さーて綺麗になりましょう!
火竜の血の匂いのおかげで途中モンスターに遭遇することなく、温泉のあるこの場所に来られたのはありがたいことだった。
お互いに血と泥で汚れていたのだが、フィリアは温泉に入る前にやることがあるという事なので、クロノはありがたく先に温泉をもらう事にした。
クロノも火竜との戦闘で体がかなり汚れてしまっているので、温泉に入る前にお湯を体にかけて汚れを落としてから温泉に浸かる。
「ふあああああああ。しみるなぁー」
その温かさは、全身に伝わり疲れた体を癒してくれる。
ふと、岩の後ろにいるフィリアの方を見ると、またいつもの白い光が見えたが、その光はいつもよりも弱く感じられた。
しかしクロノは湯気のせいだろうと思いながら特に気にすることなく目を閉じてお湯に浸かっていると、何やら何かがざぶざぶとお湯の音がする。
ふと、その音が気になり目を開けると、
「ふおおおおああああああああああああっ‼ フィリア⁉ なんでもう入って来ているの⁉」
「我慢できなくて入っちゃった。クロノちゃん。となり失礼するわね」
布一枚を体に当てながらクロノの隣に並びながら温泉に入るフィリアはとても艶めかしい姿をしており、更にその体に張り付いた布がフィリアの体の凹凸をくっきりと表していた。
そしてその刺激は今のクロノの状態では耐え切れそうにないと思い、クロノは温泉を出ようとするが、フィリアは温泉から出ようとしたクロノの手を取る。
「……行かないで…………まだ、入ったばかりでしょ。それに私が一緒だとそんなに嫌?」
「嫌じゃ……ないです」
クロノは弱々しく見えたフィリアの姿に見惚れてしまう。
「私も気にしないし、クロノちゃんも気にしないならこのまま一緒に温まりましょう」
「うん……わかったよ」
そう言ってフィリアは体を楽にして温泉に浸かる。
クロノに関しては、温まるどころか煮えたぎりそうだが、なるべく気にしないようにして温泉に浸かるのだった。
しかし、気にしないなんて無理であり、このままだとクロノの気がどうかしてしまいそうなので、クロノは今日の火竜との戦いについての話だす。
「きょ、今日は火竜を倒せてよかったね」
「そうね。これで少しでも情報が入ってくれればいいわね」
「それにしても、フィリアの作戦が上手くいってよかったよ。初めに聞いた時は本当に出来るか心配だったけど、フィリアを信じるって決めていたから躊躇わないで火竜に向かうことが出来たよ」
フィリアからは、とにかく火竜から見えない所でずっと隠れておいて、火竜が火球を放つ時にいつでも喉元に行けるようにしておいてと言われていた。
クロノはその言いつけ通り、火竜の側面のやや後方に位置し続けていたことで、火竜に気づかれる事なく火竜の元にたどり着くことが出来た。
そして結果は、その作戦も上手くいったことにより、二人はほぼ無傷で火竜を討伐することが出来たのである。
これは本当に奇跡的な事で、熟練の冒険者だとしても無傷で討伐を成功させるのは至難のことであろう。
そして目的の紅玉も手に入れる事が出来たのでメイオールの依頼も完了となる。
「本当にクロノちゃんのおかげね」
「いやいや、ほとんどフィリアが火竜と戦っていたおかげだから、僕なんてほんの少しだけだよ」
「ううん。クロノちゃんは本当に強かったよ」
「でも、偶然が重なったおかげもあるし僕は強くないと思っているよ」
単なる偶然。上手くはまっただけ。百分の一が起きた。大した実力のない僕が今回出来た事の評価はこれぐらいで丁度いい。
「クロノちゃん。強さって言うのは、クロノちゃんが決めることではなくて他の人が決めることよ。それでね、その強さって言うのはクロノちゃんが思っている強さとは違うかもしれないわよ」
「……ありがとう。とっても嬉しいよ」
地竜を倒した時にもフィリアは僕を褒めてくれたが、今回の火竜との戦いのほうが心にとても響いた。
「それと、フィリアが持っていた剣ってあれはどうしたの?」
クロノはフィリアが火竜と戦う時に見たことがない白い剣を持っていたのが気になり聞いてみたのだが、
「それはね……内緒!」
「また、内緒ですか?」
「そうよ。内緒なの!」
フィリアはクロノが見慣れた笑顔で答える。そしてクロノはその笑顔を見て少し安心するのであった。
「さてそうしたら出ましょうか」
フィリアはそう言うと体の前だけを隠して温泉から出ようとする。
「ちょっとフィリア! ちゃんと隠して出てよ!」
見てはいけないと思い、クロノはすぐに目を手で覆う。
「え~。クロノちゃんのえっち!」
「隠さないフィリアのせいでしょうが!」
「えへへ。まぁそうかもね」
その後、あの弱々しく見えた姿は何だったのだろうかと思いながらクロノは支度を整え、二人はワープポイントに向かい、アクアミラビリスに戻るのであった。
アクアミラビリスに到着したころには、すでに日が暮れようとしていた為、クロノがフィリアに今からでも教会に行くのかと確認を取ったが、明日でいいと言われたので今日は家へとそのまま帰るのであった。
☆
家に帰ると二人共疲れているのか、簡単な食事をとって二人は別々に自分の部屋にいる。
クロノは、山岳地帯で手に入れた魔石の研磨を終えてから、武器の手入れをしていた。
クロノが使う短剣は村を出るときに、父さんからもらった大切なものである。
父さんも昔、冒険者だった頃があり、その時の最後に使っていた物で、今では軽くて使いやすいこの短剣はクロノと、一緒に戦ってくれる相棒だ。
そして今はその短剣の手入れをしているのだが、剣の部分に見覚えのない傷が付いていた。またこの傷が思った以上に深いのか磨いてもやはり残ってしまう。
短剣は大切なものなので傷を取り除きたかったが、ふと時計を見るとそれなりに遅い時間になっていたのでクロノは作業を止めて寝むりにつくのであった。
フィリアは一人暗い部屋の中で、自分の身体に刻まれている刻印を見て絶望した。
少しずつ掠れてきていたことは知っていたが、これほど早く進行しているとは思っていなかった。
あの子との繋がりとしても大切な刻印であり、フィリアの力の源であるこの刻印はなによりも大切なものである。
前兆は、やはり火竜と戦っていたあの時の違和感である。一瞬力が抜けるような感覚があったが、一瞬の出来事だったのでそれほどあの時は気にしなかった。それにその後も剣も力を発揮していたので問題はないと思っており、現在も腕輪になっている剣を見ても特に目立った傷はない。
だが、違和感はまだ別の時もあった。火竜との戦いの時は、奇跡で生成した氷弾が上手く作れたが、温泉に入る前に使った清めの加護は、以前ほどうまく出来なくなっており、それがもどかしくもあったのと火竜の血とその他の汚れが気持ち悪いのでクロノちゃんがいても温泉に入ってしまった。
正直、あの時は心臓の鼓動がすごく高鳴っているのを抑えるのに苦労したが、なぜかあの時感じていた焦りは、クロノちゃんといたらいつの間にか気にならなくなっていた。
そして家に戻って来てもう一度の清めの加護を使った時はいつも通り上手く出来たので、今の状態は不安定といったところだろう。
だからこそ早く安定させるためにもあの子に会わなければならない。
「もう少しだよ。もう少しで会えるといいね。リフィア」
最愛の友人であり、自分のすべてを投げ出せるほどの大切な友人であるリフィアに会えるまでもう少しであると、この時のフィリアは思っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
引き続きブックマーク、評価、感想をお待ちしております!