初めての魚釣り
「クォン! 今からどこに行くつもりなの!」
「どこってもちろん! ……そうねぇ、言われてみれば、行くところを特に決めていなかったわね」
クォンは足を止めて、顎に手を添えて何やら考えているようなので、クロノは本当にノープランだったことに思わず苦笑いをしてしまった。
「僕が止めなかったら、どこに行くつもりだったの?」
「えーと。とりあえずぶらぶら歩いて、その時の気分次第で買い物とか食事とかしようかなって思っていたぐらいよ」
ようは、ぐだぐだして時間を潰そうとしていたのだ。
「本当になにも決めていなかったんだね」
「だってヴィゼン王国って国としてなってからそれ程経っていないし、他の国との交流もほとんどないから観光場所だってほとんど用意されていないし、名物料理とかもそんなにないわよ」
「そんなにってことは、少しはあるんだ」
「一応ね。地元の人達の遊び場とか、よく取れる食材をつかった料理とかはあるからそういうのが当てはまるでしょ」
「ちなみにどんなのがあるの?」
「食べ物だったら海産物を使った料理とか、山で獲れた山菜とかかなー。あたしが言ってなんだけど、本当に田舎って感じよね」
自然のものをふんだんに楽しめるのは田舎ならではある。
「僕もそういう観光とかについてはあまり知らないけど、その地域でとれた食材や自然がつくった風景とかが他の国でも観光名所になったりしているし、あとはこの王国にも温泉はあるから、アクアミラビリスみたいに温泉街みたいのを作れれば、儲かりそうな気がするね」
ヴィゼン王国の温泉はアクアミラビリスとは違った成分が含まれているので、温泉好きであればきっと気なるはずだろう。
「言われてみればそうね。それにそういう話はシュメルとかが聞いたら、すぐに食いついて来そうな話ね」
儲け話はまたいつか話せばいいとして食事については、正直まだそれ程お腹が空いていないので、食事をするならもう少し時間をおいてからにしたい。
「あとはその遊び場ってどういったのがあるの?」
クロノはもう一つ気になっていた遊び場についてみる。
「これも言っておいてあれだけど、この近くで遊べるとしたら釣りぐらいよ」
結局田舎らしい遊びだけど時間もあるし、他にやることも無さそうなので、
「そうしたら釣りができる場所に案内してよ」
☆
「ここよ」
クォンに連れ来られたのは、釣り堀であった。お店のなかに大きないけすが設置してあり、そのまま見ただけでは魚は見えないが店主いわく中には数種類の魚がいるそうだ。
またこの時間は他の利用者がいない為、二人だけの貸し切り状態であった。
「はい、これクロノの竿と餌ね」
「ありがとう」
二人は何かの飲み物が入っていたと思われるケースの上に柔らかい布が敷かれた椅子に座り、針に練り餌をつけていけすの中に放ってからは竿の先とウキの動きを見ながら魚が食いつくのを待ち続ける。
「クォンはこの釣り堀には来たことがあるの?」
「前に一度だけね。あの時は初めて来たから知らなかったけど、ここの魚って何度も釣られているから、餌をとっていくのが本当に上手くなっていて、気を抜いているとすぐに餌が無くなっちゃうわよ」
ちなみにクォンが初めて来たときは、餌やりに来たのかと思える程すぐに取られてしまっていた。
「確かに、僕はもう取られちゃっているね」
クロノは竿を上げてみるとすでにその針から餌は無くなってしまっていた。
「でしょ。だから……きたぁああ!」
クォンが何かを言おうとしたその時、一瞬のその行動を見逃さずに竿を引くと竿の先端はしなり、糸は張っていることから、これは間違いなく魚が食っている。
「クォン、頑張って!」
「ええ! もちろんよ! クロノそこの足元にある網とって!」
クロノはすぐに網を取ると、魚を逃がさない様に水面に待機させて魚が浮かんでくるのを待った。
だが、魚も必死の抵抗をして、網が届きそうなぐらいになるとまた逃げてしまうのだ。
「もう少しで獲れそうなのに……っ!」
「クロノ! そのまま、あたし前に来なさい!」
「え、でも」
「いいから早く! 魚が逃げるわよ!」
クロノはクォンに急かされると、いけすとクォンとの間に体を滑り込ませるように入り込み、網を更に奥に突き出して、魚を網の中に入れると同時に引き上げる。
「やったわ! 初めて釣れたわ!」
クォンはやっと魚を釣れたことに大喜びしているので、その姿を見たクロノも思わず嬉しくなっていた。
「結構大きい魚だったね」
釣り上げた魚は両手を広げたぐらいの大きさであった。
「これだけ大きいのが釣れたら満足よ! ほらクロノ手を出して!」
「こ、こう?」
クロノは言われた通り手を出すとその手にクォンがパチンと合わせてタッチする。
「クロノのおかげで釣れたわ。ありがとうね」
クォンの眩しい笑顔を見てクロノもつられるように嬉しくなり、ここに来てよかったと思えていた。
「それじゃ、こいつを逃がして次に行きましょうか」
「うん。そうだね」
☆
「いい感じみゃ。このままいけば……みゃふふふふふ」
別のいけすがある場所から遠くで二人の行動を眺めていたシュメルは順調に進んでいることに喜んでいた。
「おっ! きたっすよ! これは大物っす!」
「慎重にね! ここからが大事よ!」
後ろではタルティーとアビッソが魚を釣ろうとしているが、クォン達が出て行こうしているので、二人にも声をかける。
「二人共、クォンちゃん達が移動するから行くみゃよー」
だが、魚に夢中になっている二人にはシュメルの声は届いていなそうだったので、シュメルは一本の細筆を取り出して二人に見られないように、さっさと空に何かを書く。
「あともうちょっと……ああ、切れたっす……」
「あーあ逃げられちゃったわね」
「みゃ―達は遊びに来たわけじゃないみゃ! ほら行くみゃよ!」
『……はーい』
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