24 橋上都市ホーリアン、あるいは大槌の女性団長
「……で、今度はヴィルジュ公国に向かうってこと?」
宿に戻り顛末を報告するやいなや、アイラスはそう切り出した。
どういうことか、既に荷造りが終わっている。
俺が持っていた僅かな路銀も小袋に入れられてベッドの上に置かれていた。
クマの模様が描かれているのは彼女の趣味だろうか……?
「そのつもりだが……なんで既に出発の準備ができているんだ?」
「だって、どっちにしろ昨日の潜入が終わったらこの街にはいられないでしょ?
それならすぐに出発できるようにしといたほうが良いじゃない!」
ふんす、と自慢げな表情で腰に手を当てるアイラス。
準備がいい自分を褒めろとでもいいたげだ。
そんな彼女を尻目に、ベリトが荷物をごそごそといじっている。
「なんだ、旅先で食べる食料はどこに入ってるんだ。
このままでは途中で腹をすかせてしまうぞ」
「ちょ、ちょっとベリトちゃん! 整理してあるんだから勝手に開けちゃダメだって!」
慌ててそれを止めるアイラス。無視してカバンをひっくり返すベリト。
悲鳴を上げるアイラス。砂糖菓子を見つけ笑顔でかぶりつくベリト。
涙目で荷物を詰め直すアイラス。次のバッグを開こうとするベリト。
……流石に見ていてかわいそうに思えてきた。
暴走するベリトを止めると、俺は改めて荷造りを手伝うことにするのだった。
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シュトゥルムベルクを出発し、乗合馬車で移動すること数時間……俺達はとある町に到着した。
ホーリアン、ラインケルとヴィルジュの国境に作られた町だ。
「しかし……まさか巨大な橋の上に一つ町を作るとはな」
そう、この街は大断崖に架けられた大型橋の上に作られた街なのだ。
横幅だけでも1キロは有るだろう橋頭に所狭しと建物通路が立ち並び、さながらその様相は中国の九龍城のようだった。
その入口には俺達と同様に乗合馬車から降りた人たちが列を作り、順番に入場手続きをしていた。
「もともとはただの橋だったんだけど、いつの間にか両国の交易品が行き来する交易都市になっちゃったみたい。
自然発生した街で、ラインケルとヴィルジュのどっちにも所属してない都市国家みたいな街……だって」
アイラスが手に持っていた『ラダン旅行記』という本の、その内容を読み上げる。
もともと彼女が持っていた本らしいが、旅行先の情報を手に入れるには過不足無いチョイスだろう。
「我がまだ生身だったときには、こんな都市は存在していなかった。
やはり人の営みというものはバカにできんものだな」
ベリトもホーリアンの町並みに感心しているようだった。
確かに橋上に建てられた建物なんてなかなか見れるものじゃないだろう。
「でも、なんか入場に時間かかっているみたいね」
アイラスがしびれを切らしたようにゲートの方を睨みつけている。
たしかにこの街についてから、かれこれ二時間近く入り口で立ち往生している。
「どうやら入り口での持ち物検査が厳重なようだな。
マト、ラズリーズがバレないようにしておけよ」
「現物を見たこと有るやつはほとんど居ないから、ただの護身用の剣と言い張ればなんとかなるだろ。
ダメだったときは、そのときはこっちでなんとかしてやる。
ただ……」
「……ただ?」
俺がおもむろにつぶやいた言葉に、ベリトは眉を吊り上げる。
本当は心のなかでとどめておくつもりだったが、聞かれてしまっていたなら仕方ない。
観念して懸念の内容を言うことにする。
「……ここまで検査を厳重にする理由が、すこしばかり気になる」
先程から見ていると、荷物検査に30分以上かけている。
簡単なボディチェックだけじゃない、一つ一つの持ち物を精査している。
国境付近という地勢を考慮しても、これが一般人相手に施す内容だろうか?
「たしかにちょっと気になるけど……でも、ここを通らないとヴィルジュに到着できないの
どうせすぐに通過する街なんだし、そういうもんなんだって納得するしかないんじゃない?」
「まぁ……そうだな。とりあえずはこのまま無事に終わることを祈るばかりだ」
アイラスの言葉に、俺は首肯する。
どちらにしろここを避けて通ることは出来ない以上、俺達は飛び込むしかないのだ。
――そして、とうとう俺達の番が回ってきた。
ゲートでは男女一組のスタッフが受け付けており、名前を記入(もちろん偽名だが)した上で手荷物検査に移る。
「では、手荷物をこちらに預けていただき、ボディチェックを受けていただきます。
男性は私が、女性はそちらの受付が担当しますので。
…………はい、大丈夫ですね。それでは手荷物の検査に入ります」
指示に従いつつ、俺達はそれぞれ手荷物の検査に移る。
といっても別段特別なものでもない。一つ一つの品物を確認しながら、それを台帳に記入するだけだ。
そしてもう少しで荷物検査が終わりそうなその時、一人の人物が現れた。
「おい、その剣の検査は済んだか?」
低い、女性の声だった。
そちらに視線を移すと、そこには長身で赤髪の、戦士のような格好をした女性が立っていた。
背中に背負った、身の丈ほども有る大槌が印象的である。
ひと目で分かるほどのスキの無さに佇まい。
戦闘を生業としている人種と見て、まず間違いないだろう。
「ショルメス隊長! お、お疲れ様です!!」
男性のスタッフが慌てたように直立不動で挨拶をする。
どうやらショルメスと呼ばれた女性は、この都市において要職に就いているようだ。
「いい、楽にしろ。それとここでは私のことはただ、"隊長"と呼べ。
……旅人の諸君、すまないな。もうすぐ検査は終わるので、少しだけ付き合ってくれ」
スタッフを片手で制すると、ショルメスはこちらに向き直る。
いかにも上辺だけの笑みを浮かべている。こちらのことを警戒しているのだろう。
「構いませんよ。それで、貴女は……?」
「私はクリス・ショルメス。ここホーリアンで自警団の団長をしている」
どうやらクリスと名乗ったこの女性は、この街の自警団長を努めているようだ。
並の男では到底発せないほどの強者のオーラは、団長としての経験が為せる技だろうか。
「たまにこうして、部下がサボっていないかを監視しているんだよ。
……不審な輩が入場することがないようにな」
そういいながらスタッフ二人の方を見やるクリス。
途端に萎縮したように身を縮ませる二人。
それを見てフ、と笑みを浮かべるとクリスは満足したのかその場を後にする。
と、思った矢先。
「……そうそう、一言忠告しておこう」
何かを思い出したように、クリスはこちらの方に向き直った。
――その眼は、鷹のように鋭かった。
キンジョーと対峙した時の緊張が、一瞬にして全身に走る。
「この付近で不審な連続殺人事件が起きている。
なんでも、遺体に一切の外傷や毒の形跡がないそうだ。
我々も最新の注意を払っているが、君たちも自衛を忘れんようにな。
……それでは、よい旅を」
そういって、今度こそクリスは退場した。
俺たち三人は、そんな彼女の背中をしばらく見つめていた。
最後に行った一言を、脳内で反芻させながら……
お読みいただきありがとうございます。
次回は来週中になるかと思います。
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