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15 空白の二年、あるいは第二の同行者

 俺とアイラスはお互いに暫し見つめ合い、そして静寂が二人を包み込んだ。

 先に口を開いたのは、アイラスの方だった。


「……帰って!」


「あ、いや……俺は君に話が」


「いいから帰って!

 なんで……なんで貴方がここに居るのよ!

 今朝処刑されたって聞いて……ようやく全て終わった、兄様の敵が死んだっておもったのに……

 それなのにどうして――!」


 最後の言葉は振り絞るかのようだった。

 嗚咽と慟哭が入り混じったかのような咽び。

 だが、あるいはこの反応は必然であったのかもしれない。

 真相がどうであれ、メッツォを殺したのは、公式には俺の仕業ということになっている。

 実の兄を殺した男が、処刑されたはずなのに、目の前に居るという状況を考えれば、この扱いも理解できる。


 ――だが、俺は実際には殺していない。

 彼を助けられなかったことに対しての誹りは甘んじて受け入れるとしても、

 少なくとも殺人者の謂れを受け入れるつもりはない。


「聞いてくれ、アイラス!

 俺は彼を……メッツォを殺してはいない。

 全てはユーガーという貴族たちに嵌められていたんだ!」


「そんな話の……なにを信じろっていうのよ……!」


 あいかわらず頑なな態度を崩さないアイラス。

 しかし話を聞いてもらわないことには、帰る訳にいかない。


「まずは俺の話を聞いてくれ!

 その後でなら、兵隊を呼ぶなり助けを呼ぶなり、好きにするがいいさ!」


 俺の叫びを聞いてアイラスは暫し押し黙ると、まっすぐ俺の瞳を見てきた。

 そして数秒、ともすると十数秒ほどみつめていると、不意に扉を開きつつ


「まずは中に入って。ここじゃ人目につくわ。

 ……言っとくけど、あの時みたいにお茶を出すつもりはないから」


 そう言って俺を室内へと誘うアイラス。

 ――どうやら話を聞いてもらうことには成功したようだ。

 室内に入って見ると、中は非常にシンプルな造りになっていた。

 ベッドに、机とテーブルだけが置かれた質素な内装。

 テーブルの上には本が二冊とペンが置かれていた。

 彼女がさっき言っていた、内職の写本なのだろうか。


 改めて俺のことを信じてくれた礼を言おうとしたら、彼女の右手に握られた、鋭く光る何かに気づいた。

 銀色の金属光沢を伴ったそれは、見まごうこと無く……


「――ナイフか、まぁ仕方ないな」


「死刑囚を部屋に入れておいて言うのもなんだけど、完全に信用したわけじゃないから。

 最低限の自衛だけはさせてもらうわ」


 手にナイフを握ったまま、彼女はぶっきらぼうに椅子に腰掛ける。

 俺の方も座ろうかと思ったが、生憎椅子が一脚しか無い。

 どうしたものかと考えあぐねていると、アイラスが溜息をつきつつ、椅子から立ち上がる。

 そのままベッドの方に腰掛けると、ナイフを見せつつ


「――早く話しなさいよ。

 せっかく椅子を譲ってやったんだから」


 どうやら彼女の方は、口調こそ変わっても、性格はあの時の優しいままなようだ。

 その事に内心安堵しつつも、俺は椅子に座りつつ、改めてアイラスに向き直る。


「話せば長くなるが――ここに至るまでの全てを話そう」


 そして俺は一部始終を話した。

 選別の儀での出来事。

 直後に起きた殺人事件。

 ユーガーに犯人として捕らえられた事。

 二年間に及ぶ監獄生活、そして拷問。

 大断崖での処刑。

 崖底でのベリトとの出会い。

 這い登った先での兵士、そしてユーガーとの戦闘。


 そこまで話をしたところで、一息つく。

 気がつけばすっかり太陽が落ちてしまっていた。

 俺が話している最中、アイラスは一切口を挟むこともなく、さりとてナイフの切っ先を外すこともなかった。


「これで、アイラスと別れてから起きたことは、全て話した。

 何か質問はあるか?」


 改めて話の終わりを告げると、アイラスの反応を伺う。

 アイラスの方は何故かナイフの切っ先と、俺の顔を見比べていた。


「……どうやら、ウソをついているわけじゃないみたいね。

 にわかには信じがたいけど」


 アイラスはそう言うと、ナイフを懐にしまった。

 その反応で合点がいった。


「そのナイフ……嘘を見抜く機能があるのか」


「自分の身を守るためには、ある程度備えが必要なのよ。

 ――兄様の遺した言葉と、道具だけどね」


 その顔には先程までの険がなく、緊張の解けた表情をしていた。

 どうやら、俺の話を信じてもらえることは成功したようだ。


「アイラス、俺は今日監獄から出てきたばかりで情報が足りない。

 教えてくれ、サースライト家に何があったんだ?」


「そうね……確かに貴方には聞く権利があるわ

 なら教えてあげる。この二年間で何があったのかを」


 そしてアイラスは語り始めた。

 途中途中で俺が質問をしながら、聞き出した情報をまとめると以下のようになる。


・式典後、雪菜はレイドランク6位になった。

・しかしメッツォ殺害のどさくさに紛れ、彼女はページェント直属になってしまった。

・そのためサースライト家はレイド使いが一人も手に入らず、それどころか現当主も失うことに。

・アイラスが当主継承をしようとした矢先、隣の領主に土地の管理権を奪われた。

・結果としてサースライト家は、領主としての地位すら喪い、経済的に困窮。使用人たちも家を後にした。

・当面の金の為に貴族の地位を売却。それからずっと、写本の内職で生活費を稼いでいる。


 雪菜が6位になっていたことにも驚いたが、その所属がサースライト家から奪われた、というところに俺は引っかかりを覚えた。

 あまりにもタイミングが良すぎる。

 メッツォを失った事がその事に関係しているとするのなら、ページェント側に事件を画策した者がいる可能性がある。

 次はその線を疑ってみるのがいいかもしれない。


「わかった、教えてくれて感謝する。

 これで次に行くべきところの目安がついた」


「ねぇ、貴方はこれからどうするつもりなの……?」


 話し終えて一息つくアイラスが、おもむろにそんなことを聞いてきた。

 だが俺のするべきことなんて、最初から決まっている。


「旅に出る。

 メッツォを殺し、俺を嵌め、そしてサースライト家を陥れた連中が隠した真実を暴く

 ……そのための情報が欲しかったんだ。改めて礼を言う」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は顔色を変え、いきなり俺に詰め寄ってきた。


「だったら、私も一緒についていくわ!

 兄様の敵を討ちたいの!」


 彼女から飛び出てきたのは、旅路への同行。

 これまでのことを考えれば、正直言って予想できる反応だった。

 だがそれを、おいそれと了承する訳にはいかない。


「駄目だ。付いて来るには危険すぎる。

 旅の途中で危険が迫った時に、守ってやれる保証がない」


「そんなの百も承知よ!

 でも、このまま黙ってみているわけにもいかないわ!」


「君の兄を殺した貴族、ユーガーは俺が殺した

 敵討ちなら俺がもう……」


「でも、絶対にそれで終わりじゃないわ!

 フラテス家のことは私も知ってるけど、兄様と繋がりなんて殆どなかったもの!

 アイツ・・・が裏で関わってるのは間違いないの!」


「心当たりがありそうな口ぶりだな」


 俺がつい口を漏らすと、アイラスはしめたとばかりに畳み掛けてくる。


「知りたかったら、私を連れていきなさい。

 今までは貴方が犯人ってことで無理やり自分を納得させてた。

 でも、そうじゃないとわかった今、黙ってられない……!

 どうせこのままじゃ、一生落ちぶれたままの人生だもの。

 後悔する前に、自分のやりたいことは自分で決めたいわ。

 もしダメだというのなら、この場で兵士を呼ぶから!」


 その言葉を聞いた上で俺は思考する。

 別に兵士を呼ばれる事自体はどうでもいい。逃げ切れる自信がある。

 だが、彼女が言った一言――自分のやりたいことは自分で決めたい

 それが俺の心を揺さぶった。

 二年の間、彼女がどんな気持ちで暮らしてきたかは分からない。

 しかし、少なくとも生半可な覚悟で言っているのではない。

 それだけは、さっきのナイフを使わなくとも伝わった。


「……どっちにしろ、俺は日の出と共にこの町を出るつもりだ。

 それについてくるって言うなら止めはしない。

 ただ、道案内くらいはしてもらうかもしれんが」


「……! あ、ありがとう!!」


「……礼を言われるようなことじゃない。

 それに、足手まといだと思ったら、遠慮なく置いていくからな」


「うん! わかった!!」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、アイラスは返事もそこそこにベッドの下からバッグを取り出す。

 そのまま衣服や貴重品を詰め込み始めた。

 俺は荷造り中のアイラスに背を向けると、そのまま家から退出することにする。


 家を出ると、そこにはベリトの姿があった。

 そういえばアイラスの家の中では見かけなかった。

 姿を隠していたか、それともずっと外で待っていたのか。

 尋ねようとした矢先、ベリトは面白いものを見るような顔でこちらを覗いてくる。

 あいかわらずのニヤニヤ顔だ。しかし似合っているのが癪に障る。


「ふ……貴様、本当に彼女を連れて行くつもりか?」


「なんだ、不服か? お前のことは隠せばなんとかなるだろ」


「こっちの心配じゃない。彼女自身のことだ

 あのアイラスとかいう娘は、兄を殺された敵討ちの為に旅立つつもりなんだろう?

 貴様のように真実だけを追い求めるような奴ならいいが、懸けても良い、彼女が求めるのは復讐だ」


「――皆まで言うな。

 俺だって分かっているさ。

 敵を前にした時、彼女がどうでるかくらい」


「それを承知で連れて行くのか? ハハハ! こいつは傑作だ!

 我が共演者は、死に急ぐ少女の悲喜劇トラジコメディがお望みときたか!」


「そうじゃない。彼女に手は出させないし、手を出させもしない。

 連れて行くのは、彼女にも真実を見せてあげたかったからだ」


「ほう、ただでさえ尋常でない旅路に、コレ以上の重荷を担ぐつもりか?」


「それが彼女に――いや、メッツォに対して俺がしてやれることだと思ったからな」


「……そうかい、なら我はこれ以上止めはせん。

 我はもう眠い。貴様も宿を探すつもりなら、早くした方がいいぞ。

 日没を過ぎ、もうすぐ街灯も消えるだろう」


「もう寝るのか。さっきまでほとんど暇だっただろうに」


「我にも色々やることがあるのだ。

 ごちゃごちゃ言わずに宿を探せ。

 あぁ――そういえば貴族から奪った金があるんだろう?

 よし、決まりだ。今夜は宿で豪勢に行こうじゃないか!」


「眠かったんじゃないのか……仮面の癖に妙に俗っぽいな」


「うるさいな、これまで数十年の間、谷底に封印されていたんだ。

 久しぶりに美味いものくらい食べてもよかろう!」


「はぁ……パンとシチューでいいか?」


「それにウサギ肉のグリルで手を打とう」


「なんで上から目線なんだお前は!」


 加速度的に要求が跳ね上がっていくベリトをあしらいながら、俺達は宿屋を探すべく夜の町へと消えていくのだった。

お読みいただきありがとうございました。

感想、評価、ブクマお待ちしています


次回投稿は明日の予定です。

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