01 世界の説明、あるいはイレギュラー
「それで……私はそのメッツォさんって人に協力するために異世界に連れてこられたってわけ?」
俺と少女は使用人たちによって別室に連れてこられ、そこで待機するように言われた。メッツォはどうやら何か準備をするために離れているようだ。
その間俺は少女と一緒に待つことになったわけだが、手持ち無沙汰になるのも何なので、今の状況をこちらから伝えることにしたのであった。
「取り敢えずそういうことらしい。俺もさっきこの世界に来たばかりだから詳しいことはなんにも聞かされていないんだけどさ」
あたりを見回すと、どうやらここは応接室のようであった。
壁や天井、置かれた家具や調度品にはコレでもかと言うほど贅を凝らされており、自分たちの権力を誇示するための存在のようであった。
細長いテーブルはドラマの中で貴族が食事に使っているような代物であり、その上には燭台と茶菓子が皿の上に載っかっている。
「こちらもどうぞ、お召し上がりください」
使用人の女性が俺たちの目の前にあるカップにポットから茶色の液体を注ぎ込んできた。
香りは元の世界でのほうじ茶に近いものを感じる。毒は入っていないだろうと検討をつけて、俺は遠慮なくそれを飲むことにする。
一方の少女は手を付けようともせず、うつむいたままだった。何か声をかけてやろうかと考えあぐねていると、不意に少女が呟いた。
「でも……そうか。私、もう家に帰らなくていいんだ」
家出少女だったのだろうか? それにしてもいささか脳天気な発言にも聞こえる。
「家、帰りたくないの?」
「あ、いやその……! き、聞こえてた?」
自分で声に出していたのにも気づかなかったのだろうか、慌てて口を手で抑える少女。
やがて小恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「もうこの世界に来たから話しちゃうけど……私、家族の人たちとうまくいってないんだ。
だから、別に私が居なくなってもあの人達は困らないだろうし、私も私でせいせいするかなと思って」
「へぇ……じゃあアンタにとっては渡りに船だったわけだ」
「それはそうでしょう、私達の召喚式は元の世界に未練が無い人たちだけを呼ぶ召喚式ですから」
不意に目の前の少女とはまた別の小さな女の子の声が聞こえてきた。
見るとそこには金髪碧眼の少女がちょこんとした様子で座っていた。
「申し遅れました。わたくしはアイラス・サースライト。
メッツォお兄様の妹です。
お兄様は現在、召喚の儀の顛末をページェント……召喚した方々を管理する機関に報告しております。
その間、貴方がたの世話をするようにと仰せつかっていますので、何か希望のものが有ればなんなりとお伝え下さいませ」
アイラスと名乗る少女は軽く腰を上げると、なんとも洗練された所作で一礼を済ませる。
この一連の動作だけで貴族という言葉を信じてしまいそうだ。
つづけてカップを一すすりしているが、その動きもなんとも丁寧である。
「えっと、アイラス……さん?」
家出少女が恐る恐ると言った具合でアイラスに話しかけた。
「アイラスで構いませんよ」
アイラスの方は微笑んで、皿の上のクッキーをつまんだ。
家出少女の方はそれに安堵した様子で頬を緩ませる。
「じゃあ、アイラスちゃん。どうして私達が召喚されることになったのか教えてくれない?」
「そうですね……まずはそこからお話ししましょうか。突然ですが、おふた方はレイドという存在を聞いたことはありますか?」
――レイド。
聞き覚えのない言葉だ。
少女のほうもそうであるらしく、きょとんとした顔を浮かべている。
「どちらも無さそうですね。無理もありません。
本来は貴方がたの世界には存在せず、私達の世界にしか存在しない能力ですから」
その後、少女はレイドという存在について端的ではあるが教えてくれた。
その説明に依ると、どうやらレイドというものは
・この世界に訪れた異世界人全員に備わった能力で、彼らはレイド使いと呼ばれる。
・レイド使いはレイド以外にも、常人を越えた身体能力を持つ。
・レイド自体は各個人に固有のもので、発動には詠唱を必要とする。
・レイドの存在は国家単位で貴重なものであり、全員がそれぞれ所属する国の手厚い保護を受けることが出来る。
というものであるらしい。
「通常であれば、一回の召喚に一人が召喚されるはずなのですが……今回はどういうわけか……」
そこでアイラスは言葉に詰まったように俺達の顔を交互に見比べた。
「俺たち二人が召喚されたってことか。普通そういうことはあるのか?」
「いえ、聞いたことがありません。
お兄様もそれを確認するために機関に伺いを立てているところです」
自分自身も何が起きているのかわからないという顔でアイラスは首をひねる。
とはいっても俺も少女も召喚された試しがないわけだから、これがイレギュラーと言われても実感は沸かない。
通常であれば一人ということだが、そうだとしたら何故二人召喚されることになったのだろうか。
「それにしても……異世界から人を召喚して、更に国によって手厚い保護を受けさせるってのは、もちろん相応の対価を求めてのことだろ? 一体俺たちに何をさせるつもりなんだ?」
「……それは」
「そこから先は私が話そう、アイラス」
話に割って入ってきたのは、さきほどまで席を外していたメッツォだった。
「お兄様、ページェントとのお話のほうは?」
「もう終わったよ。そのことについても彼らの居る席で説明したい」
そう言うとメッツォは俺たち二人に向かって恭しく一礼をする。
改めて見るとその所作の節々には貴族らしい品の良さを感じさせるものがあった。
「改めて、ようこそ地球のお二方。
私の名前はメッツォ・サースライト。この世界にある国の一つである、ラインケル王国にある小さな地方で領主をしています。
……と言っても、親から引き継いだだけなのですが」
人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて彼は卓上にある巻紙を広げた。
そこにはおよそ世界地図であるとみられる版図が載っており、その中央部にある大きな国の端っこに十字が記されていた。
どうやら今いる建物の大まかな位置らしい。
周りが山に囲まれた地形であり、これをみるとどうやらサースライト家は、貴族とは言ってもあまり大きな領を治めているわけではないようだ。
「さて、私が貴方がたを召喚した理由ですが、率直に言うと貴方がたには我々の戦争に加わってもらいたいのです」
「せ、戦争!?」
驚いた声を上げたのは家出少女である。
そういえばまだ名前を聞いていないのを、俺は今更ながらに思い出した。
それにしても戦争とは穏やかではない。
いきなり召喚された上に命のやり取りを扠せられるというのは、下手なデスゲームよりも酷い話だ。
「あぁ……いえすみません、戦争とはいっても実際に貴方がたに戦っていただくわけではないんですよ。
貴方がたの世界で言う……ええと、レイセンに近いものかと」
レイセン……冷戦だろうか?
何故異世界の住民であるこの男がこちらの世界の言葉を知っているのか疑問だったが、少し考えた結果すぐにわかった。
先に召喚された人間から教えてもらったのだろう。もしくは伝聞で聞いた知識か。
「かつて、私が生まれるよりも昔にはレイド使い同士が戦い合うこともあったようですが、被害が大きすぎるということで、今は滅多に起きません。
他国にとっての武力誇示、その象徴として居ていただくことが殆どですね」
「つまりは戦争しかけたらそっちもただ事じゃないぞ、ってアピールするための存在ってことか」
「ご賢察の通りです。貴方がたに戦ってもらうことは無いでしょう」
なるほど、どうやらレイド使いとはこの世界では核兵器に近い扱いのようだ。
実際に戦争で使われることはないが、ただ其処に居るだけで抑止力としての働きを持つ。
……考えてみると中々に物騒な存在である。
「それにしてもいきなり召喚してってのは、人によってはトラブルになる気がするんだが……」
「この召喚では、現世に未練のない人々が選ばれているようです。
どういった仕組みなのかは我々にはわかりませんが……今のところ大きな問題は起きていません」
まっすぐな目線で告げるメッツォ。どうやらその言葉に嘘はないようだ。
ふむ、と俺は今までの情報を整理する。
レイドという能力がどういった存在かは分からないが、どうやらこの世界では国賓、あるいはそれに類する存在らしい。
俺個人はあまりそういった存在には興味はないが、人生に絶望していた人々にとっては渡りに船。
確かに召喚する人材としては都合の良い存在だ。
しかし肝心のレイドというものがどういったものなのかが分からない。
どうやったら発動できるようになるというのだろうか。
家出少女の方も同じことを考えていたようで自分の手をグーパーと動かしている。
あ、目が合った。
赤面している。
「え、えっと! それでその、私たちはこれからどうすれば……?」
話を切り替えるように家出少女はメッツォに向かって切り出した。
メッツォはその勢いにやや面食らったようにしながらも、すぐに装いを正す。
「ええ、まずは今年召喚されたレイド使いの方々が一同に会する式典があります。
そこで皆様は『天智の石』と呼ばれる聖銘石に触れていただき、レイド能力を手にするのです」
ということは今の時点ではまだレイド能力は手にはいらないということだろうか。
「天智の石は召喚術式を編み出された魔術師、ルーダス様の作品です。
触れるとレイドの名前、そして能力の内容が分かるとのことです。
話によるとレイド使いはそれに触れて、はじめて能力を手にすることが出来るとか。
私は実際に行ったことがないので詳細はわかりませんが……」
メッツォの説明をアイラスが補足する。
予想するに、大方その式典の時点で政治ゲームは始まっているのだろう。
強力なレイド使いが居ると分かれば各国の軍事バランスも変わってくるし、それを召喚した貴族の地位も上がるというわけだ。
此処にきて俺は、さきほどのメッツォの発言を思い出していた。
「つまりさっき言っていた、この領土のために協力して欲しいって言葉は……
言ってしまえば、俺たちを国に献上することでアンタたちの暮らしを助ける為にもなるってわけか。
ま、生活を保証する上でのギブアンドテイクって考えれば、それも当たり前の話ではあるけど」
俺の言葉にメッツォは先程とは比べ物にならないほどの驚きの表情を浮かべていた。
どうやら相手の確信を突いていたらしい。
するとメッツォは神妙な面持ちになり、ゆっくりと口を開いた。
「鷹山殿は相当に聡い殿方ですね。
お言葉の通り、私たちは貴方がたにこの領土を助けるため、協力をお願いしたいのです」
先程までの温和な顔つきと打って変わって、その面持ちは険しく鋭かった。
彼が今までにしてきた経験がそうさせるのだろうか。
「……率直に言って我々が住むこの領土は貧しい。
父上が遺してくれた土地も、そこに住む人々も、我々にとっては掛替えのない存在です。
しかしこのままでは民に満足な暮らしをさせることも出来ない……!」
握りこぶしを叩きつけ、悔しそうに語るその様子からはその見た目を超える程の苦労を忍ばせる。
見たところ俺や少女とそう変わらない年齢だが、幼くして両親を亡くした苦労を多く重ねてきたのだろう。
「……失礼、いささかばかり冷静を欠いておりました」
「――優秀なレイド使いを持つ領主には多額の助成金が渡されるのです。
それで兄様は術式を組み、その触媒を手に入れるために血の滲むような苦労を……」
「よさないかアイラス。身内の苦労話は見苦しいものだ。
……失礼しました。とにかく式典まで、貴方がたの生活はこちらで保証させていただきます。
今日はもうお疲れでしょう、湯浴みの準備ができておりますのでどうぞこちらに」
メッツォがチリンとハンドベルを鳴らすと先程お茶をついでくれた使用人がはいってきた。
両腕には大きなタオルが抱えられている。
家で使っていたバスタオルよりも大きく見えるのは気のせいではないだろう。
「……とりあえず今日は、お言葉に甘えることにするよ。
どっちにしろ、協力はしないことにはどうしようもなさそうだしな」
「わ、私もそうします!」
俺の言葉に追従するように家出少女は答えた。
こうして異世界での生活が始まったわけである。
……今にして思えば、この時点であの事件は始まっていたのかもしれない。