17 シュトゥルムベルクへ、あるいは連続圧死事件の謎
「――ここが、ウィンザー領シュトゥルムベルクか」
宿屋での一件の後、俺達は三人揃って出発した。
道中は何事もなくすすみ、そして俺達はアイラスの案内のままに、目的地に到着することが出来た。
たどり着いた街の名前は、シュトゥルムベルク。
ライトヴィルの隣町であり、そしてこの周囲一体で商業の中心地となっている。
昨日俺たちが居たライトヴィルと比べても、非常に栄えている印象だ。
この街を治めている貴族であるリッカードが、元々商人出身なので、商業的な活動が盛んであるらしい。
「小さい頃、父様がシュトゥルムベルクに用事があって行く時、無理を言って必ず着いていったわ
そうすると父様が帰りに、かならずお菓子を買ってくれるの」
アイラスが懐かしそうに振り返りながら、街の様子を眺めている。
彼女にとっては思い出の場所であるらしい。
だが彼女の言っていることが正しければ、今回の調査のターゲットは――
「――この街の支配者、リッカード・ウィンザーが貴様の兄を殺した情報を握っている可能性が高い。
貴様はそう言っていたな」
そう、ベリトの言葉通り、この街を領土に収めている貴族、リッカードが今回の調査対象なのだ。
「ええそうよ。兄様が死んだ時、私にその知らせが入る前に、彼から領土譲渡の話が舞い込んできたの。
その時はおかしいと思ったんだけど、直後にアナタの逮捕の知らせが入ったから……」
アイラスは腕を組みながら、俺の方を見てきた。
まぁ、真犯人が捕まったことを聞けば、とりあえずは納得する他ないだろうし、この対応も仕方あるまい。
しかし領主死亡の知らせが、肉親に届く前に聞き及んでいたときたか。
あからさまに怪しいが、もう少し情報がほしい。
と、そんな事を考えていた時に、裏路地に集まる人だかりを見かけた。
見ると、号外という形で青年が新聞を売り出している。
皆、興味津々で読んでいるところを見ると、かなりのスクープであるらしい。
とりあえず俺も読んでみることにしよう。
「すまない、こっちにも一部くれ」
「はいよ! 銅貨1枚ね!!」
銅貨を手渡しし、引き換えに新聞を受け取る。
そこには、大見出しでこんなことが書かれていた。
『ユーガー・フラテス氏、消息不明! 兵隊全滅の謎!』
それを見た瞬間、アイツの最期がフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。
谷底に落ちていく時の表情、そして当たりに散らばる兵士たちだったもの。
――とうとう、彼らについての情報が出回りだしたか。
「……貴族殺し事件を解決したことで、国王からの表彰もされたユーガー氏が昨日から行方不明になっていることがわかった。大断崖付近では彼の部下が全員殺害された姿で確認されており、彼らが何らかの形で襲撃を受けたことが調査隊内で有力視されている。なお、ユーガー氏の所在は未だ確認されておらず、調査隊による捜索が予定される」
記事を読み上げるアイラス。
どうやらユーガーの死体は見つかっていないため、行方不明扱いになっているようだ。
大断崖に落ちたために遺体が見つかっていないのだろう。
「……ユーガー氏が国王より下賜された魔剣・ラズリーズが同時に行方不明になった。このことから弊社取材班は、彼が物取り目当てに襲撃された線を……って、ちょっとまって! ラズリーズ!?」
そこまで読んだところで、アイラスは俺と記事を見比べ、そして腰元に差した剣に気づいたように眼を見開かせる。
次に何がやってくるか察した俺は、すかさず彼女の背後に周りこみ、今にも叫ばんとする口を塞ぐ。
「むぐっ!? んっー!! んっー!!」
いきなり口を抑えられた事に、驚きと抗議の叫び声を上げるアイラス。
当然周囲の人々はこちらを怪訝な目線で見てくる。
俺は落ち着きを払いつつ、ごく自然な口調で
「すみません、この子たまにこんな感じになっちゃうんですよ。
ほら、あの……情緒不安定でして」
と言いながら、彼女ごと裏路地に移動した。
あたりに人気がなくなったことを確認してから、ようやく口に当てていた手を離す。
「……ふぅ、すまない。ちょっと乱暴だったな」
「ちょっとじゃないわよ! なによ、いきなり人の口押さえて!!」
「いや、あのままだとお前、あの場でラズリーズのこと問い詰める気だっただろ?」
「そりゃそーよ! ……ってことはやっぱりその剣――!」
「お察しの通り、これがラズリーズだ」
俺が腰に挿していたラズリーズをかざすと、落ち着いた漆黒の反射が、刀身を包み込む。
「ほ、本物始めてみた……! で、でもなんで私の口を押さえたのよ!」
「あの場でおんなじ叫びされたら、さっきよりよっぽど注意引くだろ……
最悪あの場で兵隊を呼ばれてもおかしくない」
そうなったらとてもじゃないが、リッカードについて調べるどころじゃなくなるだろう。
それどころか旅の続行すら危ぶまれる。
兵士を倒すこと自体は別に造作もないことだが、アイラスがお尋ね者になってしまうのはリスクが高すぎる。
俺はそのことを滔々と彼女に伝えると、
「う、それをいわれると……
で、でも乙女の柔肌触ったのは事実だから!
……だからこれでおあいこってことにしましょ!」
「なにがおあいこなんだか……」
「おい貴様ら、騒ぐのもいいが、この記事を見てみろ。
なにやら面白いことが書かれてるぞ」
ベリトが新聞記事の一部を指差す。
それは新聞の二面に書いてある、小さな記事だった。
『シュトゥルムベルク内での連続怪死事件。レイド使いが関与か?
北部の商業都市シュトゥルムベルクで、最近身元不明の死体が相次いで発見されている。
死体は皆、巨大な物体で押しつぶされたような形で圧死しており、身元は全員不明のまま。
同領主のリッカード氏は事件との関与を否定しつつも、事件の早期解決を約束すると、領民に訴えている』
記事の内容は、シュトゥルムベルク内での圧死事件のことだった。
圧死という言葉が、やけに記憶に残る。
巨大な物体と書いてあるが、人を押しつぶすのには大岩でも持ってこないと無理だろう。
わざわざ投石機を使って、押しつぶしたとでも言うのだろうか?
あるいはもしや――
「これは……まさかレイド能力か?」
「確証はないが、その可能性は高いな
人一人を殺すのに、大岩を落とす必要はない。
普通は、剣や弓で殺せばいいだけだからな」
「それをわざわざ圧死と言うかたちでやってるってことは……
レイド能力で殺している可能性があるってことか」
「そうなるな。
だがリッカードがレイド能力者を部下にしているとしたら、少々厄介なことになったぞ」
確かにベリトの言うとおりだ。
先の戦いでは普通の兵士と、貴族との戦いだった。
どちらも身体能力は、仮面を着けた状態の俺とは隔絶している。
だが相手にレイド能力者が居るとなると、話は変わってくる。
少なからず身体能力では対等に迫ってくるだろうし、向こうにはレイド能力がある。
「調査活動も慎重に行う必要があるか……」
俺達が今後について考えあぐねていると、アイラスはそれを聞いて訝しんでいる。
まるで今までの話に違和感があるかのようだ
「妙ね……そんなはずないんだけど」
「なにか気になるところでもあったのか?」
「その話が正しければ、リッカードはレイド使いを部下にしているってことでしょ?
でも私が知る限り、彼が召喚の儀をしたという事実はない。
私が彼と交流があったときには、少なくとも召喚していなかったし、召喚の儀は4年に一度だからまだ彼は召喚することも出来ない。
つまり、彼はレイド使いを召喚していないのよ」
アイラスが語ったのは、リッカードがレイド能力を召喚していないという事実だった。
レイド能力者は貴族の部下と言う形を介して、国家に所属する。
とすると彼は、召喚していないレイド能力者を、どうやって部下にしているのだろうか?
「なんだ、そんなことか。くだらん。
奴が召喚していないレイド能力者を部下にしているとしたら、可能性は一つだ」
そんな中でベリトは、この疑問に対しての答えを用意しているようだ。
さすがは長生きしているだけのことはある。
先を促す前に、彼女は口を開いた。
「レイド使いの傭兵、それしかあるまい。」
お読みいただきありがとうございました
次回は明日投稿予定です
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