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The order or liberty


 猛スピードで追いかけてきた闘牛のようなピックアップトラックに追突される羽目になったスポーツカーが、ぐるぐると回転しながら車道の外へと吹っ飛んで行く。トンネルの出口から飛び出してガードレールをあっさりと突き破り、通行人のいない歩道のレンガを抉ったスポーツカーは、そのまま歩道の向こうにあった廃工場の錆び付いた門を突き破り、古びた木箱の山へと突っ込む羽目になった。


 無数の木片とガラスの破片が舞い上がり、搭載されていたフィオナ機関が甲高い音を奏でながら機能を停止していく。


 後方から全速力で追撃してきたピックアップトラック(闘牛)スポーツカー(ウサギ)が追突された挙句、廃工場の門を突き破って木箱の山の中へと突っ込んだのだ。いくらフィオナ機関が信頼性の高い動力機関とはいえ、無事で済むわけがなかった。


 しかし、旧式のフィオナ機関へと強引に炎属性の魔力をひたすら注入して加速させたからなのか、ユウヤたちが乗っていたピックアップトラックのエンジンも機能を停止する寸前であった。


「くそ、エンジンがぶっ壊れちまった」


 舌打ちをしながらいつ停止してもおかしくないほど損傷したフィオナ機関に魔力を注入しつつ、車道から離れて廃工場の敷地内へと入っていく。ユウヤは先ほどと同じように魔力を注入するものの、ピックアップトラックに搭載されたフィオナ機関はタクヤから与えられた魔力で増速するどころか、むしろ減速を始めており、これ以上この車で追撃するのは不可能であった。


「ぶ、ぶつけるなら先に言え! このバカぁっ!!」


 まだエンジンが止まりませんようにと祈りながら運転しているユウヤに向かって、荷台の上でスチーム・ガトリングを構えていたエリカが怒鳴りつけた。


「おお、吹っ飛ばされなかったのか。さすがドラミングで鍛えた握力だ」


「ぜ、絶対拘束してやる…………!」


 荷台の上でユウヤを見下ろしながら憤る赤毛の少女を一瞥しながらニヤリと笑ったユウヤは、数秒前にスポーツカーが突き破っていった門の近くでピックアップトラックを停めた。すぐ近くにこの工場が経営していた頃に利用されていた駐車場があったものの、律儀に駐車場に止めている暇はない。


 エンジンがいつ機能を停止するか分からない上に、転生者の少年を逃がすわけにはいかないからだ。それにこのピックアップトラックは元々はローグ・マンティスが所有しているため、標的を追い詰める役に立ってくれればスクラップになったとしても構わなかった。


 お気に入りのトンプソンM1921を装備し、トントン、と軽くドラムマガジンを叩いてから運転席から躍り出る。助手席に座っていたキャロルもスプリングフィールドM1903を構え、装着されているスコープを覗き込み始めた。敵がいないか確認しているわけではなく、スコープを確認しているだけらしい。


 荷台の上でコルトM1911A1を2丁装備したエリカが荷台から飛び降り、突き破られた門の陰から工場の敷地内を見渡す。ユウヤも反対側の塀の陰に隠れながら、スポーツカーが突っ込んで行った廃工場の中をちらりと確認した。


 タイヤの跡の向こうには木っ端微塵になった木箱たちの残骸が転がっており、中に入っていた機械の部品らしき金属の塊がいたるところにまき散らされているのが見える。出荷直前の状態でずっと放置されていたらしく、金属の部品には摩耗した跡は全く見当たらないものの、あらゆる箇所が錆び付いている。


 その残骸の向こうには、あの転生者の少年が乗っていたスポーツカーの残骸が居座っていた。積み上げられていた木箱たちを蹴散らして敷地内に突っ込んだスポーツカーは、猛スピードで工場の巨大な柱に正面衝突し、ひしゃげた車体の隙間から金属の溶ける臭いと黒煙をうっすらと吐き出しながら佇んでいた。


 運転席の窓ガラスは真っ赤に染まっており、その向こうには鋭いガラスの破片で顔面を串刺しにされた運転手の死体が見える。


 トンプソンM1921のアイアンサイトを覗き込みながら、ユウヤはあの転生者の少年を探し始める。


(あいつは後部座席に乗っていた筈だ。潰れたのか?)


 もしあの衝突でスポーツカーもろとも潰れてくれたのならば、標的の討伐は終わりである。もう弾丸を1発も放つ必要はなくなるのだが、転生者は所持している端末によって身体能力を大幅に強化されている。ステータスが上がれば銃弾が直撃しても弾いてしまうほどの防御力を手に入れることができるため、あの転生者の少年のレベルが高ければ、車の事故程度で死ぬことはない。


 しかし、ユウヤは追っていた転生者の少年のレベルがそれほど高くないことを見抜いていた。


 レベルの高い転生者ならば、ユウヤが一番最初に襲撃を始めた際に逃げ出さずに、攻め込んできた彼を見下しながら反撃する筈なのだから。


 転生者は強力な能力を自由に生産して装備することができるため、戦闘力は非常に高い。それゆえに敵を蹂躙するような戦いばかり経験してしまうため、高を括る転生者が多いのだ。


 能力ばかりに頼らずに、自分で努力をして力を身につけていく転生者は一握りなのである。すでにユウヤは何人も転生者を葬っているものの、努力をする”本当の強敵”と戦う羽目になったことは一度もない。彼と戦う羽目になった転生者は全員ユウヤを見下し、あっさりと葬られていったのである。


 たまには強い転生者と戦ってみたいな、と思いながら、ユウヤは銃を構えたまま工場の敷地内へと飛び込む。


 すると、工場の柱に突っ込んで動かなくなった車の後部座席が何の前触れもなく外れた。黒煙が後部座席から漏れ始めたかと思うと、その黒煙の中から血まみれの腕が伸び、地面に真っ赤な模様を刻み付ける。


「まだ生きていたか」


 運よく潰されずに済んだのか、ユウヤの予想以上にレベルが高かったのだろう。


 身体中に小さなガラスの破片が突き刺さり、身につけていた服が真っ赤になった転生者の少年が、動かなくなったスポーツカーの後部座席から這い出てくる。右手には血まみれになったブローニング・ハイパワーを未だに握っていたが、右腕にはやけに大きな金属の破片が突き刺さっており、腕が痙攣していた。


 魔術を使うかヒーリング・エリクサーを服用すれば傷を塞ぐことはできるのだが、エリクサーの容器は脆いため、攻撃された際の衝撃で割れてしまうことも多い。あの車の衝突の衝撃で割れている可能性は高いだろう。


 そのため、魔術を使うことができる騎士や冒険者たちはヒールを使って治療するのだが、転生者はこの世界の人間ではないため、体内には一切魔力を持っていないのだ。転生者が魔術を使うためには、彼らの端末で生産できる『魔術師』という能力を生産して装備しなければ、彼らの体内で魔力が生成されることはない。


 魔術を使う気配がない事を知ったユウヤとエリカは、その転生者が能力の魔術師を生産していないということをすぐに見抜いた。


 あくまでも銃や他の能力に頼って戦う、最も殺しやすい転生者である。


「ぐ…………あぁ…………い、痛てぇ…………!」


「終わりだな」


 銃弾に耐えることはできないだろう。2人がトリガーを引き、.45ACP弾を解き放てば、この転生者はすぐに死ぬに違いない。仮にユウヤとエリカの攻撃を躱したとしても、2人の後ろにはより大口径のライフル弾を発射可能なスプリングフィールドM1903を装備したキャロルが佇んでいる。


 タクヤ・ハヤカワの子供たちの中では最も狙撃を得意とする彼女から、逃げられるわけがない。


「く、くそ…………! ―――――――”ポリアフ”ッ!」


「「!」」


 その時、風が急に冷たくなり始めた。廃工場の敷地内で荒れ狂い始めた風が次々に真っ白な雪を産み落とし始めたかと思うと、その雪たちは急激に増殖し――――――――工場の中を吹雪で満たしてしまう。地面に転がっていた部品の群れたちも立て続けに凍り付き始め、柱に突っ込んで止まっていたスポーツカーも白い氷に呑み込まれ始める。亀裂やひしゃげた車体の隙間から漏れ出ていた黒煙が見えなくなり、運転手の死体もろとも氷漬けにされてしまう。


 いつの間にか、その転生者の少年の目の前に、蒼いマントを身につけた蒼い髪の少女が、まるで巨大な氷を削って作り出したかのようなデザインの杖を持って浮遊していた。杖や少女の身体は冷気を纏っているらしく、少女の足元に転がっていた小さな機械の部品たちがあっという間に氷に呑み込まれていった。


「…………気を付けろ、氷の精霊だ」


「祖父さんも戦ったことがあるらしいぜ」


 ユウヤとエリカの祖父であるリキヤも、異世界に転生してモリガンを設立したばかりの頃にポリアフと戦ったことがあるという。


 ポリアフは氷の精霊であり、氷属性の魔術を自由自在に操ることができると言われている。常人ならば魔力の残量や圧力も考慮しながら魔術を使わなければならないのだが、精霊の持っている魔力の量は人類の比ではないため、実質的に無制限に魔術を使うことができるのである。


 しかもポリアフの魔術は、火山に生息するサラマンダーですら氷漬けにしてしまうほどの威力があると言われている。


 本来ならば儀式をしてから精霊と契約をしなければならないため、精霊の力を使うためには非常に手間がかかってしまうのだ。フィオナが考案した”フィオナ・プロトコル”と呼ばれる簡略化された儀式によって精霊を自由自在に操れるようになった者たちは増えたものの、精霊の力を使う事ができるのは、適性の高い者たちだけだ。


 だが、転生者ならばその精霊を”能力”として生産して装備することができるため、適性は関係ないのである。


 血まみれの少年の前に姿を現した氷の精霊(ポリアフ)が、無表情のまま氷の杖を構えた。


「ははははっ…………ポリアフ、こいつらを氷漬けにしろぉッ!!」


 炎を変幻自在に操るサラマンダーですら氷漬けにしてしまうほどの力があるのだから、いくらキメラとはいえ耐えられるわけがない。もし仮に攻撃を外殻を防いだとしても、外殻もろとも氷漬けにされるのが関の山である。


 攻撃態勢に入ったポリアフを睨みつけながら、ユウヤとエリカは同時に溜息をつく。


 その直後、ポリアフの頭ががくん、と揺れた。


「―――――――え?」


 これからユウヤとエリカに襲い掛かる筈だったポリアフが、ゆっくりと後ろへ崩れ落ちていく。やがて少女の姿をした精霊が手にしていた氷の杖が砕け散り、崩れ降りていくポリアフの肉体が、無数の雪へと変わり始めた。華奢な両足が雪に変わったかと思うと、そのまますらりとした胴体と細い両腕まで雪に変貌していってしまう。


 身体が消えているというのに無表情のままのポリアフの額には―――――――――風穴が開いていた。


 カキン、という金属音を聞いたユウヤは、自分の得物のアイアンサイトを除いたままニヤリと笑う。アイアンサイトの向こうでは額を銃弾に貫かれた精霊が、召喚されてから1分足らずでただの雪の塊に変貌する羽目になってしまったが、その精霊を撃破したのはユウヤとエリカではない。


 2人の後方でスプリングフィールドM1903を構えていた、キャロルの無慈悲な狙撃であった。


「あ、あれ…………? ぽ、ポリアフが…………やられた…………!?」


 召喚したポリアフは、少年の切り札だったのだろう。


 ただの雪の塊と化したポリアフを見つめながら呆然としている少年に、ユウヤとエリカは容赦なく銃を向けた。


 基本的に銃は強力な武器だが、転生者同士の戦闘の際だけは、銃の攻撃力はその銃を生産した転生者のレベルやステータスによって更に底上げされるのである。つまり、同じ弾丸を発射する同じ銃を装備した転生者でも、最終的にレベルの高い転生者が装備している銃の方が攻撃力は上がるのだ。


 少年が召喚したぽる安生は、少年が端末を使って召喚した精霊である。だからこそ彼よりもレベルの高いキャロルの狙撃に穿たれただけで、ただの雪の塊と化してしまったのである。


「う、嘘だろ…………? ………ちょ、ちょっと待てって、反則じゃないか? なあ、やめてくれよ…………」


「「―――――――やなこった」」


 幼少の頃からクソ野郎には容赦するなと教えられていたユウヤとエリカは、全く容赦をしなかった。


 ユウヤのがっちりとした親指がトンプソンM1921のトリガーを引き、エリカのすらりとした親指がコルトM1911A1のトリガーを引く。銃口からマズルフラッシュを纏った.45ACP弾が躍り出し、廃工場の敷地内を轟音で満たしたかと思うと、スポーツカーの残骸から這い出したばかりの少年の身体が立て続けに揺れた。


 獰猛なストッピングパワーを誇る.45ACP弾の豪雨を浴びる羽目になった少年の肉が呆気なく抉れ、血飛沫がスポーツカーの残骸を真っ赤に染めていく。彼の身体をひしゃげた状態で貫通した弾丸が後方のスポーツカーの車体を何度も強打して風穴を開けていった。


 やがて、車体から高圧の魔力が漏れ始める。運転手が注入していた魔力が加圧された状態でまだ残っていたらしく、まるで噴出する蒸気やガスのように風穴から噴出し始める。


 魔力が噴出する風穴を一発の弾丸が掠めた直後、そこで生じた火花が高圧の魔力の中へと飛び込み、瞬く間に肥大化してしまう。火花から生れ落ちた炎は噴出する魔力を凄まじい勢いで吸収しながら急激に肥大化すると、スポーツカーの残骸を火達磨にし、その傍らで蜂の巣にされていた少年の死体を呑み込んだ。


「終わりだな」


「ああ。…………キャロル、帰るぞ」


「はいはーいっ♪」


 炎上する残骸と転生者の死体を一瞥してから、仲の悪い兄妹が同時に踵を返す。


 弾丸を吐き出したばかりの銃を手にしたまま歩くユウヤとエリカの姿は―――――――――かつてモリガンの傭兵であった祖父のリキヤと、祖母のエミリアの2人に瓜二つだった。












 香りが強烈なヴリシア産の紅茶を飲み干し、隠れ家の中に置いてある木製の椅子に腰を下ろしてから、ギャングのメンバーが持ってきてくれた新聞を広げる。


 やはり、新聞の記事には廃工場での爆発の事が載っていた。スポーツカーがガードレールを突き破って廃工場へと飛び込み、柱に激突して大爆発を起こした”事故”という事になっているのを見たユウヤは、この爆発を”事故”という事にしてくれた父親タクヤに感謝しつつ、新聞を工具箱の上に放り投げた。


 おそらく、テンプル騎士団の諜報部隊シュタージを動かしてあの事件を事故だったという事にしたのだろう。また実家に戻れば、いつもユウヤが迷惑をかけられている父に文句を言われるに違いない。


 ユウヤを睨みつけながら文句を言う少女のような外見の父親の姿を想像していると、彼の隠れ家のドアが開き、ツナギ姿のギャングのメンバーが中へと飛び込んできた。


「ぼ、ボス! 大変だ!!」


「ティモシー、どうした?」


「また転生者だ! 俺たちの縄張りで暴れてるんだ! 頼む、助けてくれよ!!」


「転生者だと?」


 ―――――――クソ野郎ならば、狩らなければならない。


 人々を虐げる者たちを狩るために、ユウヤたちは力を手に入れたのだから。両親や祖父たちから受け継いだ能力と技術は、人々の救済のために使わなければならないのだ。


 ツナギ姿のまま、ユウヤは椅子から立ち上がった。溜息をつきながら工具箱の隣にある引き出しを開け、中からパイプレンチとシングルアクションアーミーを引っ張り出す。傍らに置いてあったホルスターを腰に取り付け、その中にシングルアクションアーミーを放り込んだユウヤは、エリカが率いる憲兵隊がやってくる前に片付けられるだろうかと考えながら、整備を終えたばかりの愛車バイクに乗るのだった。


「―――――――クソ野郎は、狩る」





 異世界で魔王の孫が現代兵器を使うとこうなる The order or liberty   完


 

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