フィリアという少女
息を切らしながらなんとか宿へと逃げ込むと、すぐに少女はクロノから離れると、崩れるように床に尻をつきぜぃぜぃと息を乱れた呼吸を整えようと細かい呼吸を繰り返すクロノを気にすることなく、少女はベッドに腰かけ満足気に声を出す。
「お疲れ様~。あなた、運ぶのが上手だったわね。はぁ。それにしても飲んだ。飲んだ」
少女は懐から小袋を取り出すと中に入ったリグを数えながら軽い鼻歌を歌いだす。
その姿をみるからに上機嫌なのは間違いない。
だけどこっちは関係ないのに巻き込まれたのだ。一言くらいはお礼を言うべきだと思う。
「ちょっといいですか?」
「なぁに?」
「なんであんなことを……」
「それならさっき言った通りよ。ただの男避け。ただそれだけでそれ以上は何もないわ。あ、そうだとりあえずお礼は言っておくわね。ありがとう」
一応お礼は言ったが視線は以前リグのみを見ている。お礼を言う時は顔を見て言うって教わってないのか。
少女の態度に呆れながらもこれ以上言葉が出てこないクロノは肩を落とす。
今日このアクアミラビリスに来たばかりなのに、こんなに災難に巻き込まれるとは思ってもみなかった。
とりあえず、少女をどうしようかと考えようとした時、少女は思い出すように何かを唱えると同時に少女が白い光に包まれる。包まれたのは一瞬の出来事で気になったクロノは問いかける。
「今の魔法?」
「違うわ。これは私の加護の一つよ」
「加護って君、まさかシスターなの⁉」
「ええそうよ。それとも私がシスターに見えないってわけ」
少女はクロノの発言に少しムッとしつつも返事をしたが、その声は明らかに不機嫌な声である。
そんなに怒らなくてもいいじゃないかと思っていたが、その声に威圧され思わず一歩後退して愛想笑い浮かべながら、クロノはこれ以上の発言を控えた。
シスターさんってもっと優しい人だと思っていたのになぁ。
「ご、ごめん。僕が無知だった。これからは気をつけるよ」
クロノは申し訳ないと謝罪を述べて頭を下げると、
「とりあえず、そういうシスターもいるのよ。覚えておきなさい。それとあなた名前は?」
「……クロノ。そういう君は?」
「私はフィリアよ。ねぇ早速だけどクロノちゃん、ちょっといいかしら?」
フィリアはクロノに近づき、その距離はフィリアの大きな瞳がクロノだけを写しているかと思えるほど近い。それにふわっといい匂いもする。
というか、クロノちゃん呼ばわりって完全に子供扱いじゃないかと思いながら、また何かされるのではないかと身構えるクロノであったが、
「何もしないわよ。それよりも私お酒臭くない?」
「えっ? ああ、ええっと」
クロノは、スンと鼻を鳴らしてフィリアの匂いを嗅ぐ。
そういえばあれだけ豪快に飲んでいたのに酒の臭いがしないとは何故だ。むしろいい匂いがする。何故だ。
「なんでだ? 全くしない」
「その感じだと、清めはいつも通り出来たようね」
そう言うと、またフィリアはベッドにぼすっと腰かけ爪をいじりながら問いかける。
「そういえば、クロノちゃんって冒険者?」
「そうだよ。昨日村から出て来たばっかりで――――――」
「へー、それは大変だったわね」
フィリアが聞いてきたのに、すでに興味なしといった様子でベッドに胡坐をかいてふわぁと声をだしてあくびをして暇そうにしている。
というか、はいているスカートも短いので少し動けば中が見えそうだ。
クロノは見ない様に顔を逸らすのだが、それに気づいたフィリアは、
「あら、顔だけでなく、心も可愛いクロノちゃんには刺激が強かったかしら?」
「ほっといてください!」
「その反応も可愛いわねー」
フィリアはにししっと笑いながら、クロノをいじって楽しんでおり、逆にクロノはそのことを不満そうにしてみせたが、フィリアはクロノの反応を見て楽しむので結局効果がない。
このままだとやられたい放題になると思ったクロノは話題を切り出す。
「それでなんで、フィリアはあんな勝負をしていたんだ?」
「あー、あれは楽にリグを稼ぐためよ。クエストに出てせっせと稼ぐのは疲れるじゃない」
今日フィリアの言う疲れる稼ぎ方をしたクロノは言葉を失ったが構わずフィリアは気分よく話を続ける。
「それにただ酒飲めたし、面倒な男達も撒けたし何も問題なかったわ」
今日の出来事を嬉しそうに語るフィリアだが、その出来事の被害者が僕であることを忘れないでほしいけど、この様子だときっと気にしてないのだろう。
この状態であれば、僕の事をとやかく言っても無駄だと思うので次の質問をする。
「じゃあ次だね、フィリアは何でこの街にいるの? 何か目的があるの?」
更に僕が質問した時だった。
急にフィリアが身を乗り出してじっと見られると、クロノは体が動かなくなり自然とその目から目を離せなかった。
「クロノちゃんは女性にそうやって攻め込むのは良くないって教わってないのかしら?」
その言葉は先ほどまでのからかう感じではなく、その冷え切り押し黙らせるような声によりクロノの思考は凍結し、言葉が凍り付く寸前に僅かな声を出す。
「攻め込むって、そんなつもりは……」
ダメだ。これ以上は言葉が出ない。それ程フィリアの言葉は凍てついている。
「ちゃんと勉強しておいてね。それに私眠くなっちゃった。そういうことでおやすみクロノちゃん」
フィリアは、そう言うとパタリと体を横にして本当にそのまま寝てしまった。
寝てくれたおかげで思考の解凍が終了し、今更言い返す言葉が出始めたのだが、すでに遅い。
クロノは目の前ですぅすぅと寝息を立てて寝付く自由気ままな少女フィリアを眺める。
年はそれ程離れていないと思うけど、フィリアについては分からないことばかりだ。
それに寝顔を見ても黙っていればやはり相当な美少女である。
整った顔立ちに、艶のある赤髪、シュッとした体にしっかり出た胸とお尻を見るとより思ってしまう。
服装だって露出が多いけど不思議と上品さが感じられる。
不思議なフィリアは謎な事が多いけど、悪い人では無さそうなので、とりあえず安心していろいろと落ち着いたと思うとクロノも自然と眠くなる。
さて、僕も寝ようかと自分の寝場所を探すが今さらながら気づく。
っていうか僕が借りた部屋なのにベッドで寝られないのか⁉
現在僕が寝るのに使えるはずだった場所はフィリアが使ってしまっている。
頑張れば一緒に寝られそうだが、だからと言って一緒に寝るなんてことは到底出来ないので、クロノは大人しく床に寝るのであった。
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