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08 大断崖、あるいは処刑執行

 重厚な音と共に馬車の扉が開かれた。

 暗闇に支配された内部に、光明が差した。

 俺は全身を拘束された状態で、それをぼんやりと眺めていた。


「到着した、降りろ」


 武装した兵隊が扉付近に付いた鎖を引っ張ると、俺の首がそれにつられて引っ張られる。

 顎を床に強かにぶつけると、そのまま無理矢理に向こうの手元へと引きずられていった。


「せ、めて……返事くらいさせろ。こっちは歩けるんだよ」


「黙れ、貴様の話を聞くつもりはない。さっさとこちらにくるんだ」


 相変わらず看守は無愛想な態度を崩さない。

 手にした鎖を離さずに、俺を処刑場へと促す。

 あたりを見回すと、目の前には巨大な空間が広がっていた。

 横だけではない。縦にもだ。

 そこにあったのは虚無、巨大というには途方もなく大きい崖だった。

 まるで世界を真っ二つに割いたかのように、その崖には先が見えない。

 辛うじて向かい側の端っこが、地平線のさきっぽに見えるくらいだ。

 昨夜言っていた大断崖というのはここのことらしい。

 なるほどその名に違わぬ程のどでかさだ。

 恐らくはこれほどまでの崖――否、巨大亀裂は地球の何処をさがしても見つからないだろう。


「大断崖を見るのは始めてか? マト・タカヤマ」


 ねとついた意地の悪い嘲り声が聞こえてきた。

 振り向くまでもなくその正体は察知できる。

 ……声の主は案の定、あの貴族だった。

 いつにもまして綺羅びやかな衣装を身を包み、提督帽を被っている。

 看守代わりの兵士たちは、その姿を見て平伏をしている。

 その様子を見るに単なる上司部下の関係というだけではないようだ。

 想像するに彼らは、あの貴族の家来なのではないだろうか。

 郎等として監獄で働かせれば、不正によって収監した人々のことを口外することもないだろう。

 不正がバレて当主の家が没落してしまえば、看守たちの生活も終わってしまうからだ。


「では、これよりフラテス家が当主ユーガー・フラテスの名において、大罪人であるマト・タカヤマの処刑を執り行う」


 自身のことをユーガーと名乗ったその貴族は、高らかな宣誓と共に両手を肩の高さにまで挙げる。

 それに応じた兵士たちは、拘束した俺の身体を大断崖へと連行していく。

 まるでこの行いに一切の疑いを抱いていないかのようだ。

 もしくは、あまりにもこの行いに慣れすぎたが故に疑うことすら忘れたのだろうか?


 意図せずではあるが、近くに寄ることで改めてその大きさを眺めることが出来た。

 底が見えない、というよりもうっすら雲がかかっているほどの深さだ。

 そのまま地獄へとつながっていると言われても信じてしまいそうになる。

 何によって作られたものかは分からないが、落ちてしまえば決して這い上がることは出来ないだろう。


「怖いか? ここに連れてこられた者は皆、この大断崖の大きさに萎縮し、恐怖に震えるものだ

 よく見ておくと良い。君が見る最後の光景になるのだからな」


 じっと大断崖を見つめる俺の姿を見たユーガーが笑いながら尋ねてきた。

 こちらを心配するつもりは毛頭無いだろう。

 こうして恐れた人々の姿を見るのが彼の楽しみなのだ。


「怖くは無い。お前の愉悦の餌になる気は無い。

 それよりも……真実を知らずに死ぬのが残念だ」


 真実が知りたい――それが俺の偽りのない本音だった。

 何故エマーズが、メッツォが殺されなければならなかったのか?

 何故冤罪の犯人として俺が選ばれたのか?

 そもそも俺が召喚された理由はなんなのか?

 他にも謎は尽きないが、投獄されてからの二年間ずっとこのことだけを考えて生きてきた。

 だがユーガーの方は、笑みに嘲りの色を増しながらこちらの顔を覗き込んでくる


「真実だと? そんなものを知って何になる。

 どうせこの先すぐに死ぬことになるんだぞ?」


「それでも、俺は全てに納得してから死にたい……!

 何も知らないまま死ぬのはゴメンだ!」


「ふん……おめでたい男だな、君は。

 真相など、私たちにかかればいくらでも生み出せる。

 運命に翻弄された人間として、そのまま死ぬが良い

 私にとっては、メッツォも君も、等しく手のひらの上の存在なのだからな……!」


「……その言葉、忘れないぞ」


 ユーガーが最後に漏らした言葉。

 俺にとっては自白と捉えてもおかしくない言葉だった。

 この言葉を鑑みても、ユーガーがメッツォ達を殺した犯人、もしくはその一味と考えてもおかしくはないだろう。


 惜しむらくは、それを知る者がもう少しで居なくなってしまうことだ。

 俺にもっと力があれば、この場をどうにかして脱出し、真実を何らかの形で詳らかにすることが出来たかもしれないのに。

 だが、現実として俺にはなんの力も残されていない。

 今の俺は何の力もなく、無実の罪で処刑されるのを待つだけの身だ。


 俺がユーガーを睨みつけている間に、その身は大断崖の縁に追いやられた。

 兵士たちは先端がさすまたのようになった棒を握りながら、こちらにさきっぽを向けている。

 合図があればいつでも俺を付き落とせるのだろう。


「最期の時だ。何か言い残す事があれば言うと良い……!」


 いよいよクライマックスだとでも言わんばかりに、興奮した声色でユーガーが言う。

 こいつは人を殺すことを遊興の一つとしか思っていないのだろう。


 ここについた瞬間から、ずっとこの時に何を言おうか考えている。

 さほど迷うこともなく、俺は告げるべき言葉を選び終えていた。

 しばしの沈黙の後に、俺は口をひらいた。


「真実は決して死なない」


「――ほう? 末期の言葉にしては、ずいぶんと酔狂だな」


 ユーガーの眉が釣り上がる。


「俺は今から殺されるのだろう。だが、お前たちが隠そうとした真実は、いずれお前の身を滅ぼす……そう遠くないうちにな

 ……その時を楽しみにしておけ、ユーガー・フラテス」


「――殺れ!」


 一瞬その表情が醜く歪んだかと思うと、直後ユーガーは右手で合図を出した。

 すかさず兵士は、俺の身体を崖へと突き落とした。


 一瞬の浮遊感。

 それは刹那、重力加速度へと変質し、俺を自由落下させる。


 最初に肩が、次に背中が崖の斜面にぶつかる。

 認識できたのはそこまでだった。

 あとは次々に身体へ鈍痛が走り、そのたびに視界が反転し、歪み、霞んでいく。


 激痛、劇痛、疼痛、苦痛、嗟痛、酷痛

 あらゆる痛みが雪崩のように全身を覆う。


 その時、頭が割れんばかりの痛みが脳天を貫いた。

 致命的なまでの勢いで、俺の頭が何処かにぶつかったらしい。

 直後俺の意識は急速に暗転していき――




 ――そして深い深い、先の見えない底へと堕ちていった。

ここまでが、プロローグから始まるマトの回想になります。

次の話からプロローグ直後の出来事になります。


次回は明日投稿予定です。

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