14 アイラスとの再開、あるいはライトヴィルにて
ライトヴィルまでは仮面の導きもあって、非常にすんなりとついた。
日没前にたどり着くことが出来たのも幸運といえるだろう。
ちなみに今の俺の服装はさきほどまでの簡素な囚人服ではなく、兵士服とユーガーの略式礼装を合わせたものだ。
彼らの背丈が俺のものと近かったのが幸いした。
さすがにあの服装では街中では目立ってしまうし、身元を隠すためにも必要なことだった。
腰元にはユーガーから奪い取ったラズリーズが鞘に刺さっている。
鞘に収まったままであれば、パット見は普通の剣と変わらない。
宝玉の部分だけはうまいことなんとかして、隠す必要はあったが。
到着するまでの道なりは、前に見た時とさほど変わりなかった。
前と同じ田舎道だ。変わり映えするはずもない。
だが町の装いは……この二年間で大きく変わってしまったらしい。
家々は荒れ果て、町並みには廃墟が立ち並び、そして住民の顔には活気が消え失せていた。
「これがメッツォを失った結果だというなら……なんとも残酷な話だ」
「当主を失って二年も経てば、その領地はこうもなるだろうさ。
しかし、貴様の話が正しければメッツォには妹が居たはずだが……
彼女は当主の座を引きつがなかったということか」
ベリトは町並みを一瞥しながら、俺の話を思い返している。
ちなみに今の彼女は誰の眼にも見えるよう、実体化している。
この場であれば、顔を見られてもかまわないだろうという彼女自身の判断だ。
「アイラスのことか……俺はてっきり跡を継ぐと思っていたが」
アイラス・サースライト。
メッツォ・サースライトの妹にして、サースライト家の長女だ。
召喚されたばかりの時に、俺と雪菜にレイド使いのことを教えてくれたのも彼女だった。
選別の儀に同行しなかったので、彼女とは出発前に二言三言交わしたきりだ。
彼女がもしこの町にまだ住んでいるとしたら、この二年間で何か起きたかを尋ねるにちょうどいい人物といえるだろう。
「とりあえず彼女が住んでいた家にいくことにしよう。
何か情報が聞き出せるかもしれない」
「彼女の家というと、サースライト邸か。
我も止めはせん。それぞれの末路を把握することは、お前にとっても大切なことだしな」
{――? どういう意味だ」
意味深なことをいうベリトに、疑問を呈する俺。
しかしそれ以上彼女は何かを言うわけでもなく、俺もしかたなしにそのまま道を歩み始めるのだった。
「これが……あの家だってのか?」
サースライト家の道ははっきりとよく覚えている。
大通りをまっすぐ行けばたどり着くのだから、間違えるはずもない。
だから、間違いなく目の前に在る家はサースライト家なのだ。
しかしそこにあったのは、およそ人の住む家屋ではない。
窓は打ち壊され、扉は外れ、壁の所々にはヒビが入っている。
町で多くの廃墟を見てきたが、ここまで酷く壊されている家はなかった。
「アイラスとかいう女がどういう奴だったか、我は詳しくは知らん。
だが古今東西、貴族が家督を継がない理由は一つしかない。
――家を取り潰された、それだけだ」
「てことは、今彼女は……」
「その先は様々だ。女であれば、何処かの富豪に貴族としての身分も売るのと同時に嫁ぐこともあろう。
成金の嫁にいって幸せになれるかは……その婿殿の人柄次第だが。
もっとも最悪の場合はどこかでのたれ死んでいることもあるだろうがな」
さほど興味もない様子で家を眺めるベリト。
彼女が示唆するアイラスの行末が正しければ、どちらにしろあまり良いことにはなってないだろう。
しかしこれで振り出しに戻ってしまった。
今日泊まるあてもなくさまようことになるとは……
「お兄さんたち、サースライト家に用事かい?」
不意に脇からそんな声が聞こえてきた。
視線を向けると、懐に紙の束を抱えた少年がそこに立っていた。
「そうだけど……君は?」
「おいらはこの町で新聞を売ってるジョニーって男さ。
ライトヴィルのことならなんでも聞いてくれよ」
どうやらこのジョニーという少年は、この町で新聞売をしているらしい。
しかしこの時代に新聞というものがここまで流通しているのは初耳だ。
「新聞……?
我が生きていた頃には、聞いたこともなかった代物だな。
見た感じ、世間で起きた出来事を報せる簡易書物のようだが」
いつの間にかジョニーから拝借していたのか、ベリトは新聞を手にとって広げていた。
彼女が新聞のことをしらないところを見ると、昔から存在していたものではないようだ。
だが俺の認識でも、新聞は産業革命期に広まった代物という印象が強い。
中世のイメージを色濃く残すこの世界には、パット見では似つかわしくない。
「新聞はご存じない? 毎日ラインケルでの出来事はコレに全て乗っている!
レイド使いのデクスターさんが去年からこの国で会社を初めて、今じゃ世界中に広がってるよ。
……あぁそれとお嬢さん、立ち読みするんならきちんと銅貨1枚払っておくれよ。
こっちも商売でやってるんだからさ」
なるほど、レイド使いとして召喚された人々が始めているらしい。
確かに元の世界の概念をこの世界に持ち込めば、場合によっては巨万の富を築くことが出来るだろう。
俺もレイド能力がないと知らされた時はその知識を使って生き抜こうかとも考えていたが、同じことを考えている人は何人も居るようだ。
それにしても先程、ジョニー少年が俺たちに向かってサースライト家のことを訪ねてきたことが気になる。
何か情報を握っているのだろうか。
「新聞代は俺が払うよ。
それで、君はサースライト家の情報を何か知っているのか?」
「そりゃ当然! デクスター社の新聞売は、優秀な記者じゃないと務まらないからね!
サースライト家のアイラスさんの居場所だってこっちはばっちり掴んでいるとも!」
なるほど、新聞売と新聞記者を兼業しているのなら街の情報に詳しいのも頷ける。
さっそくアイラスについて尋ねようと口を開きかけると、それよりはやくジョニーは左手を差し出してきた。
「デクスター社の社訓その一、情報は資産である!
記者から何か聞きたいのであれば、きちんとその対価を支払ってくださいよ。
そうですね――新聞とセットで銅貨五枚でどうです?」
どうやら情報を聞き出すにはお金が必要らしい。
考えてみればタダで情報を求めるというのも浅ましい話だ。
俺はふところから、金の入った袋――野営テントにあったのをかき集めたものだ――を取り出す。
中身を確認した所、ある事実に気づいた。
銅貨が一枚も入っていない。
金貨も銀貨もあるが、銅貨に関してだけ五枚どころか一枚もないのだ。
しかし悩んだところで無い袖は振れない。
この世界で銀貨が銅貨何枚分になるかは知らないが、とりあえず一枚出して交渉してみることにしよう。
「それなら――銀貨一枚でどうだ?」
これでダメなら他を当たるしか無い。
さて返答は如何に、とジョニーの顔色を伺うと彼は目を白黒させながら銀貨を眺めていた。
……この場合、成功したのか失敗したのかわからない。
いい加減沈黙がつづいたところで、交渉を切り上げようとすると、
「こ、こんなに貰って良いんですか!?
ありがとうございます! こうなったらアイラスさんの処に行くついで、この町の名所ツアーもサービスしますよ!!」
どうやら交渉は成功したらしい。
金の力で頬を叩いた結果とも言えるが。
「ツアーの方は遠慮しとくよ。
それよりも早いところ案内の方を頼めるかな?」
「ええ、ええ……もちろんですよ!
こっちです! ついてきてください!」
俺が渡した銀貨を丁寧にふところにしまうと、ジョニーは踵を返して俺たちを誘う。
意気揚々と足取りを進めるジョニーを追って、俺達は歩き始めた。
「おいマト、この記事を見てみろ
貴様のことが載っているぞ」
案内の道中、ある記事が目に止まったのか、ベリトは新聞のページを開きながら小声で囁いてきた。
無言でその記事を見ると、見出しには――
『エマーズ、メッツォ両氏殺害の犯人マト・タカヤマの処刑執行さる!』
――と書かれていた。
おおよそ記事の内容は想像がつくので改めて書面を見ることはしなかった。
自分の悪評が載っている新聞記事を読みたがるほど、俺はマゾヒストではない。
「これで俺も、世間的には立派な死人てことか」
「我らそれぞれの目的のためには、むしろ好都合と言えるがな」
満足げな笑みを浮かべて記事と俺を交互に見やるベリト。
確かにアンダーグラウンドの活動も行う上では、俺は公式には死んでいたほうが収まりは良いだろう。
しかし今こうして生きているのに死んだことにされるというのは、なんだか不思議な感覚だった。
――そんな記事のある一部分に気になるところを見つけた。
思わずベリトから新聞を借りようと手を伸ばそうとした矢先、ジョニーが不意にその足を止めた。
「着きましたよ、ここがアイラスさんの住んでいる処です!」
人当たりの良い笑顔を浮かべるジョニーが指差す先には、川沿いに建てられた家があった。
たしかに先ほどのサースライト邸と比べれば、人が住んでいるらしき生活感が漂っている。
だが大きさでいえば、元の住宅の十分の一にも満たない。
木で建てられた家屋はあちこちガタが来ているのだろう、風が吹く度にそこかしこから軋む音や、隙間風の通る音が聞こえてくる。
ここにあの貴族の娘であるアイラスが本当に住んでいるのだろうか。
だが新聞記者のジョニーの言うことが正しければ、彼女は元の家を手放してここに移り住んでいるということになる。
「それではおいらはこれで。
これからもデクスター社の新聞に、ご贔屓のほどをよろしくお願いします!」
ジョニーはそれだけ言うと、手慣れた所作で一礼をするとさっさとその場を後にしてしまった。
残されたのは俺とベリトだけだ。
「……本当に、彼女がここに住んでいると思うか?」
「さあな。入ってみれば分かることだ」
已然として訝しんだままの俺を尻目に、ベリトはズンズンと扉に歩み寄っていく。
俺もそれを見て、仕方無しにベリトの後を追う。
家の間近に寄ると、扉の向こう側から女性の鼻歌を歌う声が聞こえてきた。
その声からは確かにアイラスの面影を感じさせる。
意を決して俺は扉を叩くことにした。
軽く2、3度戸を叩くと、途端に鼻歌が止んだ。
その直後、向こう側から慌ただしい物音が聞こえてくる。
これは……なにか後片付けをしている音だろうか?
一向に扉が開けられる気配がないので、もう一度扉を叩こうとすると、それより早く少女の声が聞こえてきた。
「えっと……ボーンズさん、今日の分の写本ですよね! もう少し待ってください、もうあと2ページで終わるところなんです! だからお願いします、クビだけは勘弁してください……!」
懇願するような少女の声。
非常に弱々しい響きでこそあったが、しかし俺にはハッキリとわかった。
この声は――アイラスのものだ。本当にこの家に住んでいたのだ。
しかし口調は以前と比べて、砕けたものに変わっている。
この二年間で彼女に何があったのだろうか。
相も変わらず戸の向こうからはアイラスの陳情が聞こえてくる。
まずは彼女の誤解を解いて、扉を開けてもらうことから始めよう。
「アイラス、聞いてくれ。
――その、なんと言ったら良いかわからないけど、俺はボーンズって奴じゃない。
俺はお前に用があってここまでやってきたんだ」
俺が扉の向こうの彼女に向けてそういった瞬間、息を呑むような奇妙な音が聞こえてきた。
まるで死人の声を聞いたかのようだ。
「ウソ? その声、もしかして……」
バタバタと扉に駆け寄る音。
そして直後、キィという軽い音ともに扉が開け放たれた。
そこにはあの日より背の伸びたアイラスの姿があった。
面影はそのままに、しかし着ている服は随分と簡素で地味なものに変わっている。
少しばかりぼさっとした髪からは、普段の生活で如何に苦労しているのかを感じさせた。
俺が彼女のことを見ていると、呆然とした様子でアイラスが口を開いた。
「なんで、貴方がここに……?」
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次回は明日投稿予定です。




