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憲兵隊のエリカ


 その異世界には、何十年も昔から多くの転生者たちが〝転生”していた。


 大半は日本で死亡した日本人たち。彼らと比べると稀であるが、日本以外の国から転生してきた転生者もその世界へと生まれ変わり、前世の世界では考えられないような異世界へと旅立っていく。


 どんな死因でも関係はない。病死でも、事故死でも、自殺でも、転生してしまったらその後の過程は全く同じである。転生することが決まった男女は肉体を17歳の状態まで若返った状態で再構築され、携帯電話にも似た奇妙な端末だけを与えられて、魔物や魔術が実在する異世界へと放り出される。


 その端末が、転生者たちに圧倒的な力を与えるツールなのだ。


 敵を倒していくことで、まるでゲームのように自分自身のレベルが上がっていく。レベルが上がれば『攻撃力』と『防御力』と『スピード』の3つのステータスが段々と向上していき、自分自身の身体能力も強化されていく。転生者による個人差はあるが、場合によっては肉食獣と並走できるほどのスピードを手に入れる事すら可能なのだ。攻撃力が上がれば素手で大型の猛獣を殴り殺し、防御力が上がればライフル弾でさえも通用しない。それほど高い身体能力があれば、完全武装した騎士たちや魔物の群れが襲い掛かってきても容易く蹂躙することができるだろう。


 しかも、レベルが上がれば〝ポイント”が与えられ、そのポイントと引き換えに好きな武器や能力を自由自在に生み出すことができるのである。例えば剣を生産することもできるし、前世の世界に存在したライフルを生産して装備することもできる。武器だけではなく、炎を自由自在に操ったり、透明になるような能力をポイントを消費することによっていくらでも作ることができるのだ。


 驚異的な身体能力と、強力な武器を併せ持つ転生者。異世界へと転生した彼ら全員にそのようなことが可能になる端末が与えられるのである。


 中にはそういった戦いを好まず、前世の世界で自分は死んでしまったのだからと真面目に生きようとした者たちもいた。仕事を探したり、冒険者になってその戦闘力を生かし、危険な魔物の討伐を引き受けて有名になった者も存在したという。


 しかし―――――――――転生者の中でも、そういった人生を送った者たちは〝少数派”と言わざるを得ない。


 大半はその力を悪用したのだ。前世の世界では決して手に入れることができなかった能力を使い、自分の欲望を最優先にして人々を苦しめた転生者たち。異世界の住人達も支配されないようにと必死に応戦するが、圧倒的な身体能力と高性能な武器を持つ転生者たちに太刀打ちできるわけもなく、次々に奴隷にされたり、新しい力の〝実験”に使われて命を落としていった。


 次々に肥大化していった彼らの欲望だが――――――――ある1人の転生者によって、他の転生者たちは絶滅寸前まで追い詰められることになる。


 転生者が異世界の人々を苦しめている姿を目にしたその転生者の少年は、自分自身の力をそのような転生者(クソ野郎)の討伐に使うと誓い、仲間たちと共に各地で人々を苦しめる転生者を狩り始めたのである。


 〝殺した”のではなく、〝狩った”のだ。人々を奴隷にして強制的に過酷な労働をさせ、嬲り殺しにしていくような者たちを、その少年はもう既に同じ人間とは思っていなかったのである。


 だから彼は〝勇者”ではなく、〝転生者ハンター”を名乗った。


 深紅の2枚の羽根を黒い制服のフードにつけ、あらゆる種類の銃を使いこなして転生者を仕留めていったその少年は、最終的に数多の転生者を狩り続けたせいで転生者たちを絶滅寸前まで追い詰めてしまい、他の転生者たちから『最強の転生者』と呼ばれることになる。


 その男を、エリカ・ハヤカワは目標にしている。蛮行を繰り返す数多の転生者たちを葬ることでこの世界の秩序を守ろうとした、自分の祖父(リキヤ・ハヤカワ)を。


 幼少の頃から祖母や母親に祖父がどのような人物だったのかを聞かされていたエリカにとって、特に祖母が話す祖父の物語の方が、どんな絵本やマンガよりも刺激的だった。その頃から彼女の目標は祖父であり、彼の守ろうとした秩序を自分も守らなければという使命感を感じるようになった。


 祖父が率いていた『モリガン』という傭兵ギルドの一員だった祖母の話は、彼女が経験した体験談でもあるのだから、モリガンの戦いを題材にしたどんな物語よりもリアリティがあった。僅か10人足らずの傭兵たちだけで今では復興が進むネイリンゲンという田舎の街を隣国の侵略から守り抜いた話や、復活した伝説の吸血鬼との死闘。祖母から体験談を聞く度に、幼かったエリカの中に芽生えた使命感は急速に成長していき、仲の良かった兄とは真逆の理想を持つほどになってしまった。


 しかし、彼女にとっては良い事だった。その使命感は、今ではエリカの動力源なのだから。


 










 黴臭い小屋の中で、幼少の頃から叩き込まれてきた感覚を思い出しながら息を殺す。足音をたてないように細心の注意を払いながらドアの近くまで移動して、彼女はホルスターに納まっている2丁の相棒と、腰の後ろにあるホルダーの中で主と同じように息を殺す警棒をいつでも引き抜けるように手を近づけつつ、突入をする前に耳を澄ませる。


 床や壁には穴が開き、当たり前のように気味の悪い模様のキノコやコケに覆われた建物の中にいるのは気分が悪くて仕方がない。けれども、ここで発狂すれば自分の存在が標的にバレてしまう。そういった劣悪な環境での生活に慣れるための訓練も、幼かった頃の兄と共に乗り越えた。


 祖父や祖母だけではなく、父と母たちもこのような環境のダンジョンを調査してきたのだろう。過酷な環境に耐え、凶悪な転生者を葬ってこの世界を守ってきたのだから、この程度で音をあげるわけにはいかない。これに耐えられないようならば尊敬する祖父には届かないのだから。


 黒い制服に身を包み、制服についている黒いフードをかぶり直す。漆黒のフードに飾り付けられている2枚の深紅の羽根をそっと指で撫でた彼女は、息をそっと吐いた。


『それで、奴隷たちはいくらで売れた?』


 部屋の中から聞こえてきたのは、自分と同年代くらいの少年の声だった。やや低いが、思想が真逆の実の兄と比べればまだ高い方だろう。


 家にいないのは当たり前で、何かすぐに問題を起こして両親に迷惑をかける兄のことは、正直に言うと大嫌いだ。兄妹で仲良くしろと父に諭されても、これだけは絶対に許容できない。


 兄であるユウヤがやっていることは、エリカにとって祖父たちが築き上げ、父たちが守り抜いてきた一族の誇りを汚しているようなものなのだ。しかもそんなことを繰り返しても罪悪感を感じている様子はなく、人のいう事を聞かずに新しい問題を起こす。


 もし両親から発砲許可が与えられたのならば真っ先に撃ち殺してしまうほど嫌いな男だが―――――――――器用で、彼の仲間から慕われているという点だけは評価している。堅苦しい上に元々は不器用なエリカでは決して真似できないことだ。


 それに、彼女の傍らにあるドアの向こうにいる標的は、兄よりもはるかに大嫌いな存在である。圧倒的な力を自分の欲望のためだけに使い、人々を虐げ、奴隷として売り捌く。まさにこの世界の秩序を破壊しようとしている危険な存在である。


 そういう転生者たちを葬るのが――――――――『テンプル騎士団』の次期副団長候補であるエリカの役目だ。


 テンプル騎士団が結成される原因となったのは、ユウヤとエリカの父であるタクヤの理想である。タクヤも初代転生者ハンターのリキヤの子として生まれ、姉のラウラと共に幼少の頃から厳しい訓練を受けてきた1人だ。その戦闘力は転生者をまさに一蹴してしまうほどで、今では瞬殺が当たり前だと言うが、いくらタクヤやラウラが凄腕の転生者ハンターであったとしても、この世界中で蛮行を繰り返す転生者たちを全て根絶やしにするのは不可能である。


 そこで、タクヤは『戦闘訓練を受け、なおかつ銃や兵器などの使い方に精通した転生者ハンターの同志たちを世界中に展開し、世界規模で転生者の討伐を行う組織を作る』という計画を仲間たちと共に進めていくことになる。その計画で生まれた組織が『テンプル騎士団』である。


 要するにテンプル騎士団は、転生者ハンターたちの集まりだ。最初の頃は深刻な人員不足に悩まされ、戦車や戦闘機の運用どころか戦闘部隊の編成にも困っていたというテンプル騎士団であるが、今では様々な国に拠点を持つ巨大な組織へと成長を遂げており、拠点へと向かえば大勢の兵士たちが出迎えてくれる。


 まさに、秩序を守るための組織である。エリカもその一員である上にハヤカワ家の一員なのだから、ここで逃げ出すわけにもいかない。第一、こういった状況はすでに何度も経験している。


 普通の犯罪者なら、場合にもよるが基本は生け捕りだ。身柄を拘束して騎士団に送り届けるようにしているが、転生者の場合はそういうわけにはいかない。蛮行を繰り返す転生者は確実に〝始末”する必要がある。


『すげえぜ。金貨10枚だ』


『そりゃすげえ! よし、もっと儲けようぜ! 北の方に貧乏そうな村があるらしいし、次はそこを襲撃して―――――――――』


(やれやれ…………)


 これだけ転生者をテンプル騎士団たちに殺されても、こんなことを続ける転生者たちがいるという事に落胆しながら、エリカはホルスターの中の得物を引き抜き、傍らのドアを華奢な足で―――――――華奢とはいえ鍛え上げている――――――――思い切り蹴破った。


 最初から穴だらけだったうえに腐食していたドアだったから、常人がそれなりに力を込めて蹴りつければ容易に吹き飛んでいただろう。わざわざ思い切り蹴ることはなかったと反省しつつ、エリカはいきなりドアを吹っ飛ばして入り込んできた黒い制服姿の少女に驚く少年へと、手にしていた『コルトM1911A1』の銃口を向けた。


 彼女が装備しているコルトM1911A1は、アメリカ合衆国で開発されたハンドガンの傑作である。大口径の.45ACP弾を使用するハンドガンで、その獰猛なストッピングパワーと信頼性の高さが最大の利点と言える。


 第一次世界大戦から使用されている旧式のハンドガンだが、改良やカスタマイズをされながら使用されており、現在のアメリカ軍ではもう既に正式採用しているハンドガンをこの銃からイタリアのベレッタM92Fに変更しているにも関わらず、この銃を愛用する兵士たちは多い。


 そのコルトM1911A1を2丁も手にした赤毛の少女に銃口を向けられた少年の1人が、大慌てで懐から携帯電話のような端末を取り出す。転生者に与えられる端末だ。何度も転生者たちが手にしているのを目にしたし、祖父が使っていたという旧式の端末を目にしたこともあるから、すぐに見分けることができる。


 転生者の持つ武器や能力は驚異的だが―――――――――遅すぎる。こうして銃を向けられている状態で端末を操作し、武器を手にして応戦する前に頭を撃ち抜かれるのは火を見るよりも明らかだ。だからこうやって無理に応戦しようとせず、一旦逃げてから反撃する準備を整えるのが奇襲を受けた際の鉄則だというのに、この転生者はそれを理解していない。


 彼らは手強い敵だ。だが、それはあくまで与えられた能力を振り回しているだけに過ぎない。どんな敵も力押しで倒せるから、彼らは戦術や戦い方を全く理解していないのである。


 素人に扱いやすい銃を持たせれば、乱射しているだけで一般人はどんどん射殺できるだろう。しかしそういった銃を扱う訓練を受けた特殊部隊の隊員を相手にすることになれば、戦い方を知らない素人はあっという間に蜂の巣にされるのは想像に難くない。


 まさに、この転生者とエリカの戦術の差はそれほど大きかった。


 なんだお前は、とエリカに言うよりも先に、彼女の持つコルトM1911A1が弾丸を放った。スライドが後方にブローバックし、白い煙を微かに纏った.45ACP弾のやや太めの薬莢が宙を舞う。


 それが床に落下するよりも先に―――――――――がくん、と転生者の頭が大きく後ろに揺れた。彼の後方にあった穴だらけの壁に鮮血が付着し、額に風穴を開けられた転生者の少年が崩れ落ちていく。


「ひ、ひぃっ!?」


「なんだお前は!?」


「憲兵隊だ。貴様らの身柄を拘束する」


「ふ、ふざけやがって!」


 転生者の仲間の男がナイフを引き抜くが、エリカの持つコルトM1911A1の銃口を向けられると、あっさりと後ずさりした。自分たちのボスである転生者の少年をたった一撃で射殺してしまった武器を持つ少女に、安物のナイフ1本だけでは勝てないと判断したのだろう。


 まだその男は賢い敵と言える。


 他の男たちも同じだった。鞘から引き抜こうとしていたサーベルやロングソードを投げ捨て、両手を上げて抵抗をすっかりやめてしまう。


 普通の犯罪者の命はできる限り奪わない。だが、転生者は容赦なく殺さなければならない。


 彼らを改心させるのに何年も費やすよりも、1発の弾丸で一瞬で終わらせる。そちらの方が手っ取り早いし、さんざん人々を苦しめてきた者たちにはうってつけの最期である。


「エドワード、鎮圧したぞ」


「さ、さすがッス、先輩!」


 先ほど彼女が蹴破ったドアの向こうからびくびくしながら入ってきた少年に言うと、彼は目を輝かせながらそう言った。


 彼はエリカの後輩のエドワード。彼女と同じく憲兵隊の所属する年下の少年である。治安を維持することに対する熱意はエリカと同等と言える程だが、気が弱い少年であるため、現場に向かったとしても基本的に役割はエリカが現場を鎮圧したという連絡を騎士団にする程度である。


「お前もいい加減前に出て戦ったらどうだ? 女に守られるのは嫌だろう?」


「いえ、戦ってるカッコいい先輩を見ていたかったので…………」


「………ふ、ふんっ。とりあえず騎士団に早く連絡するんだ」


「了解ッス!」


 笑顔で現場を後にする後輩を見送りながら、武器を捨てて降伏した男たちが逃げ出さないように銃を向け続けるエリカ。彼女はこうして何人もの転生者を葬りつつ治安を守ってきたが―――――――――こうして犯罪者を取り締まっていれば、いつかは本格的に自分の兄と激突することになるのかもしれない。


 実力や技術ではエリカをはるかに上回る兄のことを思い出しながら、エリカは黴臭い部屋の中でため息をつくのだった。



 

最初は3話くらいで完結させる予定だったんですが、こっちでもやりたいことが多くなってしまったのでちょっとばかり長引きそうです。短くても6話くらいになるかもしれません。

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