06 謀略、あるいは致命的な失敗
翌日になったので投稿します←
今回がターニングポイントです。
「ねぇ……メッツォさん、ちょっと遅くないかな?」
最初に疑問を呈したのは雪菜の方だった。
だが俺も、その疑問は抱いていた。
「あぁ、さすがにちょっとばかり話が長すぎるな」
「ね、さすがに私達だけで色んな人の話相手をするのは大変だよー」
メッツォが上流貴族であるエマーズと会合を始めてから、かれこれ三時間以上経っていた。
これが何らかの正式な会議であれば、コレぐらい話をするのはまだわかる。
だが今日に限っては式典の中で、その合間を縫って話をしているようなものなのだ。
それもパーティーの主催者と、一番目立つ役の二人が揃って長時間抜けている状況である。
会場のそこかしこからも、二人が何処に行ったのかを訝しむ人々が増えてきている。
「普通に話が盛り上がっているだけなら良いんだがな……」
無論、別に話が盛り上がってしまい、長い時間が経ってしまったという線も無くはない。
無くなはいのだが――
――俺は言い知れない悪寒に襲われていた。
俺達がこうしている間にも、事態はなにか途方も無い状況に追い込まれているのではないかと。
そうして居るうちに、会場にいる貴族の数も徐々に少なくなってきた。
残っているのは大半が、メッツォやエマーズとのコネを作りたいが為に残っているような連中ばかりである。
あるいは俺のことはいないものと思っているのか、雪菜にばかり話しかけてきている。これも将来の偉大なレイド使いとのつながりを持ちたいと思っているから故だろうか。
「タカヤマ、マト君というのは……君のことかな?」
不意に、俺を呼び止める声が聞こえてきた。
まさかこの会場に俺を相手に話しかけてくるやつが居るとは、と軽く驚きつつもそちらの方を見る。
そこには黒と赤が入り交ざったダークスーツを着た男が立っていた。
「俺のことだけど……何の用が?」
「先程エマーズ様から言付けを受けてね。君を特別室に呼んでほしいとのことなんだ。
恐縮だが、すぐにでも行ってくれないか?」
男は柔和な笑みを浮かべ、その視線で特別室の在るらしき廊下の場所を促した。
「俺を? 雪菜の方じゃなくて?」
「彼女ではなく、君に用事があるようなんだ。私は伝言を頼まれただけで、詳しくは知らないのだがね」
向かう前に雪菜に一言でも声をかけようかと思ったが、周りの貴族の対応にアップアップになってしまっており、声をかけるのはむしろ可哀想になってくるありさまだった。
何故俺を呼ぶ必要があったのか、今にして思えば。もう少し考えるべきだったのかもしれない
しかしその時の俺は特に考えもせず、それに従ってしまった。
特別室は会場外の廊下を真っすぐ行った先の、その突き当りにあった。
他の扉とは明らかに、その意匠に差がある荘厳な扉を開ける。
何の用事か知らないが、とっとと二人にとあい、要件を済ませて戻ってしまおう。
この時の俺はそう考えていた。
しかし、そこに待ち受けていたのは――
「なん……だ、これ?」
部屋中一面に広がる暗闇。
明らかに異様な空間であり、話し合いをするような空間では決して無い。
その雰囲気に引き返すか迷ったが、しかしメッツォの安否が気にかかる。
ためらった末に部屋の中に進むことに決める。
「メッツォ、どこだ。無事なのか? メッツォ!」
呼びかけど呼びかけど、言葉は闇に呑まれるばかりで、返事が返ってくることはない。
ますます深まる不信感と対象的に、精神は冷静になっていく。
やがて眼が暗闇に慣れてくると、部屋の中が少しずつ分かってくる。
そこには向かい合うように配置されているソファーと、間に置かれたテーブル。上には二人分のワイングラスが置かれている。
しかし肝心のゲストとホストが見当たらない。寂しげにぽつんと置かれたままだ。
不意に、視界の隅にひっかかるものを見つけた。
それはまるで、二つの倒れ伏せた人のようにも見えて――
「まさか……! メッツォ! エマーズさん!」
この時ばかりは冷静を失った。それだけは覚えている。
そしてその直後鼻に届いた匂いで、この部屋で何が起きたのかを悟った。
「血の匂い……!?」
鉄が変質したかのような、あの独特な匂いが、いつしか部屋全体を覆っていることに気がついた。
さらに目の前に倒れ伏せた二つの人影。
導き出せる結論は、明白だった。
「くっ……まだ息があれば!」
思わず駆け寄り、片方の人物の様態をかけようとし、うつ伏せになったその姿をひっくり返す。
その人影は……
「メッツォ――」
それは、胸に刃が突き刺された、無残なメッツォの死体だった。
同時に、完全に闇に慣れた目が、もう一つの人影の正体を捉える。
それは、エマーズだった。
より正確に言えば、エマーズだった物というべきなのだろうか。
メッツォ同様に、胸にナイフを突き立てたエマーズの死体は、目を見開いたまま虚空を見つめていた。
地面に黒く広がる液体――恐らくは血であろう――を見れば、死後ある程度の時間が経過したのは容易に見て取れる。
「どうして……どうしてこんなことが?」
最初に疑ったのは会場を襲撃した野盗、もしくは他国からの刺客だ。
しかし直後俺はそれを否定する。
この会場に来ていたジェラルドのことを思い出したからだ。
葉月の言葉が正しければ、彼は世界一位のレイド使いとのことだった。
レイド使いの戦闘能力を知っているわけではないが、今までの情報を整理すれば、そう簡単に打倒できる存在ではないのは確かだ。
仮に貴族が集まったタイミングを狙うのだとしても、襲撃するタイミングは帰りの馬車の時にズラすだろう。
外部からの犯行である可能性は低い、であれば犯人は、
内部の者――?
そこまで考えた瞬間、俺の脳裏に先ほどの貴族の姿が浮かんだ。
やけに長い会合時間、俺が到着した時には既に死んでから、ある程度時間が経っていた室内。
そしてあの男は、エマーズから言付けを受けたと言っていた。
――いつの話だ? 死ぬ前に貰ったというのなら、何故この時間になるまで放っておいた?
そもそも、彼の言葉は真実なのか?
仮にあの貴族が嘘を言っていたのだとしたら、彼が俺を呼び寄せた理由はただ一つ……
その疑念に至った瞬間、俺は扉に向かって駆け出した。
ハメられた――!
このまま部屋にいれば、その先に待ち受ける結末はただ一つしかない……!
一刻も早く、この部屋からでなければ!
扉を開こうと手を伸ばし、そしてその手は空を切った。
外開きの扉は俺の手を借りるまでもなく開き、そして開いた先には、
俺に向かって突きつけられた無数の剣先、そして先頭に立つ先ほどの貴族の姿だった。
貴族が一瞬邪悪な笑みを浮かべると、右手で合図を出し、待っていたかのように二人の衛兵が俺の背後へと即座に回り込み、両腕を拘束してきた。
遅かった。
殺害された二人の貴族。そしてその部屋に居た俺。
犯人として仕立て上げるには絶好の状況だ。
全てはこのために俺をこの部屋に招き入れたのだろう。
「……マト・タカヤマ君、残念だよ。
レイド使いとして召喚されたはずの君を、このような形で拘束しなければならないとは」
貴族の男は道化師のごとく仰々しい身振りをしながら、悲しみのあまり顔を手で覆うジェスチャーをした。
白々しい所作だ。そもそも扉を開いていた瞬間、既にコイツらは拘束の準備が出来ていたのだ。
つまりはこいつら全員がグルなんだろう。恐らくはこの貴族の郎等、ないしは金で雇われた連中か。
「……弁護士は用意してくれるのか?」
せめてもの悪あがきで、素知らぬふりをしながら尋ねる。
それを聞いて、目の前の貴族は益々唇を醜く歪め、
「安心したまえ、ラインケルは先進国だ。
きちんと裁判を受けることはできるとも。
……受けることは、ね?」
その言葉を合図に、無理やり引っ張り上げるように衛兵が俺の腕をつかむと、そのまま連行しはじめる。
せめて最後に、雪菜やアイラスに挨拶はしたかった……
そう思いながら俺はなすがままにされるのだった。
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次回は今夜投稿予定です。