないらしいですよ。


人につくのは良くも悪くも霊だけ。それが守護霊か悪霊かの話みたいです。

僕には恩義があって蛇がついてくれているみたいですけど、


それも神でもなんでもないらしいですし。


ただやっぱり力があるから、人は神と呼んだりしたそうです」






噂は本当ならしい。オレは続いて狐について伺った。






「あの子は暇だからついてきちゃった」






そういうこともあるのか。






「その子、ここにいるんですけど…なんかあなたの周りをくるくる回ってる。


僕にはわからないけど、ハクコならわかるかも」






オレの周りに狐がいるらしい。


心の中でお狐様にお願いをした。オレに何が起きていますか、と。






”とーる”






オレの名前が、頭の中で呼ばれた気がした。


少女のような可愛らしい声で。






”とーる。もうだめ。おしまいになるよ”






そんな声がして、オレは意識を失った。












気が付くとオレは畳に敷いた布団の上で寝かされていた。






「よかった。体は大丈夫です?」






そう言われてもオレも何がなんだかわからない。


どうなったのかとオレは聞いた。






「うん。貴方は死んじゃうっぽい。霊とか神とか悪魔とかそういうんじゃない。


貴方はものすごく、強く呪われているみたいだよ」






彼は遠慮なくそう言った。




オレは驚くことも、ましてや怒ることもできずに呆けていた。


その隙にと、彼はすぱんと襖をあける。






「ということで、もっとすごい人に来てもらいました!」






拍子抜けするほどに小気味良い音をたてて開いた襖の先には巨大な蛇と睨みあう男がいた。




輝く銀髪、巨大な蛇に臆することない鋭い真紅の眼。


その足元には転げまわる子狐がいて、白鱗の蛇は威嚇するかのように牙を剥いていた。






「ちょっとアカメさん、カガシ。しまらないからやめて。ハクコ、ちょっとじっとしなさい」






アカメと呼ばれた銀髪の青年はじろりとこちらを睨みつけ、


カガシと呼ばれた蛇はふんと鼻を鳴らして目を逸らした。






「この人はこの道のプロというか管理する人だよ」






青年は頭を下げることもなく、よろしくと気さくにいうでもなく、突然オレの頭を叩いた。




初対面とは思えない所業にオレは驚くことしかできず、わんわんと響く頭を抱えながら目線で抗議した。


しかし青年のに睨みつけるような目は変わらない。






「一生不幸にしてやる」






青年は突然そう言った。オレの脳裏から離れない言葉を。


思わずヒュイっと息をのみ、全身に走る寒気に身を震わせた。






「ほんと人間ってのはくだらない生き物だな。自分で作ったものを死んでまで呪うのか。


俺がぶっ叩いてもとれないくらいには強い」






オレの正面に座り、アカメはあぐらをかいたままオレを指さす。






「一つの幸せも得ないように、得るはずだった幸福も人にばらまいてる。不幸になるようにな。


このままだと面白いくらい残酷に死ぬぞ。お前」






アカメは容赦なく続けた。






「俺は管理人だが、それは霊や妖怪の類のものだ。お前のは生きていた時から呪って死んで呪いを完成させてる。


お前が死ねば終わる代物だ。他の人間には迷惑かけねぇよ。


死んだ奴が今も呪ってるなら俺の仕事だが、生きてたやつが始めたことなら俺の管理下じゃねぇ。諦めな」






冷たい言葉が胸に落ちる。そして染み渡る。


震えが走り、言葉の意味が理解でき、誰がなぜそうしたかまで想定できた。




オレは何も言えなかった。




助けてくれとも思えずに、恐怖心すら沸き起こることなく。


ただ、ああ。そうか。と納得しただけだった。






「いや、アカメさん。それじゃ困るよ。なんか手伝って」






そこに抗議したのはタツカワさんだった。






「あぁ?人間一人死んでも俺はどうだって…」




「僕の仕事は人助けで、あんたがそうしろって言ったんでしょ。呪いを解けとは言わないから力貸して」






タツカワさんは真剣な顔つきで赤い眼を見つめる。




よく見ればその目は緑色で、カガシと呼ばれた蛇と同じ色をしていた。


澄んだその目は赤眼の男とは真逆といっていい。


その真剣な目に折れたのか、赤目は舌打ちをしながら目を背けた。






「……カガシ。ハクコ。お前らがやれ。引きずり出してきてやる。


おい、凛。この貸しは高くつくぞ。何を代償に寄越す?」






代償。


その言葉にオレははっとした。


自分のためにタツカワさんは何かを起こし、危険に晒され、その上何かを奪われるというのか。


そんなこと容認できるはずもない。元々は単なる興味本位で訪れた寺だ。そんな自分のために誰かがどうかなるなんて…






”だめだよ”






気付けば膝の上に子狐が座っていた






”だめ。だいじに、だいじに。自分はだいじ”






ぼんやりと光る子狐はどこか笑ったような気がした。








「時間で払うならどのくらい?」




「3日」




「それは辛いなぁ。ほら、カガシも怒ってる」




「じゃ2日。残り1日はお前が払えよ、カガシ」




「うん。ありがとう、アカメさん」






アカメは盛大にため息をついて、オレの前に再び座る。


その傍には心配そうに子狐が寄り添った






”おうさま いたいよ?”




「どってことねーよ」






そして射殺さんばかりの目でこちらを睨んだ。






「お前の呪いの元、母親を召喚する。それを消せ。お前が恐れれば恐れるほどアレは強くなるからな。


凛に感謝してるならお前が戦え」






そう言うと彼はオレの掌に爪を突き立てる。ぶつりと千切れた皮膚からは赤い血が、そして燃えあがるような痛みが走った。


しかし痛いと叫ぶ前に壮絶な光景が目に飛び込む。


アカメは、自分の左腕を、ぶちぶちと自分で引きちぎっていたのだ。






「えぁあ!?」






タツカワさんも驚きの声をあげるが、アカメは顔色変えずに腕を引きちぎり、そしてそれを床に叩き付けた。






「王の血肉(ほうび)だ。来い」






アカメはその場をゆっくり離れ、子狐がオレを守るかのように目の前に立った。




ちぎられた腕は真っ赤に染まって黒く染まっていき、そこから怨嗟の声が響いた。


肉を喰らい、血をすする音が響き、腕から何かが出てくる。




黒く長い髪、異様に長い手足、骨の剥き出しになった痩せこけた体


服はなく裸の体は焼けただれ、杭がいくつも刺さり貫いている。


目玉のない空虚な眼には黒い液体が流れ、顎は無くだらりと舌がだらしなく揺れていた。


首が折れて頭が横を向き、こんな体なのに一滴の血も流れておらず代わりに耳障りな音が永遠と鳴り響いていた。




そして、オレにはわかってしまった。




これが、こんな姿になっているのは、オレの母親。


一生不幸にしてやると言いながら死んでいったオレの母だった。






”こわくないよ”






子狐はかわいらしくシャッと威嚇した。






”おうさまに比べたら こわくないよ”






そうは言われても頭のなかには恐怖の字しかない。


体に刻み込まれた恐怖の傷がずくりずくりと痛む。




母はずるずると、アカメの腕をすすりながら、こちらへ向かってくるのだ。


足ががくがくと壊れた機械のように蠢く。腕は不釣り合いな長さでこちらへ伸びる。


折れた首は頭を支えきれず、振り子のように揺れていた。






”こわくないよ”






無茶を言うなと叫びたかったが声すらでない。頭に浮かぶのは「ごめんなさい」の言葉。


腐った人の肉の臭いと、肉の焦げる臭い。咀嚼する音と引きずる音と近づく音と恨みの声と…






ぱーーーーーーんっっ!!






景色を晴らすかのような拍手。


音の正体はタツカワさんの拍手で、そのまま両手を合わせたタツカワさんが口をきりっと結んで母を睨んでいる。


母は、腰から180度ぐるりと回り、今度はタツカワさんに近づいて行った。


オレは彼に手が伸びるのを見ながら動くことも声もでない。






「おい、いいのか」






片腕を失くし、止めどなく血を流す銀髪の彼の言葉が響いた。






「それじゃ変わらねぇよ」






ぱんと、またも頭に衝撃が走った。


一瞬景色さえも見えなくなり、次に見えたのは真っ赤な眼だった。






心臓を奪われた気がした。


全身を縛られ、胸を貫いて心臓を握られ、


脳を全て探られ、息をするのも存在することも許されていない。


がたがたと歯が音をたてる。心臓が止まりそうな勢いで最後の抵抗のような拍動を打つ。


だが体からは温度が消え、血の流れが止まり、涙があふれでて止まらない。




恐怖だ。




指の先まで、髪の一本まで。オレのすべてがこの真紅に恐怖していた。






「アレは、俺より怖いか?」






回答は否。




応えるよりも先に飛び出す。


恐れることは何もないのだとわかった。


アレに比べれば死んだ母なんて、どんな姿であろうと恐怖するはずがない。




オレはあらん限りの叫び声をあげた。


やり方もなにもわからず叫び、向かい合い、睨みつけた。




目玉の無い眼がこちらを向く。それでもタツカワさんにぐちゃぐちゃになった手が伸びる。


その手は届く前に根本から消し飛んだ。


気付けば、大蛇がタツカワさんをぐるりと守っている。






― 愚かな。己が血筋を守り残すのが生命の使命。それを捨て去り、死した後にも変われぬ愚者が ―




「ありがとう、カガシ」






タツカワさんの余裕の笑み。






「徹さんの母親だった人。もう呪っても意味がない。彼は貴方に恐怖してないよ。


これ以上は、ただただ貴方が苦しむだけだ」






母はこちらを見て、猛スピードで近づく。ぞっとする光景だが、あの目がオレから逃げの選択を消し去る。


顔が触れるほどに接近し、真横に向いた頭や垂れた舌。そんな光景が目に焼き付くもオレは逃げなかった。




怨念が響く。




一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる


一生不幸にしてやる 一生不幸にしてやる




オレの心は何も動かなかった。






”こわくないよ”






狐がふわりと空中に立つ。








”教えてあげる。いっしょにいこ。楽しいのいっぱい、いっぱい。いっしょにいこ”








母は何も言わなくなった。


ぼろぼろと体が崩れる。温かい炎に包まれて少しずつ消えていく。




オレはそんな母をパンと叩いた。




アカメのような威力もないし、タツカワさんのような響きもないけど


精一杯の抵抗を母にぶつけた。




オレは、幸せになる。貴方が何を言おうが、必ず。




そんな想いを手の平に込めて。






母は泣き声を上げた。子供のような泣き声だった。


そしてごめんなさいごめんなさいと謝りながら、狐の炎に包まれて消えていった。












目が覚めるとタツカワさんが座禅を組んでいて、その傍にはアカメさんがいた。


黒い髪で、腕もなくなっていないが、確かにアカメさんだった。






「運がなかったな、お前」






アカメは深くため息をついた。






「死に方や死ぬ場所は選べても一番無力な時期の生まれる場所だけは選べない。このルールは本当…残酷だな」






アカメはそれだけ言ってお疲れ様と肩を叩いてから去っていった。












それからオレは相当の報酬をタツカワさんに支払い、彼の寺と子狐の祠へお参りをし、


アカメさん宛ての手紙を書いて燃やした。


何故だか彼にはそれだけで届く。そんな気がしたのだ。




オレがいるから幸せになる人はもういない。


オレの幸せはオレのものだから、無償で幸せを配る神様みたいな人にはもうなれないだろう。




でも、オレが幸せになること。オレが誰かを幸せにすること。


それを止めることは、きっとアカメさんにもできないことだ。




オレは


いまやっと、生まれることができたのだ。











完全にただの人助け


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