18 情報収集、あるいは夜闇に告げる
「で、レイド使いの傭兵だったか……ほんとにそんなのが居るのか?」
「私も聞いたことないわ。レイド使いは基本的に、貴族の部下として召喚されるわけでしょ?
貴族がよっぽど物好きなら、傭兵として貸出もするかもしれないけど……
そもそもそういう貴族には召喚の許可が降りないはずだし」
あのあと路地裏から宿屋に移動した俺達は、部屋の中で作戦会議を開いていた。
ベリトの言ったレイド使いの傭兵……つまりは金で雇われる兵士というわけだが、今回の連続圧死事件はそれによるものだと彼女は言った。
「だが確かに存在する。
事実我がかつて戦ったレイド使いの中にも、そういった連中が多く居た。
しかし貴様らが知らぬのも無理はない。
基本的にレイド使いの傭兵というのは、秘匿される存在だからな」
「何故隠す必要があるの?」
「よく考えてみろ。
金で雇える超強力な人物が居ますなど、公表でもしたらどうなるか。
下手すれば国に敵対する存在に雇われ、テロを起こされるかもしれん
そうでなくとも余計な混乱を招く。だから一部の貴族を除いて公表されていないのだ」
なるほど確かにベリトの言うとおりかもしれない。
金で動く連中というのは、ある意味で信用できるが、ある意味で信用できない。
金を払えば、誰が雇い主でも言うことを聞く。
つまり金額の大小で、簡単に裏切るということだ。
一部の人間にしか知られた存在であったほうがいい、というのはそのとおりだろう。
「で、リッカードはその傭兵を雇っているということか。
また面倒なことになったな……」
「うむ、ソイツが居なければある程度強行突破できただろうが……
今回は潜入活動を強いられるだろうな」
「潜入活動って、つまりは隠れながらってこと?」
「そうする他ないだろう。
リッカードがレイド使いだけを雇っているわけはあるまい。
他の兵士達をも相手にしつつ、情報を奪って帰ってくるというのは無理な話だ」
「ま、そうだろうな。
特に俺たちにはレイド能力がまだ使えない。
レイド使いと戦うには、圧倒的にハンデとなってしまう」
となると当然、相手に見つからないように潜入する他ないということだ。
もちろんリッカードが情報を握っているという確証はないのだが、それなら尚更不必要なリスクを負う必要はないだろう。
「――じゃ、潜入するとして。
いつにするの?」
疑問の声をあげたのはアイラスだった。
作戦決行のタイミングをいつにするか。
普通であれば、相手の敷地がどうなっているかを調べるなりするべきだろうが。
「今夜、だな」
「はぁ!?」
「ほう……」
俺の宣言に、それぞれ驚愕と感嘆の声を返すアイラスとベリト。
「本気で言ってるの?! リッカードの屋敷は広いし、普通は敷地の様子を調べるでしょ!
そうでなくとも、潜入に必要な装備を整えて――」
「あの新聞記事がなければ、俺もそうしたかもしれないな。
だがあの記事が出回ったってことは、すぐにここにも捜査の手がやってくるってことだ。
そのまえに全て終わらせておきたい。
タイムリミットは、明日の朝までだろう」
それ以上時間をかけてしまえば、捜査の結果俺が生きている事がバレてしまうかもしれない。
まだ指針も立っていない状況で、それはあまりに危険だ。
「なるほど、良く考えているじゃないか。
我も、早ければ早いほど良いと思っていたが……それでも今夜とは思わなかった。
しかし理にかなっている。やはり貴様を選んだのは、間違いではなかったな」
ベリトが俺の言葉に同意する。
アイラスも無言でうなずき、これで全員からの賛同を得ることが出来た。
であればまずは夜までに出来ることを調べ上げるしかない。
俺達は手分けして、リッカード家にまつわる噂を調べ上げることにした。
6時間ほどの調査の結果、ある程度情報を聞き出すことが出来た。
結果としては、彼がメッツォ殺しに関わっている噂には行き着かなかった。
だが、町の人々からはリッカードに関する悪評を嫌というほど聞くことができた。
どうやら領主様は、領民にすこぶる嫌われているようだ。
彼は元々商人あがりの貴族なわけだが、相当あくどい手口を使ってきたらしい。
これまでに何人もの人々が、彼に生活を奪われ、そして命すら奪われた。
彼は何人もの人々に嫌われていて、そして実際に命を狙われたこともあるという噂もある。
以上のことから考えて、恐らくレイド使いに殺されたのは、商売敵が雇った暗殺者だったのだろう。
そして同時に、彼が住む屋敷の異常とも言える厳重な警戒態勢も噂になっていた。
屋敷の各所に全自動の魔導迎撃術式を張り巡らせているほか、彼が雇っている兵士には、その全員にEランク魔具を持たせているとのことだ。
ちなみにベリトいわく、Eランク魔具でも庶民の給料一年分以上の価値はするらしい。
どうやら襲撃者に対して慎重すぎるほど、金をかけているとのことだ。
これに合わせて、更にレイド使いを雇っているとしたら、莫大な金が必要になるだろう。
「そこまでして自分の命を守りたいってことは――」
「――それほどの存在に、狙われる事をしているってことね。
それも商売敵どころじゃない、レイド使いを相手に身を守れるくらいに」
俺の言葉をうけて、アイラスがその続きを言う。
彼女の言うとおり、タダの人間相手であればレイド使いを雇わずとも迎撃術式や魔具を装備した兵士だけで事足りるだろう。
レイド使いの傭兵を雇うとしたら、レイド使い本人かあるいは他の貴族に狙われているかのどちらかだ。
少なくとも俺達のことではない。
まだ公式には俺は処刑されたことになっているし、俺がベリトに出会ったのはたかだか昨日の出来事だ。
「であれば、何か重大な事件に関わっている可能性が益々高まった、というわけだな。
ふ、面白くなってきたじゃないか」
「面白がるのは良いけど、結局屋敷の中身を知ることはできなかったわね
リッカードが執務している部屋が分かれば、潜入も楽になったと思うんだけど……」
残念そうなアイラスの声。
そう、俺達は結局屋敷の見取りを調べることができなかったのだ。
正確に言えば、その部分を担当していたベリトがサボっていたのだ。
俺達が調査している時に、町の名物を食べ歩いていたのを知った時の、アイラスの怒り様は酷かった。
そんなことだろうと思っていた俺は、さして期待もしていなかったわけだが……
しかし当のベリトは不敵な笑みを浮かべつつ、反省していない様子で
「心配いらん。我もこの一日のあいだ、無為に過ごしていたわけではない。
自己修復の結果、レイド使いとしての基礎能力を回復することが出来た」
ベリトのその言葉は俺の心を踊らせるに十分だった。
レイド使いとしての能力を十全につかえるということは、俺にとって待ちかねていたことだったからだ。
「本当か! じゃあレイド能力の方も……?」
俺がそう言うと、ベリトはピク、と体をこわばらせ、徐々に頬を紅潮させていった。
「い、いやそっちの方は……まだ本調子でないというか、その……」
「……まだなんだな?」
冷めた言葉で俺がそう言うと、ベリトはムキになったように言い返してきた。
「お、おい! 言っておくが、我も別に何もしていないわけではないのだぞ!
ただ少しばかりその……足りないのだ」
「足りない? 何が足りないんだ」
「……分からん。理論上はもう行使できてもおかしくない、はずなんだが……
能力を再構築しようとすると、何か決定的な要素が足りなくなってしまい、失敗するんだ」
「理論上は出来てもおかしくないんだったら、試しにマトに使わせてみても良いんじゃないの?」
思いついたようにそういうアイラス。
確かに俺の存在がコアになって、能力が発動する可能性は考えられる。
だがベリトは静かに首を振る。
「ぶっつけでやるには、失敗のリスクが高すぎる。
良くてマトの意識が消失することになるだろうし、最悪の場合二人共死ぬぞ。
我もせっかく現世に出てきたからには、不用意なことで危ない橋を渡りたくはない」
意外にも地に足の着いた意見を言うベリト。
享楽家だと思っていたが、こういう風に現実主義な一面もあったようだ。
どちらにしろ、今回の潜入はレイド能力抜きで行なうことになりそうである。
「じゃ、そろそろ移動するとしようか」
「も、もう? もう少し夜が更けてからでも良いんじゃないかしら……?」
相も変わらずアイラスはこちらを心配する意見を発してくる。
このあたり、貴族としての育ちの良さが見えて透けている。
「こうしている間にも、リッカードはユーガー殺害の報を聞いて、警備を強化しているかもしれない。
正直な話、情報を聞いた時点ですぐに潜入しても良かったぐらいだ。
……どこぞの誰かが、ケーキ屋でホールケーキ丸かじりでもしていなければな」
俺が目線を向けると、ベリトはどこ吹く風とばかりに視線をそらす。
「じゃ、じゃあせめて私も屋敷の近くにまで……!」
「それは駄目だ。アイラス、君は今夜はこの宿にいろ。そして一歩も部屋の外に出るな」
俺が彼女に待機の命を出すと、アイラスは不服とばかりに肩を怒らせる。
「どうして! あなた達だけに危険を犯させて、私だけ安全地帯で待機していろっていうの!?」
「逆に聞くけど、君が現場で何かできることがあるのか?」
「そ、それは……」
俺の指摘にアイラスは言葉をつまらせる。
そう、何の能力もない彼女を連れて行ったところで、みすみす危険にさらすだけでしかないのだ。
「俺は旅に同行させる許可は出した。だが危険な所に連れて行くことは許可した覚えはない。
これからも旅を続ける上で、ここは譲れないポイントだ。
ダメならこの場でパーティは解散、そこまでの話だな」
「…………」
俺がそう言うと、彼女は黙ってうつむいてしまった。
少しきつく言い過ぎたかもしれないが、それでも彼女が危険な目に合うくらいなら多少嫌われても……
と、瞬間。ベリトがため息を付いてアイラスと俺の間に割り込んできた。
「はぁ……どうして貴様はそう、つっけんどんな言い方しかできんのだ。
素直に、彼女に危ない目にあってほしくないと、そう言えばいいではないか!」
「なっ……!」
その言葉に、アイラスはうつむいた顔をこちらに向けてきた。
いつのまにかその顔は赤らみ、そして両手はスカートの裾をキュ、と掴んでいる。
「……いや、違う。俺は別にそういう意味で――」
「――なーにが違う、だ!
古今東西、男が鉄火場に女子を連れて行かない理由は一つ!
その女のことを大切に想っているからこそ! 違うか?」
「大切に……?
うーん、間違っているわけではない。
が……いや、なんだか違和感があるような」
確かに彼女に危険な目に合わせるつもりはない。
しかしそれはメッツォに対する誓いに近いので、ベリトの言い方では何か違和感を覚える。
ベリトの方はというと、俺の言葉を同意ととったのか、アイラスに肩を寄せている。
「聞いたかアイラス。アイツはお前を大切に想っていると、そう言ったぞ。
お前も男の真摯な想いを無下にするほど、ふしだらな女ではないだろう?」
「う、うぅ……」
なにやら節々に不穏な単語が聞こえてきたし、そもそも俺は同意したわけではないのだが。
アイラスの方は、顔を赤らめたまま、何やら押し黙ったまま考え込むと、突然こちらの方を向いて、キッと睨みつけてきた。
「わかりました! 私も淑女の一人として、アナタの思いを受け取りましょう。
アイラス・サースライトの名に懸けて、今夜私は一歩たりともこの部屋を出ません!」
さながら二年前のメッツォのような威厳さえ漂わせるような風格で、アイラスは高らかに宣言した。
俺としてはありがたい話だが、なにか勘違いをさせたままなのが気にかかる。
「でも、こちらからも一つお願いがあるわ」
また一人の少女らしい口調に戻ったアイラスは、こちらをまっすぐ見つめてくる。
「……叶えられる範囲であれば、なんなりと?」
俺のうながす言葉に、アイラスはポツリと静かに
そして、どこか泣きそうな響きを含ませて――
「――必ず、必ず生きて戻ってきなさい。
決して途中で死ぬことは許さないわ」
そして彼女は、数瞬の沈黙を挟み、こう続ける。
「もう……もう、誰も戻ってこない部屋は、嫌だから……」
その言葉に、俺は二年前の光景を思い出した。
式典に出発する日の朝。
馬車に乗り込む俺たちを、見送る幼き日のアイラスの姿。
その顔こそ笑顔であったが、どこか寂しげだった。
あの日から二年間、アイラスは独りで、迎える者を喪った日々を過ごしていたのだ。
――俺はようやく、同行したがっていた彼女の気持ちが理解できた。
「……ああ、わかったよ。約束する。
必ず生きて戻る。それで、お前の所に戻ってきてやる」
偽りなき気持ちで、俺はアイラスに向かって応える。
彼女は軽く微笑み、そして寂しげにうつむいた。
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「で、お前は本当に彼女のことを何とも想っていないのか?
あんな答え方をしておいてか?」
信じられないとばかりに、ベリトが仮面の中で呟く。
それを着けた俺は、ため息を吐く。
舞台はリッカード宅付近の丘。
ここからなら目標の屋敷を一望出来る。
屋敷は周囲の街並みと異なり、光魔法を凝らして華麗にライトアップされている。
そのおかげもあって、屋敷を警護する兵士たちの姿もよく見える。
どうやら今夜も警備は絶好調で厳重なようだ。
それを眺めながら、俺は彼女に向かって返答する。
「あのなぁ……俺と彼女は出会って、まだ一日とちょっと経っていないんだぞ。
それに俺はつい最近まで彼女に、兄を殺した男だと思われてたんだ。
どうまかり間違っても、お前が期待するようなことにはならんだろうよ」
「いやぁ、わからんぞ?
男女の仲と言うものは不可解なものだ。
コレばかりは我も理解しきれん。
案外あやつも貴様のことを憎からず――」
「――あーもういい!
それよりも今はリッカードだろ!」
やたらと話を脱線させたがるベリトをたしなめ、俺は目の前の屋敷に集中する。
泣いても笑ってもチャンスは今夜しかない。
待ち受ける結果は、生か死か。
緊張とも高揚ともつかない、不思議な感情が湧き上がる。
深呼吸一つした後に、俺は静かに、そして確りと
夜闇に向けて、高らかに告げた。
「潜入作戦……開始する!」
お読みいただきありがとうございました
次回は明日投稿予定です
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