表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/177

あの日から僕は君をシスターとして見ていなかったのかもしれない。だけど、それは僕にとって……

今回は少し長めです


次の日、二人は教会に昨日手に入れた紅玉を渡すために向かっている。


「フィリアはしっかり休めた?」

「ええ、万全ね。クロノちゃんはどうなの?」

「僕も同じでほとんど疲れていないんだよね。やっぱりあの温泉の効能のおかげなのかな」

 

 火竜討伐中の楽しみであったあの温泉は、気持ちだけでなく体までもしっかりと癒やしてくれる最高の温泉であったようだ。

 

 またその後二人は軽く談笑しながら教会に向かっていたのだが、会話の途中でもフィリアの話はクロノと出会ってからの話のみであり、結局今回の火竜討伐をすることになった理由であるフィリアの友達についての話は一切なかった。

 

 そのまま教会にたどり着くと、またクロノは教会の前にある噴水に腰かけてフィリアが戻って来るのを待って、しばらくするとフィリアが走ってこちらにやって来る。 


「クロノちゃん一緒に来て!」

 

 フィリアはクロノの手を取り教会の中へ連れて行く。

 

 教会関係者ではない僕が中に入ることで周りのシスターやモンクから驚きとざわめきの声が聞こえもしたが、フィリアの様子を察してなのか誰も止めようとはしなかった。


「そんなに急いでどうしたの!」

「いいからついて来て!」

 

 そのままフィリアに、連れて行かれた場所は、教会の最奥にあるメイオールの部屋であった。

 

 部屋の中にはすでにメイオールが椅子に座っており、その隣にアーロンが立っていた。


「おやおや、本当に連れて来たのですね」

「もちろんよ。メイオールがいくら言っても分からないのなら、直接見た方がいいと思うから」

「いいですよ。でも、あなたがそれ程評価するのであれば、私も相手を選ばなくてはなりませんね」

 

 メイオールは少し考え、その者の名を呼んだ。


「アーロン。あなたが戦っていただけますか」

「承ったのである」

 

 メイオールの隣にいたアーロンは呼ばれると、フィリアとクロノの前に出る。

 

 静かに闘志を燃やすアーロンは目の前にいる二人を威圧しているように見えた。

 

 見た目からして、強さを感じるアーロンにクロノは何かを感じてならない。


「フィリア。これってどういうことなの⁉」

「私がクロノちゃんも必要だってメイオールに何度言っても聞いてくれないから、クロノちゃんに来てもらったの」

「それで、僕をここに連れて来てどうするの?」

「何って。決まっているでしょ! 戦うのよ。クロノちゃんが」

「えええええええええええええええ⁉」

 

 何かの聞き間違いではないのかと思ったが、フィリアを見る限り冗談を言っているようにも見えない。

 

 本当に、僕がアーロンと戦うの?


「フィリア、とりあえず流れがわからないから説明してくれるかな」

「私はクロノちゃんがいなかったらどうなっていたか分からないと言っているのにメイオールは今回の火竜討伐の事を私一人でやったというのよ。だから、ここはクロノちゃんとアーロンが戦って勝って証明してやればいいのよ!」


 どーんと、フィリアはクロノに言い放つのだが、その証明に巻きこまれた僕の事は恐らくフィリアは考えていないだろう。

 

 だが、またしても逃げられる状況でもないので、ここは出来る限りのことをやるしかないと、クロノは思い、今立っている場所から一歩前に出た。


「おや、まさか一歩前に出るとは思っていませんでしたよ。フィリアの言う通り度胸はあるのかもしれませんね」


「メイオール様。我は、基本手加減が出来ないであるが、よろしいのであるか」

「いいと思うよ。それにフィリアが言う程だから、アーロンの一撃ぐらいだと死なないはずだよ」

「承ったのである」

 

 クロノはこの時、目の前にいるアーロンとは出来れば戦いたくないと思っていたが、アーロンもやる気のようだし、フィリアにも期待されているので、気合を入れて臨むことした。

 

「フィリア! どこまで出来るか分からないけど、やれるだけやってくる」

「うん! 頑張って!」

 

 クロノはフィリアに応援され更に気合を入れる。


「では、ここは教会だから本来争いなんてものは起きてはならないよ。だからこそ、今回はこの魔法を二人にかけさせてもらうよ」

 

 メイオールは、そう言ってからクロノとアーロンの二人に魔法をかける。


「この魔法は、見た目には見えない魔法でね。魔法をかけた対象者のダメージを代わりにある程度吸収してくれるよ。それでこの魔法が無くなったほうが負けだよ」

 

 メイオールにかけられた魔法の実感はないが、クロノは腕を触ってみると確かに何かに覆われているような感じがした。


 「それでは、準備が整ったので始めてくれ」

 

 急に決まったことだが挑戦ということであればこれ以上の機会はそうないだろう。

 

 それに、僕は冒険者になってから地竜も火竜も討伐してここまで来たんだ。

 

 それだって今となれば僕の自信である。

 

 そして、一番の自信はもちろんあの事である。


「では、アーロンさん。よろしくお願いします!」

「どこからでもかかってこいである」

 

 アーロンは開始と同時にクロノの出方を伺っていた。そしてそれを確認したクロノは得意な戦法から攻めることにした。


「アームズギア! スピードギア!」


 クロノは自身に能力向上の魔法をかけて、部屋広さを利用しながらの高速移動攻撃を仕掛け、アーロンがこの攻撃に動いてくれれば、クロノはその隙を狙って切りかかろうとしていた。

 

 クロノはアーロンとの力勝負になれば間違いなく不利であるが、速さに関してはクロノには自信があるが、クロノの誘いには一切のらずにアーロンはほとんどその場動くことはなかった。

 

 動いたとしても、軸足の回転とそれに合わせた反対足の移動、そして頸の動作と目線の移動という最低限の移動であった。

 

 この動きによりクロノの移動速度に負けたとしても、攻撃の対応は出来る。

 

 それでも、クロノは諦めずひたすら動き続け、アーロンの背中を狙える位置に着き、切りつけたがアーロンは切りつけられながらもすぐに反撃に出た。

 

 アーロンは体を大きく使い、その拳を逃げようとするクロノに向かって打ち込んだ。しかしその拳はあともう少しで直撃だったがクロノに上手く回避されてしまう。

 

 だが、その拳圧はクロノのバランスを崩させることに成功し、クロノが着地に失敗するのを、逃さなかったアーロンはその拳を叩き込みにクロノに急接近した。

 

 この事態に始めから、アーロンの隙を狙っていたクロノだが、現在の体勢では避けるのが限界となり、体を動かしてとにかくアーロンから離れることに集中することにしたが、アーロンはここが勝負どころと、みたのか怒涛の連撃をクロノに向かて打ちこんだ。その連撃から必死に逃げるクロノはこの時、一発の威力が大きいアーロンの攻撃に対して地竜の尾を思い出していた。

 

 その経験からクロノは、アーロンの攻撃を最低限の動きで体を動かし回避する。少しでも大きく動かせば、戻る時に隙が生まれ攻撃を受ける可能性をこの動きで防いだのだ。

 

 またクロノはなんとかアーロンから距離を取ることに成功し、お互いの動きが止まる。

 

 状況は、ほぼ五分の状態であるが、優劣をつけるとしたら少しでもアーロンに傷を与えたクロノ方が優勢であった。

 

 足が止まった二人はお互い共に息を急いで整えていた。相手が休めばそれだけ自分が不利となる。それを理解しているからこそ急ぐのだがそれが焦りとなれば、状況が変わる。

 

 焦りを感じれば、相手を認めていることになりそれは自分にとってマイナスとなる。しかしクロノは格上のアーロンに挑戦するという立場ゆえにその焦りはそれ程感じておらず、どれだけ食らいつけるかという状態であるのに対して、アーロンは体力面では問題ないが、予想以上にクロノが戦えていることに少しの焦りが出ており、それは戦況を見守る二人にもそれは感じられていた。


「フィリアの言う通り、彼はそれなりに出来るようだね」

「そうでしょ! クロノちゃんはちゃんと出来る子なのよ。だからメイオール。お願いだからクロノちゃんも一緒でいいでしょ」

「それはまだわからないね。ほら、二人共また動くよ」

 

 クロノは、予想以上に戦えているので更にギアを上げた。

 

 この戦いが挑戦ならば、ここで全力をぶつけるのは間違いではない。それにメイオールさんの魔法もあればアーロンさんが傷つく心配もない。

 

 クロノは先程よりも速度を加速し、アーロンの隙を狙う。

 

 またアーロンもこの時思うのであった。クロノの戦法が自分にとって不利もしくは相性が悪いのであれば、こちらも同じスタイルでぶつかればいいことに気が付いた。

 

 仮に速度が負けようとも、それは僅差であると結論付けたアーロンは自身に能力向上の魔法をかけ、動きを速めクロノを叩きに出た。

 

 そのアーロンの戦法は高速移動で隙を狙うクロノに対して、速度はやや劣ったがアーロンの元々ある有利な体格と同時に備えている体力で、クロノを追い詰めた。


「くそっ。どうすれば」

 

 この状況に思わずクロノは苦悶の表情を浮かべ声を出した。

 

 元々アーロンがとった最初の戦法はクロノにとっても予想外であり、偶然にも優勢にアーロンと戦えていたが、戦法が同じとなるとそう上手くはいかない。

 

 仮に近接戦となれば、不利なのも分かっているが、状況の打破についてクロノに考える時間すら与えないアーロンは更にクロノを追い込み続け、アーロンは徐々にクロノを壁へと追い詰めた。


「捕まえたのである」

 

 追い詰めたアーロンはすぐに渾身の一撃をクロノめがけて打ち込むが、


「今だ!」

 

 クロノはアーロンの攻撃と同時に横へと跳躍したが、誰でも予想できるクロノの行動にアーロンは驚くことも無く、すかさず足に力を込めて回し蹴りをクロノの腹部に叩き込む。


「かは―――――ッ!」

 

 腹部に受けたアーロンの蹴りは、魔法の効果を忘れさせるほどの一撃であったが、それでもクロノは動きを止めずにその場を離れる。

 

 幸い勝負の判定に使われているメイオールの魔法は解けることは無かったが、受けたダメージはかなりのものであった。

 

 やはりアーロンさんは強い。クロノがそう思いかけた時に遠くからフィリアの声がする。


「クロノちゃん! まだ、勝てるから頑張りなさい! それにアーロンよりも火竜の方が強いわよ!」

 

 フィリアが僕の事を励ましてくれる。そうだよな、あんなに大きくて強い火竜と僕は戦って勝ったんだ。ならアーロンさんにも勝てる。

 

 弱気になっていた心を切り替えて、アーロンさんの方を見ると勝敗が決したと思っていたアーロンはメイオールの元に戻っていた。


「ほう。我の一撃は決して弱いものではなかったが、それでもまだ戦えるとは」

「アーロン。あなたは変わらず最初に苦戦する癖がありますね」

「すまないメイオール様。だが、もうこの戦いは終わるである」

 

 クロノはアーロンの一撃をもう一度食らえば間違いなく負けるだろう。

 

 ならば、やることは一つ。アーロンさんよりも早く動くしかない。

 

「アームズギア‼ スピードギア‼」

 

 クロノは更にギアを上げて足に力を込め、部屋の中をひたすら疾走した。今までにしたことのないこの行動はどこまで持つか分からないが、やるしかないと思いクロノは走り続けた。

 

 そして全力の速さで、切りかかろうとするクロノを目で追うのが限界のアーロンは、自然と足を止めてしまい、それこそがアーロンをさらに不利にした。

 

 アーロンの動きが止まったことにより、クロノは常にアーロンの死角、隙を狙いながら揺さぶりをかけ新たな隙を生み出していく。

 

 一撃こそ弱いが確実に魔法を削いでいくクロノの攻撃は、徐々にアーロンを追い詰めた。


「いけるわ。この勝負クロノちゃんが勝つわ!」

 

 クロノはすでに体力、気力ともに限界に近づき最後の全てを出し切って勝ち切るために勝負に出た。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 吠えながらアーロンに襲いかかるクロノに防戦一方のアーロンは、自然と何も考えることなく一瞬だけメイオールの顔を見て、その顔を見たアーロンは覚悟を決める。

 

 当たるかどうかは分からないが、一回だけであれば、打ち込むことが出来る。

 

 クロノの強襲を受けながらもアーロンは右手に力を込め打ち込む。


 「ッはぁあ‼」

 

 渾身の一撃は、必死のクロノを完全ではないが捕らえた。

 

 だがクロノは一瞬の判断により手に持っている短剣でその一撃を防ぐが、勢いまでは殺せず壁へと吹っ飛ばされる。


「ぐっ―――――ッ」

 

 教会の床を転がるクロノだが、幸いほとんどのダメージは回避し、目の前には一撃を放ち、力尽きて膝をつくアーロンがいる。

 

 勝った! そう思ったクロノは短剣を握る手に力を込めるが、その手元には違和感があった。


 ―――――いつもよりも短剣が軽い?


 だが、気にすることはない。アーロンさんが立ち上がる前に、押し切ればこの勝負は僕の勝利だ。そう思いながら目の前にまで来ている勝利へと一歩を踏み出した時だった。


「そこまで! この勝負アーロンの勝ちとするよ!」


 急にメイオールはクロノの前に現れ、立ち塞がった。


「なんでですかメイオールさん!」

 

 なぜ止める。あともう少しで勝利出来ると思ったクロノであったが、


「君のその手に握られているもの見てごらん」

 

 メイオールに言われてようやくクロノは、その手に握られている短剣を見てみると短剣はクロノが握っているところ以外が失われていた。


「僕の短剣が……」

 

 アーロンの最後の一撃で、短剣はこれまでの戦いの損傷もあり砕けてしまったのだ。


「君があのアーロンをあそこまで追い詰めるとは思っていなかったけど、武器が無ければ、君だってこの先の勝敗は分かるだろう?」 

 

 メイオールの言うことは正しいが、この時のクロノはその事が簡単に飲み込める状況ではなく、首を縦に振ることは出来なかった。


「メイオール様。我は……勝ったのか?」

「そうだよ、アーロンの勝ちだよ。私は君がもっと圧勝するものだと思っていたけどな」

「……すまない」

 

 メイオールに向かって謝るアーロンの表情は勝者がする顔ではなかった。


「ちょっと待ちなさいよ! なに勝手に判定勝ちにしているのよ! クロノちゃんにはまだ戦える力はあったわよ! それなのになんで勝手に決めているのよ!」

 

 その結果に納得出来ず近づいて来たフィリアに対してメイオールは、


「単純な殴り合いであれば、アーロンの方が有利だ。それに私は出来ればこの部屋で怪我人なんて出したくないからね」

「でも、そんなのズルじゃない。アーロンは拳で戦っていたし、それならアーロンの拳が損傷したら負けだとでも言うの?」

「そうだね。その場合はそう言っていたよ」


メイオールがさも当然といった感じで言い放ったことに対して、


「あっそ、それなら早く言えばいいのに」

 

 フィリアはこの時メイオールを嫌悪するように言い返し、メイオールの言った事を全く信じていなかった。

 

「フィリア、ごめん負けちゃったよ」

 

 クロノは結果的に負けてしまった事を悔いていたが、フィリアはそんなクロノを見て、


「そんな顔をしない! クロノちゃんは頑張ったよ! それに体は平気なの?」

「平気だよ。メイオールさんのおかげで体は何ともないよ。でも、短剣は壊れちゃったよ」

「うん……そうだね」

 

 クロノの体は無事でも、大事な短剣はほとんど元の面影はない。


「そうだ! 今度また新しいのを買いましょう。たしか、この前に見たのもいいものだったわね」

 

 元気のないクロノをフィリアは出来る限り励まし、クロノもそのフィリアの姿を見て少しずつ元気を取り戻して、


「そうだね! 今度はもっといい短剣を買わないといけないね」

 

 今回は負けてしまったけど、いい経験になったのは間違いない。

 

 それに、ここまでの勝負が出来たのであれば、きっとメイオールさんだって僕の事をそれなり評価してくれるに違いない。


「さてメイオール。これでクロノちゃんの実力は分かったでしょ」

「充分に分かったよ。でもだからこそ残念だ」


 メイオールのその言葉にフィリアは眉を動かした。


「残念ってどういうことよ」

「率直に言うと、彼は連れては行けない」

「何を言っているのよ! クロノちゃんは充分に強いじゃないの! それに武器だって万全だったらアーロンにも勝っていたわよ!」

 

 フィリアは今まで言わないでおいた言葉を、強い口調で言い放ち、フィリアのその言葉にアーロンは顔を歪めたが、その事はアーロンも分かっているので何も反論をすることが出来なかった。


「フィリアよく聞きなさい。君の友達は我々にとっても大切なお方だよ。その大事な方の前に我々と関係ない彼を連れて行くことは許されることではないよ」

「でも、クロノちゃんは私の―――――」

 

 メイオールの言葉にフィリアは反論しようとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。しかしクロノは普段から自分の中での評価が特に厳しいフィリアにとってその言葉は簡単に言えるものではないことを分かっていた。


「フィリア。仕方ないさ、駄目なものは駄目なんだから。次は一緒に行けそうにないけど、僕はこっちで待っているから行って来なよ」

「クロノちゃん……。分かったわ、すぐに戻って来るから待っていてね。あと私みたいな美少女は滅多にいないんだから他の女といるのもダメよ!」

「分かっているよ。ちゃんと覚えておく」

「絶対だからね!」

 

 クロノはフィリアと約束を交わそうとした時だった。


「そのことだけど、クロノ君は今日限りでフィリアと離れて欲しい」

「え―――――?」

 

 クロノはメイオールの言ったことに理解が出来ず、頭が真っ白になり何も言葉を返せなくなってしまった。


「ちょっと! メイオール何を言っているのよ!」

「フィリアもちょうどいい機会だから知っておいて欲しいが、我々があの方に会ったとしてもそれからさらに事が進まなければならない。あくまでフィリアがあの方に会うのは通過点であって我々の目的はさらにあるからね」

「それなら尚更、クロノちゃんの力も必要じゃない。だからクロノちゃんと私が離れる必要なんてないじゃないの!」

「いや、離れておいた方がいい、これから我々の道は過酷なものだよ。それこそ今のままではアーロンすらも危ないかもしれないけど、アーロンにはあの方の奇跡と加護があるだろうからそれ程問題はないだろうね。でもクロノ君にはあの方の奇跡と加護は与えられないし。―――――それにフィリアもクロノ君には死んで欲しくないよね」

 

 最後の言葉は、フィリアの耳元で言った為何を言っているかはクロノには分からないが、ここまでの話を聞いた事をまとめると、どうやら僕はこの場所にいる事が許されないのだろう。


「でも、クロノちゃんと離れる必要まではないのかしら、少しでも時間が出来ればまた一緒にどこかにだって行けるはずだわ」

「いや駄目だ。これからフィリアは教会の人間か、それこそフィリアの友達であるあの方ともっと親密になるべきだよ」


 フィリアはメイオールの言葉は正しいと思いながらも何か打開が出来ないかと言葉を選び言おうとした時だった。


「フィリア。……もういいよ」


 事情を全て飲み込んだクロノは静かにそう言った。だが、その言葉にフィリアは納得出来なかった。


「何がいいのよ、クロノちゃん! 何も良くないわよ! だってもう会えないのよ。それに私の為にここまで頑張ってくれたクロノちゃんに私はまだ何もしてあげていないのよ!」

「でも、時間はないよね。それに友達だってフィリアの事を待っているよ。だから早く会いに行ってあげてよ。……それで…それでさ、もし時間があったら僕にも会わせてくれれば嬉しいな」

 

 クロノは、出来るだけの笑顔で言い切った。その言葉を溢れ出るいろいろな感情を押し殺して言い切ったのだ。

 

 クロノの強い意志を示したその言葉にフィリアも押し黙った。そして全てを受け入れるように、


「……わかった。行ってくる。それでクロノちゃんにも会わせてあげるから、待っていてね」

 

 クロノは静かに頷くと、フィリアはクロノに近づきキスをした。


 とっさの事で何が起きたか分からなかったが、クロノはその感触に触れたことで、自分の何かが崩れそうになるのを必死に耐えた。

 

 フィリアとクロノはお互いを抱擁しながら数十秒キスを続けた。そしてフィリアはクロノから離れ背を向けて言う。


「これは今までの私からのご褒美よ。またねクロノちゃん」

 

 そう言って、フィリアは部屋の更に奥へと行ってしまった。

 

 クロノはこの時、取り返しのつかない事をしてしまったと思いながら茫然と立ち尽くしており、その状態のクロノにメイオールが何かを言っていたが、その言葉は聞こえずクロノは適当に返事をしていると、気づいたらクロノは小さな袋を手に持ち教会の外に出ていた。

 

 足が棒の様になり今にも転んでしまいそうなクロノは教会から歩き続け市場に着いていた。今日も市場は傘を持った人が多い。でも不思議と見たもの全てが気になることは無かった。

 

 そのまま亡霊の様にふらふらと歩くクロノは、いつの間にか家にたどり着いていた。

 

 服から鍵を取り出して家の中へ入ろうとしたが、その時に初めて自分が濡れていることに気づき、すでに濡れた髪から水を滴らせながら空を見るとその空は曇天となっており大粒の雨水がとめどなく降り注いでいた。

 

 クロノは早く乾かさないと思い、鍵を取り出して家の中に入る。

 

 そういえば、教会を出る時に持っていた何かはどこへ行ってしまったのだろう。

 

 でも、そんなものはどうでもいいと思いながら、クロノは家に入ると糸が切れたように床に倒れた。ふらふらの足は、限界を迎えたようだ。痛みすらも、薄っすらとしか感じない。

 

 だが、心は激しく痛んだ。その痛みは今までに感じた事のない痛みであった。その痛みにクロノの心叫びがあふれ出す。


「行かないでくれ‼フィリアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

 クロノは叫び終え、このまま消えてしまってもいいと思っていたその時だった。


 「のう。ぬしよ。そのままだと病気になるのじゃよ」

 

 クロノはその声の方を見て微かだが、温かさを感じた気がしたのを最後に意識を失った。


最後まで読んでいただきありがとうございます! 引き続きブックマーク、評価、感想をお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ