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10 復活、あるいはヘンリー・ストランドの驚愕

夜には早いけど投稿します。

今回は別人物視点です。

 ヘンリー・ストランドは物見用の遠眼鏡から視界を外すと、本日十三回目のあくびをした。

 隣に居る交代要員のケビン・レックスもまた、それにつられてあくびをする。

 お互い六時間ほど、ずっとこの状態だった。

 三十分ほど遠眼鏡を通して大断崖の様子を観察し、三十分が過ぎたら同僚と交代する。

 それの繰り返しだ。

 気付け薬代わりの噛みハーブも、生憎お互い切らしてしまっていた。

 あれがあれば幾分気も楽になっただろうに。

 ヘンリーは買い置きを忘れていたことを内心後悔していた。

 それほどまでにこの任務は退屈で、かつ冗長だった。


 彼ら二人に課せられた任務は単純明快だ。

『このまま夜明けまで大断崖を監視し、マト・タカヤマが出てこないことを確認せよ』

 処刑を担当する兵士に宛てがわれる役目の中では、一番のハズレ枠である。

 なにせ全く出てくる様子のない谷間を、夜通し見続けなければならないのだから。

 他の兵士たちは処刑全般を担当したり、行き帰りの馬車を担当するだけで、今頃は野営テントの中で惰眠を貪っていることだろう。


 そう、彼ら二人はどちらもユーガー・フラテスの家来であり、監獄では処刑を担当する兵士でもあった。

 当然マトが収監されていた監獄の正体も知っていたし、場合によっては彼ら自身が囚人の処刑を担当することもあった。

 別段それについて罪悪感が湧くこともない。この国では家柄とレイド能力こそが全てなのだ。

 農民は有能な貴族の領土で働きたがるし、貴族は優秀なレイド能力者を欲したがる。

 無論兵士だって、有能な貴族のもとで働きたいと思うのは言うまでもない。


 その意味ではヘンリーがフラテス家に仕えることができたのは幸運と言っても良かっただろう。

 王家やその側近ほどではないが、国家運営を支える聖七十五家門せいななじゅうごかもんの内の一つであり、まず取り潰しの心配はない。

 さらに今回のマト・タカヤマの件で何か良い報酬が手に入ったのか、ユーガーはひたすらに上機嫌である。

 なんでも国宝級の一品が手に入ったとのことで、それを有力貴族に献上することで更に国家の中枢に食い込むつもりらしい。

 そうなればフラテス家は更に力をつけ、家来であるヘンリーたちもそのオコボレに預かることが出来るだろう。

 やはり力のある者に仕えるのが正解なのだ。そうでなければ殺されたメッツォのようになるしか無い。


 翻って、谷底に落ちた少年「マト・タカヤマ」の事をヘンリーは考える。

 言うまでもなく、彼は力のない人間だった。

 レイド能力を持たず、農奴にもできそうにない少年がそもそも一人で生きていけるわけもない。

 召喚主のメッツォが殺された時点で、彼の命運は尽きた。

 遅かれ早かれ、誰かの謀略で命を落としていただろう。

 あるいは、死ぬよりも辛い目にあわされていたか。

 全ては力がないのが悪いのだ。力なき者は食い荒らされるしかない。

 だから自分は悪くもなんともない。当然のことをしているまでだ。

 ヘンリーは幾度も幾度も、脳内でその言葉を反駁はんばくする。

 そう考えることで、彼はこれまでも罪なき人々を処刑することを、無感情にこなすことが出来たのだから。


 改めて大断崖を見る。

 相も変わらずそこは、ポッカリとした虚無と暗闇が広がるだけだった。

 一歩間違えれば、自分だってここに落とされないとも限らない。

 マト・タカヤマの処刑は、自分にそれを実感させる。

 レイド使いとして召喚されようとも、役立たずとみなされればここに放り投げられ、そして永遠に出てこられない。

 彼にできることは、彼のように役立たずとみなされないように自分の仕事に従事しつづけることだった。


 監視を続ける。

 相も変わらずの暗闇、虚無、風、暗闇、暗闇、虚無、振動、風、振動、振動、振動――


 ――振動?


「おい、おかしくないか?」


 ヘンリーが異常に気づいた時、ケビンもそのことに気づいたらしい。

 さきほどから大地が揺れるような振動が定期的に響いている。

 しかもその周期は徐々に短くなっていき、勢いも強くなってきている。

 これではまるで……そう、まるで――


「――下から、何かが来ているのか?」


 有り得ない推定だった。

 大断崖の表面はツルツルとした岩で構成されており、とてもじゃないが登れるような斜面ではない。

 事実、彼らはこれまで多くの人々を処刑してきたが、誰ひとりとしてこの大断崖から出てこれた者は居なかった。

 であれば誰がどうやってこの振動を……


 地面に鳴り響く音はいよいよ勢いを増していき、野営テントの中からも兵士たちが異常を察して飛び出てきた。

 それは我らの雇い主……ユーガー・フラテスであっても同じであった。


「どういうことだ……報告はどうなっている!!」


 傍目で見ても分かる狼狽えぶりである。

 だがそれは周りの兵士もそうであるし、ヘンリーもケビンも同様だった。

 この国で地震らしい地震はそうそう滅多に起きることではない。

 しかもそれが断続的に、強くなりながら接近してきているのだから。


「今日の報告係は……貴様達か! 何故私になんの報告もしない!!」


 処刑の時の余裕ぶりが、嘘のような慌てふためきようだ。

 だがヘンリーはこの姿を幾度となく見てきた。

 ユーガーは元々、非常に臆病な性格をしているのだ。

 自分にとって脅威に感じるもの、もしくは気に入らないものが出てくると、彼はいつもこの調子だった。

 しかし最近は大きな仕事が終わったことで、随分と上機嫌だったのだが。

 どうやら生まれて初めての大地震には、いつもの小心ぶりが復活したと見える。


「い、いえ地震が起きたのは本当についさっきのことで……」


「ええい、黙れ! 貴様達の職分を忘れたか! 何か異常が有ればすぐに報告と命じたはずだろう!! その結果がこの体たらく……何たる怠慢! 職務放棄か! 貴様達二人共、覚えておけよ! 都に帰った後に必ずや処罰を……ぬわあああああ!?」


 処断の言葉を発しようとしたユーガーの声は、いよいよもって勢いを増した地震によって遮られてしまった。

 体勢を崩しながらつんのめり、そのまま背中から地面に倒れ込む。

 尻もちを突きながら目を白黒させるその姿は、自身の上司でありながらヘンリーの目には滑稽に映る。


「お、おい……あれは何だ!?」


 不意にケビンが大断崖を指差した。

 ヘンリーを含めた兵士全員がそちらを向き、そして驚愕した。

 大断崖のヘリ、そこの一点から徐々に亀裂が広がっているのだ。

 これが意味することはただ一つ――大断崖から何者かが、蹴り上がって、昇って来ているのだ。

 これまでに誰も這い上がったことのない、魔の大断崖から。


「おい、おいおいおい、本気……なのか?」


 誰しもが恐れ、そして慄いていた。

 彼は……マト・タカヤマは誰がどう見ても弱い存在だった。

 食い破られるだけの存在……罪を着せられ、そして捨てられるだけの存在だと、ここに居る皆がそう思っていた。


 だが今もし、彼がこうやって大断崖から昇ってきているのだとしたら、

 彼は一体、谷底で何者・・に変貌したというのだ?


 瞬間、ひときわ大きな鳴動が、世界を揺らした。


 大断崖からナニカが射出・・される。

 その場に居た全員がそれを見上げ、そしてその姿を確認した。

 月明かりに照らされたそれは明らかに人の姿をしており、そしてその顔には……


「――仮面マスク、だと?」


 同時に、その人物は着地をし、改めて当たりを見回す。

 そしてヘンリー達とユーガーの姿を確認すると、そちらに向き直り

 優雅な一礼を披露した。


「ごきげんよう、監獄卿と、その従者諸君

 こちらの名前は言う必要はないだろうが……改めて名乗らせて貰おう」


 間違えようもない。

 あの背丈、髪、服装、そして声。

 二年間も収監し、そして看守も担当してきたヘンリーにはひと目で分かった。

 あれは……あの仮面の男は……





「……俺の名前は、鷹山マト

 文字通り地の底から戻ってきてやったぞ、ユーガー・フラテス」

お読みいただきありがとうございました。

次回は今夜投稿予定です。

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