00 召喚、あるいは全ての始まり
全ての始まりは唐突だった。
深夜二時は回っていたように思う。
寝る前にコンビニに行こうと家を出て、数百メートルほどの道のりを普段着で歩いていると、不意に強烈な目眩が俺を襲った。
持病を患っているわけでもない。全く心当たりのない感覚に戸惑いが広がる。
思わず立っていられなくなり両手を地面につけるが、目眩は収まらないどころか益々ひどくなっていく。
半ば朦朧としながらも視線を前に向けると、同じようにして地面にうつ伏せに倒れていた少女が視界に映った。
「おい……大丈夫か、あんた!」
こみ上げてくる吐き気を抑えながらも、俺は少女に向かって問いかける。
だが少女は倒れ込んだまま返答することもなく、ただ沈黙を返すのみであった。
ちょっと前に習った救急訓練の知識を総動員させ、駆け寄って意識確認しようとするが、足が途中でもつれ、俺自身が倒れ込んでしまう。
顔面がアスファルトに着くと同時に、俺の意識は暗転した。
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「――は、どういう――!!」
「何故――二人もいるか! 説明せよ!」
「それが、私共にも――! こんなことは――――!!」
混濁とした意識の中、不意に聞こえてきたのは途切れ途切れな人々の会話の声だった。
やけに大仰な口調はまるで中世ファンタジーの登場人物のようで、聞きなれないものだった。
いつの間にか背中から伝わる感触もアスファルトのゴツゴツした感触から、すべすべした石のような感触に変わっていた。
いい加減倒れているのも疲れたので、目を覚まし身体を起こした。いつの間にか身体を襲っていた目眩は消えていた。
「おお、男のほうが目を覚ましたぞ!」
俺はいつの間にか魔法陣の上に寝かされていた。
傍らにはあの時倒れ伏せていた少女の姿もあった。
そして周りには、困惑と驚愕、そして何か期待をしているかのような表情を浮かべた人々が居た。
人数はざっと見て10人ちょっとだろうか。
服装は二人を除いて、ファンタジーにでてくる使用人のような服装だ。
いわゆるメイドや執事のソレである。
そして例外の二人はそれぞれ貴族のように格調高い服を着た男女だった。
どちらも見た目は若く、男の方は二十代前半、女の方は十代後半といったところだろう。
努めて冷静に状況判断をしていると貴族風の男がうやうやしく礼をしてきた。
「目覚めになりましたか、異世界からの稀人よ。私の名前はメッツォ・サースライト、この世界『アルマティア』にある一国、ラインケルに住む貴族です」
言葉使い自体は厳かながらも、その話し方には相手に対する敬意を感じられた。
そもそも俺はこの状況に一つだけ心当たりがあった。
だから俺は、目の前の出来事に混乱しつつもそれをぶつけようとせず問いかける。
「あー……つまり俺は、いや俺と彼女はアンタたちによって異世界から連れてこられたってわけか?」
「おい異世界人! サースライト卿に向かってその物言いはどういう了見だ!」
使用人と思わしき粗雑な印象の男が、俺の言葉使いが気に食わなかったのか、言葉を荒げて抗議の言葉を上げる……が、主人に片手で制された。
「よさないかフレディ! ……不躾な行いになってしまったのはお詫びいたします。私たちには……いや、この領土にはどうしても貴方がたの協力が必要なのです。どうかまずは私達の話だけでもお聞きいただきたい」
異世界への冒険譚。
物語として読んだことはあるし、その主人公に憧れたこともあった。
だが実際にこうして当事者になるとやはり、驚愕が一切無いというのは嘘になる。
しかもメッツォと名乗る貴族の言葉が正しければ、この世界で何か協力をしなければならないようだ。
考えれば考えるだけ理不尽な状況だが、少なくともこの場においてイニシアチブは向こうにある。
不用意に反感を買ってしまえば貴重なこの世界の情報が手にはいらないばかりか、元の世界に戻ることもできないはずだ。
まずは相手に合わせて情報を得ることから始めることにしよう。
「わかったよ。まずは話だけでも聞かせてくれ」
「ご協力いただき恐悦の至りです。まずはこちらにいらしてください。まだそちらの少女は目をさましていないようですが、直に意識を取り戻すでしょう」
見ると確かに、少女の方は倒れ伏せたまま身動きしていない。
とその瞬間、不意に少女の身体が身じろぐように動きだした。
「う、うーん……?」
「おお! 少女の方も目覚めになられたか!」
メッツォは破顔しつつも少女の方に駆け寄る。
なんだか俺のときと扱いが違うのが気に食わないが、まぁ俺でもそうなるだろうと思い直すことにする。
「こ、ここはどこ? あなた達は誰!? てか私、部屋着!?」
何ともテンプレート的なセリフを言いながら、少女は辺りをキョロキョロと見回す。
見たところ年齢は俺とあまり変わらなさそうである。ポニーテールに上下ジャージの姿は、完全に部屋着のまま外出していた途中だったのを伺わせる。
「あーそのなんだ、まずはあの人から話だけでも聞いてやってくれ。俺もさっきこの世界に飛ばされたばっかで、立場は同じだから」
俺のその言葉を聞いて、少女はきょとんとした表情を浮かべ首を傾げる。
……察するに、少女の方は異世界トリップというものに造詣が深くないようだ。
服装に関しては触れないままにしておいて、とりあえず俺は名乗ることをしたのだった。
「俺の名前は鷹山マト。
高校生……だった。ついさっきまでは。
短い付き合いかもしれないけど、よろしく」