8
とても幸せに眠ったのに、夢はやっぱりひどかった。
繰り返される爆発、逃げ惑う仲間、そして、脱出ポッドに一人押し込まれる俺。
引き裂かれて飛び散る父親、炎の渦に飲み込まれてそれでも笑う母親、悲鳴と絶叫、暗黒の宇宙に滅亡の光の華が咲き乱れる。
そして、青い地球。
どこまでも青い、母親の胎内のような、父親の腕のような、優しい祈りを満たした紺藍の惑星。
けれど、そこへ飲み込まれて、それでも異質なものとして、たった一人、永久に一人の俺。
「くっ、ふっうっ」
目が覚めるとやっぱり、それも盛大に泣いていた。
枕元に小さな赤い目覚まし時計があって、音楽を鳴らしている。
この曲は、知っている。知っていて、でも、絶対に聞きたくない曲、『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。私を月まで連れていって、という題の歌。
そのせいだけではなかった。
体中が冷えてきている。足元から覚えのあるだるさが這い上ってきている。エネルギーが切れてきたのだ。
そうか、何にも、変わってないんだ。
冷えた絶望に潰されそうになる。
秋野さんは部屋にはいなかった。
布団に寝かされた体はずっしりと重くなってきていて、遠からず溶け出すのは目に見えていた。
さっきは勢いで唇を奪ってしまったけど、今度はそうさせてくれないだろう。
「近江?」
ドアの開く音と、ナイロン袋がこすれあう音がして、優しい声が響いた。
「目が覚めたのか……どうした?」
秋野さんが部屋の小さな明かりの下に顔を突き出して、俺を覗き込んでいた。
体の細胞が一斉に声を上げて騒ぎだすのがわかった。
『密約』者がそこにいる。早くエネルギーをもらうんだ、と。
「泣いてた、んだ?」
「秋野さん」
指先で頬をそっとなでられて、自制が吹っ飛んだ。
「キス、してよ」
気が付くと、秋野さんに向かって憶面もなくねだっていた。
そんなこと、無理だよ。
心に閃いた反論に耳を塞ぐ。
「キスしてよ……でないと…俺…死んじゃう」
なんて半端な告白。
無理だって、わかってるのに。
心の中の『近江潤』が重苦しく首を振る。
秋野さんは一瞬大きく目を見開いた後、何だか険しい顔で俺を見下ろしている。
今にもここから逃げ出してしまうかもしれない。恐怖が襲ってくる。
けれど、体の焦りはそれよりはるかに大きかった。
「せっかく……父さんと母さんが助けてくれたのに…助けてよ…秋野さん」
涙が溢れた。
けど、もう、だめだ。
繰り返してねだる間も脱力感がひどくなってきていた。ともすれば、意識が遠のいていきそうになる。
秋野さんは何を思ったのか、いきなり俺の布団を剥いだ。
ひやひやとした空気が直接体に触れて、なぜか、服を着ていないらしい。胸元まで布団を引き下ろした秋野さんは、やがて静かに布団を戻した。
じっと俺を見つめる。
不思議な視線だった。
問いかけるような、そして、どこか心配そうな。
それとも、それは俺の思い込みだったんだろうか。
ふいと唐突に目を逸らして、秋野さんはドアの方を見た。立ち上がり、ドアの方へ歩いて行く。
ああ、だめだ………捨てられる。
胸にことばが詰まって、俺は目を閉じた。涙がまたこぼれ落ちる。その涙と一緒に体の細胞も溶け出し、流れだしていく気がした。
「ん…」
けれど、閉じたまぶたの向こうを陰が過った気がして目を開けようとしたとたん、唇に柔らかで温かなものが当たったのを感じた。
顔の横に秋野さんの両手が置かれているのがわかる。俺の体を気遣ってか被さってはこないけど、それでも確かに秋野さんは俺に唇を合わせてくれている。
夢だろうか、現実だろうか。
でも、夢なら、夢でもいい。
こんな夢の中で死ねるなら。悪夢の中で毎日死ぬよりよっぽどいい。
俺は両手を上げた。秋野さんを抱き寄せ、強く抱き締める。びくっと体を震わせた秋野さんを逃がすまいと、より強く唇を押しつけたとたん、
「っ!」
突然きつく唇を噛まれた。
慌てて手を放し、目を開ける。
「近江ィ」
唇を手の甲でいまいましそうに擦った秋野さんに、俺はことばを失った。
「一体、何のつもりだ」
秋野さんの目が怒っている。今まで見たことがないほど、荒々しい目だ。
ひょっとすると、もうキスしてもらえないかもしれない。
「俺は、秋野さんが」
いいかけて、口ごもった。
体は今キスから受け取ったエネルギーで満たされて、温かくて気持ちがいい。俺はやっぱり秋野さんに『密約』されていて、秋野さんなしでは生きていけなくなっている。
けれど、それは『好き』だというのとはまた違うのだろうか。




