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ユウヤが家に帰るとこうなる


 ユウヤ・ハヤカワは家ではなく、スラム街の近くにある隠れ家で生活している。他のギャングから頂戴した資金やバイトの給料で日用品や家具を買いそろえるようにし、資金が足りなくなれば自分で作るか、自力で調達するようにしている。


 10歳の頃に家を出てギャングになってからはずっとそのような生活を送っていた。家に帰るのは一週間に一度くらいの頻度で、その時は母であるラウラが経営するモリガン・カンパニーの仕事を手伝うようにしている。


 今ではスラム街にある小さな隠れ家に”我が家”と呼べるほどの愛着を持っているユウヤは、最低限の荷物が入ったカバンを片手に持ちながら、一週間ぶりに戻ってきた本当の”我が家”を見上げた。


 祖父たちは最強の傭兵ギルドのメンバーとして世界中で活躍し、その子供であるユウヤたちの両親も世界最大の企業であるモリガン・カンパニーを経営している割には、彼が10歳まで住んでいたその家はごく普通の家であった。貴族のような屋敷と言うわけではなく、一般的な居住区に何軒も建っているような、何の変哲もない家である。


 もちろん屋敷を建てる予算がなかったというわけではない。ただ単に祖父たちが屋敷ではなく、一般的な家での生活を望んだからこそこのようなごく普通の家を選んだのである。


「はぁ…………」


 芝生に埋め尽くされたちょっとした庭の花壇には、様々な種類の花がこれでもかというほど植えられている。中にはオルトバルカではお目にかかれないような奇妙な植物や食虫植物まで混じっており、花壇の一角はちょっとしたジャングルと化している。もしあそこに哀れな昆虫が迷い込んでしまったら、生きてそこから脱出できる可能性は絶望的だろう。


 あの花壇にそのような植物を植えた人物はいったいどんな趣味をしているんだろうかと思いつつ、ユウヤは玄関のドアへと向かった。自分は客人ではなく、一応この家に住む家族の1人なのだからノックは不要だ。がっちりした手でドアノブを捻り、特に何も言わずに家の中へと入り込んだユウヤは、玄関から進んだ先にあるリビングへと向かった。


 短い廊下や玄関は、彼が10歳の頃に家を出た頃と比べると、置かれている物の配置が換わっていたが、基本的にはあまり変わっていなかった。幼少の頃に妹や他の腹違いの妹たちと遊んでいた時に間違って壁につけてしまった傷跡はそのままになっている。


 昔に自分が刻み付けた傷を見つけたユウヤは、当時の事を思い出して微笑みながら自分の頭にそっと触れた。炎を彷彿とさせる短い赤毛の中に、その傷をつけた元凶が潜り込んでいるのである。


 その元凶は―――――――彼の頭から伸びる、2本の角であった。


 普段は彼の短い髪の中に隠れてしまう程度の長さだが、感情が高ぶると一気に伸び、まるでダガーのように鋭い角に成長してしまうのである。根元の方はまるで黒曜石のように真っ黒だが、先端部の方へと行くにつれて溶鉱炉の中で溶けていく鉄のような色になっているその角を隠すために、ユウヤやエリカは普段の生活では帽子やフードで隠すようにしている。


 それは、彼らの祖父から受け継いだ、便利で面倒な遺伝子が原因だった。


 家の中なのだから、もう隠す必要はない。それに同じ体質の両親も自分たちの正体を国中に公開しているのだから、もう別にハンチング帽で隠す必要もないのだ。


 お気に入りのハンチング帽を取りながらリビングへと入ったユウヤは、いつも一週間ぶりに帰宅する度にそこにいる筈の人物を真っ先に探していた。いつも彼が何も言わずに家へと戻ってくると、いつもこのリビングで待っている人物がいる筈なのだ。前回帰宅した時はこの一般的なリビングの中でラジオを聴いていたからここにいると分かったが、今回は前回と比べるとかなり静かである。


 もしかすると、家になかなか帰ってこない自分に見切りをつけたのかもしれないと思ってしまったユウヤだったが、やはり先週と同じように、その人物は実家のリビングで新聞を読みながら待っていてくれていた。


 リビングのテーブルの傍らで新聞を読んでいたのは、車椅子に乗った女性だった。老眼鏡をかけながら真面目な表情で新聞の記事を読むその女性の表情は、会社の社長室で書類にサインする時の母の表情にそっくりである。仕事をしている時の母の表情は、この女性から遺伝したのだ。


 炎を思わせる赤毛の母とは真逆で、その女性の髪は海原のように蒼い。その女性はリビングへとやってきたユウヤにやっと気づいたのか、顔を上げて老眼鏡を掛け直すと、いつものように嬉しそうな笑みを浮かべた。


「あら、ユウちゃん! 帰ってきたのね!?」


「ただいま、お婆ちゃん」


 彼女の名は『エリス・ハヤカワ』。ユウヤとエリカの祖母であり、最強の傭兵ギルドと言われたモリガンのメンバーの1人である。


 かつては祖父のリキヤ・ハヤカワやもう1人の祖母の『エミリア・ハヤカワ』と共に異世界の武器である銃を使い、剣術や魔術が主流だったこの世界で激戦を繰り広げた最強の傭兵の1人だ。モリガンに加入する前は氷属性の魔術を使いこなすラトーニウス王国最強の騎士と言われており、”絶対零度”という異名も与えられるほどの実力者だったと言うが、こうして車椅子に腰を下ろし、家に帰る度に昔の話を聞かせてくれる優しい祖母が最強の傭兵の1人だったという話はまだ信じ難い。


 戦闘中に足を負傷してしまってからはこうして車椅子を使うか、杖を使いながら生活している。もう現役の傭兵として戦場に赴くことはすっかりなくなってしまったため、彼女は基本的に家の中で生活している。


 新聞を読むのをやめた彼女は、リビングの椅子に腰を下ろしたユウヤの頭をいつものように撫で始めた。昔は祖母に頭を撫でられると喜んでいたが、今では恥ずかしいだけである。


「元気そうじゃないか」


「ええ、当たり前よ。これでもモリガンの一員だったんだから」


「モリガンねえ…………」


 今ではもう、モリガンはモリガン・カンパニーに吸収合併され、”傭兵分野”となっている。その傭兵分野に配属されたモリガン・カンパニーの社員たちは、エリスから見れば後輩というわけだ。だから時折彼女はタクヤやラウラに連れられ、モリガン・カンパニーで訓練の指導をすることもある。


「それにしても、ユウちゃんって本当にダーリンにそっくりよねぇ…………。あの人の生まれ変わりなのかしら?」


「そんなわけないだろ」


「いえ、本当にそっくりよ。ほら」


 そう言うと、エリスはいつものようにリビングに飾られている白黒の写真をじっと見つめ始めた。年老いたせいで視力が落ち始めている彼女だが、どういうわけかリビングに飾られている一枚の小さな白黒写真だけははっきりと見えるという。


 彼女が見つめている白黒写真に写っているのは、6人の家族だった。


 前には3人の子供が並び、その後ろには2人の女性と1人の男性が並んで立っている。周囲の風景はこの家のリビングのようで、身につけている服も私服だ。この家で撮影された、何の変哲もない家族の集合写真である。


 大人たちの前に立っている3人の子供たちは、幼少の頃の両親たち。真ん中に立っている少女はモリガンの一員で、幼少期の両親の遊び相手をしてくれていたという。


 その後ろに並ぶ3人の大人は、若き日のエリスと、彼女の妹のエミリア。そしてその2人の美女と一緒に写っている紳士のような恰好をした男性が、ユウヤたちの祖父であるリキヤ・ハヤカワであった。2人の妻と子供たちと一緒に写真に写っている祖父の顔つきは、確かにユウヤと瓜二つである。


 この男が、かつて”魔王”と呼ばれた最強の転生者である。隣国であるラトーニウス王国からのちに妻となるエミリアを連れ出してオルトバルカへと亡命し、仲間を集めながら世界中で激戦を繰り広げ、数多の転生者を狩り続けた世界初の”転生者ハンター”なのだ。


 性格は荒々しい性格のユウヤとは違い、温厚で仲間には非常に優しい男だったという。しかし戦いになると非常に容赦のない性格になったらしく、捕虜や負傷兵だろうと躊躇いなく止めを刺していたという話を父から聞いたことがある。


 おそらくユウヤの獰猛な部分は、祖父から遺伝したのだろう。


「ふふっ。ダーリンの隣にいるのが若い頃の私。反対側にいるのはエミリアお婆ちゃんよ」


「それで前にいるのがガキの頃の親父と母さんだろ? 真ん中にいるのは”ガルちゃん”だっけ?」


「そうそう。…………懐かしいわね…………」


 飾られている写真をエリスの元へと持っていくと、彼女はその写真をじっと見つめながら微笑んだ。


 祖父であるリキヤ・ハヤカワ本人の姿がはっきりと写った写真は、この一枚だけだ。他にも彼の姿が写った写真は何枚か現存しているものの、その大半は影武者だったのではないかと言われている。


 生まれる前に他界してしまった祖父の顔をまじまじと見つめていると、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。父や母が帰宅する時間にしては早すぎるし、両親の足音と比べると幾分か軽い。それに香水をつけている母や、”仕事”のせいで微かに血の臭いがする父たちとは違う臭いもする。


 その人物がリビングへとやってくる前に、ユウヤはすでにその人物の正体を見破っていた。家を出る前までは常に一緒に遊んでいた大切な肉親だが、今では真逆の理想を持つせいですっかり犬猿の仲となってしまった人物だ。


「お婆様、ただいま帰り―――――――」


「あら、エリカちゃん」


「…………」


 リビングへとやってきた妹と目が合った瞬間、エリカとユウヤは同時に凍り付いていた。普段ならばここで悪口をどちらかが発するのだが、年老いた祖母の前では兄妹喧嘩は”ご法度”という暗黙の了解がある。だからユウヤとエリカは、エリスの前では今すぐにでも相手を罵倒したい衝動に必死に耐えながら、いつもではありえない会話をするしかないのである。


「お、お、お帰り、エリカっ♪」


「た、たっ、ただいまっ、お兄ちゃんっ♪」


 きっとこの光景をワイルドバンチ・ファミリーの仲間や風紀委員の生徒が目にしたら、間違いなく笑い転げていたことだろう。普段ならばユウヤは絶対に妹の事を”エリカ”と呼ぶことはないし、エリカも”お兄ちゃん”とは絶対に言わない。


 顔をひきつらせたまま、犬猿の仲の兄妹は心にもない言葉を次々に生み出して会話を続けていく。それを聞いているエリスは、「ふふふっ、2人とも仲良しなのね♪」と言いながらニコニコと笑っている。


「そ、そうだ。今度遊園地に行こうぜ! ち、チケット買うからさ!」


「え、ほ、本当っ!? えへへっ、お、お兄ちゃん大好きっ!」


 無意識のうちに、2人の手は腰に下げているハンドガンやリボルバーのホルスターへと伸びていく。すぐにそれを察知して食い止めるが、やがてその手は痙攣を繰り返してから再びホルスターへと向かおうとする。


 それほど、この2人の仲は悪いのだ。












「で、何の用だ?」


 リビングでの地獄の会話を終えたユウヤは、顔を青くしながら呼吸を整えつつエリカに聞いた。王都中のギャングを片っ端から壊滅させ、”スカーフェイス”という異名で呼ばれることもある彼とは思えないほどの弱々しい表情である。


 そして彼の傍らにいるエリカも、凛々しい風紀委員の生徒とは思えないほど顔を青くしながら、必死に口元を押さえつつ呼吸を整えていた。


「う、うむ…………。昨日、街中でギャングに発砲したそうだな?」


「なんだよ、まさか俺の身柄を拘束しに来たってのか?」


 愛用しているコルト・シングルアクションアーミーが収まっているホルスターへと素早く手を伸ばすユウヤ。リボルバーを愛用している彼は、早撃ちやファニングショットも隠れ家での特訓を繰り返すことで習得している。もし身柄を拘束するつもりならば早撃ちを披露するぞと言わんばかりに左手をホルスターへと近づけていくユウヤだが、エリカはため息をつきながら肩をすくめた。


「バカか、お前は。そうするつもりなら1人で来るわけがないだろう?」


「じゃあなんだよ?」


「お前が発砲したギャングについてだ」


「…………ああ、バイクに乗ってた連中か」


「そうだ」


 リボルバーの収まっているホルスターからそっと手を離したユウヤは、仲間を助けに行った時のことを思い出しながら腕を組んだ。あの時、仲間のウィリアムたちは他のギャングたちが行っていた奴隷の取引を襲撃する予定だったのである。


 ワイルドバンチ・ファミリーのメンバーは、元々は失業者やスラムの住人ばかりである。中には他のギャングを襲撃した際に引き抜いてきたメンバーもいるが、ほとんどが素人なのだ。しかしユウヤが幼少の頃から叩き込まれてきた戦闘の技術を彼らにも教えて訓練させることにより、ワイルドバンチ・ファミリーのメンバーは最早ギャングというよりは、ちょっとした軍隊や騎士団のような戦闘力を発揮する。


 つまり、普通のギャングよりも腕の良いメンバーばかりという事だ。その中でも孤児院育ちのウィリアムはメンバーの中でも優秀な男で、ギャング同士の抗争では先陣を切るか、ボスであるユウヤの補佐をすることも多い。ファミリーの中ではユウヤの右腕として活躍している男なのだ。


 彼の事を信頼しているからこそ、ユウヤは今でもウィリアムが取引の襲撃に失敗したことに違和感を感じていた。まだ彼の体調が回復していないため何が起きたのか聞き出せていない状況だが、ウィリアムが取引の襲撃に失敗した理由の仮説は、彼の中で組み上がりつつある。


 しかし、もしその通りならば―――――――ギャングとしてではなく、”転生者ハンターとして”の戦いになりかねない。


「で、連中の話は?」


「うむ。私も最近は奴隷の取引ばかりをやっているそいつらに目をつけていたんだが…………そいつらのボスは、もしかしたら―――――――」


「――――――転生者か」


 目つきを鋭くしながら言うと、説明していたエリカも目つきを鋭くしながら頷いた。


 すべての転生者が悪いというわけではない。中には元の世界に戻るための方法を探し続けている転生者や、真面目に働いたり、冒険者として活躍する転生者もいる。だが、やはりその強力な力を悪用する転生者が後を絶たず、世界中で被害が出ている。


 いくら凄腕の転生者ハンターが転生者を狩り続けたとしても、そう言った蛮行を繰り返す転生者が絶滅するわけではない。祖父であるリキヤは絶滅寸前まで追い込んだという逸話が残っているが、それはリキヤがユウヤやエリカを遥かに凌駕する実力者だったからこそあげることができた戦果だ。訓練を受けたとはいえまだまだ未熟な2人に成し遂げられることではない。


「ああ。色々と調査していたら、端末をポケットから取り出したところを見たのでな」


「なら、”俺たち”の出番ってわけか」


 少数の転生者ハンターが転生者を狩り続けても彼らの蛮行は続いている。だからそれを食い止めるため、ユウヤたちの父であるタクヤたちは、転生者に対抗するための組織を作り上げた。


 この世界には存在しない異世界の兵器である銃や戦車を保有する、転生者ハンターのみで構成された世界規模の組織である。世界中に支部や拠点を配置することによって転生者の討伐を世界規模で行い、蛮行を繰り返す転生者の徹底的な殲滅を行う組織である。


 ユウヤはその”次期団長候補”ということになっている。


 お気に入りのハンチング帽を被ったユウヤは、ニヤリと笑いながら言った。


「――――――”テンプル騎士団”の出番だぜ」





 



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