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攻撃開始


 産業革命の恩恵で急激に成長したオルトバルカ王国は、この世界で最も裕福な国となったと言っても過言ではない。フィオナ機関の登場で工業が一気に発展し、同盟国や様々な国に機械や兵器を輸出し始めたため、昔と比べると大幅に失業者の数は激減していた。


 しかし、失業者が完全に姿を消したわけではない。


 工場が閉鎖されたせいで職を失い、家族を養うことができなくなった失業者も存在するのである。そしてその失業者たちは生活費のためにギャングに加担し、この王国を混乱させていく。


 工業地区の一角に鎮座する廃工場も、閉鎖された工場の1つだ。かつてはここで騎士団向けのスチームライフルの部品を組み立てていたのか、工場の外にはそれの動力源となる高圧の蒸気を充填するためのタンクと思われる部品が野ざらしにされており、長い間雨を浴びたせいですっかり錆び付いているのが見える。


 近くにバイクを停めてから降りたユウヤは、フェンスの向こうに見える錆び付いたタンクの山を見つめて息を吐いてから、足元の水溜まりを踏みつけてフェンスの方へと向かう。


 キャロルが言っていた情報はやはり正確だったらしく、このような人気のない筈の廃工場の入り口の近くに人影が見える。稀にこういった場所にごろつきが入り込むことがあるのだが、入口に立っている2人の男の服装はごろつきにしては少々立派過ぎる。腰には大きなボウイナイフの鞘をこれ見よがしに下げており、もう片方の男は折り畳み式の小型クロスボウも装備している。


 普通のごろつきならば安物の錆易い小さなナイフか、お手製のナックルダスターやその辺に転がっている鉄パイプで武装するのがせいぜいだ。少なくともそれなりに裕福で規模の大きなギャングと繋がっていない限り、あのような装備は手に入れられない。


 どこかから盗んできたのならば話は別だが、キャロルの情報も考慮すればあの2人の男がその装備をどこかから奪ってきた可能性は高いとは言えない。


(間違いなさそうだな…………)


 お気に入りのハンチング帽を片手で押さえながら、ユウヤは入口へと向かって歩いて行く。物陰に隠れずに堂々と歩いて行けばいくら集中力のない見張りでも不審者を発見するのは容易い。背中に奇妙な得物を背負い、真正面から堂々とやってきた赤毛の少年に気付いた2人の見張りは目配せをしてから、いつでもナイフを引き抜けるように鞘の近くに手を添えつつ、ユウヤの前に立ちはだかる。


「おい、悪いがここは立ち入り禁止だ」


「ここは廃工場じゃねえのか?」


「俺らが”使用中”だ。あっち行け、クソガキ」


「言う事きかねえとぶちのめすぞ?」


 そう言いながらわざとらしくナイフを引き抜いた片方の男を睨みつけてから、ユウヤはため息をついた。


 彼が経験してきた喧嘩は、いつもこういうパターンである。相手にクソガキと決めつけられて喧嘩を売られ、彼にあっさりと返り討ちにされてから相手がユウヤの頬の傷に気付き、彼が”スカーフェイス”と呼ばれている最強のギャングだと気付いて震え上がる。


 格上の相手だという事に気付いて怯え始める男たちの姿は滑稽なものだが、一番最初に舐められるユウヤは少しばかりうんざりし始めていた。自分に威厳や威圧感がないのだろうかと思うユウヤだが、彼の父であるタクヤも同じく普段はただの女性にしか見えない男である。


 祖母エリスの話では祖父であるリキヤも似たような男だったという。祖父と父に似てしまったのだろうなと思うとため息が出る癖がついていたことに気付いたユウヤは、いつも通りに対処することにした。


 ポケットの中に突っ込んでいた両手を握り締めながら素早く引き抜き――――――まるで飛び立つロケットのような勢いで、一気に見張りの男の顎へと拳を叩き込んだのである。


 しかもただの拳で殴りつけたわけではない。よく見ると指を金属製のナックルダスターのようなものが覆っている。しかもただのナックルダスターではない。そのフィンガーガードを握るユウヤのがっちりとした手のひらの中には――――――まるでリボルバーのシリンダーだけを取り外してフィンガーガードに取り付けたような物体が収まっている。


 それは、『アパッチリボルバー』と呼ばれるリボルバーの一種であった。非常に小型のリボルバーで、小口径の弾丸と小型のナイフを装備し、穴の開いたグリップを折り畳んで握ればナックルダスターとしても機能する異色のリボルバーである。


 とはいえ銃身がないため命中精度は劣悪としか言いようがなく、小型のナイフも刀身がかなり短い。


 ユウヤが生産したアパッチリボルバーは、少しばかりカスタマイズが施されていた。刃物よりも格闘術を多用するユウヤの戦い方に合うように折り畳み式の小型ナイフはオミットされ、代わりに彼の大きな手でも握りやすいようにグリップを分厚く、なおかつ延長することで殴打した際の破壊力を向上させている。さすがに銃身がないため命中精度はどうしようもないので、そちらには手を付けていない。


 ただでさえ身体能力の高いキメラが瞬発力をフル活用して振り上げた一撃を、相手を見下していたただの人間が見切れるわけがない。彼がポケットから手を引き抜いたと知覚した頃には、もう既に男の顎にはナックルダスターを装着したユウヤの拳がめり込んでおり、次の瞬間には欠けた歯を口から吐き出しながら宙を舞う羽目になった。


「ガフッ…………!?」


「てっ、てめぇ――――――」


 いきなり相棒がクソガキだと決めつけていた少年にぶん殴られたことに驚きながら、もう1人の見張りが慌ててナイフを引き抜く。しかし彼がナイフの切っ先をユウヤに向けて突進しようとした頃には、もう既にボクサーのように構えたユウヤの猛烈な右ストレートが飛来し―――――――めきん、と鼻の骨が折れる音を響かせながら、男の顔面に着弾していた。


 1人目の男に一撃を叩き込んでから3秒足らずでもう1人の見張りを殴り倒したユウヤは、2人の見張りが動かなくなったのを確認してからそっとフェンスを乗り越える。


 この2人を隠すべきだろうかと思って後ろを向いたユウヤだが、どちらも黒っぽい服を身に纏っている上に今は夜。しかも周囲の光源はろくに整備されていない旧式の街灯と粗末なランタン程度である。数分後には消えてしまいそうな弱々しい光で、ここに2人分の死体が転がっている事には誰も気づかないだろう。


 今の音が会合中の男たちに聞かれていないか心配になったユウヤだが、最終的には背中に背負っている相棒トンプソンのフルオート射撃をぶちまけることになるのだ。ターゲットの転生者が逃げなければ、ここで見つかっても問題はない。


「チッ」


 お気に入りのアパッチ・リボルバーが先ほど殴り倒した男の返り血で汚れていることに気付き、舌打ちをしてからポケットの中にしまう。


 妹のエリカは、基本的に転生者以外の命は奪わない。犯罪者の身柄を拘束するのは憲兵の仕事の1つでもあるため、風紀委員と憲兵隊に所属する彼女は可能な限り犯罪者の命を奪ってはならないという面倒なルールを厳守する必要がある。


 だがしかし、転生者は別だ。彼らの力はこの世界の人々の手には負えない上、圧倒的な力で全てを薙ぎ払ってしまうため、拘束して牢屋の中にぶち込んでも無意味なのである。だから身柄を拘束して改心させるのではなく、いっそのこと弾丸を1発ぶち込んだり、ナイフを振り下ろして絶命させた方が手っ取り早いのだ。


 強大な力や権力に毒された人間は、もう元に戻ることはない。肥大化する欲を押さえつけるための枷が壊れているのだから。


 それゆえにユウヤも転生者には容赦をしないが、そのような転生者に肩入れする犯罪者にも容赦はしない。転生者と共に甘い汁を啜ろうとする輩も同じように葬るようにしている。


 彼から見れば、エリカのやり方は甘いとしか言いようがない。


 クソ野郎はこの世界を蝕む凶悪な病原菌。見つけたのならばとっとと切除(抹殺)しなければならない。そうすれば何の罪もない人々だけでななく、最終的にこの世界が死ぬ。


 家出したユウヤだが、幼少の頃から両親に教え込まれた事だけはきっちりと守っていたのである。


 敵に容赦はしない。クソ野郎である以上は徹底的にぶち殺す。


 だからさっきの2人も、そうした。


 フェンスの向こうに鎮座する錆だらけのタンクを迂回し、他にも見張りがいないか確認しながら工場の中へと進む。錆びた破片が浮かぶ水溜まりの中に放り込まれたままのバルブや何かの金具を一瞥してから、かつては組み上がった部品が陳列していた筈の棚の脇を通過して、奥の方にある広い部屋を目指す。


 背負っていたトンプソンM1921をそっと構えながら、部屋のドアを開ける前に立ち止まる。


『―――――――で、この武器をどれくらいの値段で売ればいい?』


『できるだけ高くだ。今の王室やモリガン・カンパニーに不満を持ってる奴らを煽って売りつけてやれば需要も出るだろ』


 どうやら部屋の中では、武器の密売に関する話をしているらしい。壁の向こうから漏れてくる話に耳を傾けつつ、ユウヤは呆れていた。


 確かにモリガン・カンパニーに不満を持つものは多いが、不満を向けているのは基本的に彼らによって不正を全て暴かれ、処罰を受ける羽目になった貴族の分家や親族である。自業自得としか言いようがないが、もし仮に彼らが密売された武器を手にして武装蜂起したところで、一日どころか半日で鎮圧されるのが関の山だ。彼らはモリガン・カンパニーの誇る兵力を理解していない。


 それにもし仮に数が互角だったとしても、今度は練度で差が出る。


 モリガン・カンパニーは何度も大規模な戦闘を経験した兵士が何人も所属する巨大な企業である。しかも無数の部署の中には傭兵として世界中に派遣されている”社員”が所属する部署もあるため、彼らの戦闘力は非常に高い。しかもその中の数人はモリガン・カンパニーが参戦した戦いの中で最も激しい戦いと言われた『第一次転生者戦争』と『第二次転生者戦争』に従軍したベテランの兵士もいる。


 百戦錬磨の無数の兵士たちと、戦い方を全く知らない温室育ちの貴族では、練度が全く違うのだ。


 そのような輩に武器を撃って武装蜂起を促せば、あっさりと鎮圧された挙句武器を提供した自分たちまでモリガン・カンパニーの諜報部隊に命を狙われる羽目になるというのに、なぜこのような輩が後を絶たないのだろうかと、ユウヤは呆れながら息を吐いた。


 そんなに死にたいのだろうか?


 銃弾で蜂の巣にされる無残な最期を欲しているのだろうか?


(だったら、俺がくれてやる)


 弾丸ならば、ドラムマガジンの中にたっぷりと入っているのだから。


 トントン、と軽くトンプソンM1921のドラムマガジンを叩いてから―――――――近くにある錆だらけのドアへと、思い切り右足のキックを叩き込んだ。


 かなり老朽化していたらしく、ユウヤの本気の蹴りを叩き込まれることになった何の罪もないドアはあっさりと粉砕され、錆びた破片を室内に巻き散らしながら、まるでダイナマイトで吹き飛ばされたかのように部屋の中へと吹っ飛んでいく。


 当然ながら、武器の密売の相談はその一撃で中断していた。


「なっ、なんだ!?」


「くそったれ、誰だ!?」


 足元に転がる錆び付いた破片を踏みつけながら、ユウヤはゆっくりと部屋の中へ入っていく。かつてはここで部品を組み立てていたのか、体育の授業を始められそうなほど広い部屋の中には4本の太いベルトコンベアが鎮座している。その上に乗っているのは未完成の部品たちで、もう二度と稼働することのないベルトコンベアの上で埃まみれになっていた。


 その後方に見えるのは、旧式のフィオナ機関。まだ出力が不安定で小型化できていない頃のモデルだろう。今では退役が進んでいる旧式の軍艦の機関部や辺境を走る列車の古い機関車に搭載されているような代物である。


 この工場はそれがまだ現役だった頃に廃工場と化した事を知りつつ、ユウヤはベルトコンベアの向こうにいる男たちを嘲笑しながら見つめた。


 痩せ細った男や目の下にクマが浮かぶ男が、その辺に転がっていた鉄パイプを拾い上げてユウヤを睨みつけてくる。彼からすれば反抗期の男子よりも粗末な威嚇をしてくる男たちの中に、キャロルが見せてくれた写真に写っていた男がいるのを確認してから、ユウヤはそっと相棒トンプソンの照準をその男に合わせた。


「あー、今会合中だった?」


「てめえ、何者だ? ここは”ローグ・マンティス”の縄張りだぜ?」


(俺たちの縄張りだっつーの)


 ユウヤは舌打ちをしながら転生者の少年を睨みつける。この廃工場はユウヤが率いるワイルドバンチ・ファミリーが数多のギャングとの抗争に勝利して獲得した縄張りである。そこで勝手に自分たちの縄張りだと主張する輩には怒りを覚えてしまう。


「勘違いされては困る。ここはな、5年前から俺たちの縄張りだ」


「俺たちぃ? …………へえ、お前ギャングだったのか」


 そう言いながら後ろに下がる転生者の少年。彼の周囲で鉄パイプやナイフを手にして威圧感を出しているごろつきや手下たちに目配せしてから、彼は後ろにあるベルトコンベアを乗り越え、命令を下す。


「――――――――やっちまえッ!」


「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


 ユウヤを威嚇するためなのか、太い鉄パイプを床に叩きつけて派手な音を立ててから突っ込んでくる手下たち。確かに鉄パイプで頭を殴打されればただでは済まないが―――――――ユウヤの場合は、全く問題はない。


 なぜならばユウヤはキメラであるため外殻で身を守ることができる上に、今の彼の両手には最強の武器が収まっているのだから。


 彼が溜息をついた直後、ついにドラムマガジンとフォアグリップが装着されたトンプソンM1921が火を噴いた。がっちりした胴体から突き出ているすらりとした銃身から凄まじいマズルフラッシュが迸り、薄暗い工場の中を照らし出す。火薬が生み出す閃光が照らし出すのは、数多の.45ACP弾に蜂の巣にされていくごろつきたちの無残な姿だった。


 ハンドガン用の弾薬とは思えないほどの衝撃が大男の身体を大きく揺らし、鉄パイプを握っている手を弾き飛ばす。凄まじい衝撃で身体が揺れたところに更に複数の弾丸が喰らい付き、肋骨や内臓を容易く食い破る。


 瞬く間に蜂の巣にされていく仲間たちを目の当たりにしてごろつきたちが恐怖を覚えた頃には、もう既にそのごろつきへと.45ACP弾が襲い掛かっていた。


「ギャッ!?」


「うがっ――――――」


「ま、待て! 何だよあの武器は!?」


「スチームライフルじゃない…………ッ! あ、あんな連射できる飛び道具なんて聞いたことがないぞ!?」


 この世界でも、銃に近い『スチームライフル』と呼ばれる代物が開発され、各国の騎士団で正式採用されている。しかしそれを運用するためには高圧の蒸気が充填されたタンクを背中に背負い、それから伸びるケーブルとライフルを連結させる必要があるため、非常に使い勝手が悪い。


 しかもスチームライフルはボルトアクション式のものが殆どで、中にはセミオートマチック式の試作型も存在するものの、信頼性は絶望的としか言いようがないほど低い。フルオート射撃が可能なのは戦艦に搭載されているスチーム・ガトリングガン程度である。


 異世界で生み出された武器の破壊力を見せつけられたごろつきたちが、怯えて全身を止め、ベルトコンベアの陰に隠れ始める。ユウヤはその隙に空になったドラムマガジンを取り外して新しい物に交換し、コッキングハンドルを引くと、一瞬だけ顔を出してフルオート射撃をお見舞いし、向こうに逃げた転生者の少年を睨みつけた。


 どうやらレベルはそれほど高くはないらしい。ユウヤの今の攻撃を見て怯えている転生者を睨みつけながら、相手が自分よりもはるかに格下だという事を確信したユウヤは、もう一度威嚇のためにフルオート射撃を敵の隠れたベルトコンベアの近くに叩き込むと、奥の方に見えるフィオナ機関へと向けて走った。


 出力が不安定で小型化が難しいモデルだが、信頼性の高さは非常に評価されている代物である。メンテナンスがされていなくても、少しくらいは動く筈だと思いながら、魔力を伝達するためのパネルに手をかざしながら魔力を放出する。


 すると、埃まみれになっていたフィオナ機関が甲高い音を奏でながら目を覚まし―――――――蒸気にもにた魔力の残滓を吐き出しながら、長い間眠っていたベルトコンベアを再稼働させ始めた。


 ユウヤを追撃するためにベルトコンベアの上に乗っていた転生者の手下たちは、いきなり動き始めたベルトコンベアに連れ去られる羽目になった。体勢を崩して埃まみれのベルトコンベアの上に叩きつけられる羽目になった彼らが連れ去られていったのは―――――――その上に乗る部品を押し潰すための、プレス機の真下である。


「うわ―――――――」


 まるでギロチンのように落下したそれは、久しぶりに目を覚まして張り切っているかのように容赦なく部品もろとも哀れな手下を押し潰し、骨と共に内臓が潰れる生々しい音を工場の中に響かせながら、何の意味もない仕事を継続し始める。


 フィオナ機関から離れたユウヤは、いきなり稼働し始めたベルトコンベアとプレス機に怯えている手下たちをフルオート射撃で牽制しながら、奥の通路へと逃げた転生者の少年を追い始めた。





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