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07 拷問、あるいは最後の夜

 重厚な響きと共に鉄格子の扉が開かれ、ほどなく俺は、その中へと入っていく。

 藁に麻布貼りの簡素なベッド、それと排泄物用の壺だけが置かれた牢獄。

 それが今の俺の住処だった。

 と、看守に背中を思い切り突き飛ばされ、俺はベッドに勢い良くダイブさせられた。


「ッ……!」


 お世辞にも良いとも言えない寝心地で、投身と同時に身体が痛みで悲鳴を上げる。

 なんとか寝返りを打とうとするが、手錠の掛かった両腕と、拷問で満身創痍の身体ではそれも一苦労だった。


 咳をすると、途端に喉に鈍痛が走った。恐らくは今日受けた拷問が原因だろう。

 途中一切水を補給できずに直射日光の差す屋外での重作業。

 最早お馴染みとなった作業であり、精神的にはさほどではなくなったが、肉体的なダメージは無視できない。

 這いつくばるようにして体を引きずりながら、部屋の片隅にある水桶へと進んでいく。

 部屋に帰れば水とパンだけは用意されていた。

 餓死でもされては困るということなのだろう。

 もっとも、水は濁っていたしパンはカチカチに固まったひどい代物ではあったが。


 ようやくたどり着いた水桶に蓄えられた生ぬるい水を、俺は一心不乱に啜った。

 幾ばくか気持ちが楽になった所で顔をあげると、その水面には今の俺の姿が映っていた。

 疲労とストレスで痩けた頬は、死相すら見える。

 顔にはアザが残り、首から下にも打撲痕や生傷が走っている。

 既にボロ布とかした無地の囚人服、そして首に嵌められた無骨な首輪が今の俺の身空をコレでもかと物語っている。


 あの日からどれだけの日が過ぎたのだろうか。

 俺はメッツォとエマーズ、二人の殺害容疑で裁判にかけられた。

 裁判……裁判と言えるものだったのだろうか、あれは。

 俺の知る裁判では、少なくとも弁護士が被告人の罪状をでっち上げるようなことはしなかった。

 身に覚えのない証拠に、会ったこともない証人。

 聴衆もなく、最初から結果の見えた裁判だった。


 三日間の審議・・が終了し、判決がくだされた。

 結果は――死刑。

 処刑されるタイミングは後ほど決定されるということだった。


 そして裁判が終わってからが本番であった。

 後で聞いた話だが、この国では罪の重さによって、被告人に対する刑を下すまでの処遇が変わる。

 つまり……同じ死刑でも、すぐに処刑されるか拷問の末に・・・・・処刑されるか変わるのだ。

 逮捕された時に、貴族の連中はラインケルは法治国家であるとうそぶいていたが、とんだ法治国家があったものだ。


 ここに投獄されてからもう一つ気がついたことがある。

 それはラインケルという国は、強烈な身分社会ということだ。恐らくは現在のカースト制を上回るほどの徹底ぶりである。

 空き時間で周りの監獄に投獄されている人々の話を聞いたが、彼らはその全てが少数民族、或いは被差別階級の人々だった。

 だが彼らは自身にかけられた罪に心当たりがない。

 全員いつのまにか自分のもとに兵隊たちが現れ、見に覚えのない疑いで逮捕されている。

 酷いものになると、自身の家族を殺されたにも関わらず、その犯人が自分だということにされている人もいた。


 俺は彼らの話を聞き、そして看守たちの態度を見た上で、二つの「仮説」を立てた。


・ここに投獄された人たちは貴族が犯した罪を肩代わりさせられた。

・この牢獄はそういった身代わりスケープゴートとなった連中を社会から隔離して置くための施設。


 罪を犯した貴族が、自身が牢獄に入る代わりに被差別対象の人々を不当に逮捕し、この牢獄に放り込んでおくのだろう。

 であればあの裁判も最初からまともな連中は居なかったと考えるのが普通である。

 どうりで傍聴席というものが存在しなかったはずだ。

 罪には裁判を通しての厳罰、それがこの有様であるとするならば笑い話にもならない。


 召喚されてから貴族階級、あるいは彼らに奉仕する人々にしかあったことがなかったので、察することができなかった。

 この国では身分が低いということは、人権を喪失しうる事象なのだと。

 であればレイド使いに貴族たちが取り入る理由も理解できる。

 こんな国では自身を更に上流に押し上げうる人には、誰もが気に入られたいと思うだろう。


 ふと、メッツォが行きの馬車の中で浮かべていた表情を思い出した。

 彼は車窓から見える人々の暮らしを見て、沈痛な面持ちを崩さなかった。

 しかし視線を彼らからそらすことはなく、むしろ決して忘れない、目に焼き付けようとしているようであった。

 あれは、彼なりの決意の現れだったのではないだろうか。

 彼らの暮らしが貧しいことを直視し、それを変えようとしていた。

 ……残念ながら、その想いは志半ばで潰えてしまったのだが。


 そこまで考えたうえで、やはり気にかかるのは……何故メッツォが殺されたのかということだ。

 彼が田舎育ちの貴族としても、果たしてそれが殺されるほどのことだったのだろうか。

 俺が選ばれた理由が、彼の召喚したレイド使いだったからだとしても、それは彼を殺す理由にはならない。


 事件の真実――それだけが、監獄に収められてもなお、俺が望むものだった。

『一の真実は、万の欺瞞を貫く』

 刑事をしていた父親が遺した言葉だ。

 父は俺が12の時、事件の捜査中に犯人に撃たれ殉職した。

 だがその言葉は今でも、俺の言葉に残り続けている。

 いくら嘘を塗り固めても、最後には一つの真実だけが残る。

 世界とはそうであるべきだし、人はその真実を受け止めて先に進むしか無い。

 それを信じ続けた俺は、何よりも真実を尊び、重んじる性格になった……少なくとも俺自身はそう感じている。


 だが、振り返ってみて今の俺はどうだ?

 メッツォ達の生命を奪った奴らを突き止められないどころか、その殺害の罪を着せられて監獄に入れられている。

 欺瞞を貫くどころか、自分の命を守ることすらできていない。

 理由は考えるまでもない……俺に力がないからだ。

 レイド能力、身分、財産。

 それら力と呼べるモノが、俺には無いから――

 力なき真実は、決して欺瞞に勝つことはない。

 そのことをこの永遠とも思える監獄生活で、文字通り身体に刻み込まれた・・・・・




「マト・タカヤマ、起きているか」


 不意に檻の廊下から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 一瞬看守の声かとも思ったが、この階を担当する者でも、拷問を担当する者のどれでもない。

 訝しがりながらもそちらに視線を向けると、其処には――


「久しぶりだな、あの日から随分とやつれたようだが? ちゃんと食べているのかね?」


 ――あの日、俺を逮捕した貴族が立っていた。

 唐突に、当時の記憶がフラッシュバックする。

 兵隊たちに取り押さえられ、地べたに這いつくばらせられた時に見上げた時の、あの歪んだ笑顔。

 あの時と全く変わらない笑顔を浮かべながら、ソイツは俺の牢獄の前に立っていた。


「……何のようだ。冤罪で逮捕した上で、まだ更に何か用事があるのか?」


 軋む感情を抑えながらも、努めて冷静であるように心がける。

 それでもソイツに向かって放たれる言葉に、幾分の棘が残ってしまうのは仕方ないことだろう。

 直後、俺に嵌められた首輪から、全身に激痛が走った。


「ッ……! ぐああああああ!!」


 反抗的な態度の囚人に対して行われる魔術の一種だった。

 この首輪を媒介に、嵌められた人物に対して痛覚を直接刺激するらしい。

 魔法というものがこの世界に広まっているのも、この時初めて知ったが、こうもまざまざと体感させられては信じる他無い。

 それにしても、この魔術を行使できるのはこの牢獄の看守かそれ以上の地位に在る管理者しか出来ないはずだ。

 ということは目の前の貴族はつまり……


「おいおい、この牢獄の所長に対してその物言いはないだろう?」


 ニヤニヤとした笑顔を崩さないまま、貴族は首にかけられたネックレスを取り出した。

 十字を中心としたシンプルな形の其れは、この牢獄の関係者であることを示す物だった。


「今日は私から君へ、直々にお祝いをしに来たんだ」


「お祝い? 一体何が…………ッ!」


 再び激痛が走る。

 しかし今度は叫ばなかった。

 我慢できたのではない。叫ぶほどの空気が肺に残されていなかっただけだ。


「そろそろ口の利き方というものを学習したまえ、マト・タカヤマ。

 君がどのような態度をとるのも君の自由だが、その自由の代償は君自信が支払うことになるのだぞ?」


 ニヤニヤとした笑いはそのままに、しかしその眼は既に笑っておらず。

 そのまま貴族は懐から書類の一式を取り出すと、仰々しくそれを俺に向けて掲げた。


「――勅令、我がラインケル王国への大逆を行った犯罪人、マト・タカヤマへの処刑を命ずる。

 7の月23日早朝、大断崖への投身を以ってこれは執り行われる。

 ラインケルに栄光と名誉あれ」


 格式張った言い方で、そして極めて簡潔に、それは読み上げられた。

 俺が死罪にかけられることは、既に裁判の中で伝えられている。

 それが今になって改めて読み上げられ、更にその日時と方法が判明した。

 ……それが意味することは一つしか無い。


「俺の処刑日時が、決まったということか」


「よく分かったな、明日の早朝だ。

 君が犯した罪は、正当なる方法で許されるのだ。待ちかねただろう?」


 俺を有罪に持ち込んだ時と全く同じ、あの慇懃な微笑みを湛えながら貴族は言う。

 恐らくは、この微笑みと共に何人もの不幸な人々が、謂れなき罪で処刑場に送られたのだろう。

 先程からの一連の所作からみても、この男が今までに何回もこのやりとりをしてきたのであろうことは目に見えて分かる。


「……個人的としては残念だな、この生活にもようやく慣れてきたところだって言うのに」


「ほう、この監獄に二年間繋がれてそこまで言える人間は初めて見たな。大抵は号泣して、この苦しみからようやく逃れられると、私に感謝の言葉を言ってくるものだが」


 俺の態度が気に入らないとばかりに、貴族は手にしたネックレスを起動させる。


「ッ! グゥゥウウウウウッ!!!」


 痛みに耐えながら、俺はさきほどの貴族の言葉を反駁はんばくしていた。

 皆が涙を流して喜ぶ? 当たり前の話だ。

 ここと比べれば、ほとんどの住む場所は天国に感じることだろう。

 ――それこそ死後の世界であったとしても。


「ふう、それでは最後の一晩をゆっくりと楽しみたまえ」


 それだけ言うと、貴族は用事は住んだとばかりに監房を後にした。

 処刑宣告だけがやりたかったのだろう。一瞥もくれず、こちらに興味もないようだ。

 三度もの激痛でフラフラになった身体を、我ながら驚異的と言える精神力で持ちこたえさせてベッドにたどり着かせる。

 直後、俺の意識は枕元へと吸い込まれ、暗転した。

お読みいただきありがとうございました。

重い展開が続きますが、もうしばしお付き合いください。

今日中にもう一話上げる予定です。

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