無謀への挑戦と頼れるシスター
朝、フィリアに夜の出来事を説明して、クロノが見た場所に向かうとそこには大きな巣があった。
鼻をつくような腐臭が漂うその巣の周りには、何のモンスターの物か分からない、骨が散乱しており、中には見た目からしてまだ新しいものもあった。
「とりあえずここは間違いなく、大型のモンスターの巣で間違いないわね。それにクロノちゃんの情報からすると、ここに火竜がいるってことね」
「フィリアどうする? ここで、火竜がやって来るのを待つかい?」
「いえ、この巣が確認できるところでもう少し遠くに……」
フィリアが遠くを眺めるように見て、
「どうしたの、フィリア?」
「クロノちゃん。正念場よ」
短くフィリアがそう言うと、大きな何かが羽ばたく音が近づきそれは、暴風と轟音と共にやって来た主は二人に襲い掛かる。
「ギィシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼」
鼓膜が破れそうなほどの火竜の咆哮は地竜よりもはるかに猛々しかった。
クロノはその咆哮に耐えきれず、両手で耳を塞ぐがそれでも体に響き渡るほどであった。それでもなんとかしてクロノは火竜の方を見ると、フィリアが飛びあがり火竜へ切りかかったが、火竜は間一髪フィリアの斬撃を回避する。
しかしフィリアは攻撃が当たらないと思ったと同時に火竜に向かい何かを投げつけ、それが当たり火竜は、その事で身の危険を感じたのかどこかに飛び去ってしまった。
火竜がいなくなったことを確認したクロノは、フィリアの元に駆け寄る。
「フィリア! 大丈夫?」
「ええ、私は平気よ」
クロノがフィリアの手元を見るとその手には柄から刀身までもすべてが白い剣が握られていた。
それにあれ程の轟咆を受けながらも、火竜に切りかかったフィリアはやはり相当な強者なのかもしれない。
「くそっ、せっかく火竜を見つけたのに逃げられちゃったね」
火竜を逃がし悔しがるクロノに対して、フィリアは余裕の笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ。クロノちゃん。火竜の居場所はもう分かっているわよ」
フィリアは腕を組んでいつも以上に自信があるように話し出す。
「火竜に何かしたの?」
「ババア特製のマーキングをつけてやったわ。これで火竜の居場所もまるわかりね」
「その、マーキングってそんなにすごいの?」
「もちろんよ。ババアはいつもそれで問題児の居場所を特定していたもの。その効果については私が保証するわ」
フィリアがそのマーキングを保証するという事は、フィリアも問題児だったという事も確定する。
クロノはその結果に、一人で頷いていると急にフィリアに両頬をつねられる。
「いひゃい、ひゃにひゅるふんだ、ふぃふぃあ!」
「えー。なんか、こうしないと気が収まらない気分になってねー。クロノちゃんは何も悪い事をしていないのにねー」
この時クロノは、フィリアのセンサーの事を火竜のせいで忘れてしまい、いつもは誤魔化せたが今回は見事にそのセンサーに引っかかってしまった。こうなったのも火竜のせいだ。
クロノをいじることに満足してフィリアはその頬から手を離すと、
「さて、気も収まったし火竜を追うとしましょうか」
「そうだね。早く追わないと」
それにしても、そのババアと言われている人もフィリアの扱いに苦労したに違いないが、それほどすごい物であるならば信頼出来る。
「クロノちゃん、火竜を追うわよ」
「うん!行こう!」
急いでマーキングを頼りに火竜を追うと意外と近くの場所で火竜を見つけ、二人は気づかれないように岩場に隠れ、覗き込むように火竜を確認すると、火竜は先ほど二人の襲撃もあり相当、苛立っている様子である。
しかも、この場所はありがたいことに、地面が平坦な場所であるのでこちらとしても行動しやすい地形であった。
「クロノちゃん、準備はいい?」
「うん!平気だよ!」
「よし、じゃあ作戦通りに行くよ!」
「うん!」
二人は同時に火竜に向かって走り出す。
フィリアは火竜の正面から向かい、クロノは火竜の側面やや後ろに向かって走りだす。
今回の戦闘ではフィリアからくれぐれもお互いに近づき過ぎない事と、クロノは火竜の動きが止まってから攻撃をすることに徹してほしいと言われている。
そしてクロノは、その言葉通り火竜から目を離さずに距離を取りつつ移動する。
火竜はその二人の行動を見ていたが、まずは目の前に現れたフィリアめがけて、その巨体を走り出させ噛みつきに向かうが、フィリアはタイミングを合わせて跳躍し、火竜の背に飛び乗り、背中に剣を突き立てる。
その一撃は火竜の外殻を貫通し、ダメージを与える事に成功するが、威力としては軽かった。フィリアはその剣を押し込んで更に火竜を追い込もうとするが、火竜の抵抗する動きが激しくなり危険と判断し、すぐに飛び降りて火竜から距離をとる。
火竜の外殻が思った以上に固かったため、もう一度飛び乗ったとしてもまた一撃のみ与えることが限界だろう。また、攻め続ける中でも、なんといっても気を付けなければならないのが火竜の放つ火球である。
火球の威力は、調査で分かっているとおり、岩の地面を抉る程の威力である。
だが、知っている限りでは火竜はすぐには火球を放つことは出来ないのだ。情報によると、火竜が火球を放つ前には、必ず溜めがあるのでその間に照準から逃げ切れればいいのだ。
その事を頭にいれながらフィリアは火竜から目を離さずに、ずっと攻撃の機会を待つ。
そしてフィリアは火竜との距離が出来れば、フィリアが持つ力である奇跡で生成した氷の弾丸を火竜を狙って打ち込み、更に隙が出来れば、切りかかるといった火竜に隙を与えない攻撃を繰り返すが、火竜も怯むことなくフィリアに襲い掛かる。
火竜もその大きな翼で飛び回り、押しつぶすように地上に降りその剛脚に手ごたえが無ければ、すぐにまた飛び上りフィリアを狙い続ける。
火竜がとる戦法はフィリア達にとって思った以上にやりにくく、火竜は体が大きい割には動きが素早いので、仮に火竜が立ち止まってからその瞬間を逃さず、氷弾を打ち込むとしても、大きな氷弾を狙って打ち込むのは至難の技である。そして体力勝負となったとしても、それは火竜の方に分がある。
この事を感じたフィリアは今の自分の状態でも火竜を狩れるのかどうか分からなくなり少し焦るが、戦えないことは無い。そう思ったフィリアは火竜の攻撃を回避しつつ、火竜の着地を狙って切りかかる。
そしてフィリアの与える斬撃は火竜が声を出すほどであるからしてダメージは確実に与えられていると確信できる攻撃であった。
だが火竜を追い詰めてはいるが、決定打を与えることが出来ないフィリアは今の自分に腹が立っていた。
やはりこれはもしかすると、と一瞬最悪の展開を考えてしまうが、すぐに切り替える。ここでこの火竜を討伐しなければ、何も進まない。火竜を討伐してあの子に会うんだと心に誓ったあの思いを思い出しフィリアは更に白剣を強く握りしめ、火竜と対峙するが、フィリアの事を気にすることなく、火竜は巣にやって来た異物を排除するために躊躇うことは無い。
ただただしぶとい異物が簡単にいなくならないことに腹を立てた火竜は、最強の必殺技である火球を放つ溜めに入る。
「きたっ!」
それを察したフィリアはすぐに行動を取るが、一瞬自分の身体に異変を感じ、動きが止まりそうになったが、気のせいだったのかすぐに状態は戻りまた動きだす。
火球を放つために、火竜は動きを止めたので近づくのには今が好機である。
フィリアは全力で火竜に近づくが火竜が火球を放つために距離を取られたのが、この状況を困難にした。
だが、フィリアはそれでも火竜に向かって突っ込んだ。この戦場にいる者は相手を倒すために全力を尽くし、決着をつけようとしていた。そしてその場所にはもう一人いたことを火竜は忘れていた。
「うわああああああああああああああああああああああああ‼」
突如現れたクロノが声を出しながら火竜の喉元に短剣を突き刺し、さらに力を込めて切り裂いている。
突然起きたこの状況に火竜は混乱し、火球を放つのを止めてしまうが、その行動は明らかな失策であった。
火竜が火球を放つのを止めたことによってフィリアは難なく火竜の元にたどり着き、反対側の首元に白剣を突き刺す。
「はあああああああああああああああああああ‼」
先に刺されていた短剣よりも長さがある白剣は火竜の気道を貫いた。
それでも、足掻く火竜は最後の力を振り絞るが、すでに遅くその巨体に力が入らなかった。また二人は火竜の血を浴びながらも剣を持つ手に力を更に込めて離さなかった。
「グギイイイイィイイイイィィィィィ…………………ッン」
そして力尽きた火竜は砂煙を上げながらその巨体を静かに地面に倒し、完全に動かなくなった火竜を二人は確認して歓喜の声を上げる。
「やった……! やったよ! フィリア! あの火竜を倒したよ!」
「そうね……やっと終わったわね……」
声に元気のあるクロノの対象にフィリアは相当疲労しているようだ。
それは無理もない事だ。あの火竜に一人で果敢に戦っていたのだ。疲れるのは当然の事である。
しかしフィリアは休むことなく火竜の血でべとべとになりながらも、火竜の亡骸を探りそして何かを見つけクロノの元に戻ると、その手に手のひらほどの紅い玉を持っていた。
「フィリア、それは?」
「これが今回のメイオールの依頼の物よ」
フィリアの手の上で輝く紅玉は、クロノが集めている魔石とは違う魅力を感じさせた。
クロノはボーっとその紅玉を眺めていると、その魅惑の紅色に取り込まれそうになる。
「さて、言われた物も手に入れたし、アクアミラビリスに戻りましょうか」
「そうだね。でも汚れたままでアクアミラビリスに戻るわけにもいかないし、温泉に入ってから戻らない?」
「そうね。私も温泉に入りたいわね」
相当フィリアは温泉が気にいっているようだ。
確かにあの温泉は気持ちがいい。
そう思うと僕も温泉に入りたくなって来た。
「フィリア、行こうか」
「うん。そうしましょう」
フィリアはクロノの手を取り、温泉のある場所へと戻るのであった。
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