絶望ノ刻開幕
アーロンは十秒後に起きる出来事が頭によぎりながらも、フィリアを倒す一心で、その鍛え上げた拳放ち続けた。打ち込まなければ、勝つことは出来ない。仮にこの場から全力で逃げだしたとしても、すぐに追いつかれてしまう。ならば、拳を打ち続けるしかない。むしろ、それしか選択肢がなかった。
だが今も体を蝕むようにして這い上がってくる恐怖に、抗うように出していた声も徐々に変化していく。
「アアアアアアアアアアアッッ‼ …………グッ…アアアアア……ッ!」
予測できる展開に負けない様に、ひたすらフィリアを狙って拳を打ち放つ、だが、アーロンの心ではもう分っていた。
我の負けだと。
そして負けを意識した瞬間、恐怖が流れ込むようにアーロンを包み込み、心どこかにあった支えが恐怖により蝕まれ、腐食した柱のようにひび割れ、へし折れたのか、その拳の勢いは徐々に失われていき、そし拳は抑えられないほどガタガタと震えだし、今では全身が恐怖で震え、弱々しくなったその拳を両方ともフィリアの細い指に包まれるように掴まれ、アーロンは振り払うことも出来ずにただ絶望した。
「あっ……あぁ……」
「あら? アーロン。そんなに怯えてどうしたの? みっともないわよ」
絶望し、狼狽え、最早反論すら口にすることが出来ないアーロンに向かって、フィリアは笑顔で両手に掴んだ拳を押し出すように離し、二人の距離が離れたことにアーロンの膝は糸が切れたように崩れようとしたが、それより先に、フィリアはアーロンの下顎を思いっきり蹴り上げた。
宙に舞うアーロンは、地に落ちる時に受け身すら取れないほど全てが疲弊しており、またこの時、意識を失なかったのは、幸か不幸かは、比べるまでもない。
ゆっくり、コツコツと足音を立てて近づくフィリアは、恐怖でしかないが、アーロンの体は恐怖に浸食され、細胞、神経、感情、全てが支配されており、悲鳴を上げて逃げることも出来ないのであった。
だが、それでも人間としてわずかばかり残った本能が、この状況を否定もしくは拒絶していたが、まるで、死を表したかのようなその姿にアーロンは絶叫した。
「来るなぁぁぁぁあああああああああああああッッ‼」
「そんなに怖いのかしら、でも私は美少女だしそんな反応をされると困るわね」
息を荒げながら、それでもあらがい続けるアーロンを見下しながら、フィリアは睨みつけたが、この時はまだ十秒経っていないのでアーロンを攻めることはできないが、アーロンの元にたどり着いた時には十秒経過しており、その可愛らしい口から声を発した。
「アーロン、私は今でも思うの。あなたがあの時クロノちゃんに負けていれば、今の私はどうなっていたか」
アーロンは、恐怖のあまりフィリアが何を言っているのか理解出来なかったが、それでもフィリアは気にすることなく一方的に話を続ける。
「アーロン、お前さえいなければ、どうなっていたのかしら? この退屈な毎日がきっともっと良いものになっていたでしょうね」
アーロンは、最早フィリアの言葉の一言、一言が重すぎて耐えられるものではなかった。そして覇気のかけらも感じられないその腑抜けた顔から、絞り出すように出て来た言葉は、
「……た…ひゅ……け……て…………」
その力なくぼそぼそとした声を発した後に、アーロンは糸が切れた様に意識を失った。
その言葉を聞いてしまったフィリアも、さすがにそれを言われてしまうと、やる気を失い、そのままアーロンを残して部屋を出て行った。
部屋を出ていく時に、フィリアは心配そうに部屋を見ていたイフルや他のシスター達を怯えさせながらも中にいるアーロンを介抱するように言ってフィリアは自室へと戻り、その惨状を見たシスター達の話が教会すべてに伝わった為、今の状態となったのである。
教会に戻ったメイオールから聞いた話だと、アーロンの傷は治っているが、かなり心をやられているらしい。だが、まぁ知った事ではない。
アーロンも戦いをすることを、望んだのである。それで結果はそのようになっただけであるだけだ。
だが、そのせいで、教会内の私の評価は地に落ちたのだ。本来なら私だってこんな場所にはいたくはないが、手がかりを手に入れる為にここまで捨てたのか、賭けたのかのかは、分からないが、後戻りはできない。
ならば、目的を達成してからまた築けばいいだけだから。
そうしたら、この胸を締め付け、息もするのが辛い気持ちも少しは収まるだろう。そう、そのはずだ……。
「リフィア。クロノちゃん。私、ツラいよ。」
フィリアは、その大きな目から流れ出る涙を腕で拭うようにして拭いた。ここは、もはや出ることの出来ない牢獄であり、その牢獄で一人寂しく涙を流すフィリアを慰める者はいなかった。
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