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クーぺをテクニカルで追跡するとこうなる


「くそ…………あれがワイルドバンチ・ファミリーなのか!? 憲兵隊の奴も混じってたぞ…………!?」


 クーペの後部座席で悪態をつきながら、転生者の少年はちらりと後ろの窓の向こうを見た。もう既に夜であるというのに、王都ラガヴァンビウスの車道はフィオナ機関を搭載したトラックや乗用車で埋め尽くされており、後方を見てもすぐ後ろを走るトラックのライトしか見えない。


 舌打ちをしながら、少年は頭を抱えた。


 彼が手に入れた端末で、特殊な能力や武器を生産しつつレベルを上げていれば、どんな敵にも勝てると思っていた。強力なスキルと武器を装備した状態ならば、騎士団でも討伐に手を焼いているドラゴンを容易く叩き落すことができたのだから、もし仮にワイルドバンチ・ファミリーを敵に回すことになったとしても、逆に返り討ちにできるだろうと思っていたのである。


 しかし、ラガヴァンビウスを牛耳ろうとしていたギャングたちを片っ端から血祭りにあげて君臨したワイルドバンチ・ファミリーは、そのドラゴンよりもはるかに厄介な相手であった。


 高を括っていた彼は、早くもワイルドバンチ・ファミリーを敵に回してしまったことを後悔していたのだ。


 今まで彼が経験してきたのは、防御力のステータスによってしっかりと守られた状態で、攻撃力とスピードのステータスによって大幅に強化された身体能力をフル活用し、敵を一方的に攻撃していくような戦いである。だから彼は致命傷を負ったことなどない。


 それゆえに、手下たちが次々に殺されていく光景を目にしただけで、怯えていた。


 一方的に相手を殺すような戦いは何度も経験してきたが、あのように下手をすれば自分も殺されてしまうような、”殺し合い”は経験したことがなかったのだから。


 しかし、オルトバルカ王国のギャングの中で「最も容赦がない」と言われているワイルドバンチ・ファミリーたちが、彼らの縄張りで会合を開き、武器の密売について話し合っていた彼らを許す確率はかなり低いと言える。しかもその密売の目的は、今の王室や、ワイルドバンチ・ファミリーの”後ろ盾”であるモリガン・カンパニーに不満を持つ貴族たちに武器を売りつけることでクーデターを誘発する事だ。もしこの密売の話し合いに参加していた者の1人が拘束され、拷問を受けて自白してしまえば――――――――彼の率いるローグ・マンティスの構成員が皆殺しにされてしまうのは想像に難くない。


「な、なあ、生き残りは何人いると思う?」


 運転手に問いかけると、クーペを運転していたローグ・マンティスの構成員も、怯えながら答える。


「た、多分…………みんな殺されたんじゃないでしょうか」


「そんな…………」


 練度の低いごろつきばかりだったとはいえ、彼らの会合の最中に攻め込んできたのはたった1人だけだった筈だ。途中から憲兵隊の少女と狙撃手が加わったとはいえ、戦力ではローグ・マンティスの方が上回っていた筈なのだ。


 しかし、生き残ったのはクーペの後部座席で怯える自分と、怯えながらクーペを運転する運転手のみ。


 つまり、彼ら以外のメンバーが敵に拘束されることはないのだ。それゆえに拷問で自白し、密売の目的を教えてしまうこともない。だから少年と運転手はこのまま王都を出て、隣国に逃げ込めば、少なくともワイルドバンチ・ファミリーからは逃れられるというわけだ。


 一緒にギャングを結成した仲間を切り捨てるようなことを考えてしまったことに罪悪感を感じたその時、サイドミラーの向こうに、いたるところが錆び付いた1台のピックアップトラックが後方の車を次々に追い越し、クーペに接近してくるのが見えた。


 ぞっとしながら、少年は大慌てで後ろを振り向く。相変わらずすぐ後ろを走っているトラックのライトが眩しいせいで後方がはっきりと見えないが、凄まじい速度でクーペに追いつきつつあるそのピックアップトラックは、あの工場の駐車場に停車していたピックアップトラックと全く同じものだ。廃車なのではないかと思ってしまうほど錆び付いている上に、荷台の上には騎士団から奪ってきた少しばかり旧式のスチーム・ガトリングが搭載されていて、荷台にいる赤毛の少女がそのガトリング砲をクーペの方へと向けている。


 しかも、そのピックアップトラックを運転しているのは―――――――あの工場でちょっとした鬼ごっこをする羽目になった、赤毛の少年。ハンドルへと魔力をこれでもかというほど注入し、ピックアップトラックの速度をどんどん上げながら、工場から逃げ出した少年の乗るクーペへと追いついてくる。


「う、うわ、あいつらだッ! おい、もっと速度を出せ!」


「わ、分かりました、ボス!」


 ぎょっとした運転手が、ハンドルへと注ぎ込む魔力の量を一気に増やし、前を走っている車を積極的に追い越しながらクーペを振り切ろうとする。しかし荷台にスチーム・ガトリングを搭載したボロボロのテクニカルは全く引き離されず、錆だらけのピックアップトラックとは思えないほどの速度で、彼らのクーペを追い続ける。


 さすがに街中でスチーム・ガトリングをぶっ放すような真似はしないだろうが、追いつかれれば間違いなく殺されるだろう。


 彼らを追いかけている少年は、かつて”魔王”と呼ばれた転生者の孫なのだから。












「おい、飛ばし過ぎじゃないか!?」


「ゆっくり走ってる場合じゃねえだろ、バカ!」


 ピックアップトラックの運転席にあるハンドルから魔力をフィオナ機関へと注入し、アクセルを思い切り踏みながら、ユウヤは前を走る車を何台も追い越してクーペとの距離を詰めていく。


 車のエンジンとして搭載されているフィオナ機関は、種類によって出力や速度は異なるものの、最終的に最も速度に影響を与えるのは、フィオナ機関へと魔力を伝達する役割も兼ねているハンドルを握り締めている、ドライバーの魔力である。


 ドライバーがフィオナ機関へと注入する魔力の量を増やせば増やすほど、速度は上がっていくのだ。つまり、その気になれば魔力の扱い方を学んだばかりの素人が乗るスポーツカーに、一流の魔術師が運転するトラックが勝利することもできるというわけである。


 ユウヤたちが追いかけているクーペに搭載されているフィオナ機関は新しいタイプなのだろう。ユウヤたちのテクニカルに気付いてから一気に速度を上げ、すでに何台も前の車を追い越して、トンネルへと突入しようとしている。


 それに対し、彼らが拝借したピックアップトラックのフィオナ機関は旧式らしく、なかなか加速しない。その上に車体もそれなりに大きいので小回りが利かないのだが、運転席に座るユウヤが体内に溜めている高圧の魔力によって、強引に加速させ、徐々にクーペへと接近しつつあった。


 必死に逃げるウサギと闘牛の鬼ごっこである。


「あははははっ。これがスポーツカーだったらきっと最高かもねぇ♪」


 前を走っていた2人乗りの車を追い越し、更にその前を走っていた別のクーペを追い抜いていくテクニカルの助手席で、窓を開けながらはしゃいでいたキャロルは、信じられない速度で王都の車道を爆走していくボロボロのピックアップトラックを凝視している人々に手を振りながらそんなことを言った。


 屋根の上から狙撃していた彼女も、テクニカルで追跡する直前に合流していたのである。とはいえさすがに車の中から長大なスナイパーライフルで狙撃するわけにもいかないため、今の彼女の装備は腰のホルスターに納まっているコルトM1911A1のみだ。


「親父から小遣い貰ったら買おうかな」


「スポーツカーを?」


「ああ。買えたら乗せてやる」


「何を言っている。家出したバカに父上が小遣いをやるわけないだろう」


「だったら金庫から盗んでいくから大丈夫」


「そんなことをしたら私がお前を拘束する」


「できんの?」


 猛スピードで前の車を追い抜きながら、数秒だけ荷台の上でスチーム・ガトリングを構えているエリカを睨みつけるユウヤ。今のところ、ギャングの構成員たちと活動している時にエリカが率いる憲兵隊の分隊と鉢合わせになってしまったことは何度もあるのだが、ユウヤは今まで一度もエリカたちに身柄を拘束されたことはない。


 エリカが無能というわけではない。幼少の頃からしっかりとした教育と訓練を受けていたエリカは、モリガンを創設した祖父や、テンプル騎士団を創設した父たちの技術をほぼ全て受け継いでいると言っても過言ではない。


 しかし、幼い頃から”しっかりし過ぎていた”せいで、逆にその技術の応用を活用することが苦手になっているのだ。


 ユウヤは、エリカの弱点を知っているのである。


 それゆえにエリカは、未だに一度もユウヤに勝利したことはない。父や祖父たちの技術を受け継ぎつつ、ギャングたちの荒々しい戦い方を融合させた変幻自在な戦法を得意とするユウヤは、かなり強力なキメラの1人と言えるだろう。


「…………エリカ、クーペは?」


「トンネルに入った。おそらくそのまま王都を離れるつもりだろう」


「ワイルドバンチ・ファミリーを敵に回しちゃったもんねぇ。もう王都から逃げるしかないよ」


 ラガヴァンビウスには、様々なギャングたちの縄張りがある。しかし今では王都を牛耳っているワイルドバンチ・ファミリーはそのギャングたちの大半を傘下に収めている状態であり、王都のほぼ全体が彼らの縄張りと言っても過言ではない。


 つまり、ワイルドバンチ・ファミリーを敵に回せば王都から逃げるしかないのだ。その気になれば王都の外に逃げた敵の元へと”襲撃部隊”を送り込んで消すこともできるのだが、出来るならばここで消す方がいいだろう。


「というか、エリカは大丈夫? よく振り落とされないよね」


「ふっ、舐めるなよキャロル。私の握力ならば飛竜の背中にずっとしがみついていることもできるぞ」


「ドラミングで鍛えたんだよ、キャロル。その代わりに胸が小さくなっちまったみたいだが」


「ガトリングをお見舞いされたいのか、貴様は」


 エリカに睨みつけられてもニヤニヤと笑いながら口笛を吹き、荷台にどっさりと酒樽を乗せた大型のトラックを追い越すユウヤ。そのトラックの前方には、灰色のバンを追い抜こうとする転生者が乗っているクーペが見えた。


 すぐにエリカがスチーム・ガトリングを向けるが、周囲には他の車が走っている上に、流れ弾が対向車線の車まで巻き込んでしまう恐れがある。そのため、射程距離内であるにもかかわらず発砲することができない状態だ。


 その時、段々と距離を詰められつつあったクーペの後部座席にある窓が開いたかと思うと、工場でユウヤと鬼ごっこをしていた転生者の少年が、そこから腕を伸ばし、握っていた漆黒のハンドガンをユウヤたちへと向けた。


「くそ、銃を使う気かよ!?」


「お兄ちゃん、応戦する?」


 ユウヤと一緒に頭を低くしたキャロルがそう問いかけた直後、少年が端末で装備した『ブローニング・ハイパワー』が火を噴いた。


 ブローニング・ハイパワーは、ベルギーで開発されたハンドガンである。第二次世界大戦前に開発された旧式のハンドガンではあるが、非常に信頼性が高い上に、当時のハンドガンの中では最も弾数が多い。コルトM1911のように.45ACP弾を使用するのではなく、一般的な9mm弾を使用する代物だ。


 弾数が多いという事は、使用する弾丸が極端に貧弱な威力でない限りかなり大きなアドバンテージとなる。コルトM1911のようにストッピングパワーを重視したのではなく、弾数を重視した銃という事だ。


 スライドがブローバックし、空の薬莢が飛び出していく。さすがにトンネルの中を爆走するクーペの中から、追いかけてくるテクニカルを狙っているためなかなか当たらないが、狙っている筈のユウヤたちに当たらないという事は、その流れ弾が住民を巻き込む恐れがあるという事を意味している。


 ビシッ、と、薄汚れたフロントガラスに亀裂が入った直後、割れたフロントガラスの破片が運転席へと流れ込んでくる。外殻で体を覆って飛散したガラスから身を守ったユウヤは、助手席でニヤニヤしながらクーペを見つめていたキャロルに、自分のシングルアクション・アーミーを手渡す。


「黙らせろ!」


「はーいっ♪」


「ま、待て! 周囲には民間人がいるんだぞ!?」


 荷台の上でエリカが叫ぶが、キャロルはニヤニヤしたままシングルアクションアーミーを受け取ると、撃鉄ハンマーを白い親指で起こし、割れたフロントガラスからすらりとした銃身を突き出す。


「大丈夫だよ、外さなければ(クソ野郎に当てれば)問題ないから」


 照準器を覗き込みながらそう言った直後、キャロルが笑うのを止めた。


 テンプル騎士団の会議中や、ユウヤがワイルドバンチ・ファミリーの会合で他の構成員と話し合っている最中でも常に笑い続けているキャロルは、笑う事を止められないのではないかと思われるほどいつも笑っている。


 だが、こうやって標的を狙う時は――――――――笑わない。


 転生者の少年がブローニング・ハイパワーのマガジンを取り外したのを見た瞬間、キャロルの人差し指が、コルト・シングルアクションアーミーのトリガーを引いた。


 ガチン、と撃鉄ハンマーがシリンダーの後端へと潜り込んでいく。それと同時に轟音が響き渡り、シングルアクションアーミーのすらりとした銃身の中を駆け抜けた一発の弾丸が、黒色火薬の生み出す猛烈な白煙とマズルフラッシュを突き破り、物騒な産声を上げながら疾駆していく。


 後部座席の転生者がマガジンの交換を終え、再びピックアップトラックの運転席を狙撃しようとしたが――――――――彼が後部座席から手を伸ばした瞬間、がくん、とクーペが揺れた。


 キャロルが放った弾丸が、クーペの後部にある左側のタイヤを直撃したのだ。


 クーペの速度が落ち、タイヤを撃ち抜かれたせいでふらつき始める。


 転生者の少年は慌てながら反撃しようとしたが、彼が銃口をピックアップトラックへと向けた頃には、もう既に猛烈な炎属性の魔力によって加速させられたテクニカル(猛牛)が、クーペに喰らい付いていた。


 

カーチェイスのシーンって書くの難しいですね…………。

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