04 選定の儀、あるいは暗転
何事が起きたのかを推理する間もなく、俺と雪菜、そして他の会場の面々の居る場所にスポットライトがあたり始める。
「今年もコレだけの新たな勇者がこのラインケルの地に訪れていただけました! 主催である私、エマーズ・エンデバーとしても鼻高々でなりません!」
見ると会場の壇上に居る男が、拡声器のような機材の前で胸をそらしながらまくし立てていた。
エマーズと名乗るその男は、他の貴族の連中と比較をしても質の良い服を着ているように見えた。どうやらこの国の中でも上級貴族……俺達の世界で言う子爵か或いはそれに連なる身分なのだろう。
雪菜の方は突然自身に当てられた照明を見て困惑しているが、俺の方はと言うとせっかく料理を食べようとしたところで、水をさされてしまい正直不満である。
「他にも今回の式典では“空砕き”のジェラルド様、“天降ろし”のハヅキ・カワギリ様もいらしております」
説明と同時にジェラルド、葉月の方にも照明が当たる。どうやら彼女の方も高名なレイド使いだったようだ。
もっとも当の彼女の方は紹介にも反応せず、ひたすらに料理を貪っている。壇上のエマーズが苦笑いをしながらも、改めて会場の面々に向き直った。
「――で、ですので! 今回の式典での安全面をご心配の皆様、ご安心ください! 今この場は間違いなく世界で一番安全でございます!!」
その言葉に客席の貴族たちからも笑いがこぼれた。
……気分のいい話ではない。彼らからすればレイド使いというのは、荒事に対して真っ先に向かわされる体のいいボディーガード代わりなのだ。
「そして今回の式典に際して、我らが偉大なる王であるところのエスタンス陛下、そしてその后であられる――」
続いてエマーズはお偉方の紹介を始めた。同時に照明は俺たちではなく、その面々に向けられていく。
そんな隙を見計らってか、メッツォがいつの間にか貴族たちの相手をすり抜けて俺達の席の隣に座っていた。
「もうすこししたら、あの壇上に在る聖銘石での選定の儀が始まります。最初に国王から名前を呼ばれますので返事をしてからそちらに向かってください」
そう言って指差す先には、ベールの掛かった全長1メートル弱ほどのオブジェらしき物があった。
ずいぶんと儀式を行うまでに勿体つけるものだ。俺は内心そう感じていた。エマーズの来賓紹介はすでに両手で数え切れない数になっており、さながら学校の卒業式を思い起こさせる。
と、いいかげん手持ち無沙汰になったところで紹介が終わったようだ。エマーズは来場していただいた方々に改めて一礼をすると、改まったように軽く咳払いをしてみせる。
「さて……いよいよ選定の儀でございます。この度招かれたレイド使いの方はどうぞこの壇の前まで起こしください」
直後、会場全体がシンと静まり返る。今回のイベントの目玉だからだろう。
メッツォは一層小さな声で俺たちに耳打ちしてくる。
「いよいよ出番ですよ、お二方。私はここから見守っています。……いや、別に獲って食われたりとかはないのでご安心を」
「――ああ、いってくるよ」
「ひゃ、ひゃい! 行ってきます!!」
冗談めかした一言の後にハハハと笑ってみせるメッツォ。どうやら緊張をほぐそうとしてくれたようだが、雪菜にとっては逆効果だった様子で、彼女は肩を強張らせながらよちよちと段の前まで歩き始める。……よく見ると手と足が左右同時に前に出ている。
俺もその後を追うように歩きだす。見ると、俺たち以外にも十数名ほどの人たちが同じ方向目掛けて歩いている。彼らもまた俺たち同様に最近召喚されたレイド使いなのだろう。
呼ばれた全員が壇上に並んだのを確認すると、エマーズは手のひらを胸の間で交差させながら一礼をする。この国ならではの礼儀なのだろう。
「――では、選定の儀を始めさせていただきます」
その声と同時に壇上のオブジェにかかっていたベールが取り除かれる。隣の雪菜が息を呑む声が微かに聞こえてきた。
其処にあったのは、虹色に煌めく球体だった。直径60センチ程の球体、しかしそれに脚はない。聖銘石はなんと宙に浮いていたのだ。
元の世界では決して見ることの出来ない光景に、改めて異世界に召喚したことを実感させられる。
「早速ですが、名簿の読み上げを――ネリーエンス家より、レイス・エモース殿!!」
エマーズが読み上げると、呼ばれた女性が「はいっ」と返事をしながら壇上を上がっていく。
見たところ俺とあまり歳が変わらない、黒人の少女だった。心なしぎこちない足取りからは、彼女が抱く緊張を感じさせた。
そのまま聖銘石に手を触れると、直後石が光りだし――空中に文字を浮かび上がらせた。
【レイド名:四海文書編纂者(Master Re:coder)】
【眼にした全ての文章を脳内に記録し、それを一度限り自由に編纂できる能力】
瞬間、会場のあちこちから感嘆のどよめきが聞こえてきた。
……だが納得できる。彼女が手にした能力は、今の時代にはうってつけの能力だ。
不意に葉月の方を見ると、彼女の方は頭にはてなマークを浮かび上がらせたような表情を浮かべている。恐らく能力の利点がよくわからなかったのだろう。
確かにパッと見ではよくわからず、絵面的にも地味な能力だろうが、これは中々に凶悪なシロモノである。なにせ『契約書の文章等を後付で自由自在に操れる』のだ。
戦争中のような、契約自体がそもそも武力によって無効化されてしまうような状況は別にして、単純に法と秩序が支配する社会であれば、その効力は絶大になるはずだ。
レイド使いの能力というものがどういったモノか、想像つかなかったが、チートと呼ぶに過不足無い能力であることは確かだろう。
微かにざわめく会場の様子を尻目に、エマーズは次々に名前を読み上げていく。
そして能力が読み上げられる度、会場からは程度の差はあれ、皆一様にどよめきの声が挙がった。
「それでは……ユキナ・ウナト!!」
とうとう雪菜の出番が来た。傍から見てかわいそうになるくらい震えている彼女は、返事をするのも忘れて壇上まで早足で駆け上がっていく。会場からはクスクス笑いが溢れでる。
「おやおや、緊張しているようですね。ではお嬢さん、こちらへどうぞ」
エマーズの促しに従いつつ、彼女は聖銘石に手を触れた。
そして次の瞬間浮かび上がった文字に、会場は文字通り……紛糾することになる。
【レイド名:運命の女神よ、星を廻せ(Maris stella Fortuna)】
【望んだ未来を設定し、それを達成するために必要な行動を明示する能力】
表示された直後、会場は静寂に包まれた。
そして徐々に声が広がったかと思うと、次々に人々の喧騒が場内を埋め尽くした。正直に言ってかなり騒々しい。
そこかしこから「この能力はヤバイぞ」「彼女の能力があれば各国のバランスが崩壊する!」「誰だ! 彼女を召喚したのは!」「確か……サースライト家の者かと」「なにィ! あんな辺境の三流貴族だと!?」と言った声が聞こえてくる。
ハッキリ言って下衆な会話以外の何者でもない。
――だが、たしかにこの能力は、今まで出てきた物とは別格といってもいい。
端的に言ってしまえば『未来因子の確定』で全て説明できる。こういった未来にしたい、こういうことをしたい。そんな時にこの能力を仕えば、それを達成するためにどのような行動をすればいいのか分かる。
未来の予知などという生半可な能力ではなく、未来を自身の望む方向に捻じ曲げる可能性すら秘めているのだ。
そしてそれは――雪菜を召喚したメッツォにとっては幸運以外の何物でもないだろう。
席に座る彼の表情も、喜色満面といった具合だった。
「――はっ、失礼しました! それではお嬢さん、席にお戻りになってください。では最後に――マト・タカヤマ」
会場の空気に呑まれていたエマーズが、我に返ったかのように雪菜を壇上から下ろす。
そして、俺の名前が呼ばれた。
かるく返事をすると、普段と変わらない歩幅で歩き始める。
先程までの会場の雰囲気は、雪菜とメッツォに対する処遇をどうするかについてでもちきりだった。貴族連中からすれば、彼らに取り繕えば美味しい思いが出来るとの魂胆だろう。
だが徐々に視線がこちらに集まってくる。背中からは「彼もサースライトの長子が召喚したのか?」「なぜ奴のところに二人も!」「不正をしたのでは?」「不正に決まっている!」などと言った声が聞こえてきた。
勝手な連中だ。
壇上に上がると、エマーズが厳かな面持ちで立っていた。俺の姿をしばし眺めた後に、彼はそのまま背中に控える聖銘石へと右手で促す。
「こちらへ……どうぞ」
うなずきながらも脇を通り抜け、聖銘石に近寄る。改めて見ると、その輝きは異様な凄みを感じさせるものだった。両手をそれにかざすように伸ばしながら、手のひらを表面に触れさせる。
静寂。
文字が浮かび上がらない。かすかな違和感を覚えながら、再び手を石に当てる。
無反応。
エマーズが訝しげに眉をひそめながら、何かを確認するようにこちらを何度も見つめ返す。
動揺。
会場からはさきほどまでと全く違うどよめきが広がりつつあった。どうなっている、レイド使いが石に触れたのに何も起こらないぞ、こんなことは初めてだ――各々口調は違えど、言っていることは概ねこんなものばかりだ。
「あーいやこれは……おいケインズ、このリストは本当に合っているのか? どうなってるんだこれは」
エマーズの方もお付きの男に対して確認するかのように、リストをバシバシと叩いている。
会場から聞こえる声も、次第に俺に対しての罵詈雑言めいた内容にかわりつつある。
だが俺はこの事実に関しては、比較的冷静に受け止めていた。
理解できるのは単純な事実。
『俺にレイド能力は与えられなかった』
……つまりはそういうことなのだろう。
そもそもからして、俺のあり方にはイレギュラーが複数あった。
本来召喚されるはずのない二人のレイド使い。そして俺は先ず間違いなく二人目の方だ。召喚される際の雪菜の――俺が姿を見たときには既に意識を朦朧とさせていた――様子を見ればそれは明らかだった。
俺が一人目だったとしたら、その順番は逆になる。すなわち、俺の方に真っ先に酩酊が襲い掛かってくるはずだったのだ。
そしてもう一つ、恐らくは召喚に対して致命的とも言える異常が俺にある。
レイド使いとして召喚されるために必要な条件「元の世界から逃げ出したいと願っている」こと
……この条件が、俺には当てはまらない。
俺は元の世界に未練があるわけではない。だが、それでも異世界を渇望しているわけではなかった。より正確に言えば、俺は世界に対して何も望んでいなかった。
平凡な生まれ、平凡な生活、平凡な才能に平凡な環境。努力らしい努力をしなかったわけでもなく、努力が必ず実るわけではないということも既に体得している。
こんな世界で俺は何を成し遂げられるのか。何物になることが出来るのか。一時はそれが知りたくて、哲学じみた事柄を考えに考えたこともあった。
考えて。
考えて考えて。
考えて考えて考えて。
――ようやく気づいた。
俺は結局何者にも為ることは出来ない。俺は俺にしかなれないのだと。
そして世の人々は遅かれ早かれ、それに気付かされるのだと。
その事実に気づき、後に残ったのは渇望ではなく……諦観だった。
俺はヒーローになれる一握りを下から見上げる大衆の一人にすぎない。それを噛み締めながら生きていくしかないのだと。
雪菜の身の上を聞いたときも、会場でジェラルドの話を聞いた時に感じた違和感。
彼らには……レイド使いには為りたい自分が存在した。俺にはそれがない。
そんな俺がレイド能力を手にするはずがないのだ。
半ば安堵めいた実感を胸に秘めながら、俺は改めてエマーズの方に向き直った。
「それで、もう戻ってもいいかな?」
「っ……! そ、それは……いや、構わないとも。手間を掛けさせたね」
エマーズの方は俺の様子を見て驚愕に引きつったような顔になりながらも、壇上から降りることを許可してくれた。
階段から降りる時に会場の様子を初めて見渡すことが出来た。
そこからは落胆と失望の感情が容易に読み取れる。
俺はそれを意に介さず、淡々と階段を降りていくのだった。
次回は明日投稿予定です。