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20 商談→鑑定、あるいは発動する力

「商談、だと?

 生憎だが、こっちはアンタに売れるものを持っていなくてな」


 しくじった。

 鉢合わせするつもりはなかったのに。

 内心では焦りつつも、態度では平静を装う。

 対するキンジョーの方は、チッチッチと舌打ちしながら指を振る。


「違う違う。買うのはそっちのほうだ」


 その言葉で俺は合点がいった。

 こちらが買い手となる商談。

 そしてこの場において、取引に値するもの。


 どちらの条件にも符合するのは、一つしかない。

 つまり、金を出せば見逃してくれると、キンジョーは言っているのだ。


「……なるほどね、傭兵らしい提案だ。

 で、いくらで見逃してくれる・・・・・・・んだ?」


「5枚だ。金貨5枚で手を売ってやる。

 奴が金貨4枚と銀貨50枚で俺を雇ったからな。

 金貨5枚、この場で払ってくれるなら、俺はアンタに出会った記憶を、この場で綺麗さっぱり消してやる」


 金貨5枚。

 今、袋に入っている全財産が金貨3枚に銀貨17枚。

 とても足りない金額だ。

 とすれば、イチかバチかで交渉するしかない、か――


「――残念だが、そっちの条件に見合う金を出せそうもない。

 ここは一つ、ツケ払いにしてもらうことはできないか?」


 これでもし相手が了承してくれれば、それで御の字。

 もしダメであれば、その


「……なに? ツケだって?

 ふ、フフフフ……はっはっはっはっは!」 


 俺の提案・・に、キンジョーは途端に破顔しつつ笑い声を上げた。

 これでは気に入ったのか、どうなのか判別がつかない。


「ハハハハハハハ! なるほど、それは考えもしなかった!!」


 ひとしきり笑い、にこやかに語りかけてきたかとおもうと――

 彼は急に、その顔を真面目なものに変えた。


「……侵入者君、俺はどんな商談のときでも、一回だけそちらにイニシアチブを渡すことにしてる」


「おぉ一回もくれるのか、そいつはまた寛大なことだ」


 俺の軽口にも反応せず、キンジョーは言葉を続ける。

 どうやら状況は良くない方向に進んでいそうだ。


「だがそれを過ぎて尚、商談がまとまらない時……つまりはご破算になった場合だが。

 俺は本来の仕事をこなす。その際に容赦は一切しない」


「本来の仕事……? そりゃまたなんだ?」


 ゆっくりと俺はあとずさりながら、キンジョーとの距離を測る。

 目測にして2メートル。

 レイド使い同士の戦いにおいては、鼻先を突き合わせているように短い。

 対するキンジョーも、ゆっくりと、こちらに、足を、進める。


「新聞記事だよ。

 翌朝の一面に、お前の記事が書かれることになる。

 ……文字通り、ぺしゃんこになってな!!」


 直後、襲い掛かってくる拳撃の嵐。

 点ではなく、面。

 ほとんど同時に放たれる連撃を、俺は目で追いかける・・・・・・・


 ――視覚強化。

 さきほどは部屋の詳細を調べるのに使ったが、今度は高速で襲いかかる拳の見切りに用いる。

 すると、一瞬前までは全く目で追えなかった拳が、今度はスローで映しだされる。

 ほぼ同時に両腕が動き出し、自身に向かってくるものを瞬時に判別し、それを弾く。


「ハッ、なかなかやるじゃないか……侵入者君!!」


「そりゃどう、も!!」


 なおも続く拳と弾きの応酬。

 捌くにつれて、キンジョーの攻撃が多くのダミーと、ここぞという時に放たれる急所への一撃に分かれている事に気づいた。

 あまりにも多くのダミーに紛れているために、わかりづらくなっているが、急所を狙うときだけ僅かに鋭い角度で狙ってきている。

 狙いに気づけなければジリ貧になっていたかもしれないが、それに気づけば捌くのは容易い。


 鳩尾みぞおち丹田たんでん水月すいげつ人中じんちゅう、三日月

 一歩間違えれば、即死するほどの威力を伴った打撃。

 紙一重のところで、両手を相手の拳に添え、弾く、捌く、見切る。


 そしてそれを捌き切ったときにこそ――


「ここだ!」


「なっ……!? グッ……!」


 ――カウンターのチャンスは生まれる。

 俺の掌底がキンジョーの肩に当たり、彼の身体を後ろに吹き飛ばす。

 クリーンヒットとはいかないが、少なくとも間合いを取ることには成功した。


「……まだまだァ!」


 だが、彼も伊達に修羅場を切り抜けているわけではない。

 すぐさま両足をバネのように曲げ、一直線に飛んでくる。

 先程までの拳より、数倍は速い突撃。

 強化された視界をもってしても、ようやく目で追うのが精一杯だ。

 常人が見れば、人間大の弾丸が飛んでいるように見えただろう。


(チッ……避けるには時間がなさすぎる!

 ……だったら!)


 俺は突っ込んできたキンジョーの身体を、そのまま両手で抑える。

 当然、尋常ではない衝撃が手の平から全身に駆け巡る――

 瞬間。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


 俺はキンジョーを抑えたまま、思い切り後方に跳躍し、背後にあった窓ガラスを突き破った。


 派手な音と共に、ガラスが粉々に砕ける。

 一瞬、浮遊感が全身を包む。

 そして、俺は空中でキンジョーの身体を、巴投げのように背後に投げつけた。


「なにィ! ぐ、ああああああああ!!」


 重力加速度に、俺の投げによる速度も加わり、キンジョーはたちまち地面に叩きつけられる。

 ……しかしそれは俺も同じことだ。

 そのまま俺の身体は、地面へと落下し、思い切り叩きつけられた。

 背中に強烈な衝撃が走る。


「ッ……流石にこの高さから落ちれば、そりゃ痛いよな」


『当たり前だ。むしろ仮面をつけているから、この程度で済んでいるんだぞ』


 何をいまさら、とばかりにベリトの呆れ声が聞こえてきた。

 したたかに打ち付けた背中から、鈍い痛みがジンジンと響く。


「ま、さっきはああする他なかったからな……痛いぐらいで済んで、よかったってところか」


『うむ、先ほどのカウンターといい、順調に我の力を使いこなしつつあるな』


 しかし先の窓割れで大きな物音を立ててしまった。

 当然館にいる兵士たちも気づいただろう。

 彼らが近寄る前に逃げ去らなくては。

 なんとか立ち上がりながら、逃走経路を確認しようとした瞬間……


「まいったな、窓ガラスを割るつもりはなかったんだが……

 絶対、修理費請求してくるだろうな、あの銭ゲバ貴族」


 キンジョーの声が俺の背後から聞こえてきた。

 まさか、まだ動けるのか!?

 すかさず振り返ると、そこには既に立ち上がって、こちらに向き直っているキンジョーの姿があった。

 先ほどの投げが、まるで効いていないかのようだ。


『ダメージを受けた状態でも、即座に動けるように精神鍛錬しているのか。

 ――よほど実戦慣れしていると見えるな、この男』


 ベリトの分析が脳内に伝わってくる。

 追い打ちにはなっても、ちっとも慰めにはならないのが悲しいところである。

 だがこの状況に嘆いてばかりもいられない。

 俺はすかさず拳を構え、相手の出方を伺う……


 が、キンジョーは一向にこちらに襲い掛かってくる様子がない。

 それどころか、おもむろに悠然と深呼吸をしだす始末だ。


 続いて彼は、キョロキョロと庭に飾られている巨大な石像や、鉄でできたアーチを眺めつつ、

 品定めをするように目を凝らしはじめた。

 まるでこちらに注意を払っていない。

 流石に意図をつかみかねる。

 あるいはこちらのリアクションを待っているのか。


「どうした、逃してくれる気になったか?」


 俺の問いかけに、キンジョーはピタ、と首の動きを止める。

 そしてようやく、彼はこちらの方を向いた。


「残念だが違う。鑑定していただけだ」


 鑑定。

 先ほどの商談・・に続き、またもこの場に似つかわしくない単語が出てきた。

 一体何を鑑定していたというのだろうか。


「こういう仕事をしているとな。嫌でも物の値打ちってのに詳しくなってくるんだ。

 報酬で貰った品物が偽物だったりすると困るからな。

 ……で、この庭に飾られている石像やらアーチの価値を、ちょいと調べてみた

 どれもこれも、一級の芸術品と同じ形してたもんで、あくまで念のためにだが」


 俺が黙っていると、キンジョーはそれにも構わず淡々と話し続ける。

 まだ一向に話が見えない。

 彼なりの時間稼ぎなのか? それとも何かのブラフか?


「そしたらどうだ。どれもこれも、みんな偽物ばかりと来たもんだ!

 見た目ばかり派手にしてるが、まったく中身が整っていない!

 まるであの野郎そっくりだ! ハハハハハ!!」


 何がおかしいのか、大声で笑い出した。

 まるで情緒不安定なサイコパスのようだ。

 だが、俺には分かる。口では笑っているが、目は決して笑っていない。

 こいつはまだ、何かを隠している・・・・・・・・


「……いい加減、結論を言ったらどうだ?

 笑えん喜劇コメディにつきあうほど、俺は暇じゃない」


 事実、俺の背後からはドタバタと屋敷を駆け巡る音が聞こえてきている。

 おそらくは兵士たちが異変を嗅ぎつけて、屋敷を調べ回っているのだろう。

 捜査の目が庭にまでやってくるのも時間の問題だ。

 何を考えているのかは知らないが、こいつの策略に付き合う必要はないし、義理もない。


「おおっと、つれないねぇ。

 ……まぁ何が言いたいかって言うとだ。

 この庭のものを全部壊しても、大した金額にはならんだろうっていう……確認さ!!」


 刹那、キンジョーの身体が淡い光りに包まれた。

 いままでに見たことのない現象。

 直後、俺の脳内に閃きと戦慄が走る。

 未体験の光景であるが、間違いない。


 これが、レイド使い一人ひとりに与えられる、唯一にして無二の能力。


「……そうか、これが――」


『いかんマト、来るぞ――』


 ――俺が気づいたのと、ベリトが叫んだのは同時だった。


「『レイド能力だ!』」


 キンジョーの全身から、眩いばかりの光が放たれ、そしてそれは庭全体を照らす。

 ――レイド能力。

 初めて見るが、はたしてどのようなものなのか。

 どちらにしても一切の油断はできない。

 改めて、どこから攻撃が来ても良いように構えなおそうとした、

 その瞬間。


    ――――――岩を纏いて我がかいなと為し 鉄を纏いて我が具足ぐそくと為す


 どこからともなく、世界に澄み通るかのような、静かなが聞こえてきた。

 男とも女とも、子供とも老人ともつかない、不思議な声色だった。


(これは、なんだ? キンジョーが喋って……いや、違う! 奴は一切口を動かしていない! なんだこの声は!?)




『……これは、詠唱・・だ』


 困惑する俺の脳内に、冷静なベリトの声が聞こえてきた。


(詠唱? そんなものがあるのか、レイド能力に)


 詠唱といえば、ファンタジーの世界で魔法を使う際によく聞く呪文のことだ。

 だが俺のイメージの中で、詠唱というものは、発動者自身が発声するものだった。

 キンジョーは先程から一言も発していないどころか、口を開いてすらいない。

 だがベリトは、詠唱というものは、そういう存在ではないと説明する。


『レイド能力を全開で発動する時――世界を強襲レイドする際、それは響き渡る。

 体内という回路を通してレイド能力は行使され、世界法則が改変される。

 詠唱とは、世界法則の改変をする際の副産物なのだ』


 ベリトの言葉によって、ようやく俺は事態を把握できた。

 つまり、詠唱はキンジョーが発しているのではなく、レイド能力を本気で使う時に、自然に周囲に聞こえてくるということらしい。

 ――であれば今この瞬間は、攻撃する絶好のチャンスではないのか?


『無駄だ。詠唱中のレイド使いは、この世界に存在しつつも、存在しない状態になっている。

 攻撃したところですり抜けるだけだ』


 ……なるほど、そういった対策も万全というわけだ。

 隙だらけの状態で、キンジョーが目の前に立っている理由がわかった。


    ――――おそれ すくめ け 汝を潰すは我が威容いよう


 尚も聞こえてくるキンジョーの詠唱・・

 しかも言葉が紡がれるに連れて、身に纏う光も徐々に強まっていく。

 さながら彼自身が、一つのこの夜空に輝く超新星スーパーノヴァとなったかのようだ。


 そして、その光が全天を覆い尽くしたかと思うほどに、眩く煌めき


「押し潰れろ…………12tの怒れる男(メガロマニア)!!」


 キンジョーの咆哮と共に、それは弾け飛んだ。

お読みいただきありがとうございました

次回は明日更新予定です


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