23 追跡劇、あるいは矛盾行動
大変間が空いてしまいすみません
投稿していきます
『それで、リッカードは見つかったか?』
ベリトは確認するかのように、俺に対してそう尋ねる。
夜のシュトゥルムベルク上空――家々の窓からは灯りが漏れ出し蛍火のように広がっていた。
俺達はそれを見下ろしながら、動いている対象をつぶさに観察していた。
「見つからないな……さすがに馬車の中に入ってしまえば呼吸音は追えない。
夜だから外に出ている奴が多くないのが救いだ」
上から監視する形であれば、比較的早く見つけられるだろうと思ったが案外そうも行かなかった。
シュトゥルムベルクはライトヴィルと比べると非常に大きな町だ。
たとえ一度に多くの対象を見ることが出来ると行っても、限度がある。
『奴が逃げ出す前に見つけられなければ、貴様の真実とやらも闇の中だ』
「わかってる、そんなことにはさせない……っと!」
言うなり俺は民家の屋根に着地し、それをバネにして思い切り蹴り上がる。
やっていることはリッカード家に侵入する時に行ったことを、上空に向けて行っているだけだ。
先程からこれを繰り返し繰り返し行うことで空からの監視を可能にしていた。
しかしそれでも骨が折れる。リッカードがどこまで逃げたか、その方角も見当がつかない。
街の出口に向けて出発したのだろうが、出口に向かう大通りにはそれらしき馬車が一台も見当たらないのだ。
恐らくは裏路地を縫うようにして移動をしているのだろう。
そうなるとひとつひとつの路地をつぶさに観察しなければならない。
俺も流石に焦りはじめ、頬に汗がつたりはじめようとしたその時だった。
馬のけたたましい鳴き声と共に、何かが何かとぶつかるような轟音が鳴り響いた。
「――まさか!」
とっさに音のする方に視線を向けると、馬車同士が激突事故を起こしていた。
裏路地から大通りに出る交差点での大事故だ。
通りを歩いていた人々が一様に立ち止まり、その様子を眺めているのが遠目にも見て取れた。
「ぶつかっているのは……リッカードか!」
馬車に記されていた紋章は、リッカードの家紋と同じだった。
おそらく遮二無二に逃げ回った挙句に馬車が暴走し、路地を出たところで正面衝突をしてしまったのだろう。
酷いことに両者ともに馬を操っていた御者は、首があらぬ方向に曲がってしまっていた。
ひと目で見て分かる、すでに生命はない。
これほどの事故を起こして中のリッカードが無傷とは思えないが……
『見ろマト、リッカードが馬車から出てくるぞ』
馬車を仔細に観察していたベリトが報告してきた。
驚いたことに彼はあの大事故の中でも、なんとか一命をとりとめていたようだ。
額から血を流しながら、肥満体を引きずるようにして馬車から這い出てきた。
その様子を見てあわてて野次馬たちは後ずさる。
反対に相手側の馬車の方はどうだろうか。
俺はそちらの内部にむけて聴覚を拡張させる。
と、途端に少女の絹を裂くような悲鳴が耳に飛び込んできた。
【おかあさん! おとうさん! 起きて! 起きてよぉ……!!】
泣きじゃくった声色。
そこから伝わるのは悲哀、孤独、恐怖、混乱……そして絶望。
察するに少女は両親とともに馬車に載っていたのだろう。
そして通りでリッカードの馬車と衝突。
言葉の内容から類推すると、おそらく少女の両親は既にもう……
そのときだった。
【ガキ! 私についてこい!! ……何だ貴様たち! 見世物ではないぞ! 散れ! 散れ!!】
リッカードの怒声が、悲鳴をかき消した。
一体何が起きたのか。
拡張のリソースを視覚の方に回して、詳細を確認する。
するとそこには、少女を馬車から引きずり出すリッカードの姿があった。
【やめ……離してください! おとうさんとおかあさんが!!】
【黙れ! 黙って私についてくるんだ!!】
少女は全身を使って抵抗するが、体格差でリッカードに押さえつけられてしまった。
あたりに人の目があるのもはばからず、彼は少女を羽交い締めにして路地裏へと引きずっていく。
『衆人環視の中で堂々と少女を人質にしたか、なかなかの豪胆さだな。
いや……焦りのあまりに周囲が見えていなかっただけか?』
「ソレだけじゃない、周りを見てみろ」
路地で見ていた人の中には追おうとする人もいたが、周りの人に止められているのだ。
おそらく止めている人はリッカードの裏の顔を知る者なのだろう。
歯向かう者を皆排除するという噂を聴いていれば、止めるのも無理は無い話だ。
「どうも町の人達は、リッカードに歯向かうことを恐れているようだ
……だがそれでもやり方が強硬にすぎる」
『奴は自分の強権で事故自体をもかき消すつもりなんだろう。
とりあえず逃げ切れれば領土内のいざこざはどうとでもできる……権力の使い方を間違えた貴族のよくやることだ』
それを聞いて俺は、仮面の下の目を細める。
「なるほど、大した悪だよ――リッカード」
自由落下していた身体に力を入れ、頭を地面に向ける。
さながら地面に向けて飛ぶ人間砲弾……トップダウンと呼ばれる体勢だ。
全身が重力に引っ張られ急加速していくのを風で感じながら、俺は目標に呟く。
「だが、相手が悪かったな」
コマ送りのように近づいていく地面。
すでに視界はほとんど認識できるような状態ではない。
――問題ない。
俺は身を翻すと、そのまま足を地面に向き直す。
ちょうど落下先には路地を構成する建物のベランダがあった。
思い切りをそれを蹴り、落下の衝動を殺す。
跳んだ先にある壁を蹴る。
反対側の壁を踏み上げる。
その先を蹴る
また同じように蹴る。
蹴る、蹴る、蹴る……
一直線に目標に向けて、翔ぶ、飛ぶ、跳ぶ。
そしてその到達点として俺は……
「これで詰みだ、小悪党」
逃げ惑うリッカードの背中を、後ろから思い切り蹴り上げた。
「がっ……あっ!?」
押さえ込んでいた少女を放し、リッカードは悲鳴も上げずに地面を転がる。
蹴った時の感覚からして、あばら骨数本は折ることが出来ただろう。
「――――!!!」
息を吐くことも出来ずに悶絶しているリッカードを尻目に、俺は連れされられていた少女に近づき様態を確認した。
恐怖と混乱で半ば恐慌状態ではあるが、目立った外傷は存在しない。
「……辛かったな。立てるか?」
「は、う、あ……」
途切れ途切れにそう言いながら少女はコクコクと頷いた。
おそらく思うように声をだすことが出来ないのだろう。
「この道を真っ直ぐ進めば、さっきの大通りに出る。
そうしたら近くの大人に何が起きたか伝えるんだ。
……できるか?」
俺の言葉に少女は再びうなずきを返した。
「いい子だ。焦らなくていい、もう君は大丈夫だから。
さぁ、行って」
少女に手を貸して立たせてあげると、彼女はゆっくりではあるが大通りに向けて歩み始めた。
あとは彼女が無事にいい人の所にたどり着けるのを祈ろう。
なにせ、これからまだ一仕事があるのだから。
「――さて、そろそろ言葉が話せるようになったか? リッカード卿?」
俺が彼の方に向き直ると、リッカードは相も変わらず地面に這いつくばっていた。
だが痛みは大分引いたようで、憎々しげにこちらを睨みつけるほどのことはできたようだ。
「貴様が、屋敷に入り込んだ賊か……目当ては私の財産か?」
「お前の金なんかに興味はない。
コッチが聞きたいのは、メッツォ殺害に関する計画についてだ
お前の部屋で計画書を読んだが、それについて幾つか聞きたい事がある」
俺の言葉にリッカードは驚いたように目を見開く。
予想もしていない理由だったのだろう。
「なぜよりにもよってそのことを……まさか貴様、マト・タカヤ、っ……ガッ!?」
「不用意な発言は許可していない。次は本当に折るぞ」
リッカードの右指を曲がる向きと反対方向に引っ張りながら、俺は冷淡に告げる。
向こうも本気だと受け取ったのか、途端に顔を青ざめた。
「わ、わかった……そちらの質問に答えよう」
「話が早くて助かる。では最初の質問だ。
計画の指導者、ロード・ペルソナの正体について知っていることを全て教えろ」
「あ、あの方については私も詳しくは知らない……ほ、本当だ!!
私に接触したときも、仮面を着けた代理人を通してのみで、本人に会えたことは一度もない!」
「顔も声も知らないやつの指令を聞いて、殺人にまで加担したのか?」
「……前払いとして、莫大な金額を渡してくれた。
怪しいとは思ったが、私もユーガーもヤツのことは憎んでいたから……」
「ヤツ、というのはメッツォのことか?」
「そうだとも! あの小僧め、私とユーガーを差し置いてレイド使いの召喚枠を手に入れやがった!!
少しばかり優秀だというだけで、ページェント上層部の無能どもが……!
私達がページェントの連中に、いくら金を上納したと思ってる!」
恨み心頭といった様相で叫ぶリッカード。
その理屈は逆恨み以外の何物でもないが、少なくとも二人がメッツォを殺す理由を知ることは出来た。
同時にロードペルソナがこの二人を実行犯に選んだ理由も。
恐らくはメッツォに恨みを抱いている人間を探したら、たまたまこの二人が見つかったのだろう。
「次の質問だ。計画書に書いてあった運命改変能力についての記述。
雪菜のことを召喚前から知っていたのは何故だ?」
「……それも私には知らされていない。
使いの者に聞いたことはあったが、ただ一言……」
そこまで言ってリッカードは口をつぐむ。
どうやら続きを促してやる必要があるようだ。
「……なんと言ったんだ?」
「ただ、一言――"メディオ"の導きによるものと」
「メディオ? それは一体――ッ!?」
不意に背後から殺気が飛来するのを肌で感じた。
振り向くと同時、何かが柔らかいものに突き刺さる音、そして液体の噴き出る音が聞こえた。
音源は……リッカードの方からだった。
「まさか……!
っ、遅かったか……」
俺がリッカードに視線を向けたときには、既に彼の脳天と胸にはナイフが突き刺さっていた。
呆然とした目つきで虚空を見上げている……即死だったのだろう。
レイド使いとしての五感を手にしている俺にすら、見切ることの出来ない速さでの投擲。
相当の使い手であることは想像に難くない。
「口封じか……ロードペルソナの手のものか?」
再び投げ主の方に向き直る。
そこには真っ白な仮面を着けた人物が立っていた。
全身をローブで覆っており、明らかに身元を明かさない格好だ。
もっとも体に秘められたオーラは、その内側からでも強く伝わる
背丈はそこまで大きくないが、発せられる迫力が見た目以上に存在を大きく見せていた。
「問答に付き合うつもりはない……"マスク"の使い手」
くぐもったような声が仮面越しに聞こえてきた。
変声機のようなものを使っているのだろうか、歪な声色からは男女を区別することも出来ない。
「こっちの素性も既に把握済みときたか……だがこのまま逃がすつもりもない」
なにしろ真実へとたどり着くための貴重な手がかりを失ってしまったのだ。
"計画"の裏に近しい存在である、この仮面の人物を逃がす手は無い。
俺は相手の気を逸らせない程度の速度で、ゆっくりと歩み寄り気を伺おうとする。
……が、二三歩も歩かない内に異変に気づいた。
相手は微塵も動いていないにも関わらず、間合いが全く狭まらないのだ。
まるでホバーでスライド移動しているかのようだ。
もっとも、相手の足はピッタリと地面にくっついている……ようにみえるのだが。
「追跡は無意味だ。私は此処に在って、何処にも居ない。
今のお前では触れることすらできないだろう」
「……どうやら深追いするだけ無駄なようだな。面倒なことではあるが」
あるいは、レイド能力を利用することで相手の動きを止めることも出来たかもしれない。
だが相手の能力の詳細も見えていない現状で、こちらの手を明かすのは得策ではない。
危険を犯す必要はある。しかしそれは今でないというわけだ。
「――ほう。
どうやら前の使い手とは違って、駆け引きに関しては賢明であるようだな」
『余計なお世話だ!』
間髪いれずに言われるベリトの抗議に、俺は内心苦笑いを浮かべる。
確かにこいつならなりふり構わずにレイド能力を使っていそうだ。
「私に課せられた任務は2つ。
一つは命令を無視した愚か者の始末だ。
まったく、指令書は処理しろと厳命したというに……」
呆れたようにかぶりを振りながら、仮面の向こう側から覗く視線はリッカードを向いていた。
「そしてもう一つは……」
不意にその目線が俺の方向に向けられる。
「マスクの使い手、貴様への伝言を伝えることだ」
「伝言……? ロードペルソナからのか?」
「内容は一つ。"ヴィルジュ公国に向かい、アントンに出会え"……以上だ」
俺の質問は無視し、仮面の人物は一方的にそう告げた。
アントン……とは、リッカード邸での作戦報告書にあった"アントン・ブルースタンス"のことだろうか?
知らぬ名前であるが、ヴィルジュ公国というのはどこにある国なのだろうか?
『ラインケルを大断崖で挟んだ、反対側にある国のことだな。
このラインケルとは決して仲がいい国ではないはずだが……』
ベリトが補足説明をしてくれたお陰で地勢がある程度理解できた。
……しかし考えれば考えるほどにこの伝言に関しての納得がいかない。
作戦の詳細を伝えないためにリッカードを始末したはずだ。
なのにこの伝言は、まるで俺に真実への道標を教えているかのようではないか。
2つの行動が真っ向から矛盾している。
「任務は完了した、ではさらばだ。
……もう会わないことを祈る」
「ま、待て!」
俺の制止の声も聞かず、掻き消えるようにして一瞬で仮面の人物はその姿を消した。
さながら幻覚のようであった。しかしそれにしては仔細がリアルすぎる……
『これを一歩前進と言うべきか、それとも振り出しに戻ったと言うべきか。
どちらにしろ、今夜出来ることはここまでのようだな』
「……ああ、そうだな。
あとは――」
――あとはそう、戻るだけだ。
アイラスの待つ、宿の元へと。
次回は早ければ明日
遅ければ明後日投稿予定です。
おもしろかったらブクマ、評価よろしくお願いします!




