03 上位能力者、あるいは世界最強の男
葉月を見て“天降ろし”と呼ぶ男。葉月はその言葉に反応して声の発信源に視線を向け、そして驚きの表情を浮かべた。
「ジェ、ジェラルド! あんたがなんで此処に!?」
「今宵はレイド使いにとって重要な式典だ。参加する理由にはそれで不足あるまい?」
「領土の管理はどうしたのよ!」
「……それは貴様も同じだろう。もっとも、こちらは部下に任せてきたがな」
その言葉に葉月はバツの悪そうな顔になった。領土、という言葉が気になる。
先ほどの男の発言。そして葉月の立場を考えると、仮説として挙げられるのも絞られてくる。俺はそれを素直に口にする。
「……もしかして、一部のレイド使いには領土が与えられるのか?」
俺の言葉に、男はこちらの存在に初めて気がついたように目を向けてきた。こちらを無視していた、というよりも最初からうるさい葉月を窘めるためにこちらにやってきたようである。
「貴様は……新しく召し上げられたレイド使いか」
「鷹山マト君よ。こっちの彼はジェラルド・フルード。全世界のレイド使いを取りまとめる組織『ページェント』が決めたランキング――レイドランク。その第一位が……コイツなの」
初出の言葉が幾つかでてきて面食らう。しかしその言葉の意味する所はある程度理解できる。
ページェント、というのは召喚直後のアイラスの口からも出てきた。レイド使いを取りまとめる超国家的な機関なのだろう。そしてその機関が定めるレイド使いのランキングというものが存在するらしい。そして目の前の男――ジェラルドはその第一位なのだという。
「私は元々の身分からして一兵卒に過ぎない者だ。故にこそ私は“何者であるか”ではなく“何が出来るのか”を優先する。一位という肩書も興味はない」
ジェラルドは一欠片も興味の無い口調でそう言い放つ。強者の見せる余裕というわけではなく、単純にそう信じ込んでいると言った具合である。
その後葉月からレイドランクについての説明を、合間に食事(とその感想)に挟んで受けた。
それによるとレイドランクは「ページェント」と呼ばれる超国家的な組織が管理運営する、レイド使い達のランキングであるらしい。
ランクは戦闘における有用性、危険性の他、レイド使い自身の精神状態を含めた総合的な評価によって決定される。
「つまりは国家に従順な、使い勝手の良い連中は高いランクになるってことよ」
とは葉月の談であるが、この先に出てきた説明を聞くとそのような基準になるのも納得がいった。
それというのも、高ランクのレイド使いには莫大な特典が与えられるというのだ。特典は二つあり、どちらかを選ぶ二者択一形式になっている。
一つは国家直属のレイド使いとなった上で、その国の上級貴族と同等の待遇を得ることが出来る権利。
そしてもう一つが、国から自分だけの領土を与えられ、それを統治することができる権利である。率直に言えば文字通り一国一城の主になることができるわけだ。
どちらの場合であっても、国家の運営にかなりの部分で携われることになる。しかもその土地で生まれたわけでは無い他所者がだ。
そこまでの待遇が与えられるのであれば、たしかに国家に対して敵対的な感情を持った人間を高ランクに据える訳にはいかないだろう。
「ま、このランキング昔に比べると総合力で落ちるのではとか、議会のおっさん連中は言ってるけど。
何より今はレイド使い同士の殺し合いなんて滅多に起きないからね。
模擬戦や実験でしか能力は奮えないわけ」
肩をすくめてごちる葉月。さきほど自身の能力を見せつけようとしてきたのは、普段ではそうそう人前で見せる機会がないからなのだろうか。
しかしそうなると一つ気になることがでてきた。
「てことは……レイド使い同士は戦争で戦うことはないのか?
メッツォ……俺の召喚者もそんなこと言っていたが」
「昔――三十年くらい前には、大規模なレイド使い同士の戦争があったらしいけどね。
その時にマスクっていう名前のレイド使いが、能力者と一般人関係なしに暴れまわって、そりゃもうスッゴイ被害を出したんだって。
それ以来レイド使いは普段はお飾りとして祀られておいて、いざという時にしか戦闘には駆り出されないようになってるわけ」
「マスク……私も伝聞や書籍でしか聞いたことがないが、レイド戦争の末期に現れ、当時のレイド使いのうち3分の1を殺害、ないしは再起不能に追いやったらしい。当時の高ランクレイド使いはもとより、かの“最悪のレイド使い”も過去の存在でしか無いが……可能であればぜひ手合わせしてみたいものだ。む、すまんな。どうにも戦いの話となると些かばかり口が滑ってしまう。そういった本を読むのが私の数少ない趣味でもある。……本と言えばマスクについての文献を以前読んでみたが、当時の一位であった“無冠の皇帝”レイガー・バゼラードとの戦闘では、マスクは長期戦の末に逃亡したとの情報が残っているらしい。彼の能力は一対一で真価を発揮するものであったと聞き及んでいるが、それが正しければマスクの能力はそういった状況には強くないのであろう。恐らくは一対一ではなく一対多を得意とする能力であるだろうが、それであれば私にも分がある。しかるに――」
ジェラルドは先程までの武人めいた雰囲気とは裏腹に、饒舌にマスクというレイド使いを語り始めた。
正直先ほどまでの寡黙な印象とのギャップが酷い。ともすれば彼は生来より戦いを好むタチの人間なのかもしれない。
「かーっ! これだからこの戦闘狂と話すのはうんざりするのよ! 式典やイベント会うときも事あるごとに模擬戦の誘いばっかりだし!」
心底うんざりした様子で吐き捨てると、葉月は料理を再び口に放り込みはじめた。
ジェラルドの方はその様子を見て、フンと息を鳴らすと改めて俺の方に向き直った。
「マト……と言ったな。貴様とは運があったら剣を交わすこともあるだろう。その時は私の全身全霊を懸けて相手をしてやる。楽しみにしているぞ」
「は、はぁ……どうぞよろしく?」
見かけよりもよっぽど戦いに関しては情熱的な人物なようだ。あまりお近づきにはなりたくないが。
返事もそこそこに俺はその場から離れ、雪菜を探しに出かけた。
すると彼女は先程離れた位置からさほど離れていない場所で、キチンと席を二人分確保していた。様子を見るに貴族たちのお誘いには愛想笑いで対処していたようだ。
「お、おそいよマト君! 私さっきから一人で偉い人たちとお相手しなきゃいけなかったんだから!!」
俺の顔を見るやいなや、ぶうぶうと頬を膨らまして非難してきた。
もともと引っ込み思案のようである彼女からして、社会的ステータスの高い人々の相手をするのは骨が折れることだっただろう。
「悪いね。ちょっとばかり情報収集と……料理を見繕ってたからさ、ほら」
「わっ、すごいごちそう! ……し、しかたないなぁ。許してあげる! ほら、こっちに座りなよ」
俺が料理の載った皿をテーブルの上に載せてあげると、途端に頬を緩ませて俺の席の上に置いてあった席取り用のハンドバッグを退かせてくれる辺り、やはり美味いものには目がないようである。
葉月とも話があうかもしれない。
「んー! おいしい!!」
いただきますという言葉もそこそこに、雪菜は目の前の料理の山を消化し始めた。
頬いっぱいに頬張るあたりもそっくりである。
そんな様子を見ていると、改めて俺自身が空腹であることに気が付かされた。
やにわに目の前の料理にありつきたいという欲求が湧いてくる。
「んじゃ、いただきま――」
テーブル上のナイフとフォークを手に取り、改めて俺も料理に手を出そうとしたその矢先。
「皆さん! 今日はようこそ集まってくださいました!」
壇上からの男の声と同時に、会場の照明一切が暗転した。
お読みただきありがとうございます。
展開が遅くて申し訳ありませんが、もう暫しおつきあいください。
次回は明日投稿予定です。