その日は記憶に残るとても長い一日でした 後編
「あんた！ 言った事忘れんじゃないわよ！」
「ああ、もちろん。それよりもお前こそ言った事忘れんじゃねぇぞ！」
二人は言い合いながら容器に注がれている酒を競い合うようにして飲み争っており、その二人の拮抗した大接戦に周りの観客も沸き立っていたのだ。
二人が何を言ったのか気になりクロノは興奮している観客に話かける。
「あの二人は何の勝負しているんですか？」
「あの子が勝ったらあのデカブツから十万リグをもらえて、あのデカブツが勝ったら一晩あの子を好きに出来るって勝負だよ！ くぅー！ 羨ましいぜ。あんな可愛い少女を好きに出来るなんて羨ましいぜ！」
クロノは興奮している男から話を聞いてその内容に愕然とした。
「十万リグだって……」
僕が今日のクエストで死ぬ気で稼げたのが三千リグだ。
この三千リグだって充分といえる程の報酬であるが、それを圧倒的に超える金額が目の前で動こうとしている。
それに少女も自分を賭けているなんて、何かあったらどうするつもりなのだろうと、勝手に心配してしまうがそんなクロノの事など気にすることなく、勝負は更に熱を増して進み続ける。
その試合の流れにクロノはあまりにも馴染みがない為くらくらする時もあったが、不思議とこの場を去るということが発想にならず、惰性で二人の試合を見続けた。
勝負も終盤になり、二人は先ほどの勢いが無くなりゆっくりと、時折睨み合いながら飲み進めることに共鳴するように周りの歓声が大きくなっていた。
「おまえ……どこまで飲めるんだよ……」
「あんただっていい加減負けなさいよ……」
二人はお互いに一歩も譲らず容器に口をつけて飲み始めそのまま容器から口を離さず、天井の方を向いて注がれた酒を飲む二人を、固唾を飲んで見守る観客達は先ほどの興奮が嘘のように静まり返り、
「もう飲めねぇ」
「ごちそうさまでした♪」
少女は空になった容器を静かに机に置くと同時に、割れんばかり湧き上がる大歓声が酒場内に響き渡った。
「よくやったー！」「かっこいいぞー！」「すげーな！」
男は床に倒れ容器に入った酒を床にぶちまけ倒れているのに対して、少女は笑顔で歓声に対して手を振りながら答え、倒れた男は酒場の店員が介抱しており、余程飲んだのか男はかなり酔っているようだった。
僕も勝負に勝った少女に対して拍手をしていると、一瞬少女と目があったような気がしたが気のせいかなと思うだけであった。
周りの歓声が徐々に落ち着いて静かになると、店長らしき人が袋を持って現れ、
「これが男から預かっていた十万リグだ」
「うわー！ ありがとうございます！」
少女は嬉しそうにリグが詰まった袋を手に取りその場から立ち去ろうとすると、
「なぁ、次は俺と勝負してくれよ」
「俺は二十万出すぞ！」
「頼むからおれとも勝負を……」
クロノも初めて見る美少女を自由にできる権利を求めて、他の男達も少女に戦いを挑むが少女はそれらの声を一切無視して店内を歩き続ける、クロノの目の前を通りかかろうとした時に、かなり酔ってしまっているのか床につまずいてしまい転びそうになった少女をクロノは受け止めた。
「あの大丈夫ですか？ 良ければ水をお持ちしましょうか？」
「ええ平気よ。ありがと、ダーリン♪」
「…………はい？」
この少女は何を言っているのだろうとクロノは思うが、そんなクロノのことなど気にすることなく少女はその柔らかな体をクロノに押し当てながら寄り添い始めた。
「ちょっ……何を………」
「ダーリンの為にこの十万リグを稼いだのにそんなに素っ気ないなんて、私寂しいわ」
「いや、だから何を言って……」
「だって、ダーリンが金を稼いで来いっていうから私、頑張ったのに……」
その大きな目を、うるうると潤ませながら、唇を尖らせてしょんぼりする少女を目にしてクロノは何が何だか分からなくなり、戸惑っていたがその整った少女の顔を改めて見ると酒の効果もあって、ただでさえ可愛らしい顔が少し赤くなっている少女は、より魅力が更に増して女の子に慣れていないクロノにはとても刺激的だった。
しかし、この状況をどうすればいいのか戸惑っていると、僕の肩に誰かが手を置いたので振り返ってみると、
「ダーリン君？ ちょっといいカナ？」
肩に置いた手を置いた主は先ほど僕が何をしているかを聞いたあの興奮していた男で、今はその興奮は治まり冷静のようになっているようにも見えたが、今も僕の肩に置かれる手からは、力強さからは感じられないが、目からは何かわからない悪意のようなものが感じられ、クロノはその悪意に本能がアラートを出したのでそれに従い、一瞬にしてクロノは身の危険を感じ少女を担いで急いで酒場から脱出を開始した。
「ダーリン激しすぎよ、もっとゆっくり♪」
「ちょっと！ なんで僕を巻き込むんですか⁉」
「えっ？ だって一番都合が良さそうだったから」
「理由それだけですか！」
クロノは全力で逃だしたのだが、追うようにして同時に酒場にいた男たちが怨念の様にクロノ達を追いかける。
「待ってよーダーリン君。少し僕とお話ししようよ」
「少しだけでいいから止まろうヨォ」
「安心シテイイカラサァ」
「「「トマリヤガレヨォ」」」
「ひぃいいいいいッ！ 絶対に捕まったら死ぬ‼」
きっと奴らに捕まったらただでは済まないだろう。
そして、抱えている加害者を見るとその口元を緩めながら他人事にように、「ダーリン頑張れー♪」と、言っているがその言葉は本心から言っているのか分からないが、この少女がこの状況を楽しんでいることだけは理解出来た。
村から出てきて早々こんなことになるなんて夢にも思わなかったが、現実は今も僕を追い詰めようとしている。
「ちくしょう、こんなところで死んでたまるかぁー！」
クロノは全力で早速やって来た洗礼に抗いながら夜のアクアミラビスを走り続けるのであった。
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