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駐車場で戦うとこうなる



「く、くそ! 何なんだよあいつは!?」


 真っ黒な金属で製造されたクロスボウに小型の矢を装填しながら、ギャングの青年が悪態をつく。


 今日は武器の密売についての”会合”だけで終わる筈だった。武器を販売する値段や密売の規模などについての会議を行い、モリガン・カンパニーに不満を持つ貴族たちへとそれらを密売して煽り、武装蜂起を促すという計画の序章だったのである。


 さすがに不意を突かれればモリガン・カンパニーも大損害を被るだろう。運が良ければ、武装蜂起を開始した貴族たちが勝利するかもしれない。もし仮に彼らが返り討ちに遭って鎮圧されてしまったとしても、モリガン・カンパニーが弱っている隙にこちらが攻撃を仕掛ければ、壊滅させられる可能性は非常に高いと言える。


 会合での議題を伝えたのは、実際に会合に参加するメンバーと数名の護衛のみ。それ以外の下っ端には、会合があるという事までは伝えたものの、実際に何について話し合うのかという事は伝えていない。


 そのため、情報が漏れる可能性は非常に低かった。


 だというのに、会合の最中にいきなり赤毛の少年が見たこともない武器を装備し、攻撃を仕掛けてきたのである。


「くそ、お前ら! あいつをぶっ殺せ!」


 必死に通路の奥へと突っ走っていきながら、護衛の青年たちへと命令を下すリーダー。奇妙な端末を持っており、変わった能力や武器を自由自在に使う事ができるその少年は、侵入者と戦おうとはせずに、冷や汗を流しながら必死に通路の奥へと逃げていく。


 リーダーが戦うべきだろうと思いつつも、青年たちはクロスボウを通路の奥へと向けた。奥から聞こえてくるのは仲間たちの断末魔と、今まで耳にした事もない轟音の連鎖。通路の壁や天井に何度も激突して反響する轟音は、まるで怒り狂ったドラゴンの咆哮にも似ている。


「なんだ、この音は」


「さあ? ドラゴンでも入り込んだんじゃないか?」


「バカな」


 冒険者たちの調査により、もう既にかなりの数のダンジョンが調査されている。中には魔物を一掃して人間が住むための街が作られた場所もあるらしい。


 ダンジョンが解き明かされる度に、魔物たちの数は凄まじい勢いで減っていく。


 十数年前までは防壁の外を彷徨い、商人や列車を襲撃して人々を困らせていた魔物たちも、ダンジョンの減少に伴って急激に姿を消し始めており、今では絶滅した魔物の数も多い。


 空を自由自在に舞い、猛烈なブレスを吐き出す怪物だったドラゴンたちも、同じように姿を消しつつあった。騎士団では飛竜の育成が未だに続いているものの、近年では”空を飛ぶための翼を持つ機械”の研究も進んでいるらしく、それが実用化されれば確実に彼らも退役することになるだろう。育成や訓練に手間と大量の費用が掛かり、身体能力にばらつきがある飛竜よりも、操縦士の訓練と開発費だけで済み、ばらつきのない機械の方が効率的だという事は、一気に機械が発達した産業革命に置いて立証済みなのだから。


 今では馬車も姿を消し、魔力で動く車が大通りを埋め尽くしている時代だ。


 だからこそ、ドラゴンが街の中に入り込むなど考えられない。いくら廃棄された工場の中とはいえ、街の中へドラゴンが入り込めば騎士団やモリガン・カンパニーの兵士たちも動く筈である。そうなれば、少なくとも現状よりは”賑やかな事態”になっている筈だ。


 一体、ここに何が入り込んだのか。


 息を呑みながら通路の向こうへとクロスボウを向けていた青年の頬のすぐ近くを、弓矢から放たれた矢とは比べ物にならないほどの速度で、小さな何かが疾走していく。はっとした彼は反射的に通路の向こうを覗き込むのを止め、傍らに積み上げてあった埃まみれの樽の陰へと隠れたが――――――――傍らでクロスボウの準備をしていた仲間は、動かなくなっていた。


「お、おい、大丈夫――――――――」


 通路のど真ん中で動かなくなった仲間の額には、風穴が開いていたのである。


 今しがた飛来した何かが、彼の額を直撃したのだ。その小さな物体は仲間の頭蓋骨を突き破り、脳味噌をズタズタにされてしまったのだから、もう生きているわけがない。


 ぞっとしながら、再び樽の影から顔を出す。もしかしたら顔を出した瞬間に仲間と同じ運命を辿る羽目になるかもしれなかったが、もし仮に敵が襲撃してきたのであれば、ここで迎え撃たなければならない。


 ローグ・マンティスを裏切れば――――――――オルトバルカから他国へと亡命しない限り、彼らに雇われた殺し屋に追い回される羽目になるのだから。


 失業者が徐々に増え始めた現代では、他国へと逃げ込むのにも骨が折れるのである。


 それよりも、ここで戦った方がまだマシだと判断した彼は、クロスボウを構えながら樽の影から顔を出す。先ほどまでは消えかけの照明が発する弱々しい光に照らされていた通路が奥へと続いていただけだったが、再び顔を出した頃には、いつの間にか黒い制服とハンチング帽を身につけた、赤毛の少年がそこに立っていた。


「なっ―――――――」


 もちろん、見覚えはない。


 ローグ・マンティスはまだ結成されたばかりの小規模なギャングである。構成員は他のギャングと比べれば少なく、リーダーや幹部たちも下っ端たちの顔をちゃんと覚えられる程度だ。


 だからこそ、メンバーの中にこのような赤毛の男がいなかったという事もしっかりと覚えている。

 

 それに、両手に持っている獲物にも見覚えはない。


 一見すると、高圧の蒸気を利用して小型の矢を飛ばす”スチームライフル”にも見えるが、それにしては銃身が短い上に、肝心な蒸気入りのタンクも見受けられない。スチームライフルはタンクがなければただの金属の長い筒でしかないため、重い蒸気入りのタンクは運用する際には必需品となる。


 その少年が持っている得物の銃口が、青年へと向けられていた。


「ま、待―――――――」


 武器を捨てて降伏しようとした青年だったが――――――――その得物を手にしていた赤毛の少年は、容赦がない男である。


 狩るべき標的は確実に狩る男なのだから、いくら敵が武器を捨てて命乞いをしたとしても、それが狩るべき対象であるのならば、その命乞いは絶対に聞き入れない。


 赤毛の少年(ユウヤ)が持つ異様な得物(トンプソン)が火を噴くと同時に、青年の胸板に無数の風穴が開けられた。胸骨が砕け、それを貫通した無数の.45ACP弾が肺や心臓をズタズタにする。貫通力よりもストッピング・パワーを重視した猛烈な弾丸の群れによって内臓を木っ端微塵にされた青年は、結局矢を装填したクロスボウを放つよりも先に、蜂の巣と化して埃まみれの床の上に崩れ落ちる羽目になったのであった。













「くそったれ」


 空になったドラムマガジンを得物トンプソンから取り外し、新しいドラムマガジンに取り換えてからコッキングレバーを引いたユウヤは、逃げて行った転生者を追いかけながら悪態をついていた。


 さすがに正面から堂々と攻めたのは拙かったかもしれないと後悔しつつ、樽の山をタックルで強引にぶち破り、その向こうで出くわしたローグ・マンティスの構成員にトンプソンの銃床で猛烈な一撃をお見舞いして昏倒させ、奥へと突き進む。


 ユウヤはあまり好まない方法ではあるものの、サプレッサー付きの銃やナイフで潜入し、標的を確実に始末していった方が、こんな黴臭い工場の中で追いかけっこをせずに済んだ筈である。おそらく妹のエリカも、1人で攻め込むことになっていればそうした事だろう。


「おい、止まれ! お前何やって――――――――」


「チッ」


 倉庫の中から飛び出してきた痩せ気味の男に、.45ACP弾のフルオート射撃をお見舞いする。獰猛なストッピング・パワーを誇る弾丸に身体中を穿たれた痩せ気味の男が崩れ落ちていくのを一瞥し、先ほどの敵のように銃床で殴り倒した方が弾薬の節約になったかもしれないと後悔しながら、ユウヤは目の前の木製の扉をタックルで突き破る。


 扉の向こうは駐車場になっているようだった。黴臭い空気の中っからやっと解放されたことに安堵するユウヤであるが、肺の中を満たしていた黴臭い空気を吐き出しつつ、その駐車場で待ち受けていたギャングの構成員たちを睨みつけていた。


 かつては工場の従業員たちが利用していた駐車場には、錆び付いたトラックや車が未だに放置されていたが、その中には多少汚れているものの、大通りに出ればすぐに出くわすことができそうなクーペやピックアップトラックが停車しており、そのピックアップトラックの荷台の上には、引っかかったなと言わんばかりにニヤニヤと笑う転生者の少年が、部下の青年と共に、荷台の上に取り付けられた得物の発射準備をしているところだった。


 細い8つの金属製の筒を束ねたような銃身と、高圧の蒸気がこれでもかというほど充填された巨大なタンクを組み合わせ、タンクと銃身の根元を太いケーブルで繋げたような2mほどの金属の塊が、いたるところが錆び付いたピックアップトラックの上に置かれた土台の上に鎮座し、ユウヤへと向けられていたのである。


「スチーム・ガトリング…………!」


 高圧の蒸気で小型の矢を連射しつつ、取り付けられた超小型の蒸気機関の動力で銃身を回転させることが可能な、スチーム・ガトリングである。


 モリガン・カンパニーで開発された大型の兵器であり、各国の騎士団が正式採用している切り札だ。発射可能な矢が従来のクロスボウの矢と同じ規格であるため扱いやすく、無数の矢を連射できるため、1丁だけでも無数の敵兵や魔物を薙ぎ払う事が可能なのだ。


 オルトバルカ王国騎士団では、重要拠点や軍艦に設置して使用しているが、一部の部隊ではこれを馬車の荷台に取り付けた『タチャンカ』と呼ばれる兵器を運用しているという。


 一体どこで手に入れたのだろうかと考えたユウヤは、反射的に出口のすぐ近くにあった廃車の影へと飛び込んだ。


 その直後、スチーム・ガトリングの特徴的な銃身が回転を始め、蒸気と共にクロスボウ用の短い矢を、ユウヤの持つトンプソンと同等の連射速度で吐き出し始める。


 スチーム・ガトリングの射程距離は非常に短いが、ユウヤが隠れた廃車はあの恐ろしい得物の射程距離内。しかも距離が近ければ、放たれる矢の貫通力はアサルトライフル用の7.62mm弾にも匹敵するため、いくら廃車を盾にしているとはいえ、運が悪ければ錆び付いたドアを貫通した矢が、ユウヤの背中を貫通する可能性もあるのである。


 廃車のドアを削る金属音に急かされながら、ユウヤはトンプソンの銃身を廃車の割れた窓から覗かせ、フルオート射撃で.45ACP弾をばら撒いた。運が良ければあの忌々しい射手も倒せるだろうと思ったのだが、ドラムマガジンの中にある弾丸の3分の1をぶちまけても、連射が止まる気配はない。


 無駄弾だと判断した彼は、連射を止めながら何とかあのスチーム・ガトリングの射手と転生者の少年を黙らせる方法を考え始める。外殻を使って身を守りつつ、強引に強行突破するべきだろうかと思ったその時、駐車場の反対側から、聞き慣れた銃声が轟いた。


 トンプソンのような連射速度ではないものの、明らかにそれは転生者たちか、モリガン・カンパニーやテンプル騎士団の関係者しか装備することを許されない銃が発する咆哮である。


「ギャッ!?」


「くそ、挟み撃ちだ!」


「なっ!? おい、あっちを狙え!」


「了解です、ボス!」


(なんだ…………?)


 傷だらけになった廃車の影から、ちらりと反対側を確認するユウヤ。


 駐車場の出口から攻め込んできたのは、”王立ラガヴァンビウス学園”の黒い制服に身を包んだ、ポニーテールが特徴的な少女だった。明らかにギャングたちの抗争の真っ只中に飛び込んでくるような人物ではないように見えるが、何度も抗争で彼女の姿を目にしていたユウヤは、再び廃車の影に頭を引っ込めながら頭を抱えた。


「最悪だ…………」


 そこにやってきたのは、彼の妹のエリカだったのである。


 ラガヴァンビウス学園の風紀委員の1人であり、オルトバルカ騎士団憲兵隊にも所属している彼女と、抗争の真っ只中に兄妹で追いかけっこをした事は何度もある。


 彼女がここへとやってきた理由は、おそらくユウヤと同じくあの転生者が狙いだろう。


(相変わらず甘いな…………あのバカ)


 ユウヤならば、転生者の仲間も始末する。顔面に弾丸を叩き込み、確実に仕留めて路地裏を血の海へと変えてしまうのは珍しくない。


 しかし妹のエリカが仕留めるのは転生者のみであり、彼らの部下は無力化するだけで済ませているのだ。実際に駐車場へと突入してきたエリカは、彼女へと殺到するギャングの構成員たちの腕や太腿を愛用のコルト・ガバメントで正確に撃ち抜き、次々に無力化している。


 その時、ピックアップトラックの上にあるスチーム・ガトリングが、くるりと旋回してエリカへと向けられる。廃車の陰に隠れているユウヤよりも、いきなり後方から突撃してきた彼女の方が脅威になると判断したのだろう。


 いくらエリカでも、スチーム・ガトリングの連射を至近距離で喰らえばミンチになる。犬猿の仲とはいえ、彼女はユウヤの妹なのだ。見殺しにするわけにはいかない。


 慌ててトンプソンを向けるユウヤであったが――――――――彼がフルオート射撃をぶちまけるよりも先に、屋根の上から飛来した1発のライフル弾が、スチーム・ガトリングのグリップを握っていた射手の頭を貫いた。


 拳銃用の弾薬よりも貫通力が高く、凄まじい殺傷力を誇る弾丸が頭蓋骨を貫通し、脳味噌を木っ端微塵にして、反対側の頭蓋骨を再び貫いて飛び出していったのである。その射手が無事であるわけがない。


 ぐらり、と頭を撃ち抜かれた射手が鮮血を吹き上げながら揺れ、荷台の上を血の海にする。至近距離で仲間の返り血を浴びた転生者の少年は、目を見開いて奇声を発しながら、荷台の上から転がり落ちた。


「今のは…………」


 あのようなライフル弾をぶっ放せる得物を愛用する仲間を、ユウヤは知っている。


 よく勝手に彼の隠れ家へと入り込み、ベッドの匂いを嗅いだり、勝手に冷蔵庫の中に隠しているお菓子をつまみ食いする困った妹の1人だ。


 ちらりと倉庫の屋根の上を見上げてみると、やはりそこにはスコープ付きのスプリングフィールドM1903を構える金髪の少女が、伏せた状態で駐車場を見下ろしていた。


「やるな、キャロル」


 彼の父であるタクヤと、妻のうちの1人であるナタリアの間に生まれたキャロル・ハヤカワは、諜報活動と遠距離狙撃を得意とする狡猾な少女だ。いつも笑顔を浮かべている元気な少女に見えるが、戦いになると一気に獰猛になるのである。


 おそらくその部分は、父親に似たのだろう。


「ひっ…………お、おい、車を出せ!」


「は、はい、ボス!」


「あっ…………おい、エリカ! そいつを止めろ!」


「くっ!!」


 逃げ出した転生者の少年が、クーペの後部座席に転がり込み、部下に車を運転させ始める。ハンドルから運転手の魔力を供給された車のフィオナ機関が始動し、唸り声を発しながら車を動かし始めた。


 慌ててエリカがコルト・ガバメントを連射するが、先ほど突撃した際にかなり発砲していたらしく、たった2回トリガーを引いただけで、弾丸が銃口から飛び出さなくなってしまう。


 キャロルも車を狙撃し、ユウヤもフルオート射撃をぶちまけたが――――――――クーペの後部に風穴を開けただけで、走行不能にすることはできなかった。


「くそ、逃げられたか!」


「いや、まだだ。…………おい、エリカ」


 コルト・ガバメントのマガジンを交換しながら悔しがる妹の名前を呼ぶと、エリカはくるりと振り向き、ユウヤの方を睨みつける。


「なんだ?」


「俺、バイクの免許しか持ってないんだけどさ、ちょっと目をつぶってもらえるか?」


「なんだと?」


 ニヤニヤと笑いながら、ユウヤは駐車場に放置されているピックアップトラックを見つめるのだった。




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