Asideーshort edit.ー
―本名?なんだっけ―
「―面倒だ。“A”でいい」指抜きのされたパーカーをだらしなく羽織った少年は涼しげに告げた。
―まるで名前なぞ必要ないと言わんばかりに。
Aside
Chapter ⅰ;銃を向ける誰そ彼
―1節;A ―
人が彼らを見てなんと言うであろうか。
恐らく、「美しい」の一点張りとなろう。
鍛えられた胸板に良く似合う軍服、統一された黒塗りのライフルを抱えるそれらが均等に立ち並ぶ姿はもはや芸術とすら言える。
では人が彼らを見てなんと言おうか。
体格も背丈もばらばらで、服装も違えば武器も違う。
「・・・面倒だ」戦勝を祝う記念式典において、壇上で演説を行う総統を眠そうに睨みつけながら、一人斜め立ちするAは呟いた。
誰が見ても「態度が悪い」「だらしがない」と形容するであろう彼を注意するものは居ない。
諦められているのだ。
Aが国軍に籍を置いてから既に二回の戦場を、期間で言えば数カ月を経ていた。
今に始まったことではなく、また矯正は不可能だと割りきられていた(まあ疎まれてはいたが)。
いまやAが座りこもうと気にかけるものは居ない。
監視・警護委員ですら、彼の動向には文字通り見向きもしなかった。
「アネーロ」Aは目前の背中をつついた。
しゃんと立っていたその人は鬱陶しそうに肩をよじらせると、またしゃんとした直立に戻った。
「おい、アネーロ」Aはもう一度その背中をつつく。
「じっとしてろ」青年は鬱陶しそうに振り向いた。
「やだ」Aは眠そうな目を一層細める。
「なんだよ」アネーロと呼ばれた青年は小声でたずねる。
「コレ、いつ終わんの?」Aの問いかけにアネーロは白々しくため息を吐いた。
「…話聞いてたら終わるよ」そういってアネーロはまた前を向きしゃんと立ちなおした。
「…聞きたくないんだがなあ」Aもため息を吐くと重心を反対の足に寄せ腕を組んだ。
総統は相変わらず美しい言葉を紡いでは兵士たちの心を絡めていく。
そういう『きれいごと』がなんとなく嫌いで、Aはこういったスピーチに耳を貸さないようにしていた。
大体戦って勝っただけでどうして長い話を聞く必要があるのか。
相手は無論殺しているのだ。何が記念になろう。
Aは仰々しく溜息を吐くとトランクを足元に立て、突き立てた刀の鞘に絡みつく様に身を寄せた。
どうしてこれほど規律というものに真っ向から相対する人物が軍人となれたか、恐らく誰もが疑問に思うであろう。
…人員不足なのだ。
この時世、軍事国家でありながら軍人のカリスマは地に堕ちていた。
なぜか?
主には、国民性との食い違いにあった。
『民族のランチビュッフェ』とまで呼ばれるほど多数の民族が寄り添って成立する当国では、好戦的なものはごく一部で、多くは他民族との「共和」を望む。
その中で現在政権を独占している国軍は他国への征圧を推し進めようとしていた。
生憎と選挙体制がないため国軍の独占状態は揺るがない。
そのため統制がとれておらず、軍事面では安全だが、治安などを始めとした政治面においては致命傷と言わざるを得なかった。
現に当国の至るところではレジスタンスが組まれ、政府に対するデモンストレーションが絶えない。
軍は『治安維持』と称すこれらの鎮圧に追われていた。
伝達手段は手紙や鳩といった原始的なものしかなく、各地の反乱軍がつながりを持っていないのが唯一の救いであろうか。
軍事教育すらままならない当国で兵役を科せばこれどころでないデモンストレーションが起こり、間違いなく政府は新勢力にとって代わるだろう。
よって国軍は「高度かつ文化的な生活環境の提供」を武器に志願制として軍事を進めてきたが、これまでの鎮圧活動などがたたってか、入軍志願者はなかなか少ないものであった。
・・・否、厳密には足りている。
当国軍は五部十三隊で構成されており、政治活動本部一隊、兵装開発部一隊、直接軍事活動部九隊、医療開発部一隊それとAの属する直接軍事活動支援別動部が一隊で構成されている。
政治活動部は現総統が首脳陣となるものを選択し引き込んでいる。常に最高レベルの人材が必要最低限動いている、つまり人員の欠乏は有り得ない。
兵装開発部、医療開発部はそれぞれの専門学生を引き込むので心配はいらない。
直接軍事活動部、通称本隊は最前線で戦うことが多いため人員の入れ替わりが最も多いが死の危険が一番高いが為生活環境は優遇されている(まあ国の首脳で構成される政治活動本部ほどではないが。)、即ち入軍するならここ、と決めるものも多く、したがって人員の不足はほぼない。
・・・で、肝心の当部隊である。
総数六名で構成されるこの直接軍事活動支援別動隊、通称特殊部隊は工作、本隊支援、本隊のベースキャンプ地確保などを主として活動しており、その仕事内容からマイナーで、あまり良い顔もされず、また死亡率も低いのであまり優遇もされない、と三重苦を受けており、志願者がいれば喜んで歓迎している。
Aの場合は特例であり、本来本隊志望のところが能力不足で落第したところを特殊部隊で引き取っている。
ということでそもそも軍人にすら成りえない能力のAが特殊部隊員として採用された訳であるが、指導員の献身的な指導により、現在は妥当と言える程度の能力を身に着けていた。
そんなAが入隊した理由は不明であった。
「…長い…」Aはただけだるそうに眠そうに壇上でスピーチを続ける総統を睨みつけていた。
― 2節; At base ―
「本隊の方は休暇があるらしいな…うらやましい」輪郭をジャギの入った髪で隠した男が言った。
コードネームはAnessa、怠惰な性分ながらも物事に真面目に接する好青年であった。
「人員不足だ、仕方がなかろう」屈強そうな男が腕組をしながら返す。
Anaroe、生真面目で義理がたい、ついでに頭も固いが頼りになる隊長。
「…聞きあきたよ」背の高い金髪の男がデスクに頬杖をついた。
Aria、要点に絞った、しかし的を射たことをいう男。蛇足部を略さず話すと学者的な話し方になるのを気にしている。
「仕方ない…か」美しい黒髪の青年が苦笑する。
Ashley、ややお調子者ながらきちんと部隊を占める副隊長。
「…三人と三人で二分すれば?」Aが冷たく言い放つ。
「馬鹿たれ」その頭を銀目の男が軽くはたいた。
Aime、誰もが放置するAに唯一息を合わせる変人、それ故作戦中でもAとコンビを組むことが多かった。
「二分して各チームがそれぞれ行動してようやく作戦が成り立つレベルだからなあ…」アネッサが言う。
「―それで、」アネーロが軽く咳払いをした。
「次の作戦だが」
「戎教を、お前ら知っているか」
「ああ―」アネッサが相槌を打つ。
「あのきちがいじみた宗教か」
「確か―」アシュリーが顎に手を当てる。
「唯一神アジャドのみを信仰せよ、菜食を基本となし神の食物であるラムは断じて口にするな、また神の飲物である酒を飲むことは死に値する。聖地は絶対地であり神と選ばれた者のみが住むことのできる楽園である。信者使者はもとより無宗教者にも立ち入られてはならない、また戎教において人を殺し、また浄化出来得るのは神の司る運命と神の命を受けた浄者のみである。それ以外で生殺与奪を行うものは同じく浄者でないものに殺され、また死後永遠にそれまで与えた害悪を一身に受け続けることとなる…
あと、何者かが死んだらそれに親しきものや家族は身を共にせよ。それと同じ方法で死すれば、神の情けにより死後楽園へと誘われる。だっけ」Aが朗々とその内容を告げた。
「・・・詳しいな」エイミーが怪訝そうな顔をする。
「幼少時知り合いに熱烈な信者がいたもんでね」Aは顔をそむけた。
「例えば妻が死んだとして、俺も死ねば安息が約束されるのか…。なるほど狂ってる」アシュリーが苦笑する。
「で、それらを『鎮圧』するのが今回、と」アリアが腕を組んだ。
「そうだ、ただし―」アネーロが机に手をつく。そうして言葉を紡ごうとした矢先―
「本隊の援助はほぼないらしい」アシュリーがその続きをかっさらった。
「どうして?」顔をしかめたアネーロを横目にアリアが腕をほどく。
「だから人の言葉を遮るなと言うんだ、このはやとちりが」アネーロがアシュリーの後頭部を軽くはたきながら言った。
「厳密には俺達が先行して作戦につくだけだ。今回鎮圧する地域は建物が多い上に巨大な壁、通称ウォールに囲まれている。ウォールは内部が要塞になっており、街の全周を回れる造りになっている。まずはウォールを征圧し、全方位から少しずつ中心に向け進軍していく。ウォール内は広く、外部からの侵攻、また街の統制にたけているが、広すぎるのが最大の弱点だ。広さ故、少しずつ征圧されてゆくのに非常に弱い。さらに征圧してしまえば―」アネーロは一息つく。
「その強みをこちらが利用できる―か」アリアがその続きを紡いだ。
「そうだ。そのウォールを征圧し、それから征圧を進めていくのが今回の仕事だ。だから本隊の援助はほぼない」アネーロが腕組をして厳つい顔をする。
「また暗殺と穏行か」Aがけだるそうに言った。
「まあ、相変わらず良い顔はされないだろうな」エイミーがその肩を叩く。
「となると、銃は使えないんじゃないのか」アネッサが短機関銃を抜いていった。
「念の為消音器を着用の上で、銃を使うことにした。ウォール内は土などを用いて音が響きにくい造りとなっている。日常会話まで対岸まで響いてちゃかなわないからな」アシュリーが苦笑する。
「だからウォール内では連絡管を通してるらしいな」Aがスナックを開けた。
「ミーティング中に物を食うな」アネーロがその紙袋を奪おうとする。
「まあまあ、ところでどうして知っている?」エイミーがその腕を軽く抑えながら問うた。
「まあ、ちょっとね」Aはそんな二人を尻目にスナックをつまむ。
「偵察班からはそんな情報はなかった」アリアが書類を手の甲で叩く。
「気付く訳ねえよ。手すりに偽装してある。継目にみえる部分がレシーバーだ」Aはスナックの袋をエイミーに差し出した。
「本当に…どうして知っている?」エイミーが訝しげな顔つきでAのスナックをつまむ。
「まあ、ちょっとね」Aは相変わらず涼しい顔でスナックをかじっていた。
―
「復讐してやる・・・!何年かかっても、絶対・・・!」泥にまみれた子は震える唇から声を発した。
ただ一人遺された自分を不安そうに取り残して。
Chapter ⅱ;灰に憑かれて逝く心
―昔を思い出していた。
真っ赤な、過去。
血に塗れた、過去。
思い出したくもない、しかし必要な、過去。
Aを壊しつつも、道を示すのは間違いなくその凄惨な過去であった。
「おれの出身は―」Aは座ったまま両手を組む。
「内乱の絶えない地域でな。父母はあっという間に死んだ。軍人になってからも―」Aは一旦切って、続けた。
「人ってもんは簡単に死ぬし、殺せるもんだってすぐに理解した」
「それで、軍に属することを決めたのか」エイミーがその肩に手を置く。
「どうだろう、くだらない復讐心に身を委ねようとは思っちゃいない」Aは一度息をつく。
「―かも知れないな」地面の凹凸を伝えるトラックの天井を見上げつつAはぼやいた。
― 断章;A ―
久方ぶりかしらね
廊下ですれ違う女性が声をかける。
久方ぶりだな
少年もそれに返す。
ねえ…本当にいいの?
その言葉を聞いて、少年は配属当時のことを思い出していた。
最初は、一人だったんだ―
柄にもなく軽く笑いながらいう隊長はどこかものかなしくて―
・・・かまわないさ、頼んだ
少年は一瞬うつむいたが、すぐに顔をあげて言った。
― 1節;Around clacker ―
「トラックにはAnessaとAshley。それぞれ狙撃手とオブザーバーをこなせ」アネーロは短機関銃を構えると、淡々と指示を出して行く。
「A、Aimeは突入次第右回りに征圧活動を開始、俺とAriaが背後をカバーする。」アネッサは狙撃台に寝そべると、アシュレイが双眼鏡を取りだした。
「了解」Aが刀を担ぎ、トランクを右手に提げる。
「Anessa、Ashleyコンビ、準備は良いか?よし、攻城!」二人が首を縦に振るのを見てアネーロは右手でサインを出した。
―作戦開始;1200―
エイミーが窓枠を外した先に軽やかな動きでAが乗り込む。
「内部、クリア」Aは周囲を見回すと小声で告げた。
「よし」続いてエイミーも忍び込む。
今回忍びこんだポイントをⅰと置き、征圧する順に数字を充てている。
「消音器は?」Aが歩きながら問うた。
「心配するな」エイミーもそれに返す。
背後からアネーロとアリアの潜入音がした。
「仮眠室…」Aが看板を確認する。
「どうする」Aがトランクを置いた。
「殲滅にきまってるだろ」Aはあきれ顔で返すと右燐のドアを軽くノックし―
「召集だぞ」のどを抑えるとこうかました。
エイミーが失笑する。
「召集?本日は夕方までないはずだぞ」部屋の中から声がした。
「じゃあ・・・」Aは不敵な笑みを浮かべると、さらに言葉を紡ぐ。
「―侵入者だ」Aはドアを開くや否やエイミーの短機関銃を奪い取り二発、鉛を放った。
「生存者二名確認、殲滅する」Aはサブマシンガンをエイミーに放るとトランクを拾いドアの隙間から潜り込む。
…ごめんよ。
Aは小さく言うと頭部から血を流し倒れている兵士を尻目に駆け抜け、物陰に忍び込もうとした人物のこめかみにトランクを振り下ろした。
すぐさま踵を返しつつ鞘を払い一回転してその首を落とす。
さらに身を翻しトイレに飛び込むと、隠してあった拳銃を構えた兵士に刀を突き出した。
「ぐっ…」鈍い声を上げた男を壁に押し付け、縫いとめると落ちた拳銃を拾い―
「―怨めよ、人間」口腔内にその銃身を押し込むと、発砲した。
Aは刀身に残る血を拭うと鞘に納め、トランクを担いだ。
「室内、クリアリング完了」Aは首を回しながら言う。
「外部、グリーン」エイミーも頷くと、音を立てないよう走り出した。
「仮眠室、三人しかいなかった」Aは走りながら言う。
「それだけ警備を集中させてるってことか」エイミーは厳しげな顔つきで言った。
「正面より敵二名、どうする」Aは立ち止まると廊下の柱に張り付く。
「すべて相手にする」エイミーが反対の柱の陰に張り付くと、拳銃を二発撃った。
空を切る音が正面向かい右側の兵士の膝を撃ち崩れさせる。
「どうした?」向かい左側の兵士が相方の様子を確かめた刹那―
「敵襲だよ」Aが背後から二人同時に縫い止めた。
「気をつけろ!」エイミーが叫ぶ。
「うおっと!」Aは即座にトランクを足元に構える。
金属音と共に銃弾が反射した。
その衝撃を後ろに逃がすと空中でトランクを開き、中の銃を取り出す。
軍の正規品ではない黒塗りの拳銃が鈍く輝いた。
スライドストップを外しつつ落下するトランクを蹴り飛ばして右に跳ねる。
床を削る銃弾を気にもせずAは遠く離れた兵士目掛けて引き金を引いた。
そして壁を蹴り縫い止めた二人の陰に隠れるようにして転がる。
「潜入は―」Aとすれ違うようにエイミーが飛びだすと―
「― 一時中断だ」その手に持ったサブマシンガンの弾をばらまいた。
「前進!」Aはトランクに拳銃をしまうと、納刀し走り出す。
横たわる兵士たちを飛び越え、曲がり角にエイミーが張り付く。
「この先に一名、攻撃する」Aがそれを追い越した。
刀を持ちかえると柄に仕込まれた銃を発砲し、抜刀すると同時に全体重を乗せた回転斬りを繰り出す。
「…その仕込み銃はあえて銃身をやや湾曲させて造られている」が、Aの攻撃を同じく刀で受け止めた男は告げた。
「対象が動いた場合に着弾するように…とことん裏をかいた設計だ」Aはステップで距離を置くと返す。
「だがそれだけに、同じものを使っていると手の内が読めてしまう…」Aはその男を改めて視認すると驚愕した。
「久しぶりだな」同じ出身の・・・かつての同胞であった。
「・・・関係ない」Aは刀とトランクを構えた。
「どうしてそれほど恨みし軍に入った?」男は問う。
「・・・もともと恨んじゃいないさ」Aは顔を背けた。
「俺達は・・・いや、達成するまではなにも言うまい」男は鞘を払う。
「…そうしてくれ」Aは男のもとへ駆け込んだ。
「幼馴染を殺すのには抵抗があるな・・・」やれやれ、というように男は首を振った。
「そんなら…殺されてくれ」Aは直前で足を止めると、素早く斬りあげる。
「…無理な相談だ」男はそれを受けると、Aを蹴り飛ばす。
Aは刀を強く床に打ち付けその衝撃で跳ね、体勢を整えると横向きに一回転し、トランクを叩きつける。
男は鞘でそれを受け流し、刀を薙いだ。
「うっ!」Aはかろうじて刀の背で受けるが、そのまま押し飛ばされ壁に背を打つ。
唐突に動かされた肺が悲鳴を上げ、咳き込んだ。
「…訓練は受けたのか?弱いままじゃないか」男が首を回しながら刀を振り上げた。
「…」胸を押さえ息を整える。
「ふぅ…」ようやく肺が落ち着いた。
「まあ、したのだろうな」
「…」
「自分の弱さが分かったか?」
「ふん」Aは鼻を鳴らした。
「それと…」Aはかわす素振りもせずうすら笑う。
「他人の強さがな」はっとした男のこめかみを高速弾が貫いた。
ありがとよ。
Aは心で礼を言いつつ割れた窓に手を透かすと、それを微かに揺さぶった。
―作戦行動における障害排除;1300 ―
「…いいのか、あれで」エイミーはAの横を歩きながら言った。
「なにが?」Aは素気なく返す。
「お前、自分でけじめ付けたかったシーンじゃないのか」
「生憎と暑苦しいのは嫌いでね」Aは涼しい顔をして刀の柄を開き、弾倉を弾き出す。
独特の金属音と共に三連装の回転式弾倉が宙を舞った。
「格好とか―」続いてポーチから新たな弾倉を取り出すと―
「気にしてる場合じゃねえんだよ」柄に押し込み、閉じた。
―2節;Avalanche Launch ―
二人は淡々と征圧を進めていく。
なるべく苦しませないよう、一撃で仕留めることを信条に。
「そろそろ半分くらいか・・・?」Aがトランクを投げ捨てていった。
「そうだな…」エイミーは溜息をつく。
「大体背後のバックアップってなにさ」Aは両肩をすくめて見せる。
「恐らく、Anaroeコンビは俺達が征圧を開始した個所にとどまり、反対側から来た兵を足止めしている。」
「Anessaたちは―そうか、助けてもらったな」前線は疲れるぜ、とAは付け足して歩き出す。
「それにしても―」エイミーが辺りを見回す。
「やけに人がいないな」その言葉にAがはっとした。
そしてばれないようにエイミーの後ろ腰からスタングレネードを外すと、安全ピンをしかと握りしめたまま反対の手で廊下の外側の壁に張り巡らされた手すりの接合部を押し上げる
「Hブロック!近境報告せよ!」耳を寄せると、確かに連絡管となっていた。
「案の定…奴ら、気付いてやがる」Aは小声で毒づく。
「おい、A・・・?」数十歩先でようやくエイミーが立ち止まる。
「なーにー?」振り向いたエイミーの眼に映ったのは―
「ちょっとお茶目ないたずらをね・・・」カエルの尻に藁を突っ込むあどけないいたずら小僧の様ないやらしい笑顔で連絡管に炸裂弾を押し込むAの姿だった。
安全ピンを外すと、即座に蓋を閉める。
「来るぞ…来るぞ…」Aはこれまでにないいやらしい笑みを浮かべエイミーをみやる。
「お前って奴は…」エイミーが首を振った矢先…
「―最低だ」凄まじい炸裂音と絶叫が木霊した。
「さあ、ラストスパートだ」Aは先ほどの『お茶目ないたずら』の際置いた刀を手に取ると走り出す。
「はぁ・・・」エイミーも首を横に振ると走り出した。
― 征圧完了;1420 / 殲滅完了;1450 ―
「俺達の仕事はこれで終わりか?」Aはウォール内へ入っていく本隊の軍人たちを横目に言った。
「いや、順次俺達も本隊の補助に回ることになる」アネーロが腕を組んで返す。
「順次?」アリアがマガジンに弾を詰めながら言う。
「なんでも、コントロールタワーから直々に勅令を出しにくるらしい」
「へえ・・・」アシュリーが訝しげな顔つきで軍人たちを目で追う。
― 本隊突入開始;1530 ―
一日で最も日が照る時間帯。
軍人たちはライフルを抱え忙しく走り回っている。
暑そうにその軍服から汗を滴らせながら。
「・・・」5人は目の前にいるある人をじっと睨みつけていた。
6人の中でAのみがトラックの伸ばす影に隠れ胸元から外気を取り入れている。
総統補佐に立つ女性は汗をハンカチで拭うた。
特殊部隊の面々の視線を一向に受け尚も毅然と立っている。
「…どういうことだ」アネーロが一歩前に出て厳しげな顔つきで問うた。
「…こちらの台詞なのだけど」女性は書類を手の甲で叩く。
「どういうことかしら?」
「こっちの台詞だってんだよ!」アシュリーが補佐官の胸倉をつかみあげた。
「だって・・・」
「一斉に辞表が出るなんて、有り得ないもの」女性は尚も淡々と告げた。
「納得はできないな」アリアが一層強く睨みつける。
「とにかく、本部はこれを受理したわ。もう変更は効かない。これからは…」補佐官は座りこんでいるAを見つめて言った。
「A一人で頑張って貰うことになりそうね」
― 特殊部隊配備;1830 ―
最初は一人だったなあ…
アネーロの言葉を思い出しながら、少年は日の落ちた街を駆け抜けて行く。
大丈夫、隊長だってもとは一人だ。
そう言い聞かせつつ―走った。
命を奪うこと。
それは人の未来を奪うこと。
民族を絶やすこと。
それは一つの文化を閉ざすこと。
気軽にやっていいことではない。
Aは歯を軋らせつつ、駆け抜ける。
ごめんな。
戦場に赴き始めて、どれだけおれは謝ってきただろう。
ごめんな。
おれが閉ざした未来の数だけ、おれは謝らなくてはならない。
奪っていい権利などないのに。
国勢を整えるためといって、安易に命を奪っていいことなどないのに。
そういって軍人を恨み続けてきたおれは、どうして軍人となったのだろう。
―もう少し。
もう少しで終わる。
おれは軍人になった。
もう少しで、終わるんだ。
「―あんたが、最後だ」Aは銃を突きつける。
「・・・言い残すことは?」突きつけられた男は鼻を鳴らした。
「罪を負うて・・・」男は一度息を吸う。
「罪を罰せよ、少年」乾いた銃声が一発、夜の街に鳴り響いた。
― 作戦完了;2155 ―
―待ち望んでいた。
ようやく終わりを告げる、この時を。
Chapter ⅲ;陽光に染まるコンクリの上で
― エピローグ;Afraid(故に恐ろしきは) Myself(自分自身) ―
おれは幼いころ、内乱で両親を失った。
内乱の、『鎮圧活動』で。
平和支持党であった、父も、母も、その命をもがれた。
くだらない復讐心に身を委ねる気はない。
だから、綿密に計画を練ってここまでやってきた。
感情の無い拍手に包まれ総統がグラスを手に壇上を登る。
ただ一人遺された姉は総統補佐官として忍び込み、ずっと反旗を翻すチャンスを組み立てるべくおれに至る情報を伝えてきた。
だから、総統は悪意を持ち鎮圧を行ってきたわけではないのは理解している。
生まれたての、この国を愛するが故、ただ国を愛するあまり民が見えていなかった故の行為なのだ。
しかし民を見ることができなかったがため、今からこの国は終わりを告げようとしている。
おれの出身した地域は戎教を信ずる。
当然ながら、おれも戎教に在り。
否、戎教を借りて罪を犯してきた、人間の屑の界隈である。
積み重なる罪の意識はおれを焦らせたが、恐らく、皮肉にもおれが閉ざしたであろう人々の想いがおれにゆとりを与えた。
敢えてだらしのない人柄を演じ、ここまでを上手く組み立てられるように助けをくれたのは他でもない皆なのであろう。
例えば、妻が死んだとして、俺も死ねば報われるのか・・・。
アネッサの声が脳内で木霊した。
特殊部隊の皆は、もう関係ない。
そしてこの後、おれは自分に引き金を引くこととなろう。
他でもない、自分を含む皆のために。
本当にいいの?
姉の声が木霊する。
・・・これで、
―良いんだ。
Aはトランクを開くと、拳銃を取り出し、留め金を外した。
反対の手でスライドを押さえ、音を立てないよう慎重に第一弾を薬室へと滑り込ませる。
―お前、名前は?
幼少時の記憶がよみがえる。
どうやら人間、逝く直前に走馬灯を見るのは本当らしい。
Aは拳銃を演説する総統に向けた。
―面倒だ、Aでいいよな
―ごめんね。
壇上で演説する総統を見つめながら、補佐官はあるものを見つける。
そっか―
―終わるんだね。
幼いころから、何度も見てきた、何年もみてきた、おぞましい夢。
血まみれの夢。
終わったら―解放されるのかな
もう―みなくて済むのかな?否、過去はゆるぎないものだ。
私達はきっとこれまでを忘れることはない。
幼いころから、何度も見てきた、何年もみてきた、理想の未来。
Aが・・・果たしてくれるのだろう。
それまでに私達は何を犠牲にしてきただろう。
きっと、これが終われば私は命を落とすんだ。
ふと思い出すAの少年時代。その瞬間女性は少女に戻っていた。
ただ一人遺された弟を、か細い腕でしかと抱きしめる一人の少女。
その姿が、Aの眼に映し出されていた。
Aも、その姉も、涙を流す。
やっと、終わる。
Aは幼い少年に戻り、しゃくりあげた。
そんなAを気にとめるものは、ただの一人しかいない。
少年は泣きながら、謝りながら、右手を銃に添えると―
左手で、引き金を引いた。
―その日、世界が変わった。
Aside;完