どうやら溺愛されていたようです。
タイトル通りな話です。
連載の息抜きなので、私の萌えポイント詰め込んであります。
ざまぁ要素はないです。
婚約者には、突っ込み要素満載です。
「別れませんか?」
10歳年上の婚約者に、そう提案した瞬間、私――リリアーナ・カーラルは産まれて初めて、監禁されそうになりました。
●
婚約者と出会ったのは、私がまだよちよち歩きの頃らしい。
勿論、私に記憶はないけれど。何と無く、キラキラした人と遊んだ気はする。定かではないし、婚約者は答えてくれた事はない。
二度目は、ハッキリと覚えている。
婚約者は仏頂面で小さな私を見下ろし、ずっと無言だった。
私はと言うと、キラキラした野生の獣のような綺麗な婚約者に、宝物を見つけたみたいにワクワクしたのを覚えている。
この二度目の対面は、私が6歳の時だった。
その日から、私には素敵な婚約者が出来たのだ。
大きく(と言っても、数年経ったぐらいだけど)なるにつれて、周囲の令嬢達にも婚約者が決まっていく。
お金持ちなの。
すごい年上よ。
見た目がいまいちね。
そんな話をお茶会で聞きながら、私は内心で婚約者を自慢したい自分を抑えていた。
仲は悪くない令嬢達だけれど、一度、私の婚約者と会った時に酷評されたのだ。
何あれ。
こわいわ。
格好良いけど、やっぱりこわい。
それ以来、私は婚約者の事を自慢するのを控えていた。
だって、皆が婚約者の魅力に気付いて、盗られてしまったら嫌だから。
婚約者とは年が離れてるし、私は同年代の子と比べても発育が悪いから、女性として見られてない。分が悪いので、恋敵は増やしたくない。
心の中で、そんな決意をしながら、私は大好きな相手と婚約している幸せを噛み締めていた。
でも、ある日気付いてしまった。
頻繁に会いに来てくれる婚約者は、いつも優しいけれど、私にはいつも仏頂面で。
見下ろされる事は減ったのに、しゃがんで視線を合わしてくれても、私が笑いかけると視線を外されてしまう。
私が話しかけるだけで、婚約者の方から話をしてくれる事は、ほぼなくて。
それでも、話は聞いてくれているから、ついつい話しすぎてしまう。婚約者は優しいから、いつも無言で頷いて相槌を打ってくれるのが、とても幸せだ。
たまに、一方的に話しすぎてしまって、不機嫌になってしまった婚約者が、席を外してしまうくらい。
この間、意地悪な同級生の令嬢に、婚約者を貶されて喧嘩をした話をしたら、口元を手で覆って立ち上がり、しばらく帰って来なかった。
次の日、ガタガタと震えて、真っ青になった令嬢が、ヒキそうな勢いで謝ってくれた。うふふ、そうでしょ、私の婚約者は素敵なんだから。
あとこの間も、何が気に障るのか、やたらと私に絡んでくる男の子(一応貴族の息子)がいるんです、ってちょっとムッとしながら話したら、根掘り葉掘り、珍しく婚約者から質問されて――。そのまま、婚約者は席を立って、帰ってきてくれなかった。少し、はしたなかったのかも。
そう言えば、やっぱり次の日、いつも絡んでくる男の子が、涙目になりながら、「負けないからな!」って宣言して去っていった。私は意味がわからず、来ていた婚約者に相談したら……。
「脅しが足りなかったか」
と、ボソッて。
男同士で通じる話なのかもしれない。羨ましい。
私には、婚約者は滅多に笑ってもくれないから。
きっと、私だけが婚約者を好きで、婚約者は義務的に付き合ってくれるのだろう。私は、これでも一応、侯爵令嬢だから。
好きな気持ちは、どんどん膨らんでいくのに、私と婚約者の距離は変わらない。あと、私の胸は膨らまない。がんばれ、私の胸。
話は逸れたけれど、私と婚約者の関係は、仲の良い友人以下だ。
手も繋いでもらえない。
ましてや、口付けなんて――。
10歳の誕生日、意を決して、おねだりしました。はしたないとは、思ったけれど。
豪華な食事の用意されたテーブルを、二人で囲みながら、目の前でジーッと私を見つめている婚約者へ。張り切って、婚約者から贈られたドレスを着たのだけれど、おかしいのかなとか、考えつつも勇気を振り絞る。
「誕生日の贈り物に、あなたからの、く、口付けが、欲しい、です」
私の言葉を聞いた婚約者は、白ワインの入ったワイングラスを片手に、見事なぐらい固まった。
やっぱりはしたなかったか、と内心慌てながら、私は瞳が潤むのを自覚しながら、上目遣いでテーブルの向こうで固まる婚約者を見つめる。
「あ、あの、じゃあ、ギュッて、してくださるだけ、でも……」
私が必死に言いつのると、婚約者から、ブ、と言う謎の音が聞こえ、顔の下半分を押さえた手の隙間から、赤い液体が流れ出す。
「え? 血!?」
ワタワタと手を伸ばそうとした私を、大丈夫だと制し、婚約者はすっと立ち上がり、何処かへ行ってしまう。
ポツンと残された私が、心配するあまり半泣きで待っていると、戻ってきた婚約者は、柔らかく苦笑して謝ってくれる。
「すまない、驚いて、ワインを吹いてしまった」
あぁ、血じゃなくて、赤ワインだったんだ、と安心したのは一瞬で、私はすぐに申し訳なくなる。
「……そうなんですか。ワガママ言って、ごめんなさい」
謝罪しながら、婚約者の目が見られなくて、テーブルの上をただただ見つめていると……。
衣擦れの音がし、婚約者の気配が近づいてくる。けれど、気恥ずかしくて、顔は上げられない。
「失礼する」
唐突な言葉を疑問に思う暇もなく、私は逞しい腕に包まれて、婚約者の胸へ頬を押しつけるように抱き締められる。
やっぱり、私の婚約者は優しい。
ドキドキとしている私の胸と、同じぐらいの速さで鼓動を刻んでいる婚約者の心音を聞きながら、私は新たに幸せを噛み締めていた。
帰り際、真っ赤になってしまった頬を押さえていた私は、何故か鼻の穴に詰め物している婚約者に気付き、少しだけ訝しく感じたのだが、最後に指先へ口付けてもらい、どうでも良くなった。
私がうっとりと婚約者を見送ってる間、周囲で使用人達は、「血の跡が」とか言いながら、あちこちの床を拭いていた。
誰か怪我でもしたのかもしれない。
心配して、側付きの侍女に訊ねたら、ニコッと笑って、大丈夫です。と言ってくれたので、大丈夫らしい。
「お嬢様は、そのままでいてください」
って、言われたのは、意味不明だけど。
そんな風に、徐々に距離を詰められたら、私はそう思って過ごしていた。
婚約者もそうだと思っていた。
だけど、現実は残酷で。
あの誕生日から2年経った。でも、10歳の年の差は、大きい。
もっと、早く産まれたかった。
あの人が、もっと、遅くに産まれてくれていたら。
私だけ、時間の進み方が速くなれば!
そんな叶いもしない事を思いながら、私は張り裂けそうな胸を押さえ、馬車の中で縮こまる。
微かな柔らかさぐらいしかない胸は、余計に私を惨めにする。
学校からの帰り道。
私は見てしまった。
どれだけ距離が離れていても、私が大好きな婚約者を見間違う訳がない。
婚約者は、街中を普段着で歩いていた。
嬉しくなって、窓へ張りついた時、婚約者が一人でない事に気付く。
傍らにいたのは、鮮やかな赤毛を持つ、美女。豊かな女性らしい体型の美女は、艶やかに笑いながら、婚約者へとしなだれかかっていて。
二人は気安そうに会話をしてて、婚約者は腕に絡みついた美女を、振り払わない。満更でも無さそうに見えた。
それもそうだ。
男の人は、あの人みたいな女性らしい体型が好みなんだから。
私みたいな子供じゃ、婚約者とああやって街中を歩く事も出来ない。
私みたいな子供じゃなくて、あの美女の方が婚約者には似合っている。そんな私の考えを読んだみたいに、美女の瞳がチラリと私を見て、唇が歪んだように見えたけれど、気のせいだと思う。
私は、きっと、婚約者の重荷しかなっていない。
だって、夜会で婚約者が何て言われてるか、知ってる。
婚約者の知り合いだと名乗った女性が教えてくれたから。
婚約者は、権力のために無理矢理婚約させられた哀れな男。そう言われて、笑われているって。
大好きな婚約者が、私のせいでそんな事言われているなんて、許せない。
涙で歪む視界の中で、私――リリアーナ・カーラルは無理矢理笑って、
――初恋にさようならを告げようと決心いたしました。
●
それから、婚約者を避け続けた私は、お父様とお母様へは理由を告げず、婚約者と別れたいと伝える。
私の方から別れたいと言ったなら、侯爵令嬢のワガママだと、婚約者へ悪い影響は出ないだろうと考えたのだ。
お父様とお母様は、不思議そうな顔をしていたけれど、最後には私の気持ちを汲んでくれた。
そして、私はこれから、自らの口で初恋を終わらせようと思います。
「別れませんか?」
久々に会った婚約者は、相変わらず格好良くて、相変わらず私には仏頂面だった。
それすらも大好きだったのだけど、それも今日で終わりにしよう。
窶れた雰囲気の婚約者を見上げながら、せめて最後は笑顔で、と私は気合で微笑み続けて婚約者の答えを待つ。
「どう、して?」
問う声が震えている気がし、私は張り裂けそうな胸の痛みも忘れ、元になるであろう婚約者を見上げる。
中庭で話し始めたのは間違いだったかもしれない。
逆光になってしまって、私からは婚約者の表情が、暗くて見えにくい。
「えぇと――」
嫌いになったとは、嘘でも言えなくて。思いついたのは、ずっと絡んでくる幼馴染みの男の子の顔だ。
「あの、他に気になる方が……」
出来まして。
そう最後まで口に出す事は出来なかった。
「えっ?」
ふわ、と体が浮いたと思ったら、私は婚約者の肩に担ぎ上げられていた。
「え、え?」
「舌を噛みたくなければ、黙ってろ」
大好きな低音が、常より低く地の底から聞こえてくるようで、私は思わず、ビクッと身を竦めてしまう。
そのまま、私は婚約者の肩に担がれて、彼が乗ってきた馬車へと放り込まれる。
一応、気は使ってくれたみたいだけど、強かにあちこち打ち付けてしまい、生理的な涙が浮く。
「出せ」
私と同じぐらい戸惑っている御者さんに、元になる予定の婚約者は、恫喝するような声で命令する。
御者さんは、私を見てから、躊躇いがちに馬車を発車させる。
「あ、あの、ごめんなさい……」
いつもより、さらに眉間の皺を深くした(元)婚約者へ話しかけると、ギロリと鋭い眼差しが返ってくる。
どうして? これで、あなたを自由にしてあげられるのに。
「何に対する謝罪だ」
あなたを好きになって。
そう言いたがる心を黙らせて、私は答えを探す。
「面倒を、かけてしまって……」
婚約解消となると、色々しないといけないので、面倒臭い。それぐらいの知識は私にもあったから、言い訳として選んだ。が、後悔する。
ガンッと、(元)婚約者が馬車の壁を殴りつけ、苛立ちを露わにする。
ビクリとする私を他所に、馬車は、一瞬だけブレて、すぐに立て直した。
驚いたせいで、先ほどの痛みで浮いた生理的な涙が、ポロリと頬を伝う。
私の涙を見た瞬間、(元)婚約者は軽く目を見張り、嫌なもの見たとばかりに、顔を背けられる。
その後、馬車が停まるまで、(元)婚約者は一度も私を見ようとはしなかった。
「騒ぐな」
また短く恫喝するような声で言われ、私は(元)婚約者の肩に担がれて、彼の屋敷へと運ばれていく。
顔馴染みの使用人達が、主人の狼藉に驚いているのは私にも見えている。だけど、(元)婚約者は全く意に介さない。
私は抵抗も忘れ――と言うか、状況はとんでもないが、大好きな相手に抱き上げれて嬉しかった。
そう、嬉しかった。
ふわふわとそんな事を考えてると、今度は柔らかい場所へと下ろされる。
周りを見渡すと、そこは大きなベッドで、その周りには可愛らしい家具が並んでいる。
「あの、私は何故ここに……?」
ベッドの上で座り込んだ私は、おずおずと(元)婚約者へ質問する。
何で婚約解消をするのに、こんな誘拐まがいの事をする必要があるのか、わからない。
「リリアーナ。君は今日からここで暮らせ」
「え? どうしてですか? 私達、婚約を解消して――」
「俺以外と会う事は許さない。勿論、外出も駄目だ。万が一、俺以外と話したら、俺はその相手を殺してしまうかもしれない」
「……意味が、わからないです。そんなに、私が婚約者なの、嫌なんですか」
つまりは、婚約者――私の存在を世間的に無かった事にしようと、そういう事なのかと、私は絶望する。
少し疎ましいとは思っていても、嫌われてはいないと信じていたのに。
ついに堪えきれず、私は感情の赴くまま、グシャグシャになっているであろう泣き顔も隠さず、思い切り泣き出してやる。(元)婚約者が慌てる気配はするけど、気にしない。
えぐえぐ、と小さな子供のようにしゃくり上げていると、小さな声が聞こえた。
「だって、リリアーナが、俺から離れるって……」
まるで拗ねた子供のような台詞に、ビックリして涙が止まった私は、シーツで涙を拭いて、ベッドの脇で立ち尽くしている(元)婚約者を見上げる。
そこには、いつもの仏頂面はなく。迷子になった子供のような顔をした(元)婚約者が、私を見つめていた。
「私が離れるから、閉じ込めようと?」
コクリと縦に首が振られる。
「どうしてですか? 私みたいな子供じゃ、あなたと釣り合わないです」
「誰がそんな事を言った?」
常日頃から思っていた事を口にしたら、さっきまでの頼りない雰囲気は消えて、低く這うような声が返ってくる。
「あなたのお友達が、夜会であなたが笑われてる、と教えてくださって。それに、私見たんです。こう、こんな感じの女性と、あなたが歩いている所……」
自分で言って悲しくなるが、私はジェスチャーで胸の大きな感じの動作をし、(元)婚約者をジーッと見つめる。
「チッ、誰だ、リリアーナに余計な事を……。まぁいい、犯人は後で探すとして」
口内で何事かモゴモゴと言っている(元)婚約者を、私が小首を傾げて見つめていると、彼はベッドへ膝で乗り上げて私へ近づいてくる。
「確かに夜会で色々言ってくる輩はいる。だが、俺は気にしていない。あと、街中で一緒にいたのは、ただの友人だ。その、俺は、胸の大きさには、興味はない」
真摯な説得の合間にも、(元)婚約者の視線は、まだあまり膨らんでいない私の胸元を見ている。
「本当に、私、あんまり育ってないですよ?」
「それはそれで育てる楽しみが……」
「え?」
私が聞き取れず聞き返すと、(元)婚約者は真面目な顔で首を横に振った。
「いやなんでもない。それより、リリアーナ。一つだけ答えてくれ」
私の頬へ優しく手を添え、(元)婚約者は真剣な表情で私を真っ直ぐ見つめてくれる。その瞳には、一点の曇りもない。
「俺が嫌いか?」
「いいえ」
「俺に飽きた?」
「いいえ!」
「……俺が怖い?」
「有り得ません!」
「じゃあ、俺の事――」
「心からお慕いしています! 一度も心変わりなんてしてません!」
次々にされる質問に、私は苛立ちに似た気持ちを膨らませていく。
私はこんなにも、好きなのに。だから、別れようとしてたのに。
そう思ったら、思わず叫んでしまっていた。
ハッとして私は口元を手で覆うが、時すでに遅く、(元)になりそこなった婚約者は、蕩けそうな顔をして私を見ていた。
「俺も、リリアーナ。お前だけをずっと愛してる」
「嘘、です」
告げられた愛の言葉を信じられず、駄々っ子のように首を振る私を、色々と隠さなくなった婚約者は優しく抱き締めてくれる。
あの誕生日の時みたいに。
「嘘じゃない。俺は、初めて会った時から、ずっとリリアーナしか見ていない」
優しい手と声が、私を宥めるように全身を撫でてくれる。
「一度タガが外れたら、我慢出来なくなるからな。リリアーナが成人するまで、待つつもりだったが……」
擽ったくて身動ぎしていると、無骨ながら繊細な大きな手が、私のドレスを脱がせていく。
「え、あ、あの……」
あっという間に下着姿にされ、慌てふためく私に、婚約者は初めて聞く甘い声音で、
「大丈夫だ。最後まではしないから。それは、リリアーナが大人になるまで待つ。今日は、俺の本気を知ってもらうだけだ」
そう囁いてくれて……。
私は婚約者の本気を、少しだけ味わう事になった。
その時、私の体のあちこちに出来た痣を見た婚約者が殺気立ち、
「あ、さっき馬車で……」
と、私が呟いたら、一転して号泣しそうな勢いで凹むなんて、一幕もあったりしたけど――。
「私、別れません!」
お父様とお母様に報告すると、やっぱりね、といった顔で笑われました。
あと、変化は一つ。
「今日も可愛いな、俺のリリアーナ」
甘い声音で、蕩けそうな笑顔を浮かべ、私を膝に乗せた婚約者。
いつも仏頂面だったのは、蕩けそうな顔を堪えていたらしい。
いつも無口だったのは、甘い声音で囁きたくなるのを我慢していたから。
いつも触れてくれなかったのは、一度触ったら歯止めが効かなくなりそうだから。
その全部を気にしなくなった婚約者は、人前だろうと自重しなくなってしまい、私は別の悩みを抱く事になってしまったが……。
「とても幸せな悩みですよね」
うふふ、と笑う私は、まだささやかな胸の膨らみを、早く育つようにと祈りながら、あやしく動く婚約者の手を軽くつねる。
「もう少し待っててくださいね、ルーシュ様」
私、早く大人になりますから!
たぶん婚約者が変態ぽいというか、ほぼ変態?(笑)
婚約者目線も書きたいです。
連載が進まなくて、申し訳ないです。