09 昔話の終わり、あるいは仮面劇の始まり
はい、翌日になったので投下します。
よろしくお願いします。
「――――コレが、この世界にやってきてから俺に起きたこと全てだ」
そこまで話すと、俺は口を閉じた。
目の前の仮面は俺が話している間、一切口を挟むことがなく聴いているだけであった。
普通なら途中でバカバカしくなってやめるはずだが、何故かそうする気にもなれず、とうとうここに至る最後まですっかりそのまま話してしまったのだ。
……心なしか、先程より身体が楽になっているのも気になる。
「なるほど、事情は掴めた」
ようやく仮面は少女の声でこちらに話しかけてきた。
その響きは先程までと同じく、冷徹なものであるが、幾ばくかこちらへの同情が含まれているように感じられる。
「それで、貴様はこの大断崖の奥底まで堕ちてきたというわけか?」
谷の奥底には満身創痍の俺と、目の前の仮面しか見当たらない。
陽の光すらロクに差さないこの場所では、あたりの状況を確認することすらおぼつかないのだ。
「……そういうことだ。分かったら放っておいてくれないか?
何故生きてるのか知らないが、どうせもうすぐ俺はここで死ぬんだ」
「ほお……死ぬ? 何故だ」
「何故って……あの高さから落ちたんだぞ。即死してないのが自分でも信じられないくらいだ」
「ふむ、奇妙な物言いだな。我には今の貴様は全くの無傷に見えるが?」
「なにを馬鹿な……え?」
そこまで言って俺は、自身の身に起きた異常に気づいた。
そう、異常が全くないのだ。
落ちてきた直後は全身に走る激痛で、呼吸することすらままならなかったと言うのに、今は普通に呼吸をして、こんな長い時間話すことも出来ているのだ。
いやそれどころか、全身の痛みも引いている。
明らかに異常だ。身体に全く異常がないのが異常なのだ。
うろたえる俺を見て、仮面はおもむろに話しかけてきた。
「これで貴様は今死ぬということはなくなった。ならばこれから未来の話をしようではないか」
「未来? 誰の未来だ」
「貴様と……我の未来だ。
貴様はきっと心の奥底でこう思っているはずだ。
自分をこんな眼に合わせた奴らに復讐がしたい。自分と同じ地獄を見せてやりたいと」
仮面の言葉を引き金になったのか、俺の中で監獄の日々がフラッシュバックする。
二年間の牢獄生活の中で、何本の骨が折られ、何枚の爪が剥がされただろうか?
身体に生傷が無い日が何日あっただろうか? 罵倒を受けない日があっただろうか?
満足に寝られる日が何日あっただろうか? 満腹を覚えるほど食べられた日などあっただろうか?
「……我には貴様が受けてきた境遇が手に取るように分かる。
そして我もまた、自身をこの様な身にした者共に復讐を望んでいるのだ。
貴様は奴らが憎くないか? 報復したいと思わないか?
メッツォという貴族を殺した罪を被せられ、処刑させられたことに納得がいっているのか?
奴を殺した犯人を殺し、悪を滅ぼさんと願うことはないか?」
メッツォの顔を、召喚された最初の夜を思い返した。
あの日、能力を持たなかった俺を、それでも受け入れようとしてくれた誇り高い男だった。
彼がレイド使いを伴って政界を成り上がり、その先で何を成し遂げようとしていたか。
それは今となっては分からない。
だが少なくとも、俺の目に映る彼は、妹と領土のことを真摯に考える男であった。
「さぁ、我を手に取れ。そうすれば貴様に絶後の力を与えよう。
我と共に復讐劇を繰り広げようじゃないか?」
甘く囁くように、仮面から聞こえる少女の声は蜜となって俺の耳に入ってくる。
自分を手に取り、そうすれば俺に最強の力を渡しくれると。
報復の為の力を貸すと、仮面はそう言っているのだ。
仮面の少女の言葉を信じる理由は、何処にもない
今日始めてあったばかりで、更に言えば彼女は仮面、しかも喋る。
ゲームであれば明らかに呪いのアイテムの類だろう。
しかし確信めいた実感が、俺の中に存在していた。
この仮面が言っていることは、本当のことだと。
それはつまり、彼女が語る憎しみというのが心から発せられた言葉であることを、俺は身をもってその重みを感じ取った。
彼女は心底復讐を望んでいる。
自身をこの谷底に陥れた総ての者に、自身に苦痛を与えた全ての者に対して。
そのためであれば初対面である俺が復讐を望んでいれば、喜んで力を貸すのだろう。
「復讐か――」
その話を踏まえた上で、俺は
「――冗談じゃない、そんな三文オペラ」
彼女の提案を一蹴した。
「……何だと。貴様、正気か?」
俺の言葉が信じられないとばかりに、仮面はその言葉を聞き返してきた。
境遇を聞いた上で彼女は、俺が復讐を望み提案を呑むであろうことを確信していたのだろう。
「憎くは無いのか?! 自身に罪をかぶせた連中が! それを知った上で、嗤いながら貴様を拷問に掛けた外道共が!!」
「彼らのことを憎むも許すも俺次第だ。
あいつらのやったことを許すつもりはないが、報復なんていう安っぽいことをするつもりも無い。
メッツォのことだって同じことだ。
アイツが復讐を望んでいるかなんて事知るわけも無い。
ましてやそれを理由に勧善懲悪のヒーローぶること自体、アイツの人生に対する侮辱だ」
暫しの静寂があたりを包んだ。
仮面は俺の言っていることが信じられないと言わんばかりに沈黙している。
だが先ほどの言葉が偽りざる俺の本心だった。
俺は復讐を望んでいない。
ましてや悪を打ち倒すヒーローになるつもりもないし、なれるとも思っていない。
そんな希望的観測はとっくの昔に棄ててきた。
「……であれば貴様は、ただ逃避するのみというのか。
せっかく拾った生命を投げ捨て、そのまま朽ち果てるに身を任せるというのか?」
ようやく仮面が言葉を発する。
俺の言葉をそのまま解釈したらそうもなるのかもしれない。
復讐もせず、谷底に落ちた上で生還した幸運を投げ捨てて死ぬ。
それはさながら臆病者の結末そのものであるが……
「それも違う。
俺は何もしないとは言っていないし、お前に協力しないとも言っていない」
俺は返す刀でそれを否定する。
「どういうことだ? 復讐以外に何を望むと……」
「せっかく手にしたチャンスだ。
復讐を目的にしてしまっては、それで俺は終わってしまう。
全てが終わった後に何も残らない。
それじゃあまりにも勿体無いじゃないだろ」
復讐は何も生み出さない。
それは綺麗事であるが、同時に真実でもある。
この世に数ある復讐劇の大半が、バッドエンドで終わるのも、復讐の後に何も残らないことを示している。
無論だからといって復讐全てを否定するつもりはない。
そうすることでしか、前に進むことが出来ない人だっているだろう。
だが、俺が求めるのはそうじゃない。ただそれだけの話だ。
「では貴様は、何を求め追うつもりなのだ?」
「真実を――真実を追い求めたい。何故メッツォは殺されたのか。何故俺が選ばれたのか。真実は決して滅ばない絶対の真理だ。それを手に入れるまでは絶対に死ねない」
「真実? そのためならば貴様は奴らを許せるというのか……?」
「この世界に呼ばれてから、俺の人生は欺瞞に塗れていた。
レイド使いという偽りの身分、貴族殺しという偽りの罪、偽りで固められていた道のりだった。
今までの人生と決別して何かを求めるのなら、俺は真相をこそ欲する」
そして、そのためであれば――
「――そのためであれば、俺はお前と手を組むことだって厭わない。
目的は違えたとしても、そこまでの道程が違うとは限らないだろ?
ただ俺は、俺の役割を演じる。それだけの話だ」
「……貴様がする行いが、例え人々に悪と呼ばれようともか?
場合によっては貴様は人を殺めなければならないことも出てくる。
真を追い続けるということは、そういうことだ」
俺の覚悟を問うように尋ねる仮面。
「正直な所言うと、人を殺したことなんかないから分からん。
重要なのは、その時に俺が自分に正直なまま行動できたかどうかだ。
その度に何度苦悩しようと、自分の中に真実が在り続けれれば、俺は前に進むことが出来るはずだ」
殺人の経験も、覚悟も未だ持っていない。
その時を迎えた時に、俺がどう感じるかも未だ分からない。
だが、俺の中に一筋の真実へ向かう意志があれば、その行動に後悔は残らない。
「ふ、フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハ!!!
良いだろう! 場数を踏んだこともないその歳で、そこまで吠える事ができれば上等よ!!」
何か琴線にでも触れたのか、仮面は高笑いをしながらこちらを讃えてきた。
そしてそのままふわりと浮いたかと思うと、こちらの目の前の虚空で停滞する。
「よかろう、ともすれば貴様も我が『支配』のレイド能力、使いこなすことができよう。
かつて災厄のレイド使いと言われたマスクの力、せいぜい身を滅ばさんように上手く使うが良い!」
……マスクという名前、聴いたことがある。
そうだ品評会、あの時に誰かが言っているのを聞いたんだ。
かつて全レイド使いの八割を殺戮したという最強最悪のレイド使い。何十年も前の存在だから流石に生きてはいないと思っていたが、まさか大断崖の底で封印されていたとは。
まぁ、どちらにしろ俺には関係のないことだ。
寧ろ歓迎すべきことだろう、これから始める真実への追求には。
レイド使い、魔道士、戦士。遍く敵対する存在、その悉くを打ち倒す必要がでてくる。
そのためであれば、最凶最悪と呼ばれたレイド使いであろうとなんだって利用してやろうじゃないか。
だから、俺の答えは一つしか無い。
「望むところだ。俺はお前を利用して、為すべきことを成し遂げる。
それと同時にお前は俺を利用しろ。それで対等だ」
「――よく吠えた。それでこそ我が演者に相応しい」
言葉に同時に仮面が俺の顔へと近づいていき、そして其れは音も無く俺の顔にピッタリと覆う。
その瞬間、俺の頭に何かが流れ込む感覚が走り、同時に俺の中から何かを吸い出されるような感覚が起きた。
「契約完了だ、鷹山マト。我が唯一にして永遠の演者よ
……貴様の前であれば、我が真の姿を見せることを許そう」
契約がかわされたことを告げる仮面。
しかしその声は俺の斜め上の斜面から聞こえてきた。
訝しがりながらそちらを覗いてみると、そこには斜面の出っ張りに腰掛ける幼い少女の姿があった。
得意げな笑みを浮かべた様子は、まるで先程まで俺が話していた仮面の少女の様で――
「まさか……おまえがさっきの仮面の正体か?」
「そう呆けた顔をするな、マト。……いかにも、これこそが我の真なる御姿。
かつてはベリトと呼ばれていた故、貴様もそう呼ぶが良い」
「ベリト、ね。それにしてもその姿は……」
鈴の鳴るように自身をベリトと呼ぶ――幼女。
黒髪黒肌で黒のワンピースと黒づくしの姿に慎ましい体躯。
声からしてそこまで歳が言っているとは思えなかったが、まさかここまで幼いとは。
さきほどまでの傲然とした口調はそのままであったが、明らかに姿と釣り合っていない。
そんな俺の視線に気づいたのか、ベリトは流し目でこちらに視線を向けてくる。
「ん? どうした、我が艶姿に見惚れたかぁ?
んふふふふ……無理もない。
全盛期ほど肉付きは無いが、この無駄のないぼでぃらいんもまた魅力的であろうからな」
「……ノーコメントだ」
実際の所、俺は別段ロリコンというわけでもないので、特にどうも思わなかった。
だがベリトの方はそんな俺の沈黙を都合よく受け取ったのか、得意げな笑みを浮かべている。
「ふ、もはや言葉もないか。よいよい。
ことさら言葉にせずとも、既に我らは共演者となった身よ。
遠慮せずに見るが良い。貴様以外にこの姿を見せることもないからな」
ムフーと鼻息を荒くしながらセクシーポーズをとるベリト。
しかし悲しいかな、そのポーズが似合うようになるにはあと十年ほど年月が必要だろう。
今のままでは背伸びした親戚の女の子みたいにしか見えない
このままだといつまでもベリトのポージングショーに付き合わされそうだ。
いい加減話をもとに戻そう。
「それで……この崖からどうやって上に登れば良いんだ? この崖じゃ崖登りも一苦労だぞ?」
大断崖の斜面はどうやら細かな隙間から地下水がそこかしこから滲み出ているようで、ツルツルとした表面をしている。
ロッククライミングをするには適さない。
というよりもハッキリ言って不可能だ。
ユーガーが俺をここに落としたのも、万が一生き残ったとして這い上がることができないのが分かっていたからだろう。
しかしベリトの方は意にも介さない様子で、俺の懸念を一蹴した。
「ふ……今更そんなくだらん心配か。
貴様は今、レイド使いの力を手にしているのだぞ?
であれば、その身体能力も強化されているに決っている」
ということは……仮面を被っている今の俺であればあるいは?
「その予想通りだ。跳び、蹴り、昇れ。
そして上で惰眠をむさぼる奴らに見せつけてやるのだ」
「皆まで言うな……わかってるとも
レイド使いの力、試させてもらうぞ」
俺はベリトに背を向け、崖の斜面へと対峙する。
言い様のない高揚感と、万能感が全身を駆け巡る。
今までの俺であれば、決して登れるはずのなかった斜面。
だが今であれば。共演者を手にした今であれば、あるいは。
「行くぞ、ベリト」
「あぁ、仮面劇の始まりだ――マト」
そして俺は――俺達は、
地上へと翔ぶ、その第一歩を踏み込んだのだ。
お読みいただきありがとうございました。
そしておまたせいたしました。
ここからが本当の、「マスク・レイド」の始まりです。
次回は今夜投下予定です。
ブクマ、評価、感想お待ちしています。




