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抗いようのない現実


「ほらっ、今日もつい持って来てしまいましたが、セラさんはこのぬいぐるみに見覚えはありますよね?」

 

 アルチベータが、どこからか取り出したのは微かに覚えがあるぬいぐるみであったが、よく覚えていなかった為、返事がごもってしまう。


「ええ、まぁそうですけど」

「実はこれ、今では私のお気に入りでして、いつもつい持って来てしまう程なのですよ」

 

 アルチベータはぬいぐるみを抱き抱えその頭部に口を当て、すぅうううと、セラにも聞こえる程大きく吸い上げる。

 

 その行為を目の前で見せつけられたセラは表情こそ変えなかったが、内心では嫌悪感が渦巻きながら、思っていることと逆の言葉を吐く。


「それはよかったですね。ぬいぐるみもアルチベータさんに愛されて喜んでいますよ」

「そうですか⁉ それは嬉しいですね。ただですね、このぬいぐるみを持っているだけでは物足りなくて、最近困っているのです」

「困った事とは……?」

「それを聞いて下さるの?」

 

 アルチベータは待っていましたと言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべながら放ったその言葉にセラは、何かを感じ無意識に半歩下がった。

 

 一見普通の会話の様に思えたが、その言葉の中には気づいてはならない何かが潜んでいると思われ、そう感じたセラは会話を保ちつつアルチベータから離れようと試みる。


「実はですね。このぬいぐるみ、買った時と違うのですよ」

「それなら、またあのぬいぐるみのお店に返品しに行けばいいのでは?」

 

 セラはまず、ごく普通の提案をしてみたのだが、提案した内容が的を射得ていないことは感じている。だが、今はとにかく離れることが第一だと、本能が警告している。


「それではセラさんも一緒に来ていただけませんか? そうすれば――――」

「ごめんなさい。急いでいるので」

 

 これは、ダメだ。強行しないと振り切れない。おそらくこのまま話を続けても逃げることは出来ないだろう。まずはあの泣いている子供のところに行けば人はいる。そこから上手く立ち去ろうとしたが、ここでとあることに気がつく。そういえば、声も気配も周りからしない。これは一体――――。


 その奇妙な状況にセラの脚が止まった瞬間、急に手を掴まれる。


「もう我慢できない。セラさん。私の物になって下さらない?」

「っ⁉」

 

 アルチベータの行為にセラは手を振り払らって抵抗しようとした時に、ホルダーに付けてある、イフルからもらった光石が一瞬見えると、石は黒く塗られたようになっており、それを目視したセラは、右目の刻印を輝かせてホルダーから一枚の札を取り出し、アルチベータに向けて札から雷撃が放たれる。

 

 その雷撃がアルチベータに触れると同時に、セラはアルチベータから離れ距離をとり、目の前を見たが、今もなお余裕の表情でセラを見つめるアルチベータに向かって問いかけた。


「あなた、冥獄凶醒なの?」

「ええ、そうよ。それがなにか?」

 

 アルチベータは、隠すことなく素性を明かし、その返事にセラは顔を歪め吠えた。


「アルチベータさん……いえ、アルチベータ‼ この刻印をみても何も思わないの⁉」

 

 セラは右目に刻まれている刻印を指さし、アルチベータに警告するように言い放つが、


「何も思うことはないわ。それ以上にとにかく私はセラさんが欲しい! 欲しいのっぉ‼ その、完成された全てが愛おしい! そして、今もこうして私に立ち向かう姿はとても健気でいいわぁ」

「うるさいのよ‼」

 

 再度セラはホルダーから札を取り出し、雷撃を放つがアルチベータに触れる前に腕の一振りでかき消される。


「ふふっ、セラさん。次は何をするのでしょうか?」

「くっ!」

 

 今もなおアルチベータは笑みを浮かべながらセラを見つめるのに対して、セラはこの時頭をとにかく回していた。

 

 どうすればいい。相手は冥獄凶醒。普通に戦って勝てる相手ではない。なら逃げるしかない。だがどうやって逃げればいい。

 

 その時、額から流れた汗が頬へと流れようとした時だった。その頬に何か柔らかい湿ったものが当てられ、それを感じたセラは反射的に頬に手を当ててその場を離れた。


 「あああああ、さいっ…こうっ! この味覚を刺激し、体を痺れまでする。この感覚。とても久しぶりですわぁ!」


  アルチベータは今までに見た事ないぐらい興奮し、両頬に手を当てて酔いしれているがセラはその姿が気にならないほどに絶望していた。

 

 頬を舐められた事に対して嫌悪はあった。しかしそれ以上にセラを震撼させたのは、その行為が出来る程力の差があることだ。

 

 頬を舐めることが出来るのであれば、首を切り取るほうが簡単だ。だが、それをしなかったということは目的があるのだろう。


「アルチベータ……あなた、目的は何?」

「だから初めから言っているじゃないですか。私はセラさんが欲しいの。ただそれだけです」

 

 アルチベータの視線が痛いほど伝わるが、その視線には殺意はなく、むしろ受け入れがたい愛情が感じられるぐらいだ。

 

 目的はセラのみか。この事実に思わずため息を吐きそうになるが、飲み込んだ。

 

 でも、目的がセラのみならまだやれることがある。

 

 セラは思い重圧に耐えながら更に問いかけた。


「アルチベータ、セラを手にしてどうするの?」

「それはもう、ひ・み・つですよ。でも、安心して。痛いことはしないし、大人しくしていればセラさんの願いも叶えてあげます。それにこのままだとつい、遊んでしまって壊してしまったらどうしようと思っていますし、正直これ以上ここでの遊びは嫌ですわ」

 

 アルチベータは口を尖らせて、セラに対しこれ以上の抵抗を警告した。

 

 そう。これは、アルチベータにとっては遊びなのだ。セラが必死に抗っていても無駄であり、滑稽なだけだ。

 

 それに時間稼ぎをしながら周辺を確認したが、ここはどうやら違う世界らしい。道理で何も感じられない訳だ。

 

 状況は絶体絶命だが絶対に諦めはしない。出来ることはしてみせる。


 セラは覚悟を決めて現時点の最良の選択と思える行動を取る。


 それは降伏宣言であった。

 

 セラは降伏の証として、両手でホルダーを外し放り捨て、力強く手を握りしめ降伏宣言をする。


「アルチベータさん。セラの負けです。ただ、痛いのは嫌なので、どうか優しくお願いします」

 

 そのセラの言葉にアルチベータはこの瞬間を待っていたかのように涙を浮かべながら、そっとセラを抱きしめた。


「もちろんです。ただ、最初は少しだけ苦しいので、我慢してね」

 

 アルチベータから放たれたどす黒い霧に包まれたセラは苦悶の表情を浮かべながら受け入れた。


 これが凶になるということか……。なるほどイフルの言っていたことが分かった気がする。それに湧き上がってくるこの気持ちはやっぱりこれか。セラの根底にあるのはやっぱりこれになるのか。

 

 ああ、塗られていく。全てがどうでもよくなりただ愚直に強く求めてしまう。それに抱かれているこの瞬間もとても心地がいい。

 

 ごめんね。みんな。セラはダメだったよ。


 セラは目を閉じて全てを受け入れると、二人を覆った黒い霧は消え去り、そこには、一人の銀の髪をした少女を抱くようにして肌の白い貴婦人が立っていた。


「私の可愛いセラさん。顔を上げて」

「はい。アルチベータさん!」


 その銀髪の少女の右目に刻まれた刻印は黒く塗り潰されながらも、好意的にアルチベータを見つめていた。


「これで、セラさんは私の物。うふふ。これ程嬉しいとは予想以上。それじゃあ、家に帰りましょう。それから一緒に遊びましょうね」

「うん。すごく楽しみ! 早く一緒に帰ろう!」


 銀髪の少女は手に握り締めていた何かを捨てて、隣にいるアルチベータの手を取り歩き出すのであった。


最後まで読んでいただきありがとうございます! 

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