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25 情けは人のためならず、あるいは白パンと牛乳

 ホーリアンの街中は、シュトゥルムベルクトとはまた違った賑わいを見せていた。

 行商、吟遊詩人、物売りに屋台売り……ありとあらゆる商業者が揃っているのだ。

 大通りを歩いているだけで、そこかしこから売り文句が飛びかかってくる。

 アイラスに至っては数メートルずつの店でつかまり、小物を売り込まれている始末だ。


「それにしても、そこまで大きな街じゃないのにずいぶんな繁盛だな」


「おそらくは2つの国家の中継点となる都市だからだろう。

 ほとんどの旅人がここを通るとなれば、そこに店を構えたほうが売れるに決まっている」


 俺の疑問にベリトが即答する。

 まるで見てきたかのような的確な返答ぶりである。

 こういうところをみるに、やはり幼い外見とは裏腹にさまざまな経験を積んできたのだろう。


「……なんだ、不遜な視線を感じるぞ。

 マト、怒ってやるから何を考えていたか正直に答えろ? ん?」


 ニンマリと微笑うベリト、しかしその眼は笑っていない。

 俺はそれをスルーしつつ視線をアイラスの方へと向ける。

 彼女は俺達より数メートル後ろのアクセサリー売の商人に捕まっていた。


「えぇ……! そんな安く買えちゃうんですか!?」


「そうだよ、正真正銘エリビルム・アクセサー製のブレスレットだ。

 本来は滅多な人には売らないけど、お嬢ちゃんはかわいいからぜひ付けてほしくてね!

 コレを逃したらもう、手に入らないほどの限定品さ!」


「で、でもいま手持ちが……」


 どうもブレスレットを売りつけられそうになっているようだ。

 しかも商人の口先八寸がかなり優勢に傾いている。

 このままでは埒が明かない……

 俺は助け舟を出すことに決めた。



 ややあって、ようやく俺たちは宿屋への裏路地にたどり着くことが出来た。

 三人揃って商人たちのパワーに圧倒され、やや疲弊気味だ。


「ご、ごめんね! 応対変わってもらっちゃって……」


「いいんだ。それに、ちょうどいいやつが見つかったんだろ?」


「うん! ひと目見た時にこれしかない、って思って」


 そういうアイラスの右手首には、花の意匠が拵えられたブレスレットが着けられていた。

 俺が介入してから商談はお開きの方向ですすんでいたのだが、最後の最後に売り棚の隅に置かれていたこのブレスレットを、アイラスが痛く気に入ったのだ。

 デザインこそすこし幼い印象を与える代物だが、何故だろうアイラスが着けているとこれ以上なくしっくり来る。


「でもよかったの? 代金を出してもらうつもりなかったのに……」


 申し訳無さそうな顔を浮かべ、アイラスはそう言った。

 彼女が言ったとおり、実はブレスレットの代金は俺が出したのだ。

 最初は彼女が自分で全部出すつもりだったらしいが、途中で俺が無理を言って代金を出させてもらった。


「いいんだ、そもそも綺麗な金じゃないしな。

 それに理由を聞いたら、どうしても払いたくなったからさ……」


 彼女がこのブレスレットを気に入った理由。

 それは、デザインが『はじめて兄が誕生日にプレゼントしてくれたブレスレット』に似ていたからだった。

 アイラスはそのブレスレットを始終大事にしていたそうだが、家が没落して使用人の給金に困ったときに泣く泣く手放した。

 それを今でも酷く後悔している……という話を聞いた時にどうしても俺は買ってあげたい気持ちになったのだ。

 メッツォとアイラスに対する罪悪感、贖罪の気持ちの現れとでもいうのだろうか。


「……ありがとう。いつか必ずお礼をさせてね」


「お礼をするつもりなら、俺じゃなくて誰か他人にしてあげてくれ」


 そういうと、アイラスは意外そうな表情を浮かべる。


「変わったこと言うわね。

 自分じゃなくて他人に恩返しをするなんて」


「情けは人のためならず……俺の生まれた国の言葉だ。

 ま、そのほうが世界も明るくなるんじゃないかな」


 他者に施した親切は、いずれ回り回って自分を助ける……そんな意味のことわざだ。

 俺自身にかえってこなくても、きっと彼女の親切は世界をすこしずつ良くしていくだろう。


「は、我が相棒は随分とあまちゃんなようだ。

 いつの世も人は、最後には自分のことが一番大事よ」


 俺の言葉をベリトがうんざりしたように混ぜっ返す。

 そういった人物を何人も見てきたのだろう。そういう考えがあるのも俺は否定はしない。

 だがアイラスの方は、このことわざがお気に召したように何度か口で転がしている。


「……私は素敵な言葉だと思う。

 きっとあなたが生まれた国は、誰かのために手助けをしてあげるのが当然の国だったのね」


 その言葉を聞いて俺は無言で肩をすくめた。

 それくらい素敵なところだったら、どんなに素晴らしいことだろうか。


 と、そんなふうに歩いていると、道路の片隅で座り込んだ老人の姿が見えた。

 みるからにみすぼらしい服装に、痩せこけた風貌だ。

 老人は諦観に満ちた視線で、ぼんやりとこちらを眺めていた。

 するとアイラスが、パタパタと小走りでその老人の方へと寄っていく


「……おじさま、いかがなされましたか?」


 老人の方はまさか声をかけられると思っていなかったのか、驚きで眼を丸くしている。

 やがて自分に話しかけられているのを自覚したのか、戸惑い半分の様子で口を開いた。


「かれこれ二週間近く食べていないのです……

 それで……このまま朽ちるのを待とうかと……」


 しゃがれたか細い声だった。

 その微かに震える声は、自身の今にも消えそうな生命の灯火を顕しているかのようだ。

 いうなりアイラスは自分のバッグからひとつかみ程の大きさの包みを取り出した。


「ここに白パンとミルクがございます。

 どうかお召し上がりください」


 そう言って差し出すアイラスの手を、老人は信じられないとばかりに見つめる。


「お、お嬢さん! このような老いぼれにそのようなものを……!」


 老人が驚くのも無理はない。

 この世界に召喚されて知ったが、白いパンと清潔な牛乳というのは非常に貴重なものらしい。

 彼女が手にした包みも、宿屋の女将の厚意でもらったものを『後の楽しみ』ということで大切に包んだものなのだ。

 ……そう言っていたのを俺は馬車の中の会話で知っていた。


「いいのです。喉を詰まらせないように、ゆっくりとお召し上がりくださいね!」


 半ば押し付けるようにして老人に包みを渡すと、反応も待たずにアイラスはこちらにトテトテと戻ってきた。

 その表情はどこか満足げだった。


「おまたせ! それじゃ宿屋に行きましょ!」


「……よかったのか? 後の楽しみだったんだろ?」


 俺の言葉に、アイラスはゆっくりと首を振る。


「いいの、こうするべきだって私が思ったんだから。

 ……それに」


「……それに?」


「……情けは人のためならず、でしょ?」


 彼女の言葉に、俺は思わず口をほころばせるのだった。

お読みいただきありがとうございます

次回は今夜投稿予定です


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